2012年04月01日

■「特捜部」断罪ー密室捜査の終焉/特捜解体再論

■「検察再生、再び難局、「陸山会」で虚偽記載発覚、改革の軌道修正も」
 日経2012年3月31日(朝刊)は、大阪地検特捜の元検事達に対する有罪判決を受けて、解説記事を載せた。以下、引用する。
 その中に、ブログ編者のコメントも採用されている。
***以下、引用***
 大阪地検特捜部の捜査資料改ざん・隠蔽事件で、元特捜部長らを有罪とした30日の大阪地裁判決は、検察組織の体質そのものに批判の矛先を向けた厳しい司法判断といえる。事件発覚から約1年半。道半ばの組織改革に一段の加速が求められそうだ。
 一連の事件を受け、法務・検察当局は昨年7月から、取り調べの録音・録画(可視化)導入や特捜部の組織改編などを柱とする検察改革に着手し、今年6月にも笠間治雄検事総長自ら検証結果を発表する方針。
 改革の目玉は(1)特捜部などの取り調べで全過程を含めた可視化を試行(2)特捜部の組織変更とチェック機能の強化(3)最高検に改革推進室や監察指導部を設置――など。不祥事の舞台となった特捜部の体質にメスを入れることが最大のテーマだ。
 特捜部改革では、東京、大阪、名古屋の各特捜部で独自捜査部門を縮小。改ざん・隠蔽事件で、検事正ら幹部が捜査現場の不正を防げなかったことを重視し、最高検は4月以降、全国の地検で部下が上司を評価する制度も新たに導入する。・・・ 検察幹部の一人は「判決の指摘はかつての検察に向けられたもの。様々な改革が進み、不祥事を隠しにくい体制も整い始めたはず」と強調してみせるが、改革には暗雲が垂れこめ、今後、軌道修正を迫られる可能性もある。
 一連の事件で問われたのは、自らに都合の良い構図で事件をつくり上げ、有罪に向け、後戻りできない検察組織の体質だった。判決は、検察組織に厳しい視線を投げかけた。その指摘は、法と証拠に基づくという刑事司法の原点回帰を求めただけではなく、検察改革が目指す検事一人ひとりの意識改革を迫ったともいえる。
 信頼回復を目指し、検察改革に向けた本気度が試されている。
***引用終了***

■ 甲南大法科大学院の渡辺修教授の話 
 改ざんが故意ではないと信じたという被告の主張は不合理で、客観証拠や供述の信用性に照らせば有罪判決は当然。実刑もあり得ると考えていた。検事と元検事による泥仕合を、市民は「検察の内輪争い」と冷ややかに見るだろう。市民も交え、解体も含めた特捜部のあるべき姿を議論することが必要だ。
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2012年03月30日

■『特捜』有罪ー「特捜部」の終焉、検事の不「本分」

■2012年3月30日の午後、いわゆる郵便不正事件に関連して、偽造証明書の原案が保管されたFDを、特捜検事が改ざんしたことを知りながら、適切な捜査をしなかった大阪地検の特捜部元部長、元副部長に対して、犯人隠避罪で、執行猶予のついた有罪判決が出た。求刑が1年6月ともともと軽かった。それに、かくだんの事情とも思えないが、執行猶予が付された。
 その判決要旨を読んだ最初の感想として、とりとめもなくまとめたのが、次のものである。

120331_asahi.jpg***

(1)「特捜のエース」達の権力犯罪に有罪が宣告されたことは重い意味を持つ。選挙と市民参加で政権が動く時代になったのに、特捜部が存在意義を強調しようとして功を焦り郵便不正事件をでっち上げようとしたことが事件の背景にある。
 密室で作ったストーリーにあわせて政治経済の根幹に関わる大型事件を摘発する特捜部の「国策捜査」はもはや時代遅れだ。特捜部解体を再度検討するべきで、政権党が責任ある判断を示すべきだ。

(2)証拠改ざんを巡り、今回の有罪判決を含むと3人の「特捜部」検事が有罪判決を受けた事実を検察庁は深刻に受けとめるべきだ。特捜部の捜査も、密室の取調べ室で容疑者に「反省と自白」を強引に迫る旧態依然たる捜査が中心で、自白さえとれれば自ら保管する物証の改ざんも是認する風潮を生んだ。
 その上、事件当時の特捜部長、副部長が部下の犯罪を隠蔽して犯罪の屋上屋を重ねた。「正義の殿堂」である検察組織が実は自浄作用も危機管理もできない単なる官僚機構であることがはっきりした。
 今後、容疑者取調べの全面可視化、弁護人の立会、証拠物管理手続の可視化、証拠の全面開示など事後に市民にも目に見える捜査手続を導入するべきで、えん罪の余地のない捜査手続を実現しない限り、検察捜査に対する市民の信頼感を回復することはできない。

