2015年08月06日

■特殊詐欺事件の「売り子」の責任ー運用による司法取引

■「売り子」の責任ー運用による司法取引
 2015年7月16日読売新聞(朝刊)は「裁判官『量刑考慮』供述促す/ニセ電話詐欺公判/共犯明かし刑猶予」とする記事で,興味深い司法取引の実例を紹介している。以下,記事を引用する。
 「ニセ電話詐欺で現金の受け取り役をしたとして詐欺罪などに問われた男に対し、福岡県内の裁判所が15日、懲役2年6月、保護観察付き執行猶予4年(求刑・懲役3年6月)の有罪判決を言い渡した。男は当初、報復の恐怖から共犯者についての供述を拒んだが、裁判官から、話せば量刑を考慮すると異例の説得を受け、捜査協力に応じた。判決は『本来は実刑だが真相解明に貢献した』と判断した。
 判決によると、男らは今春、熊本県内に住む女性に息子を装って電話し、数百万円をだまし取った。また、福岡県内の女性からも同様の手口で数百万円をだまし取ろうとした。男は現金の受け取り役だった。
 6月にあった公判で男は、共犯者から現金の要求や、家族に危害を加えるとの脅しなどがあったとし、『不当要求が怖くて犯行に加担した。報復があるので(共犯者について)すべては明かせない』と供述した。裁判官は『私は頭にきている。このままでは犯罪が繰り返される」と一喝。「共犯者について話せば、量刑を考慮する』と述べ、いったん結審した。
 15日は判決期日だったが、弁護側の申し立てで弁論を再開。男は頭を丸刈りにし、『裁判官からの説得で、自分が言わなければ事件の一部しか解決しないと思った』と述べ、共犯者の情報を捜査側に伝えたことを明らかにした。報復が懸念されるため、今後は住所を変えて暮らすという。
 検察側は、前回の公判で求刑した懲役4年を同3年6月に引き下げて再度求刑。即日言い渡された判決は「被害は高額だが、共犯者情報を詳細に捜査機関に述べた。実刑は酷」とした。
 判決後、男の弁護人は『被害額を考えれば、実刑もあり得た事案だった』と語った」。
 記事では次のコメントを採用してもらっている。

■渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話
 「裁判官の訴訟指揮として極めて珍しいケース。司法取引は検察側と容疑者側が行うものだが、それに近い訴訟指揮を行ったと見ることもできる。こうした手法は組織犯罪の解明には大きく貢献するが、被告が自らを有利にするため虚偽供述を行い、えん罪を招く危険もあるため、裁判官は供述を裏付ける補強証拠を求めるなど注意が必要だ」
****
 今国会では他人の事件の証拠収集,訴追に協力すれば被告人が自己の裁判で有利な処分を受けられる手続の立法化が審議されている。検察官が被疑者と協議し弁護人が必要的に介入して合意を形成する捜査主導の手続である。裁判官は関与しない。「裁判官が介在する司法取引」の運用例は立法の一歩先を行くもの。組織犯罪の解明に大きく貢献する。
 もっとも,他人に責任をなすりつける「えん罪」の危険が残る。だから,裁判官は公開の法廷で語ったことだから真実だと鵜呑みにすることなく,共犯を巻き込む供述が信用できることを裏付けるなんらかの補強証拠を求めるべきだ。
 それでも,今回の場合,被告人が自己の犯罪を認めつつ組織的背景も明らかにするので被告人に有利な事情として判断していいが,今国会で議論されているのは,自分の事件と全く関係のない重大事件について情報を提供すると,訴追免除,減軽などの利益を受けることができる制度だ。慎重な運用がなされないと,「密告社会」を作り出すこととなってしまう。戦前の一時期,特高が社会統制をした時代にならない歯止めが必要であろう。
posted by justice_justice at 08:15 | TrackBack(0) | ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2015年08月05日

青酸化合物・連続変死事件 関西の不可解な事件と裁判員裁判

無縁社会・孤死の時代の殺人事件
 21世紀に入り,殺人罪の発生件数は減っている。しかし,おりおりの新聞報道をみていると,社会の道義観念の融解や地縁・血縁などしっかりした人の絆の解体とともに,不可解で不条理な人間関係を背景とする殺人事件に触れることが多い。いままだ京都,大阪両府警と京都地検,大阪地検が協議中と推測する事件が,青酸化合物を使った老齢結婚→夫殺害事件である。
 読売新聞2015年731日(夕刊)は「連続変死事件 青酸入手先特定 カギ 千佐子被告 業者名など明かさず」として,次の記事を掲載する。
 「青酸化合物を使った連続変死事件で、筧(かけひ)千佐子被告(68)が今月、交際相手だった神戸市北区の男性に対する強盗殺人未遂罪で追起訴された。起訴は3度目。自供以外に犯行を裏付ける直接証拠はなく、今後の公判などで鍵を握るのが、青酸の入手先だ。千佐子被告は「もらった」と従来と同じ供述を続けているが、相手の具体名などは明かしていない。裏付けは取れないままで、捜査本部はさらに確認を進める。
 ■核心は未特定
 千佐子被告は昨年11月、夫(2013年12月に75歳で死亡)への殺人容疑で最初に逮捕された際、容疑を否認。しかし、起訴直前の同12月、京都府向日市の自宅にあった植木鉢内の小袋から青酸成分が検出されたことを取調官に告げられ、容疑を認めるようになった。
 この際、青酸の入手先について、「プリント会社を経営していた数十年前、出入り業者に『印刷の失敗時に使えば色を落とせる』ともらった」と供述した。
 今年1月、大阪府貝塚市の元交際相手の男性(12年3月に71歳で死亡)に対する殺人容疑での再逮捕時も当初は否定していたが、その後、容疑を認め、3度目の起訴となった今回の事件も供述したという。
 ただ、青酸の入手先については、具体的な業者名や時期は明らかにしておらず、大阪府警などの捜査本部は確認作業を進めているが、今も特定できていない。
 一方、動機について捜査本部は、千佐子被告が投機性の高い金融商品への投資を繰り返していたことなどから、遺産など金目当てと判断。千佐子被告の周辺では、他に数人の高齢男性が死亡しており、捜査本部は経緯や状況を調べているが、刑事責任追及の見通しも立っていない。」
 今後の問題は,裁判員裁判で,裁判員を説得できる証拠が揃うのかどうかである。裁判員裁判の時代に入り,最高裁は,(1)事実認定の水準を厳格にすることー被告人が犯人でなければ説明できない事実が存在することの証明を求める,(2)量刑,特に死刑の選択については,基本的に裁判官の作った基準を当分守る,,,こんなスタンスで裁判員裁判をコントロールしようとしている。
 今回の事件の場合,千佐子被告の有罪を立証できるかどうかが鍵となる。こんなコメントを採用してもらっている。

