2009年04月24日

■和歌山毒入りカレー事件ー上告棄却判決について(下)

■共同通信の依頼により、今回の最高裁判決に関する総括的なコメントを出稿した。関心を持った加盟新聞社では採用してくれるだろうと思う。
 とりあえず、静岡新聞が、早速24日付け朝刊に掲載してくれたので、紹介しておく。
 記事の内容については、共同通信の担当記者と打合せの上、確認の機会をもらって配信している。また、顔写真掲載も要望されたので、当方から写真を送らせてもらった。

■静岡新聞09年4月24日(朝刊)25頁、「毒物カレー事件・最高裁判決−私の意見(上)/甲南大法科大学院・渡辺修教授−動機不明は犯人性弱めず」

 和歌山毒物カレー事件で、一審、二審の判決を支持した最高裁の上告棄却は妥当だ。被告宅台所から発見されたプラスチック容器付着のヒ素と、カレーに混入されたヒ素の同一性は、最先端の放射光施設、スプリング8を利用した蛍光線分析に基づく鑑定などで裏付けられている。
 この事実は、殺人事件の被害者の血液が付いた包丁が被告宅から発見されたのに匹敵する有力な状況証拠だ。しかも被告が事件前から夫や知人にヒ素入りの食べ物を出していた、今回の事件と類似する事実に関与していたことが「合理的疑い」を超えて証明されている。
 事件時にカレー鍋のあるガレージに被告が一人でいる時間帯の存在が、複数の住民の証言の積み重ねにより浮き彫りになった。犯行後、被告が親類にヒ素のことを口止めし、カレーの味見をした娘に医学検査をさせなかったことなど、犯人ならではの言動が認定されている。
 一審の有罪判決は、ヒ素の同一性という大黒柱を、事件前・事件時・事件後三方向から別の状況証拠で支えて被告の犯人性を認定する重厚な構造になっている。
 刑事裁判では百パーセントの有罪証明を求めることは不可能であり、検察官に求められているのは、有罪であることの「合理的疑いを超える証明」である。この水準を満たしたかどうかは、証拠の質と量、認定する事実の内容を総合的にみて判断することになる。
 一審判決は特定の証拠に寄りかかる有罪認定をせず、複数証拠から複数の事実を引き出して被告の犯人性を推認したもので、緻密(ちみつ)な証拠構造に「合理的疑い」を差し挟む余地はない。
 被告は控訴審でそれまでの黙秘を破り、娘と二人でガレージに居たので犯行関与の余地はないという弁解を詳しく述べたものの、事件直後に本人が作成したノートやテレビインタビュー、控訴審での弁護団の主張などと食い違いが残り、自己矛盾を伴う被告本人の説明は全体として信用できないと控訴審は判断したのだろう。上告審では弁護団が別人犯人説を持ち出したが、裏付けとなる証拠に乏しく、一審の有罪の証拠構造を揺るがすまでには至っていない。
 犯行の動機が解明できず、自白がないのに、死刑を選択することの当否も問題になるが、事件の本質は、被告がヒ素をカレーに入れたかどうかである。動機は、これを推認する有力ではあっても一つの手がかりにとどまる。動機未解明が犯人性を弱めることにはならない。
 また、ヒ素を夏祭りで地域住民の食べるカレーに入れるのは無差別殺人といってよく、四人が亡くなり、多数が中毒症状を起こし今も後遺症があるといった結果の重大性に照らしたとき、極刑選択は十分に合理性がある。
 一審判決は、被告が黙秘を貫いた事実そのものから有罪を推認することを固く戒めるなど、今後の刑事裁判の教訓も残しているが、なによりも緻密な有罪認定の手法は、プロのベテラン裁判官によるいわば名人芸とさえ言ってよい。
 こうした緻密な裁判は裁判員制度には求めることはできない。裁判員裁判で同一水準の有罪認定を行い、死刑を選択するのには、捜査段階から市民に分かりやすい証拠を積み上げ、否認・自白を問わず被疑者取り調べをすべて録音録画して記録に残すなど、証拠収集の方法を改善して、裁判員が「合理的疑い」を抱かない、揺るぎのない有罪立証を公判廷で展開する必要がある。

