2009年02月01日

●逆転の発想・・・「空飛ぶペンギン」bi Makiko


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2008年の4月1日、エイプリル・フールの日に、イギリスのBBC放送がニュースとして流した映像が話題なったが、非常にうまく作られていて、本当にペンギンたちが空を飛んだと信じた人たちも多くいたようだ。絶対に空を飛ぶはずのないものが空を飛んでいるという逆転の発想が、人々に大いにアピールしたようだ。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B6%F5%C8%F4%A4%D6%A5%DA%A5%F3%A5%AE%A5%F3

 だが、この「空飛ぶペンギン」というコンセプトは、旭川の旭山動物園では、もっと以前から実行に移されている。ペンギン館では、水槽の中に見学者の通れる通路があり、そこを通ると、頭上には、まさにペンギンが空を飛んでいるような光景が展開されるのだ。地上でヨチヨチ歩くペンギンはとても可愛いが、泳いでいるペンギンたちは、まるで魚であるかのように、すいすいとハイスピードで自由に動き回り、別の生き物のようだ。それを下から眺めると、まさに「空を飛んで」いる。

 このように逆転の発想は、旭山動物園ではいたるところに見られる。自由に暮らしている狼たちの真只中に人間が顔をのぞかせることの出来る、硝子張りのドームがある。人間が動物に見られるのだ。白熊の水槽の水面と人間の頭が同じ高さになる通路があり、水面下の白熊のお尻を見ることが出来る。ここでは、人間の頭が見えると、白熊は水面に何か餌が現れたと思い、突進してくる。(最近は、飽きてしまって、なかなかやってこないそうだ。)

 さて、空飛ぶペンギンに話を戻そう。水中を泳いでいるペンギンが空を飛んでいるように見えるのは、空と海にはかなりの近似性があるからのではないかと思わせる。どちらも色彩的にはブルーであるし、大自然の中で広大な広がりを持つ点で共通している。海に海流があると同様に、空には気流がある。海から蒸発した水が大気に満ち、そしてまた、雨となって海に降り注ぐのは、海と空を作っている物質が共通しているということである。

 昔の神話などで、どこか異国の人が海を渡ってやってきたという事実が、「天からやってきた」という伝承になることが多いという。「高天原」は海の向こうにあった、というような説を唱える人もいる。実際に、はるかかなたの水平線から何かこちらにやってくる光景は、遠くの空から何かがやってくる光景によく似ているのだ。また、「飛行船」とか「宇宙船」ということばも、海に浮かぶ「船」からきている。
 海と空が同じであるという発想は、言葉そのものにも表れている。「海」という字は「あめ」「あま」と読む。壬申の乱の勝者は「大海人皇子(おおあまのみこ)」であるし、海に潜って魚貝類を取る女性は「海女」である。空はもちろん「天」であり、これも「あめ」「あま」と読む。

 現代人は、海と空とはまったく逆のものであると思っているが、大昔の人々の意識では、そうではなかったようだ。ペンギンが飛んでも、特に「逆転の発想」などとは思わなかったに違いない。

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2008年10月24日

上海をたずねて (続編) 「騙す人、騙される人」by Makiko


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[上海のショッピングセンター]






●北京でもどこでも同じだと思うが、上海での買い物にはコツがいる。値切りを徹底してやらなければならない。店員が電卓を客に渡し、いくらなら買うかと尋ねてくる。客は自分が適切だと思う値段よりはるかに低い値段を提示する。そこから交渉が始まる。それも一つの品物だけではなく、何点か一緒にして「全部でいくら」というような提示のしかたをすることが多い。時には高級なものと安いものを一緒くたにするので、値段を決めるのに非常に複雑な計算が必要になる。たいていの場合、ほとんど何も考えず、適当な値段を提示するのだが、それを見た店員が笑顔のままなら、「しまった、まだ高すぎた。」と後悔する。店員がちょっと焦った表情をするくらいがちょうどいい。

●現地の人たちは、店員が怒るくらいの低価格で交渉を始める。そして、まるで喧嘩のような激しいやり取りの末に、客は「じゃあ、もう買わない」と言って店を出る。その時に店員が追いかけてきて「わかった。しかたないからその値段でいいよ。こっちは損したよ。」と言う場合は、その値段は妥当なものだったということだ。本当に店が損をするような値段であれば、店員は追いかけては来ない。交渉決裂である。

