2014年05月01日

■長野・松本市柔道事故事件ー検察官の起訴独占の壁を破る市民の良識

 朝日新聞Digital は,「柔道事故、強制起訴で有罪/元指導者の過失認定/長野地裁」と題する記事を配信した(2014年5月1日05時00分)。

 長野県松本市の柔道教室で2008年5月、当時小学6年生だった被害者(現在17歳)が,指導者の投げ技で傷害を負い,今も重い後遺症に苦しむ日々を送っている事件で,裁判所は,被告人を業過致傷で有罪を認定した。「安全に配慮せず、手加減せずに投げつけた」というのが結論で,被害者の求刑禁錮1年6カ月に対して,禁錮1年執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。
 柔道の指導者だった被告人は,「片襟体落とし」という投げ技を被害者にかけたという。頭は打たなかったものの,投げられ畳に倒れるいずれかの動きの中で急性硬膜下血腫となり、一時意識不明になった上,その後も四肢まひの重い後遺症を負ったという。
 記事によると,判決は、柔道指導者には「技量・体格に配慮しながら、手加減する注意義務がある」と指摘したという。「未熟な者が強い力で投げられ、畳に打ちつけられれば、身体に何らかの障害が発生することは十分に予見可能だ」。被害者は,「受け身の習得も十分ではない、発育途上の小学生だった」一方,証拠に基づいて被告人が強く投げていたことを認定。
 判決は「ダッシュではなくウオーキングのような感覚」で投げれば充分に防止できた事故として柔道専門家である被告の業務上過失を認めた。柔道のプロが小学生に投げ技の稽古をつけるなら頭部・身体に無理な力がかからないように注意するべきで,これを怠れば事故になることは市民の常識でも予測できる。有罪判決は当然だ。
 むしろ,注目するべきなのは,今回の事件が,検察審査会の起訴強制によって起訴された事件であることだ。
 プロの法律家であると同時に,官僚機構として存在する検察庁は,この事件について「嫌疑不十分」で不起訴とした。犯罪を構成できないと判断したものであろう。
 おそらく,傷害発生の機序が特殊なものであったことから,被告人の「結果の予見」ができないと争われて,裁判で無罪になるのを回避したものと推測できる。
 しかし,検察審査会は,2度の検討を踏まえて,起訴強制を決定した。指定弁護士が被害者役を務めて判決に至る。
 いままで起訴強制によって裁判がはじまった事例は8件だ。うち4件で一審無罪。3件が控訴または上告中。1件は免訴。1件は公訴棄却。逆に,裁判所が有罪を認めたのは1件だけであった。
 今回の判決は,市民が構成する検察審査会の判断を是認し,業務上過失傷害を認めたもので,市民良識によっても過失の成否を的確に判断できることを示している。
また,今も起訴権限は検察庁・検察官が独占する(起訴独占主義)。法律のプロである検察は,官僚主義の弊害であるが,裁判で無罪判決がでるのを嫌って起訴しないことがある。慎重と言えば慎重なのだが,逆に,刑事裁判こそ真相を解明する場であるという本来の司法の機能が歪められてきた。今回の場合,これを批判して,検察審査会の審査員である市民が検察官に代わり起訴強制を決めた。法律判断を含めて,検察審査会が充分に機能することを示している。その点で,画期的と言っていい。
posted by justice_justice at 07:37 | TrackBack(0) | ■検察審査会・付審判 | 更新情報をチェックする