■他に、中国新聞09年4月24日(朝刊)5頁、熊本日日新聞09年4月24日(夕刊)2頁にも掲載。写真は、中国新聞より。


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2009年04月23日

■和歌山毒入りカレー事件ー上告棄却判決について(中)

□1:今回の和歌山毒入りーカレー事件最高裁判決を受けて、いくつかマスコミにコメントを掲載してもらったので以下、紹介する。まず、もっとも包括的に検討したものは次の産経新聞のものである。

■「真須美被告 死刑確定へ/動機 残る謎/『裁判員』難しい判断」産経新聞09年4月22日(朝刊)3頁
 ◆緻密な有罪認定「裁判官の職人芸」 □甲南大法科大学院 渡辺修教授
 1審判決を支持した最高裁の上告棄却は妥当だ。1審は、被告宅台所から発見されたプラスチック容器付着のヒ素化合物の亜ヒ酸とカレーに混入された亜ヒ酸の同一性について、スプリング8を利用した最先端の蛍光X線分析の手法の特徴と限界を十分に吟味し、再鑑定など3つの鑑定の結果も踏まえて慎重に認定したもので、これを有力な柱にして状況証拠による緻密(ちみつ)な有罪の事実を認定したものであり、説得力があった。
 被告は控訴審になって黙秘を破り事件の説明をしたが、事件直後に本人が作成したノートや控訴審での弁護団の主張とも食い違っているもので、信頼に値するか疑問が残った。被告側は、控訴審では過失の可能性があるとする主張や、上告審では第三者が犯人とする主張も加えるなど防御方針にぶれがあり、1審判決に「合理的疑い」を抱かせるものではなかった。1審は亜ヒ酸を食べ物に入れてマージャン仲間や夫に食べさせて保険金を得た殺人未遂事件への関与も「合理的疑いを超える証明」により認定し、複数の住民の証言によって犯行場所に1人で所在した事実などが推認できるとしたもので、控訴審に続き、最高裁も1審の精密な有罪認定を支持したのは当然だ。
 自白など確実な証拠がないのに心の中の一断面を「動機」と推認し、犯人性や殺意を認める土台にするのは適切ではなく、1審が「動機」が解明できないとし、控訴審も身勝手な動機と認定するのにとどめたのは適切である。大量の亜ヒ酸を夏祭りで出すカレーに混入したのは無差別殺人と呼ぶべき犯行態様であり「動機なき死刑判決」も是認してよい。
 1審は審理に時間をかけて状況証拠をたんねんに検討し、犯行前・犯行時・犯行後の小さな事実を積み上げて被告の犯人性を浮き彫りにしたもので、最高裁が上告を棄却することにより、プロの裁判官の職人芸のみごとさを示した名判決が歴史に残ることになった。

□2:内容は同一であるが、短めにまとめたコメントとして以下のものを掲載してもらっている。

■「林真須美被告、死刑確定へ――「裁判員」へ難題残す、立証、状況証拠のみ」日経09年4月22日(朝刊)38頁
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 最高裁の判断は妥当。一審は最先端の鑑定で、被告宅や被告周辺で発見されたヒ素とカレー内のヒ素を同一と認定。さらに犯行前の亜ヒ酸を使った夫らへの殺人未遂事件、複数の住民等の証言から現場に被告がいた可能性のあること、犯行後親類に亜ヒ酸のことを口止めしたことなどを丹念に積み上げた。上告審で「第三者犯人説」を持ち出しても最高裁を説得するのは無理だった。動機が未解明でも被告の犯人性は十分に認定できるし、死刑選択もやむをえない。
■「最高裁判決、識者の見方は/状況証拠を支持適切・一般人に判断困難/和歌山カレー事件」朝日新聞09年4月22日(朝刊)34頁
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「上告審で被告側は、犯人性を覆すような主張や証拠を示せなかった。緻密(ちみつ)な状況証拠を積み上げた一、二審を最高裁が支持した結論は適切と言える」と指摘。「取り調べの全面的な録画が実現され、被告の態度などが把握できれば、裁判員裁判であっても、状況証拠しかない否認事件を裁くことは十分できるだろう」と話す。
■なお、朝日新聞同日付けで、関西で配布された版には、次の内容でコメントを掲載している。
「上告審で被告側は、犯人性を覆すような主張や証拠を示せなかった。緻密(ちみつ)な状況証拠を積み上げた一、二審を最高裁が支持した結論は適切と言える。裁判員制度を前に、科学鑑定の結果は専門家が市民に分かりやすく説明し、複数の鑑定で立証できる体制を整えるべきだ。さらに、取り調べの全面的な録画が実現され、被告の態度などが把握できれば、裁判員裁判であっても、状況証拠しかない否認事件を裁くことは十分できるだろう」。