(3)今回の事件では、検事が容疑者、目撃者である検事を調べたが、従来型の密室取調べしかなされていない。また、弁護士を特に検事に任用して捜査に当たらせるなど市民の信頼を得る努力はまったくなされていない。
 このため、従来と同じく、検事と元検事の「ストーリー」のぶつけ合い、という泥仕合になっている。有罪判決は当然であるが、「検察の内輪の争い」を市民は冷ややかにしか見ていない。抜本的な体質改善なき限り、官僚組織としての検察庁を蔽う疑惑と不信感は消えることはない。
 トカゲのしっぽ切りで、「事件屋」になりさがった検察の体質が改善されるものでもないし、「検察に対する不信感」を市民が忘れ去るものでもない。
 抜本的な体質改善が必要だ。今や、検察の公訴のあり方は検察審査会がチェックし、有罪立証の適切さは裁判員裁判で判断される。密室での被疑者取調べ、証拠物軽視の有罪立証などはすべて市民良識によって批判される。
 とは言え、公訴提起を担う検察組織は不可欠だ。今後は、弁護士、裁判官、法学者にとどまらず見識のある市民を非常勤検事に任用する道を開くなと、手続の可視化だけでなく、検察官自身の流動性を高めることによって、「公正な手続、厳正な処罰」というい「検察の本分」を守る強固な検察組織改革を実現するべきだ。
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2011年07月09日

■最高検の提言ーすこし修正、やっぱり「特捜」

■ネット配信の記事、毎日JP,毎日新聞2011年7月9日東京朝刊、「地検特捜部:独自捜査縮小へ/最高検、体制見直し/10月めど」を読んだ。コア部分を引用する。
 「「検察の在り方検討会議」が3月末にまとめた提言を受け、江田五月法相が4月、特捜部の組織のあり方を検討するよう求めていた。特捜部の正式名称である「特別捜査部」の変更も検討されたが、現場の強い反発があり見送られた。会見した笠間治雄検事総長は「独自捜査の意義は変わることはないが、過度の独自捜査優先の考え方は過度のプレッシャーをうみかねない」と体制見直しの理由を説明した。
 東京地検では告訴などを端緒に独自捜査事件を担当する特殊直告(ちょっこく)班を現在の2班体制から1班に縮小し、現在1班の財政経済班は東京国税局担当(財政班)と、警視庁捜査2課や公取委、証券取引等監視委などその他機関担当(経済班)の2班体制にする。大阪、名古屋両地検でも財政担当検事を増やす」。

■「特捜の終焉」。
 歴史的にみれば(法学理論的、「学会」的に、ではなく)、「政治検察」のシンボルであり、世界の冷戦構造を背景とした、我が国の自民党独裁体制ー逆に言えば自由主義政治体制を内部から守った組織の終焉である。

 世界の平和的発展を妨げる原因が、米ソのイデオロギー対立から異相空間へと発展した今、日本内部のチマチマした組織立て、「特捜」では賄えない。宗教、権益、地勢、経済、、、、それらが複合化して発生する今の危機ー宗教テロがそのシンボルであるーに、的確に対応できる組織がない日本、、、。
 今後は、強力な国家警察(内外の危機に対して、治安維持と外交両面で対応する責務と権限を持つ組織。アメリカのFBIとCIAの統合的組織)がまず必要で、その訴追部面とコンプライアンスを担当する意味で、「特別捜査部」が組織化されるのならば、21世紀日本に不可欠な改革と言える。
 が、今までの特捜ならば要らない。そして、上の提言程度の換骨奪胎、名ばかり特捜をアリバイ的に残すという官僚的思考による改革などは、やってもやらなくても同じだが、権力を振りかざしてえん罪を作り出す機会が少なくなるだけに、まだましとはいえる。


 21世紀の日本と世界を見通しながら、あるべき国家組織を考える見識ある「政治家(せいじか)」がほしい。内向き日本の、権力の座争いに汲々とする与野党の「せいじや(政治家)」をみているとなさけなくなるが、今回の微修正も、この枠内のもの。いくらかまし。が、所詮、内向きのこそくな手直しに留まる。


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2010年12月31日

■検察崩壊ー底辺の崩れ/モラル崩壊の拡散

■読売新聞2010年12月26日(朝刊、西部本社版)は、「福岡地検 内部処分10件公表せず/執行猶予見逃し/証拠テープに上書き」と題する記事がある。
 報道機関が、情報公開法に基づき検察庁内部の処分に関する情報開示を求めた結果をまとめたものであるが、いくつか気になる事例が出てきている。
 以下、引用する。

 「福岡地検が今年10月までの約3年間に、検察官や検察職員に対して10件の内部処分を行っていたことが、読売新聞の情報公開請求で分かった。証拠品を紛失したり、執行猶予中の犯行を見逃して裁判で立証しなかったりしたケースがあったが、地検は「懲戒処分以上しか発表しない」として、いずれも公表していなかった。・・・・
 ある検察職員は、被告の前科の有無を調べる際、被告の生年月日を誤った。そのため、被告が犯行時に、過去の事件で有罪判決を受けて執行猶予中だったことを把握できないまま書類を作成。検察官も公判で前科を立証しなかった。・・・
 刑法の決まりで二つの事件それぞれに求刑しなければならないのに、一方の求刑を忘れ、間違った判決が言い渡されたケースでは、検察官1人が厳重注意、上司2人が注意を受けた。2件とも法令違反の状態で判決が確定してしまった。
 証拠品のビデオテープにテレビ放送が約1分20秒間にわたって上書き録画されてしまった事案では、テープを管理していた検察官が厳重注意を受けた。元の映像はすべて消えていたという。警察署から借りた証拠品のDVDを紛失し、08年10月に訓告となった検察職員もいた。これら2件は、捜査や公判には影響を及ぼさなかったという理由で懲戒には至らなかった。」