2014年04月28日

■ある日曜日の過ごし方ー文楽座のひととき

 日曜日といっても休日にはならない稼業だ。早朝からいつものように大学に行く。中庭にある学園創始者の像に一礼して研究室に入る。校務関係の事務処理をする,次週取材の準備のため新聞記事などに目を通し下書き原稿を作る,月曜日の講義の下調べで教材を再度読み直し,講義で指摘する箇所をチェック。講義進行メモを作る,それから研究固有の時間となる。今は論文集の校正が忙しい。ランチの手弁当も仕事をしながら済ませる。
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これも何十年来のこと。1984年ー86年とコーネル大学に留学中もキャレルでランチを済ませるのがいつものことであった。膨大な量のアサインメントを読みこなさなければならないから,と思いながら,終えたランチの後の眠気。つい負けてしまってしばらくうとうとする。はっと気付いてまた原稿に目を通す。そんなことをしていると,はや午後2時過ぎ。
 今日は,大阪の文楽座に出て,竹本住大夫の「引退狂言」となる「菅原伝授手習鑑」を観劇する予定。キャンパスを出る前に,法科大学院棟の自習室の巡回をすませる。それから,阪急電車,地下鉄と乗り継いで,日本橋駅から文楽座へ。
 演目は,七世竹本住大夫引退公演,『菅原伝授手習鑑』。道真(菅丞相)と梅王丸・松王丸・桜丸という三つ子一家の物語。
 住大夫は引退の挨拶で89才と紹介。「桜丸切腹の段」で義太夫を語る。これが大阪での引退公演という。内容は,道真流罪のきっかけを作った桜丸が父親喜寿の祝いの日に事情を父に語り妻に説いて切腹する悲しい場面である。古老の父と妻,桜丸を演じ分ける名演技。浄瑠璃のリズムは,いわば江戸時代のジャズ。表情の豊かさとテンポの巧みさ,なにより日本人の感性にあうリズム。人形の動きもさることながら,ついと義太夫の歌い手達に惹きつけられる。
 歌舞伎も浄瑠璃も観客席からの「掛け声」はおそらく約束事があって,さくらがきまっており,適切なタイミングで掛け声をかけるのだろう。住大夫が義太夫の本を手にして一礼する前後に「住大夫!」と掛け声が見事にかかる。演目が終わった休憩時間に引退のあいさつ。花束を贈ったのは,簑助とその抱えた桜丸。
 午後4時に開演し,最後に「寺子屋の段」を見終えたのが午後9時。見応えがあった。中休みに,劇場で売っている助六寿司を妻と分けて食べるのも観劇の楽しみのひとつ。夕方から夜まで半日を文学座で過ごして家路に着いた。
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posted by justice_justice at 07:31 | TrackBack(0) | ●教養ー一般 | 更新情報をチェックする

2014年04月26日

街の音楽シーンと「国家警察」ーある無罪判決について

「元クラブ経営者に無罪/『ダンス、性風俗乱さぬ』/大阪地裁判決」
京都新聞2014/04/25 夕刊

 ロックを流す店で,客がリズムをとると,風俗営業法が規制の対象として許可申請を求めるべき「ダンス」になってしまうのか?
 いまどき,信じられないような「道徳警察」が今も続く。検察側は、規制対象のダンスを「享楽的で性風俗の秩序を乱す舞踏」と説明し,「客は薄暗い店で酒を飲み、大音量の音楽に合わせ踊っており該当する」と主張して,懲役6月、罰金100万円を求刑した。 ロックにあわせたアクション。これを享楽的と国家の側が決めつけ,しかも性風俗秩序を乱す舞踏などとレッテルを貼るのは,ジャズを「鬼畜米英」の「敵性音楽」として規制した第2次戦争中の国家統制と同じだ。時代錯誤である。
 そんな事件について,大阪地裁が無罪を宣告した。
***引用****
 金光被告は、2012年4月、大阪市北区のクラブ「NOON(ヌーン)」で、音楽機材を設置し客にダンスをさせ酒を提供した、として起訴された。
 判決は、規制対象について「享楽的な雰囲気を過度に醸成し、性風俗の乱れにつながる恐れが実質的に認められる場合に限られる」と指摘。被告のクラブでは、客がリズムに合わせステップを踏んでいるだけで、客同士が体を触れ合わせ踊っていたこともなく、わいせつな行為をあおる演出もしていないことから、許可は不要とした。ただ、規制そのものについては「善良な性風俗を維持し、重要な公共の利益になる。表現の自由の制約になっても必要かつ合理的だ。違憲ではない」との判断を示した。
**********

 妥当な判断だ。
 共同通信を通じて次のコメントを出した。
 とりあえず,京都新聞が掲載をしてくれた。

■警察の手法は時代錯誤
 渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 音楽を聞く客の動きを「性風俗を乱す享楽的なダンス」として警察が犯罪扱いするのは、第2次世界大戦中にジャズを米国の敵性音楽として規制した旧国家体制と同じ。現代では極めて不当で、当然の判決だ。警察は経営者と協議し、それぞれのクラブの状態が違法かどうか検討し、必要なら改善を求めるべきだった。事前に警察官を張り込ませて取り締まった今回のような手法は、時代錯誤も甚だしい。(共同)
posted by justice_justice at 09:15 | TrackBack(0) | ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする
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