●商店街や観光スポットを歩いていると、何人もの中国人が片言の日本語で、「ロレックスの偽物あるよ」とか「偽物のブランド品はいかが」と、堂々と偽物の写真カタログを示してくる。本物でないのが当たりまえ、といった風情だ。たとえそれが犯罪行為でも平気なのだ。

●商店でも、「シルクのブラウス」「シルク100%」などと言いながら、色々と商品を薦めてくる。それを本物のシルクだと信じて値段交渉し、けっこう安く買えたと喜んでホテルに帰ってよく見てみると、「ポリエステル100%」と書いてあったりする。その時はとてもがっくりくる。騙されたと思い、非常に不愉快になる。

●だが、考えてみると、物を売る人間が客に対して正直であるのが当然と思うのは、そういう文化に暮らしている人間だけであり、最初から嘘を言って売りつけてくるのが当たり前の文化があってもおかしくはないのだ。 最初から騙そうとするのが当然なら、それを前提に、騙されないように商品を見極める目と、うまく交渉する術を身につけた上で買い物をするのが消費者としての正しい姿勢なのだ。

●「中国人は平気で他人を騙す」と日本人はよく言うが、騙されると知っている人間を騙すのは、本当の意味で騙していることにならない。日本でも、昨今、産地偽装の問題をはじめ、食品会社による消費者への裏切り行為が多く報道されているが、これは、騙されると思っていない人たちを騙しているのだから、もっと罪が重い。無防備の非戦闘員に対して軍隊が攻撃を仕掛けるようなものだ。

●日本の伝統である「相互信頼」の上に成り立つ社会を守ることはもちろん重要であるが、一歩外に出たら、まず「自己防衛」である。それが根底にあってはじめて、外国文化を楽しむことができる。

●上海では、私もしっかり騙された。「シルク100%」と称するスカーフを、「うまく値切って」1,300円ほどで買った。ホテルでよく見たら、「ポリエステル50%、シルク50%」と書いてあった。だが、意外に腹は立たなかった。シルクは50%入っているのだ。この「50%のまこと」になぜか妙に感動した。

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2008年08月18日

●オリンピック前夜の上海を訪ねて by MAKIKO 


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学会参加のため、初めて上海に行った。北京オリンピック前日まで、5日間の滞在だった。市内に入ってびっくりするのは浦東新区の中心である陸家嘴金融・貿易開発区の、新宿副都心を凌駕するほどの高層ビル群だ。しかも、ビル1つ1つのデザインが凝っている。変わった形のビルがたくさん集まっている様子はSF映画の未来都市を彷彿とさせる。長江の支流の黄浦江をはさんで、外灘(Bund)と呼ばれる租界時代の上海の中心地が広がり、当時の伝統的な西洋風建築物が多く残っている。外灘に立つと、この新旧の対比が左右に見渡せて大変興味深い。

また、空港から市街地をつなぐリニアモーターカーは最大時速430キロで、空港からの30キロの距離を7、8分で走る。あまりに距離が短いので、加速して最大速度になったあと、ほんの少し走るだけで減速しなければならないようだ。今のところ、ハイテクをアピールする目的以外には、あまり意味がない乗り物のようである。

学会の会場になった国際会議場に隣接する5つ星のホテルに宿泊したが、部屋に備えてあるエビアン1本の値段が80元(約1400円)なのに目が点になった。それに対して、中心街のマッサージ・サロンで1時間、夢心地でマッサージを楽しんだ値段が65元(およそ1100円)、さらにホテルからマッサージ・サロンまでのタクシー代が11元(約190円)と、大変お安い。外国人観光客を対象とするホテル内での物価と、一般市民対象の街中での物価との間の格差の大きさに、未だ先進国とは言えない現状を感じる。

さらに、買い物では、売り子が「値引きした」価格を提示するが、日本に比べると安いと思って購入すると、とんでもない損をさせられたことに後で気づくことになる。値切り続けていくと、最終的にはその価格のさらに半分以下の値段になることが多いからだ。最初に提示される価格が法外な高値なのだ。