■証拠物の扱いのずさんさ。これが気になる。「自白中心捜査」がいつのまにか、証拠物に対する慎重さを薄めていないか。自白さえ固めれば、あとはなんとかなる、、、という次元の低い捜査意識が蔓延っていないか。それが心配だ。
 こんなコメントを載せてもらった。

 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話「厚生労働省の元局長が無罪になった事件などを受け、検察には不祥事を積極的に公表し、市民の監視下でモラルの改善を図ることも求められている。組織の体質を改めるため、公表基準を再検討する必要もあるのではないか」

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2010年12月29日

■日経「歪んだ正義」−検察のあり方

*本日のブログ関連写真ー日経の記事
http://justice.netspace110.jp/blog/blog_101229.html

■日本経済新聞2010年12月28日(朝刊)、「検証報告を読む(中)甲南大法科大学院教授渡辺修氏(歪んだ正義)」

特捜部の廃止は不可避

 郵便料金不正事件や捜査資料改ざん・隠蔽事件は「検察の本分」を忘れた組織全体の深刻なモラル低下が原因だ。だが最高検の検証は大阪地検特捜部の特異な体質がもたらしたと強調し、検察組織全体の問題との捉え方が弱く、真の原因解明といえない。取り調べの一部可視化など再発防止策も小手先の微調整にすぎず、全く評価できない。

 郵便料金不正事件の検証で、関係者を誘導して供述調書を作成した疑いがあると指摘しながら、公判で誘導はなかったと証言した検事らを問題視せず、不当な取り調べが行われた背景を深く反省する姿勢が見られない。

 捜査資料改ざん・隠蔽事件の検証では大坪弘道前特捜部長の特異な個人的資質を強調しているが、組織を守るために前部長をスケープゴートにした切り捨ての論理。反省の言葉も「検察の作文」で、組織の構造的問題との意識が見られない。

 事件の背景にあるのは、密室で検事の描く構図に合わせ自白、反省させるという「取り調べ観」で、大阪地検特捜部に限らず検察全体に共通している。むしろ、おとり捜査や通信傍受など新たな捜査手法を導入し、容疑者に証拠を突き付けて矛盾を追及し、その全場面を録音録画する欧米型の「弾劾的な取り調べ観」への転換が必要だ。

 一方、再発防止策で特捜事件の取り調べでの一部可視化や証拠の検討強化などを挙げているが、全面可視化でない以上、自白強要の温床である密室の取り調べはなくならない。高検との証拠の二重チェックも、結局は同じ組織で、これで再発が防げるとは思えない。

 一連の事件を通じて見えたのは、著しく深刻な検察のモラル低下だ。検証では、検事への指導や研修の徹底という項目が再発防止策の後ろの方にあるが、最優先すべき課題だと思う。

 検察は、冤罪(えんざい)を生む構造を深く認識し、「検察は常に正しい」という幻想を捨てるべきだ。容疑者の逮捕と起訴の両方を担う特捜部は、有罪を前提とした事件捜査で成果主義に陥りやすく、廃止は不可避。捜査のあり方を抜本的に改善しない限り、正義を追求すべき「検察の本分」の回復はなく、国民の納得は得られない。
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2010年12月27日

■検察のありかたーモラル低下の広がり

■読売新聞2010年12月26日付けのネット配信記事を紹介する。西部本社版で掲載されていると思う。タイトルは、「福岡地検、内部処分10件公表せず」とするもので、以下のように、事件の不適切処理や、証拠の紛失、隠滅などの事故に関するものだ。
 以下引用する。
**********
 福岡地検が今年10月までの約3年間に、検察官や検察職員に対して10件の内部処分を行っていたことが、読売新聞の情報公開請求で分かった。証拠品を紛失したり、執行猶予中の犯行を見逃して裁判で立証しなかったりしたケースがあったが、地検は「懲戒処分以上しか発表しない」として、いずれも公表していなかった。

 識者からは「どのような基準で処分、公表しているのか分かりづらい面がある。検察の在り方が問われている中、再検討が必要では」との声も上がっている。

 検察官や検察職員などの国家公務員は免職などの懲戒処分のほかに、内部処分として訓告、厳重注意、注意の順で処分が定められている。

 ある検察職員は、被告の前科の有無を調べる際、被告の生年月日を誤った。そのため、被告が犯行時に、過去の事件で有罪判決を受けて執行猶予中だったことを把握できないまま書類を作成。検察官も公判で前科を立証しなかった。

 刑法では原則、執行猶予中の犯罪については再び刑を猶予することはできない。しかし検察側が立証しなかったため、裁判所は執行猶予付きの判決を言い渡した。検察職員と検察官は2009年11月に厳重注意となった。

 刑法の決まりで二つの事件それぞれに求刑しなければならないのに、一方の求刑を忘れ、間違った判決が言い渡されたケースでは、検察官1人が厳重注意、上司2人が注意を受けた。2件とも法令違反の状態で判決が確定してしまった。

 証拠品のビデオテープにテレビ放送が約1分20秒間にわたって上書き録画されてしまった事案では、テープを管理していた検察官が厳重注意を受けた。元の映像はすべて消えていたという。警察署から借りた証拠品のDVDを紛失し、08年10月に訓告となった検察職員もいた。これら2件は、捜査や公判には影響を及ぼさなかったという理由で懲戒には至らなかった。

