2018年03月17日

司法取引,いよいよ始まる

 新聞報道では,先年改正公布されていた刑訴法規程中,いわゆる司法取引などの規程群が6月1日から施行される。
 立体的に検討しなければならないが,当面,司法取引について,疑問点を列挙する。

 表題的に言えば,次の疑問だ。
  ○虚偽供述を生む密室取調べの合法化のおそれ
  ○犯罪の迅速な摘発と同時にえん罪の構造化の危険を伴う立法
  ○市民が納得できる量刑ができるのか疑問

(1) 司法取引は,他人の犯罪の捜査や公判での立証に協力すれば,犯人が自己の事件で有利な扱いを受けることが正当化されるが,虚偽供述による「えん罪」を生む危険性が大きくなる。取引対象になる犯罪も主に経済関連犯罪であるが,贈収賄事件や覚せい剤など薬物事件も含まれ,範囲は広い。捜査機関の権限濫用,えん罪の危険が高まる。
 また,司法取引後の量刑の正当性について,市民は本当に納得するのかも疑問が残る。
(2) 捜査機関が取調べで提供する利益供与も幅広く,他人を犯人に仕立て上げる危険性が大きい。
 検察官は,取調べの場面で,有利な扱いをえさにして自己の「見立て」をほのめかして供述を引き出すことが容易にできる。村木事件などで批判されてきた検察えん罪の構造がそのまま正当化されることとなる。
(3) 取引をする犯人の弁護人も,標的にされた事件の容疑者・被告の弁護人も,困難な弁護活動を強いられる。合意事件の弁護人は,標的となった事件についての情報は皆無である。標的事件に関する証拠開示をうける立場にもなく,自分の依頼者の供述の信用性を点検する手段はない。にも関わらず,合意は弁護人の同意を必要的なものと定める。この結果,これまでとは異なり,弁護人がえん罪を生む構図の中に巻き込まれることとなる。
(4) 容疑者・被告にとっては,自己の事件だけではなく,他人の犯罪についても情報提供することで早期の社会復帰の機会を得ることができる。それだけに,身近な者を犠牲にしてでも刑を免れたい誘惑に駆られる。虚偽供述は新たに犯罪として重く処罰されることを自覚するだけではなく,市民のモラルが問われることを深く自覚して自制するべきだ。
(5) 標的事件の弁護人は,常に引っ張り込みの危険を警戒し,慎重な弁護活動が求められる。必ず公判前整理手続を申し立てて十分な証拠開示を踏まえて,虚偽供述に基づくえん罪の危険性を暴く高度の弁護活動が日常的に求められる。安易に「自白事件」「争っても無駄な事件」という姿勢で臨むことは許されない。
(6) 裁判所の事実認定面で,客観証拠がない限り有罪にできないなどの歯止めもなく,これまでの裁判所の運用では,供述の信用性判断だけでも有罪を認めている。犯人が共犯者との犯行を自白する型であっても,この自白に物証など自白の信用性を裏付けられる信頼できる証拠は必要とはされていない。司法取引による供述を有罪の柱とする検察側立証については,取引過程自体の録音録画記録の提出を求め,事件性を裏付ける他の客観証拠がない限り「合理的疑い」が残るものと扱うべきであろう。
(7) 裁判所の量刑も困難に直面する。
 被告が犯罪を認め,反省と悔悟,被害弁償などの救済をしていることなど主に改善更生の有無・程度を量刑の重要な要素としてきたこれまでの量刑相場なり量刑分布とは全く異質の要素によって量刑を決めることとなる。
 捜査協力の程度,他事件解明の貢献度などの効率性を考慮せざるを得ない。これは,伝統的な正義観とは相容れない事情で量刑を軽くすることを余儀なくされる。
 基準がなくなり,量刑による正義の実現に対する市民の信頼が損なわれる危険がある。
 例えば,オレオレ詐欺などの犯人が同種事犯を犯している他のグループの情報を提供すると,小さな事件と扱われたり,軽い量刑になる。被害者などからみれば,全く納得のできない理由による不当に軽い量刑となろう。
 司法取引の合法化は,我が国の司法の世界の正義観を覆しかねない。
posted by justice_justice at 08:35| ■刑事訴訟法一般 | 更新情報をチェックする