□3:この事件を通して、裁判員裁判の課題も透けて見える。特に審理の長期化と状況証拠しかない事実認定に裁判員がたえられるかが課題となる。次のようなコメントを出している。

■「最高裁動機示さず/最大の謎残したまま/毒物カレー事件/最高裁判決」西日本新聞09年4月22日(朝刊)34頁
 ●ヒ素の一致は有力証拠 ▼渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 上告棄却は妥当で常識的な判決だ。「状況証拠を積み重ねた立証」といわれるが、カレーのヒ素と林真須美被告宅のポリ容器などから採取したヒ素の同一性を明らかにした鑑定結果は、凶器発見に匹敵する有力証拠。結局、一審の緻密(ちみつ)な事実認定を弁護側は崩すことができなかった。今回のような大型否認事件では、裁判員も長期間の審理など相応の負担を覚悟する必要があり、気軽にはできない。法曹三者も争点整理に基づき過不足がないよう証拠を整え、分かりやすい立証が求められるだろう。(共同)
■「和歌山毒カレー事件/裁判員制度への課題/長期化、負担減の必要(解説)」読売新聞09年4月22日(朝刊)13頁
 渡辺修・甲南大教授(刑事訴訟法)は、「公判前整理手続きで争点を絞り込みすぎず、長期間の審理に耐えうる裁判員を選任する必要がある。的確な立証と弁護活動が行われ、裁判官がきちんと説明すれば、裁判員も適切な判断ができるはずだ」と話す。

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2009年04月22日

■和歌山毒入りカレー事件ー「産経新聞の報道」と謝罪のことば

 産経新聞の報道について
 大変申し訳ないことをした。
 産経新聞平成21年4月22日(朝刊)3頁に、
ブログ編者は
 「緻密な有罪認定、『プロ裁判官の職人芸』」と題する寄稿文を掲載する機会をもらった。
 原稿は担当記者と事前に打ち合わせの上、文章を提供して字句訂正を受けて掲載してもらった。内容の当否・是非など内容に関する責任はブログ編者が負う。
 ところが、その横に、笑顔の肖像写真が掲載されている。
 今回の重大な事件について、不謹慎な表情で語っている印象を読者に与えている。
 このことについて、深くお詫び申しあげたい。
 特に亡くなられた4名の方々、そのご遺族の方々、そして被害を受けた大勢の方々に心よりお詫び申しあげたい。
 死刑判決を受けた被告人の方にもかかる不謹慎な姿勢で事件を扱っている印象を与えていることに、心より謝罪しなければならない。

 念のため、説明をさせてもらう。
 第1。寄稿にあたり、産経新聞の担当記者から写真掲載の相談はなかった。笑顔の写真掲載には同意していない。読者の方々には弁解がましいが、無断掲載だ。
 通常、顔写真掲載の場合には、その点も担当記者と打合せをする。こちらから適当な写真を提供するか、記者が撮影に来る。今回、産経新聞はこのプロセスを省いた。
 第2。笑顔の写真は、数年前に全く別の話題で産経新聞に掲載されたものを転載している。今回の取材とは全く関連していないものだ。寄稿の内容と表情がミスマッチなのは当然だ。
 第3。編者は、可能な限り、マスコミの取材には協力し、専門的な話題について、読者に理解してもらいやすい材料提供をするように心がけている。今回の寄稿の依頼にも手元資料など整理しピントが外れないよう注意して原稿を準備した。むろん、こうした社会的に重大な事件について、笑顔でコメントを語るような不謹慎な姿勢を示すことはない。
 産経新聞が、記事構成の際、こうした組み合わせをあえて選んだ理由はブログ編者にも理解できない。

 
 記事を読まれた方に不快感を与えたこととと思う。
 大変申しわけがない。深く謝罪したい。
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2009年04月21日

■和歌山毒入りカレー事件ー上告棄却判決について(上)