 また、簡裁が出した罰金の略式命令を約2か月半放置している間に相手が死亡し、罰金が回収できなくなったケース(検察職員2人に注意)もあった。

 これらの内部処分を公表していなかったことに対し、福岡地検の糸山隆次席検事は「人事院規則などで、公表対象となるのは懲戒以上の処分と定められている。重大な不祥事であれば、おのずと懲戒処分が適用されて公表しているはずだ」と説明している。

■以下、これに関連して、次のコメントを掲載してもらうことにした。

 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話「厚生労働省の元局長が無罪になった事件などを受け、検察には不祥事を積極的に公表し、市民の監視下でモラルの改善を図ることも求められている。組織の体質を改めるため、公表基準を再検討する必要もあるのではないか」

■事件の法律処理について、見落としがあることもさることながら、やはり証拠物の扱いに関するずさんさが気になる。自白があれば事件の処理ができる、こういった気分が事故の背景にないか。
 自白中心主義から、客観証拠中心の地道な捜査を重視するモラルの回復が強く望まれるところだ。

 特捜の解体はさておき、「検察」が訴追機能を担うべきであることを変えることはできないだけに、正義の殿堂としての信頼回復に向けて、単なる「官僚機構生き残りのための官僚作文」ではない、改善策とその実施が望まれる。


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2010年12月25日

■最高検検証ー「検事の本分」、官僚の「作文」

■12月24日、クリスマスイブ。最高検の贈り物は「いわゆる厚労省元局長無罪事件における捜査・公判活動の問題点等について」である。
 手元には、概要しかない。
 しかし、これを読んで、返って「検事の本分」を忘れたモラル低下の深刻さを読み取った。
 改善に向けた提言が、その重みをもたない軽々しいものにしか映らなかったが、何故か。順不同で感想を述べる。

(1)そもそも最高検の今回の村木事件は、検察が密室で犯罪そのものを作り出した『でっち上げ犯罪』であったという深刻な認識がうかがえない。
 上村氏を道具にしたてて、村木氏との共謀を密室取調べでの供述で裏付けようと画策した悪質さ、悪辣さ、、、、

(2)その一端が表れているのが、村木事件で、FD改ざんなどが的確に部内で認識されていれば、公訴取消もありえたという指摘。
 ところが、村木氏を巻き込む道具にしたてた上村氏の裁判では検察はまだ有罪判決獲得にこだわり続けている。でっち上げ犯罪の根源は、上村事件にある。まったく触れていない。反省もない。そのいい加減さ。
 上村氏の事件について、国民と上村氏に対して、
 「今回の事件では、検察庁としては刑罰権を発動できない状態に至った。申し訳ないが、公訴権を行使できない。公訴を取り下げる。単独犯であったことを素直に認めて罪に服そうとした上村氏を恫喝して、村木氏との共謀を自白させたことは許し難い犯罪である。検察自ら犯罪を犯しておきながら、なお上村氏の処罰を求めることはできない」。
 検証結果は、かかる処理をすべきであるという勧告をまったくしていない。

(3)結局、相変わらず、「一介の当事者」の意識が抜けていない。悪いことに、事件を都合よく処理すればよい、としか考えていない検察庁は国家権力=捜査権限を持っている。たちの悪い「事件屋」だ。そう受けとめられている、という深刻さをまったく感じない。

(4)改善策は、特捜の独自捜査と密室取調べを温存することを前提にした手直しでしかない。
 警察も加えず、検察独自で国策捜査を手がけようとすることが成果主義を生む構造を生み、頭書の着手前報告の方針にそった供述押し付けにつながる。
 みずから特捜解体とこれに代わる警察・検察の捜査体制の提案まで踏み込まない限り、国民の理解は得られない。

(5)検察は、不正を働かないという前提に立って検察庁法による組織原理が定められている。そこには、コンプライアンスの発想、危機管理のシステム、自己反省への契機がない。そのこと自体について、反省を踏まえた提言とは思えない。単に、密室取調べを中核とする特捜捜査の効率化のためのチェック機構を設けるのみだ。

(6)「取調べ」観の転換がない。
 お上に対して反省を迫り、真相を語らせる場であるという前提を棄てていない。検事への信頼を強いて、検察の方針にそった供述を述べさせる場という認識を修正していない。密室取調べが違法不当な供述押しつけの場であるという深い反省にたっていない。検事が取調べのありかたについて、裁判所が認定しない説明ー嘘を言った事実を率直に認めようとしていない。要するに、密室取調べ=糾問の場を前提にした可視化でしかない。
 しかも、なお全過程録音録画を提案できていない。

(参考)
■検察庁法 第4条〔検察官の職務〕
 検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。
■弁護士法第1条(弁護士の使命)
1 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
2 弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。
第2条(弁護士の職責の根本基準)
弁護士は、常に、深い教養の保持と高い品性の陶やに努め、法令及び法律事務に精通しなければならない。



『検事の本分』
 ここに立ち返る姿勢がみえない限り、検察庁と特捜捜査に将来はない。
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2010年10月23日

