2010年09月14日

■村木事件・上村事件ー捜査力低下

■ 2010年9月11日の北海道新聞全道版(朝刊)、「文書偽造事件*村木厚労省元局長に無罪*「基礎欠けている」*現場検事から批判の声」は興味深い。特捜捜査の今後のあり方を検討するものだからだ。
 検察関係者のいくつかの声を紹介する。

■ 例えば、、、、
 「村木厚子元局長(54)への無罪判決を受け、検察幹部らは一様に厳しい表情で感想を述べた。大阪地検の多くの幹部は「何も言えない」と口を閉ざした。幹部の一人は「あまりにも捜査の悪い部分だけがクローズアップされている。今後への影響が心配だ」と話した」。

■ 以下、いくつかの発言が紹介されている。以下も記事の引用だ。
 「検察首脳の一人は、裏付け捜査の不足について、「たまに起こり得ることで、不幸な事件」と述べる一方、「すぐ分かることなのに、どうなっていたのか」と、捜査幹部の指導に疑問を呈した。
 別の幹部は「当時の野党議員になぜ便宜を図らなければならないのか。動機がはっきりせず据わりが悪いひどい捜査」と断じ、「特捜不要論も出てくるかもしれない」と危惧(きぐ)した。
 現場からも厳しい声が上がった。特捜部経験のある中堅検事は「基礎的なことが欠けている。前時代的な取り調べで、本当かという気がする」と捜査を批判。「今後、捜査がやりにくくなるだろうが、粛々とやるしかない」と話す若手検事もいた。
 一方、別の若手検事は「取り調べを担当した検事ばかりが批判され、指示した者の責任が問われていない。幹部の責任をはっきりさせなければ、組織の立て直しはできない」と述べた」。

■「捜査力」低下。
 これが一番恐い。
 「地検特捜部」を名乗っても、取調べなど捜査に協力しない市民が増えかねない。「耳を傾けない」検事。そんな捜査のやりかたになるから、協力しない。逮捕勾留しても、弁護人とともに戦う。
 結局、虚構のストーリー押しつけ、という無様な捜査を強行した検察庁自身が、取調べの場をもっとも汚していることが露呈した。
 取調べとは、収集した証拠によって被疑者を弾劾する場だ。説明できない窮地に追いこめる準備を調えて、事実を語らせるものだ。
 信頼と反省。お上へ頭を下げる気持ちですべてを告白する場、、、これが今の警察・検察のとらえ方であるが、「笑ってしまう」。
 非近代的な取調べ観。江戸時代の岡っ引き捜査と同じ発想方法だ。
 そして、今回、その延長線で、検事が、犯罪をでっち上げた。
 市民の不信感は深く、強い。
 深刻に反省すべきだ。組織改編さらに解体も視野に入れて、、、
n そして、ないよりも、取調べ適正化=可視化が急務であることは何度も繰り返すに価する。
だから、次のコメントを出した。

****************

全過程で可視化を
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 無罪は当然。上司から指示された「国会議員の依頼」を部下にやらせたというストーリー自体に無理があった。検察が作成した調書に認められてきた高度な信用性を、裁判所が安易に認めない姿勢を示したことも画期的だ。特捜部の見込みを密室の取り調べで押し付ける「自白中心捜査」では真相を解明できないことが明白になった。特捜部の取り調べを全過程で可視化しなければ、失われた信頼は回復できないだろう。
posted by justice_justice at 05:46| ■(ケース)村木事件・上村事件 | 更新情報をチェックする

2010年09月13日

■村木事件・上村事件ー「シナリオ」捜査解体

■村木事件・上村事件の検討、続く。
 読売新聞2010年9月11日(朝刊)、「厚労省元局長に無罪判決/検察「シナリオ」に固執(解説)」は、事件の背景を分析する「解説スペシャル」の記事だ。すこし引用しよう。

 曰く、「◆主任検事大きな権限 チェック機能働かず/今回の判決は、強制捜査の着手前に、事件の筋立てを作り、それに沿った証拠を集めたり、供述調書を作成したりするという特捜部の捜査の危うさを浮き彫りにした。村木被告の指示を認めた厚労省元係長・上村勉被告(41)らの供述調書の証拠請求を却下した5月の地裁決定でも、そのことは指摘されている。「記憶があやふやなら、関係者の意見を総合するのが合理的じゃないか。私に任せて」。上村被告は取り調べ時、検事にこう言われ、村木被告の指示を認めた調書の作成に応じた。
 これについて、横田信之裁判長は「捜査官が想定する内容の調書を作成し、署名を求めることは相当でない」と指摘。自称障害者団体「凛(りん)の会」の元会長・倉沢邦夫被告(74)の取り調べについても「誘導があった」と述べた」。