時速430キロの超近代的なリニアモーターカーが存在する一方で、水道の水を飲むと下痢をするという衛生状況。中国最大の都会上海にはこのようなギャップが至るところにある。北京オリンピックを目指して急速に近代都市化した表の顔の裏に、いまだ発展途上国的要素が垣間見えるところが、現在のこの都市の面白さなのだろう。北京オリンピックが終わった後、このギャップが徐々に埋まっていって、本当の意味での先進国になるのか、あるいは、さらに大きな亀裂が生じて国家の存亡にかかわるような事態になるのか。「異形の大国」と呼ばれる中国の未来像はいかなるものであろうか。


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2008年05月29日

●Rの発音が語る民族のルーツ

「Rの発音が正しく出来たら、英語の学習は半分うまくいったことになる」とよく言われる。だが、Rの発音ほどバリエーションの多いものはない。英語のRはフランス語のRとはまったく違った音だし、ドイツ語、スペイン語などもRの音はそれぞれ異なる。中国語や日本語のようなアジア言語でその発音をRで表記していても、やはり言語によって音は全く違う。では、なぜそのような異なる音がみなRで表記されるのだろう。そこには1つの重要な共通点がある。それは、口腔内で、舌先がどこにもつかないということである。フランス語のように喉の奥を震わせるような発音にしても、スペイン語のように巻き舌の発音にしても、舌は歯の裏や上あごについていない。

では、日本語のRはどうだろう。実は日本語のRはRであって、Rでない。言い換えれば、Lの性質もあわせ持つ音なのである。ラリルレロと言ってみるとわかるが、舌先が微妙に口の中のどこかに触れている。もしどこにも触れないで発音すると、酔っ払いのように、いわゆる「ろれつの回らない」状態になる。かといって、Lの音のように舌先を歯の裏側にしっかりつけて発音すると、日本語にはまったくなじまない音になる。日本人は英語のRの発音が難しいと言うが、それと全く同じことが、英語話者が日本語を学習する時に起きる、彼らは日本語のラリルレロが正しく言えないのだ。言えないばかりか、その音を正しく認識できない。

かつて、コンピューターの音声認識ソフトを開発している研究所を訪れたことがある。本当に日本語を正しく認識するかどうか実験させてもらった。「ディスクが壊れるリスクがある」と機械に向かって話した。すると案の定、「リスクが壊れるリスクがある」と表示されたり、その逆で「ディスクが壊れるディスクがある」となったりした。コンピューターは日本語の「ディ」と「リ」の音をうまく聞き分けることができなかった。ある知人は自分の猫に「リス」という名前をつけたが、アメリカ人の友人はその猫を「ディス」と呼んでいたそうだ。コンピューターもそれと同じだった。「ディ」という音は、明らかに舌先を歯の裏側にくっつけて発音する。「リ」の音もそれに非常に似ているということである。やはり、日本語のラリルレロはRであって、しかもLなのだ。

数年前に、ハワイである発見をした。どこの資料館だったか忘れてしまったが、古い海洋図があった。そこにはハワイの地図が描かれており、何と、“Honoruru”と書かれていた。ホノルルのことである。もちろん現在の正しいスペリングは”Honolulu”である。このRとLの混同を目の当たりにし、私は感動した。日本人のルーツを見る思いがしたからだ。ハワイアンの人たちが現地語でホノルルと発音した時、アメリカ人にはそれがRかLか区別がつかなかったのではないだろうか。それで当初は”Honoruru”と表記したが、最終的にLを使う形に落ち着いたのではないだろうか。現在のハワイ語は、他の単語でもL表記が中心となっているのだ。

日本民族は太古の昔に多くの民族が混じり合って出来上がったと言われている。日本人の形質の多くは南方系民族のものらしい。東南アジアの人たちとそっくりな日本人が多いのはそのためだ。さらにもっと昔にさかのぼると、ハワイアンのようなポリネシア系の人たちとルーツが同じである可能性が高い。

昨年、ハワイのビショップ・ミュージアムに行った。そこの中庭で披露された「古式フラダンス」は、男性のダンサーが踊っていた。どこかで見たような動きだと思いつつ鑑賞していたが、突然はっと気が付いた。日本の有名な雅楽の踊りである「蘭陵王」の動きとそっくりなのだ。独特の水平の動きの特徴が非常によく似ている。Rの発音のことだけでなく、ここでもハワイアンと日本人は民族的につながっているのを強く感じた。







posted by justice_justice at 23:01 | TrackBack(0) | □世界ーまきこ先生が観る | 更新情報をチェックする
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