■「検察の正義」崩壊ー国家存亡の視点から

■産経新聞2010年10月22日(東京版、(朝刊)は、特捜幹部の起訴を受けて、「大阪地検特捜部長ら起訴、検事総長が異例の会見/『前代未聞…深くおわび』」と題する記事を載せた。
 概要は、次の通り(引用)。
「「前代未聞の事態。検察を代表し、国民に深くおわび申し上げる」。前大阪地検特捜部長ら2人の起訴を受け、大林宏検事総長と柳俊夫・大阪高検検事長が21日、それぞれ会見を開き、謝罪した。「特捜部」の存在意義が問われる事態に発展した不祥事。「検察のあるべき姿に戻す」。大林検事総長は「再生」に向け、トップダウンで抜本的な改革に乗り出す決
意を示した」。

■最高検を含む「検察組織」の今回の一連の事態に対する「対応」は、「想定内のできごと」と扱い、通常処理で事件にふたをして、時が経つのをまつ、、、そして組織を防衛して、「検察」ファミリーが生き残る、、、というものでしかない。

 国家刑罰権のモラリティーが崩壊しつつある、、、国家日本の土台が音をたててくずれつつある、、、といった大局的・歴史的なものの見方を加味して、事態に対処する、、、そんなことを「官僚組織」には期待もできない。
 だが、検察が「犯罪」を行って、「犯罪を摘発しようとする」、、、、これを腐敗という。それが、検察組織に蔓延しているとみなければならない。
 バイオハザード流の言い方では、「Tーウイルス」=自白中心主義・ストーリー押しつけ・事実軽視、、、犯罪摘発、真相解明を装う似非検察、、、とでも比喩すべきか、、、それが蔓延している。

 そんな思いを共同通信でまとめてくれて、次のように配信してもらった。

***************

■隠蔽は明白
 渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話「前特捜部長らは裁判で無罪を主張する
ようだが、起訴状の内容を前提にすれば、組織内の隠蔽(いんぺい)は明白だ。少なくとも未必の故意は状況証拠から認定でき、起訴は当然。前部長らの言動からは『検察の正義』を失墜させたことへの反省は見られず、最高検の事件処理も『内輪もめ』を収める姿勢にしか映らなかった。深刻な検察不信の解消には、検察監視委員会の設置など抜本改革が必要だ」



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2010年10月22日

■特捜幹部起訴をうけてー特捜解体論再論

■ネットでニュース検索をしていると、「とれまがニュース」というサイトに出会った。

*URL
http://news.toremaga.com/

 そこに、10月21日配信で「強まる特捜見直し論=逮捕・起訴分離求める声―「政財界捜査、警察に」」というものがある。
 もともと時事通信配信だ。
 これには、ブログ編者のコメントも掲載されている。
 そこで、以下引用する。

■大阪地検特捜部の証拠改ざん・隠ぺい事件を受け、検察OBら法曹関係者の間では、特捜部のあり方を見直すべきだとの声が強まっている。
 元東京地検特捜部検事の高井康行弁護士は、政官に潜む犯罪を摘発する捜査機関は必要としつつ、逮捕、拘置、起訴の権限を一手に持つ特捜部について、「ブレーキのないスポーツカーのようなもの。逮捕権と起訴権は分離すべきだ」と指摘。「地検に逮捕と拘置、高検に起訴の権限をそれぞれ与えては」と話す。
 元検事の落合洋司弁護士は、逮捕・起訴の権限を持たない国税庁や証券取引等監視委員会と連携して事件を組み立てるという観点から、特捜部の果たすべき役割はあるとする。それでも「『特捜』という看板の下に過度のプレッシャーを感じたり、名を上げたいと張り切り過ぎたりするところがある。看板を下ろすべきだ」と注文を付ける。
 「特捜部が目を光らせているという組織構造そのものが、日本の治安を維持する機能を持っている」と評価するのは、元最高検検事の土本武司筑波大名誉教授(刑事法)。その上で、「大阪、名古屋に特捜部を置く必要性はそれほど高くない。検察は全国的に人を動かしやすい組織構造であり、大事件が起きれば全国的な応援態勢を取ればいい」と、東京に唯一の特捜部を置く案を示す。
 一方、甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「信用をなくした検察では正義の実現はできない。特捜部は解体すべきだ」と指摘。「構図に沿って供述を押し付ける『ストーリー中心主義』で、捜査力は限界に来ている」と厳しい評価を下す。今後については、「政財界事件の捜査は警察でもできる。1次捜査権を持つ警察が捜査し、検察がチェックするという形でバランスを取るべきだ」との考えだ。(了)
[時事通信社]

■特捜維持論は、国民の視線に耐えられまい。解体、出直し、国家警察創設、、、21世紀型のグローバル社会の中での捜査権限の拡充を考えなければなるまい。
 55年体制を前提とした、政財官癒着摘発では、もはや時代遅れ。
 こんな犯罪がなくなったというつもりでも、放置せよと言うつもりもない。
 鎖国体制の中の大目付のような位置づけの特捜ではだめだ、といいたいのだ。
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2010年10月12日