■和歌山カレー事件の上告審判決が出た。
 被告側の上告を棄却するというものだ。
 このカレー事件への思い入れは深い。事件当時、前任校にいた。ゼミ生と何度も和歌山入りして合宿を組み、公判を傍聴し、被告宅付近を巡った。「法学部ゼミ生」と学んでいた牧歌的なときであった。
 「法科大学院時代」など予想もしなかったときの事件なのである。 
 さて。
 判決内容はごくシンプルである。一審の判決を是認した控訴審に問題がないことを確認するものであり、一審判決の骨子を再整理しただけのものである。
 @カレーに混入されたものと組成が同じ特徴を示す亜ヒ酸が被告宅から発見されていること。A被告の髪から亜ヒ酸が顕出されたこと。B被告のみがガレージでカレーに亜ヒ酸を入れる機会を有しており、現にふたをあける場面が目撃されていること等に照らして、法411条を適用して事実誤認を認めなければならない著反正義事由はない、というものだ。犯行動機が解明されていないことも被告の犯人性の認定に影響はないと断定する。むろん、犯行態様の悪質性、結果の重大性に照らして死刑もやむをえないとした。
妥当な結論だと思う。
 一審の有罪認定の構造を揺るがすのは難しいと思う。一審以来の調査資料を見直し、新聞記事を概観しても、そう思う。
 それをフォローするため、以下には、過去のコメントをまとめておく。

■控訴審判決に関して
○秋田魁新報05年6月29日(朝刊)22頁
 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「科学鑑定など客観的な証拠で犯人性が認められるのであれば、動機の解明は不要」と指摘。「動機を重視すると、捜査段階の取り調べが虚偽自白の温床になる。状況証拠から有罪を認定した一、二審の姿勢は評価される」と話した(【共同通信/秋田魁新報】)
○中日新聞05年6月29日(朝刊)33頁
 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「科学鑑定など客観的な証拠で犯人性が認められるのであれば、動機の解明は不要」と指摘。「動機を重視すると、捜査段階の取り調べが虚偽自白の温床になる」と話し、動機不在も、やむを得ないとの立場を示した。

○日本経済新聞05年6月28日(大阪夕刊)19頁
 一審で検察側が「合理的疑い」を超える有罪の証明をした以上、控訴審では被告が一審に重大な誤りがあることを説明する責任があったが、犯行時に二女と一緒だったとする被告の説明だけでは住民らの供述の信用性を覆す力はない。
 被告の犯人性を支えるのは、大型放射光施設「スプリング8」を利用した鑑定など、先端科学による証拠だ。被告宅の台所と住民が食べたカレーから見つかった亜ヒ酸の同一性が揺るがない以上、控訴審が一審判決を支持したのは理解できる。

■一審判決に関して
○産経新聞02年12月12日(朝刊)3頁
◆状況証拠事実認定のモデル 神戸学院大(刑事訴訟法)渡辺修教授 
 極刑を選択した判決の理由は説得力がある。決め手は、捜査段階の科学鑑定だ。被告宅で発見された亜ヒ酸などとカレー鍋の亜ヒ酸が科学的に一致することを示す証拠は、犯行と被告を結び付ける直接証拠にあたる。犯行自体は、亜ヒ酸をカレーに投与する単純なものだから、凶器と被告の結び付きが立証できれば、有罪の骨格はできあがる。
 殺意の認定も納得がいく。検察側は、住民とのトラブルに端を発した感情のもつれと、マージャン仲間の殺傷による保険金ねらいを重ねて「殺意」が生まれるというストーリー性の強い主張をしたが、証拠の裏付けが乏しい。判決は、亜ヒ酸の致死性を認識しながら、カレーに投与した事実をベースにして故意を認めた。また、検察側は、保険金殺人目的の亜ヒ酸を使った殺人未遂事件を類似事実として扱い、その積み重ねが犯人性を高め、さらにカレー事件の犯意を生むと主張したが、こうした予断と偏見を招く証拠の見方を退けた。公正で合理的な認定だ。
 この事件の特徴は「自白なき裁判」だ。だから、検察側は状況証拠による事案解明を目指し「SPring−8」に注目した。証拠を破壊せず鑑定を実現した検察の姿勢が裁判段階の再鑑定を可能にし、それが有罪判決の柱を作った。取り調べで自白の強要を生まなかった捜査側の慎重さと、連日の接見で監視を怠らなかった弁護側の姿勢も注目すべきだ。
 「黙秘する被告」に被害関係者から強い非難が集まったが「冤罪(えんざい)」を生まない最後の防波堤が黙秘権だ。法廷で被告が黙秘しても、「合理的疑いを超える証明」によって有罪を明らかにするのが、刑事裁判の「かたち」だ。自白がなくとも国民の納得する有罪判決を示した裁判所の姿勢は、状況証拠に基づく事実認定のモデルとして歴史に名を残すだろう。(寄稿)