2018年01月29日

渡部昇一氏の本〜『老年の豊かさについて』

 『老年の豊かさについて 生を愉しみ、老いにたじろがず』大和書房 2004年。渡部昇一氏著。
 同氏の膨大な著作の中のちいさな一冊だが,ざっくりと読んで,何カ所かなるほど!と思う箇所がある。
 自分の「老い」を考えながら,明石市立図書館でひとときを過ごす。
 本に言う,「居場所」。金なく,地位もなくなる「老後」に,「適法に居る場所」,「通う」と宣言しても奇異に思われない場所,そのひとつとして,明石市が用意しているのが,JR.明石駅,山陽明石駅南側のビル2階にある市立図書館。
 おそらくPFIの事業ではないか。民間委託した公立の施設。サービスはよい。
 さて,そんな一角にある4人用のテーブルに座って,この本を紐解く・・・・
 晩年,ここを自分の居場所のひとつにしよう,と思いながら,そうした居場所を確保することを勧める本を読む・・・
 居場所と社会参加と,そして,一人である場所,そうしたトライアングルをうまく築くことがこつだろう。
 勤務先は,定年後にはなんの意味ももたらさない。終わった関係ではなく,新しい関係を常に作ることを考えることだ。
 孫の名前の漢字の意味を,ずらっと並んだ図書館の辞書コーナーで調べて,コピーをとる,といったささいな楽しみの連続の中で,刻をすごす一方,国家,社会,地域にそれぞれ小さな関わりを持てる方法を考えてみよう。 

老年の豊かさについて.jpg
posted by justice_justice at 06:00| ●教養ー読書 | 更新情報をチェックする

2018年01月28日

『祖父たちの零戦』〜軍人が守った国のこれから〜

『祖父たちの零戦』 神立尚紀著,2010年(平成22年)発行,講談社zero fighter.jpg

「かつて日本には『零戦』という飛行機があった」。
 このドキュメントはこの一行から始まる。

 零戦登場から太平洋戦争の終結,そして生き残った零戦パイロット達の戦後の生き方を紹介するドキュメント。零戦とともに国家のために戦った男達の物語である。
 確かに,戦前,ある時期から軍部とくに陸軍主導で,軍国主義・侵略戦争の道に陥った面がある。ただ,国家政策はさておき,戦わなければならない戦争を誠実に堂々と戦った大勢の「軍人」達がいたことも事実だ。零戦を駆使して,性能が改良され数も拡充されたアメリカ軍との絶望的な戦いに挑まざるを得なかった男達が居た。思えば,彼らの生き残り達が,戦後の繁栄を実は支えてきていた。
 そうした世代の物語である。

 主人公の一人,進藤三郎氏は,筆者の取材にこう話した。
 「戦争中,誠心誠意働いて,真剣に戦って,そのこといささかの悔いもありませんが,一生懸命やってきたことが戦後,馬鹿みたいに言われてきて,つまらん人生でしたね」。

 また,今一人,戦後,キング・レコートの繁栄も支えた鈴木實氏。享年91歳。妻との最後の頃の対話が記されている。
 「あなた,もしも生まれ変わったら何になりたいですか」,「そうだな,俺は鳥になりたいなあ。鷲のような大きな鳥になって,また自由に空を飛んでみたい」,
・・・
 「空を飛ぶなら飛行機はどうですか?」。
  重ねて聞くと,
 「飛行機か・・・零戦はじつにいい飛行機だったよ。零戦ならもう一度,操縦してみたいな」
 苦しそうな息づかいながら,すぐにでも操縦したいような口ぶりである。
 「でもいまはもうちょっとむりですねえ」
 隆子が言うと,鈴木は一瞬,顔色を変え,
 「できるさ!」
 と,ややムキになって答えた。
 「零戦の操縦桿を握ったら,俺は誰にも負けん」
・・・
 零戦乗りであった誇りと矜持が戦後生き残った時代の支えとなった世代が消えていく。
 軍人精神に鍛えられた世代の消滅は,この国のこれからにとってなにを意味するのであろうか。

posted by justice_justice at 08:13| ●教養ー読書 | 更新情報をチェックする