 解説記事の趣旨を踏まえて、次のコメントを掲載してもらっている。

************
 ◆「可視化」求める声加速も 
 今回の判決で、すべての取り調べ過程を録音録画する「全面可視化」を求める声が強まりそうだ。
 渡辺修・甲南大教授(刑事訴訟法)は「検察官が密室で自分の見立てを押しつけるだけでは、真相解明に至らないことが明らかになった」とし、「信頼回復のためにも可視化を導入すべきだ」と主張する。
posted by justice_justice at 05:00| ■(ケース)村木事件・上村事件 | 更新情報をチェックする

2010年09月12日

■村木事件・上村事件ー検察取調べ適正化

■日経も、村木事件無罪判決を受けて、識者のコメントを載せている(「村木元局長に無罪――識者コメント、取り調べ検事は謙虚な気持ちで」日経2010年9月11日(朝刊))。
 例えば、東京地検特捜にもおられたことのあるこの分野の第一人者、元最高検検事の土本武司・筑波大名誉教授は、同紙に、次のコメントを載せている。
 
 「元局長の元部下らが捜査段階と公判で供述をひっくり返した今回のケースは、捜査段階の取り調べに無理があったのかもしれない。検察には描いた構図に沿った捜査をしがちな面があり、(元局長の関与を認めた)元部下らの捜査段階の供述の真偽を確かめる姿勢が足りなかったのだろう。ベテランが集まった特捜部でも過ちを起こしうることを深く反省すべきだ。
 取り調べを担う検事には容疑者や被告の話を虚心坦懐(たんかい)に聞く態度が必要。真実を見抜く力を養うには鍛錬しかないが、自分には力が欠落しているのではないかと常に謙虚な気持ちでいることが欠かせない」。

 同じ欄で、ブログ編者は、やや違った角度からのコメントを掲載してもらった。
まずは、検察取調べの完全可視化。
 これは、以下のものだ。
 しかし、もっと巨視的にみると、「特捜解体」。
 これは、次に論じようと思う。

**************
 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法) 
 検察がずさんな捜査で築き上げた虚構のストーリーを判決が指弾した形になった。裁判所は特捜部が密室の取り調べで作成した調書の多くを証拠採用せず、残りの調書もことごとく信用性を否定した。
 かつて巨悪を暴いてきた特捜の「自白中心捜査」がもはや時代遅れで、破綻していることを意味する。
 失墜した国民の信頼を回復させるためには、取り調べの全面録音・録画の実現は不可欠。
 その上で、自白に頼らない客観証拠を重視した捜査手法を確立させていく必要がある。
posted by justice_justice at 00:04| ■(ケース)村木事件・上村事件 | 更新情報をチェックする

2010年09月11日

■村木事件・上村事件ー「犯罪の証明がない」真っ白の無罪

■厚生労働省のキャリア女性官僚が証明書偽装を指示したとして起訴された事件。
 昨日、無罪の判決がでたことは、今朝のニュースに詳しい。
 捜査から起訴、裁判へと報道をたどっていたが、当初からの疑問は、「議員案件」処理が、動機であったという位置付け。
 「????」、という気持ちを抱きながら、事件をみていた。
 官僚が、野党大物議員から、便宜供与を求められたとき、適正、適法に処理できないのに、これを不正に行なう、、、そんなことするか???
 議員にどう報告する?もしばれたら?(そして現にばれている)、議員も共犯になるぞ???
 疑問はこの一点に尽きていたが、その後の報道が、検察の見込みだけを報道し続けていた中で、「???」が「やはりな」「あるかも」と思ったりもした。
 が、ささやかな疑問を持ち続けたのが正解であった。
 検察の密室取り調べが虚構のストーリーを上村氏はじめ関係者に押しつける構図。
 絶対にやってはいけない特捜捜査のダークサイド。
 結局、密室取調べが、犯罪を作り出す場になった。
 いろいろな思いがあるが、とりあえず、朝日新聞2010年9月11日(朝刊)に、次のコメントを掲載してもらった。

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取り調べの適正化急げ
甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)の話

物的証拠を軽視した、取り調べ偏重の特捜捜査の崩壊を示す判決だ。「密室での誘導や押しつけ」とも言えるやり方で、あらかじめ決めたストーリーを強引に仕上げた、と裁判所が認めたに等しい。アリバイの見逃しなど、基本的な裏づけ捜査の甘さもあらわになった。ただ、供述調書が事件の解明に不可欠なことに変わりはない。特捜部の出直しには取り調べの適正化が急務で、直ちにすべての過程を録音・録画する可視化を実施すべきだ。
posted by justice_justice at 05:09| ■(ケース)村木事件・上村事件 | 更新情報をチェックする
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