■第1回公判に関して
○毎日新聞99年5月13日((夕刊))
◇全面証拠開示を−−神戸学院大教授・渡辺修氏(刑事訴訟法)
 被告の供述調書が一通もないまま裁判が始まった。これを異例の展開とみる向きもある。容疑者が捜査側の追及で「自白」してこそ刑事事件は「一件落着」するという理解があるからだ。だが、密室の取り調べで捜査官に連日、長時間の追及を受ければ、容疑者は虚偽自白を余儀なくされ、えん罪を生みやすい。憲法はその防波堤として「黙秘権の保障」を宣言した。「自白なき裁判」は、憲法が予定したものだ。
 憲法に従えば「自白中心」捜査には限界があるが、「状況証拠中心」捜査を確立するにも工夫がいる。例えば、犯行現場付近で紙コップを持つ被告に関する目撃者の記憶は淡雪と同じ。時とともに薄らぐ。住民、家族との会話やニュースによって、本人も気付かぬうちに変形する。マスコミの取材で話したことと警察の事情聴取で供述したことが食い違うこともある。だから、事情聴取ごとに供述を正確に記録する必要がある。それは、捜査官が内容を要約する供述調書では無理。テープ録音、ビデオ録画を使って目撃者の「生のことば」を残すべきだ。
 状況証拠による裁判で「実体的真実」を迅速かつ適正に発見するには、起訴と同時に、検察側が手持ちの証拠すべてを被告側に開示する「全面証拠開示」が不可欠だ。事実を争う裁判が長期化する一因は、検察側が控訴審になっても次々と手持ちの証拠を出す「五月雨」立証をするからだ。全面開示がなされれば、被告側は防御すべき証拠の範囲が分かるし、被告に有利な資料が埋もれたままになるのを防止できる。被告に有利な証拠が多少あっても、検察側が確固たる証拠で有罪を証明することこそ、有罪判決に対する国民の信頼の基礎となる。
 今回の法廷では、裁判所は被告席を弁護人席の前に設けた。自白した被告を裁判官正面に据えて裁く「お白州」型とは異なる。被告の防御の権利を尊重する姿勢を示すもので評価できるが、ヒ素の同一性に関する科学分析など状況証拠についても、両当事者の主張を公平に聞く姿勢を貫いてほしい。裁判所が「科学の神話」に惑わされない事実認定をするためには、今回使った最先端機器と同程度の機能のある国内外の施設などに再確認してもらう慎重な姿勢が必要だろう。
 米国の陪審裁判では、被告が黙秘するのは通常のこと。取り調べ段階から弁護人が防御活動をするのも当たり前。それを前提にして、有罪認定に必要な状況証拠の質と量を、市民が陪審員となって判断する。
 今回の事件では、自白がない以上、検察側は犯行動機の特定や詳細な立証はしにくいが、刑事裁判の事実認定の鉄則は「(その容疑者が犯人であることに対して)合理的な疑いを差しはさめない程度までに犯罪の証明がされている」ことである。動機を含めて犯行と被告を結ぶ状況証拠の質と量が適正かどうか、わが国でも国民が直接監視するシステムが必要である。法廷のテレビ中継、さらには陪審の導入など、今回の事件をきっかけにして刑事裁判の新しいあり方も考えるべきだろう。