■特捜検事証拠かいざん事件ーマスコミ・コメント(8)ー「特捜」の存続・解体論争

特捜解体についてさらに紹介する。

■まず、産経新聞2010年10月6日(朝刊)「【瓦解 大阪地検特捜部の「犯罪」】(5)「空白の10年」再来か」と題する記事は、次のようなエピソードで始まる。

「『もう特捜部は終わりだ。政界事件なんか今後、できないだろう』
 大阪地検特捜部主任検事、前田恒彦の逮捕直後、特捜部在籍経験のある元検察幹部は憤りを隠さなかった。
 前田の証拠隠滅事件と前特捜部長の大坪弘道らの犯人隠避事件で、特捜部が積み上げてきた信頼は根底から揺らいだ。
 『失った信頼の回復は10年はかかる。当面は経済事件に特化して仕事をこなすしかない』。この元検察幹部は渋い顔で話し、長期間の低迷を懸念した。」
                   ◇
 かつてない逆風を受ける特捜検察。「モラルは完全に崩壊した。特捜部解体を急ぐべきだ」(甲南大法科大学院の渡辺修教授)との声も上がる。

■次に、東京新聞2010年10月2日(朝刊)「こちら特報部/検察特捜部は必要?不要?(下)/『常設で無理な捜査』/政権交代で役割終えた/『二元論』猛威/性急な改廃論/懸念も」では、東京新聞が特捜存続と解体のふたつの意見の特集を組んだ。記事はこう述べる。

 「特捜部は不要と主張する人たちの考えはこうだ。元検事の郷原信郎弁護士は「現在のゆがみは特捜部が常設されているという点から生じている」と考える。
 定員千七百人余の検事の中で、東京、大阪、名古屋の特捜部には約六十人が配置されている。彼らは警察から来る事件の処理に追われる一般の検事と違い、主に独自捜査に取り組む。「何かしないと特捜の存在価値が無くなる。なんとか事件をやろうと突き進む」と、郷原氏は特捜部独特の雰囲気をこう説明する。
 それが筋書きに当てはめるような無理な捜査の原因になる。対策は特捜を解体して検事を各地に分散させ、大きな事件の時に捜査本部を設けること。郷原氏は「分散させることで各地の検事の負担を減らし、余力で独自捜査をする。自分で証拠を集め、事件を組み立て捜査する。それによって検事の能力も育っていく。チーム制でも大きな事件はできる」と言う。
 さらに今回、如実になった捜査と起訴する組織が同じで、チェック機能が働かないという問題点については「検察の独自捜査には(取り調べを録音、録画する)可視化が絶対条件」と訴える」。

 こうした改善+存続の考え方にはブログ編者は反対だ。次のコメントを掲載してもらっている。
***************
 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)も「地検特捜部は歴史的役割を終えた。解散すべきだ」と説く。自民党の一党支配が続いた時代が特捜部に存在意義を与えていたと指摘する。「特捜は体制内部から政官財の癒着を正し、体制を維持させる点にあった」
 しかし、「今は国民の手で政権交代できるようになった。公正取引委員会や警察も力を付けており、検察の独善で正義が実現される状況ではなくなった」と分析する。
 政財界の汚職事件も「刑事訴訟法の原則に立ち一次捜査権を持つ警察が捜査し、検察は警察をチェックし、バランスを取る立場に徹するべきだ。警察庁採用の人には司法試験合格者もいる。今後は法科大学院卒業の警察官も増える。警察内部に特捜のような組織をつくればいい」と述べる。
posted by justice_justice at 04:07| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年10月11日

■特捜検事証拠かいざん事件ーマスコミ・コメント(7)ー「特捜解体」提言

 事件報道と別に、特捜のありかたをめぐる議論も盛んになっている。

■2010年9月24日、産経新聞(朝刊)「押収資料改竄/全面対決の公判「弱み公表できぬ」/組織的隠蔽、疑われる背景」
 改竄を知った上司が沈黙を守ったことについて、甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「被告側に事実を伝えるなど公表すべきだった。刑罰権によりわが国の正義を守るという、検察の柱となるモラルは完全に崩壊した。特捜部解体を急ぐべきだ」と厳しく突き放す。

■2010年9月22日東京新聞(朝刊)、「FD改ざん事件/信頼失墜/検事の暴走 異例の即日逮捕/最高検/供述公表は拒む」
 渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 捜査のエリートである特捜部が捜査権限を使って犯罪をでっち上げるため証拠物を都合よく改ざんしたことは、正義を実現する組織として信頼されてきた検察の存在意義を根底から揺るがす重大な事態だ。
 証拠物を軽視し密室取り調べでストーリーを押し付ける異常な実務感覚が検察内部に浸透しているのではないか。特に、東京や大阪の特捜部が内部批判も受けず、暴走しがち。もはや解体するべきだ。
 検察捜査の適正化のためには、証拠物の管理規定だけでなく被疑者、弁護人も開示を受けられる手続きを設け、また、取り調べの全過程録音録画の立法化も急ぐべきだ。
posted by justice_justice at 21:42| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年10月09日