■渡辺修・甲南大学法科大学院教授(刑事訴訟法)は「殺害などの自供が翻されても立証できるかという視点で証拠を固める必要がある。最高裁は、『犯人とみても矛盾はない』という程度の証明では有罪を認めない。青酸の入手先や保管方法などが不明確なままでは、有罪の決め手に欠けるのではないか」と話している。
posted by justice_justice at 08:21 | TrackBack(0) | ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2015年08月03日

福島原発事故と刑事責任 事件か,事故か 刑罰か予防か

 このブログの目的は,おりおり新聞などに掲載を認められるコメントをまとめておくためのものであるが,つい怠って時間を空けすぎた。なにかと気ぜわしい日常ではあるが,折角コメントの機会をもらったのに,蓄積しないのももったいないと思う。また再開してみよう。

 直近のコメントは,東電幹部に対する検察審査会の起訴強制決定に関するものである。共同通信配信記事でとりあげられている。
 事件の経過については,例えば,静岡新聞では,「表層深層=市民感覚「想定外」認めず 予見可能性 判断が鍵−東電旧経営陣 強制起訴へ」として紹介している(2015/08/01 静岡新聞・朝刊)。

 「発生から4年以上が経過した東京電力福島第1原発事故が、東電旧経営陣3人の強制起訴を決めた検察審査会の判断により、刑事裁判という新たな局面を迎えることになった。膨大な資料、証言から企業トップの「予見可能性」を検証する裁判は、これまでの事故調査や捜査とは別次元の複雑な審理が必要となる。事故は防げたのか。市民が抱き続けた重大な疑問の解明は、法廷に委ねられた」。
 市民の判断を記事は次のようにシンプルに整理する。
 「『放射能は人類の種の保存にも危険を及ぼす。原発事故は一度起きれば、取り返しがつかない』。31日に公表された東京第5検察審査会の議決は原発事故の『特殊性』をこう言い表し、原発事業の責任者には万が一の事態を想定する『高度な注意義務』があった、と言い切った。
 巨大津波の恐れを示す調査結果と『15・7メートルの津波』を実際に東電が試算していたという事実。これらを前提にすれば勝俣恒久元会長らに予見可能性があったのは当然で、停止を含めた予防策を講じなかったことで業務上過失致死傷罪は成立する−。市民感覚のにじむ議決の論理は明快だ。」
 識者の見解が並ぶ。そのひとつがブログ編者のものだ。

○「検察官役の弁護士にとって、見通しは暗いだろう」。元東京地検特捜部長の宗像紀夫弁護士は話す。「未曽有の危険にまで対策を取れば、コストは無限にかかる。飛行機は飛ばせないし、日本中の沿岸部の自治体が防潮堤をかさ上げする必要が出てくる。それでいいのか」
○市民感覚に沿う−船山泰範日本大教授(刑法)の話
 検察審査会の議決は、東京電力の旧経営陣は「万が一にも発生する可能性のある津波災害に対しても備えておくべきだった」と指摘した。具体的な予見ができなくても、漠然とした危機感を持っていれば管理責任を問えると判断しており、高く評価したい。原発事故の責任の所在を明らかにしたいという被災者の気持ちをくみ取り、強制起訴への道を開いたのは、市民感覚に沿った結論といえる。
○個人責任問えぬ−渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話
 大規模な自然災害による原発事故は会社組織として防ぐべきで、幹部とはいえ個人に刑事責任を負わせるのは妥当ではない。何より将来の事故防止策を企業と社会とが一緒に考えていくべきだ。東京電力旧経営陣の刑事裁判は長期化するとみられる。被告側は無罪を主張し、責任を免れるため事故原因の解明につながる情報提供を控えざるを得なくなり、再発防止にそれまでの経験を役立てることができないだろう。

*記事のバージョンは異なるが,コメント自体は同じものが,京都新聞20150801朝刊,西日本新聞20150801朝刊などにも掲載されている。
posted by justice_justice at 09:00 | TrackBack(0) | ■検察審査会・付審判 | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。