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2008年08月03日

■和歌山毒入りカレー事件ー10年を思う  by GISHU


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■ 和歌山市の郊外、園部で地区自治体の夏祭りの日、住民が準備したカレーを食べた大勢の住民が中毒になり、後に4名が亡くなった。いわゆる「和歌山毒入りカレー事件」である。
 もう10年経つ。当時、前任校にいて、学部の物好きの集まるゼミを主催していた関係上、いずれ捜査が落ち着く頃、現地取材を含めて裁判傍聴まですることになるとゼミ生に話したのは、後期の授業が始まってから。だから、関係する新聞記事を切り抜いておけと指示した記憶がある。
 その後、和歌山には何度も足を運び、ゼミもなんども現地合宿を組んで勉強をし、そして遊んだものであった。「活きた法を学ぶ」場であった。
■ さて。
 この毒入りカレー事件では、被告が捜査から一審にかけて沈黙したことが事件解明を困難にした。
 だが、一審判決は被告宅とカレー鍋から発見された亜ヒ酸が同一であること、被告がカレー鍋を一人で見張る機会のあったことなど状況証拠に基づいて被告を犯人と認定した。
 被告が犯行を行った、うなずける動機を解明する証拠は浮かび上がらなかった。少なくとも犯人と疑われた被告が黙秘した以上、証拠に裏付けられた動機解明は無理であった。

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*写真は99年3月当時の被告宅(今は公園になっているというが、編者はその後訪問したことはない)。

 しかし、混入された亜ヒ酸の量が強い殺意を物語ることは、一審も控訴審も認めた。
 もっとも、被告は控訴審では娘といっしょにガレージにいたことなど当日の行動を弁解した。しかし、一審の手堅い証拠評価を崩せなかった。スプリング8を利用した蛍光X線分析の手法を取り込むなど一審判決は今でも状況証拠による有罪認定のモデルである。
■ カレー事件の起訴から一審判決までほぼ4年かかったが、将来裁判員裁判になっても否認事件には時間がかかる。
 市民の負担回避を口実にした拙速な裁判の結果、えん罪を生む危険は避けねばならない。
 もっとも、実はこう思っている。
 毒入りカレー事件の捜査段階で、万が一にも、被疑者取調べの録音録画が実現していれば、黙秘の不自然さが記録に残っていたはずだ。
 これが、有罪証拠に加わる。
 そうであれば、裁判員は不自然な黙秘の事実を含めて、状況証拠を全体的総合的に判断することができる。取調べ室で、刑事の世間話には応ずるが、いざ肝心の事件のことにあると、急に黙して語らなくなる姿勢には、不自然を感じても不合理ではない。
 その意味では、自白がなくとも、死刑を選択する決意をささえるしっかりした有罪の確信を得ることは可能であったかも知れない。
 被疑者取調べ可視化は、違法不当な取調べを回避し、真相を解明し、被疑者・被告人の権利を擁護し、そして、裁判員裁判における極刑選択を支える上で、
不可欠だと思う。
■ Spring8を使った「蛍光X線分析」によって亜ヒ酸の同一性鑑定がなされたが、これを担当したN教授は、マスコミの取材に応じて、テレビで簡単な解説を行った。
 図面とグラフを使ったわかりやすい説明であった。化学分析の原理まで理解できなくても、その技法を使ってなにが解明されるのか、一般市民にも分かりやすく解説することは、プロであれば可能である。
 であれば、法律家が工夫しさえすれば、カレー事件で証拠になった各種鑑定について、それぞれの専門家に法廷にいる裁判員にも十分に飲み込めるように、説明してもらうことは可能となる。
 法律家がわかりやすい審理を実現すれば、毒入りカレー事件のような難事件でも普通の市民がたじろぐことなく裁判員になり、公正に裁くことは可能だろう。
 そして、自白ならぬ「黙秘の録音録画」があれば、それを含めて、死刑選択にも躊躇をしない有罪の立証構造を固めることができるのではないか。
 そんなことを思って東京新聞、中日新聞に次のようなコメントを掲載した。
***<中日新聞08年7月26日>***
(1)「一審判決は今でも状況証拠による有罪認定のモデルだ」。「動機解明の証拠はなくとも、混入された亜ヒ酸の量が強い殺意を物語ることは一審も控訴審も認めた。被告は控訴審で娘と一緒にいたことなど当日の行動を弁解したが、一審の証拠評価を崩せなかった」。
(2)「この事件で、被疑者取り調べの録音録画が実現していれば、黙秘の不自然さが有罪証拠に加わり、裁判員は自白がなくとも有罪の確かな手応えを得た可能性がある」
 *東京新聞08年7月25日朝刊は、(1)まで掲載。
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