■特捜検事証拠かいざん事件ーマスコミ・コメント(5)ー共同通信配信「特捜解体論」

■西日本新聞2010年9月22日(朝刊)は「焦点・FOCUS=成果主義/暴走招く?/主任検事逮捕/特捜に構造的な問題/エリート集団『自分に甘く』」と題して、共同通信配信記事を掲載しているが、その中で、次のコメントを採用してもらった。
****************
 ●もはや解体すべきだ 
 ▼渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 捜査のエリートである特捜部が捜査権限を使って犯罪をでっち上げるため証拠物を都合よく改ざんしたことは、正義を実現する組織として信頼されてきた検察の存在意義を根底から揺るがす重大な事態だ。
 証拠物を軽視し密室取り調べでストーリーを押し付ける異常な実務感覚が検察内部に浸透しているのではないか。特に、東京や大阪の特捜部が内部批判も受けず、暴走しがち。もはや解体するべきだ。
 検察捜査の適正化のためには、証拠物の管理規定だけでなく被疑者、弁護人も開示を受けられる手続きを設け、また、取り調べの全過程録音録画の立法化も急ぐべきだ。そうでなければ検察捜査への国民の協力は得られず、捜査力の低下を止められない。
 今後、主任検事のフロッピーディスク改ざんに大阪地検の組織的な関与があったのか解明をしなければならないが、最高検が身内の捜査をしても国民は信頼しない。
 野球賭博問題で第三者による独立委員会を設けた日本相撲協会のように、最高検も弁護士、有識者、市民、警察など外部の人を入れた第三者委員会を設けて、捜査が適正に行われているかどうか常にチェックしてもらう態勢を整えるべきだ
posted by justice_justice at 00:53| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年10月08日

■特捜検事証拠かいざん事件ーマスコミ・コメント(4)ー総論的展望

■サンデー毎日2010年10月17日号は、田倉直彦著名の記事を載せている。
 「検事総長『辞任カード』の時期/前特捜部長『逮捕』で絶対絶命『戦犯検事』7人の実名」と題するものだ。
 事件の概要とあわせて、何人かの識者のコメントを掲載している。
 そのひとつとして、次のものを採用してもらっている。
 おりしも2010年10月7日の朝日新聞(夕刊)には、「可視化申入れ最高検は応ぜず」との見出しで、佐賀元特捜副部長の弁護人が取調べ可視化を申し入れていたのを拒んだとの記事がでていた。
 愚かしい決断だと思う。時代を読めない、自己改革ができない、官僚組織独特の鈍い反応、、、
 「検察力」を委ねるべき組織としてのモラルが喪失されてしまったのだろう。

*********
 渡辺修・甲南大学法科大学院教授(刑訴法)は、最高検の捜査に疑問を呈する。
 『最高検は相も変わらず検察官が”密室”で大坪容疑者らを調べている。取り調べをビデオ録画して、今すぐに『取り調べ可視化』を導入するぐらいしなければ信頼回復はできません。国民の信頼を失った特捜部は解体すべきだし、可視化法案を法務省は率先して実現するべきでしょう」。
posted by justice_justice at 05:40| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年10月06日

■特捜検事証拠かいざん事件ー懲りない検察

■2010年10月6日夕方の朝日新聞(夕刊)をみて驚いた。同じ内容がネットにも配信されている(Asahi.Com-2010年10月6日15時1分)。
 タイトルは、「郵便不正事件、元係長らの罪名変更へ/村木氏無罪受け」とするものである。
 記事を引用する。

 「厚生労働省元局長の村木厚子氏の無罪判決確定を受け、検察当局は、郵便割引制度をめぐる偽証明書発行事件の公判の構図を見直す方針を固めた。
 共犯として起訴した同省元係長の上村勉被告(41)=一審・公判中=ら3人の起訴内容から村木氏の関与の部分を削除し、罪名も証明書の作成権限がない上村被告が不正な行為をしたとする「有印公文書偽造・同行使」に変更するとみられる。」

■愚劣なことだ、と思う。
 検察は、この期に及んでもなお上村氏の「有罪」を追及するつもりなのか。
 自分たちが、捜査権も公訴権も公判立会権も、事件でっち上げと、証拠物改ざんですっかりと汚染してしまった事実を直截にみようとしていない。
 「検察権」。
 これを汚した組織が、その同じ事件の一部について、正義を振りかざすことなどできない。
 訴因変更の前に、裁判所と「公訴権放棄」の相談をするべきだ。
 いさぎよく、この事件については、国民にも詫びて、上村氏については、犯罪として処罰できないと説明すべきだ。
 国民も納得する。
 いまさら誰が上村氏の有罪判決を宣告する裁判所とその横に座っている検察官達をみて納得するものか。
 その検察官達は、国民に何を説明するつもりなのか。どんな論告をするつもりなのか。
 そして、有罪判決を裁判所が宣告したとき、「おれたちの正義が通った!」とでも宣言するつもりか、、、。
 茶番だ。

 そして、この官僚組織は、こんな明白な愚行にも気付かないのか。
 市民良識もわからない愚劣な官僚機構、官僚機構のなかなか動けない体質、、、検察庁が、上村裁判を追及し続けるのは、嵐の中を航海を続けて座礁するのを待つようなものだ。

 訴因変更は当たり前だ。
 が、同時に、直ちに、公訴権の放棄、公訴取消を申し立てるべきだ。
 国民の正義観がそれを求めている。
posted by justice_justice at 22:21| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

■特捜検事証拠かいざん事件ーマスコミ・コメント(3)ー接見等禁止処分つかず

■刑事訴訟法81条にこんな規定がある。

 「裁判所は、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは、検察官の請求により又は職権で、勾留されている被告人と第三十九条第一項〔弁護人又は弁護人になろうとする者〕に規定する者以外の者との接見を禁じ、又はこれと授受すべき書類その他の物を検閲し、その授受を禁じ、若しくはこれを差し押えることができる。但し、糧食の授受を禁じ、又はこれを差し押えることはできない。」

 いわゆる「接見等禁止」処分規定だ。

■この規定は、捜査段階で、被疑者が勾留されているときにも適用される。
 そして、検察官が申請すると、ほぼ自動的に「接見等禁止がつく」(こんな業界用語で表現する)。
 この処分はきつい。
 留置場または拘置所の中で、必ず独居になる。食事運動なんであれ、他の在監者との接触の場面はない。
 そして、家族などとも会えないし、手紙のやりとりなどもできなくなる。

■「密室取調べ」。これを強化するため、勾留=接見等禁止があたりまえである日本の法文化。
 これを打破するため、現場の弁護人はいろいろな工夫と苦労を必要とした。
 なぜなら、家族との連絡、社会とのパイプもすべて弁護人の役割になるからだ。
 それを嫌うことは許されない。
 しかし、そもそも例外的にのみ認めるべき措置があまりにも当然のように使われている。
 
■ところで、報道によると、証拠改ざん事件であらたに逮捕、勾留された特捜部部長、副部長について、この接見等禁止処分がつかなかったという。
 朝日新聞のネット配信、asahi.comの記事によると、「前特捜部長らの接見認める/地裁、否認事件で異例の判断」と題して、次のように紹介している(2010年10月6日3時1分)。

「大阪地検の前特捜部長らが部下の証拠改ざんを隠したとされる事件で、大阪地裁が、前部長の大坪弘道容疑者(57)と前副部長の佐賀元明容疑者(49)=いずれも犯人隠避容疑で逮捕、大阪拘置所に勾留(こうりゅう)中=に対する最高検の接見禁止処分の申し立てを却下した。
 弁護側によると、2人は最高検の調べに「主任検事による証拠改ざんは意図的なものではないと認識していた」などと容疑を否認している。否認事件の場合、容疑者が外部と連絡を取り合って証拠を隠す疑いがあるなどと判断されて接見が認められないケースが多く、今回の地裁の判断は異例。
 最高検は地裁の決定を不服として準抗告したが、佐賀前副部長の弁護人によると、地裁の裁判官3人が合議で検討した結果、前副部長について「取り調べがある程度行われて客観的な証拠も集まっており、関係者が口裏合わせなどをする可能性は低い」として退けたという。地裁は大坪前部長に対する準抗告も同じ判断を示したとみられる。 」
 大坪前部長と接見した弁護士の一人は「犯人隠避罪にあたるのか裁判所が疑念を持ったのではないか」と指摘。自白強要を防ぐために取り調べ状況などを記す「被疑者ノート」を差し入れたという。一方、最高検側は「事件関係者が検事ばかりなので、仮に接見を認めても証拠隠滅の共謀者になることはないと考えたのではないか」としている」。

■いろいろな見方ができる。
(1)一般人なら厳しく接見等禁止をつけるのに、なぜ検事ならこれをつけないのか。きわめて身内に甘い体質を裁判所も露呈している。検察庁へのおもねりでしかないーこんな側面も透けて見える。
(2)最高検の「密室取調べ」へのいらだちを読み取るのもよい。密室で虚構の犯罪を生み出し、これを裁判所に持ち込んだ特捜。その捜査もふたたび密室で行っている。可視化=取調べの全面録音録画をしているとの報道もない。
 であれば、被疑者にも充分に弁解を伝える機会を与えておくのが事実上の可視化になる。ー検察庁の密室取調べへの裁判所の批判、こんな面もある。
(3)法を厳格に解釈すると、両検事が逃走することは現実的にありえない。
 では、隠滅をおそれるべき罪証がまだ客観的にあるか。
 実はない。
 どこかに凶器が隠されている、といった事件ではない。
 特捜内部の人間関係を記述する「供述」が証拠なのだが、これは各自の頭の中にある。
 事実をそのまま表す言葉なのか、どこかで、作りかえたうその供述なのか、その見極めを、ある程度残っている客観資料と、人の動きから「推認」するしかない。
 ここまで来て、積極的に口裏合わせに応じる内部の検事もいまい。

■一般人の面会は、刑事収容施設の職員が必ず立会する。信書なども検閲する。
 逃亡、罪証隠滅などに関わるおそれがあるときには、会話を禁止され、接見を中断させることもできる。
 そんな一般人面会を、完全に禁止するべき必要性など実際にはあまりない。
 それだけに、従来の司法の運用がかたくなすぎたし、端的には、検察官のいいなりになりすぎていた。
 今回の事態を踏まえ、今後81条の運用の見直しをぜひすすめるべきだ。

■朝日新聞の要請に応じて、次のようなコメントを掲載してもらっている。

**********
朝日新聞(朝刊)2010年10月6日
「対検察、慎重に」
 甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)の話
「検察側は接見を禁ずることで容疑者を弁護士以外の誰とも会わせず、密室での取り調べで心理的に追い詰めて有利な供述を引き出してきた側面がある。厚労省元局長の公判では、検察が自ら描いた構図に合う供述調書を作り上げていたことが批判された。大阪地裁が前特捜部長らの接見禁止処分を認めなかったのは、裁判所が検察の捜査に対して以前より慎重な姿勢を強めようとしている表れといえる」。
posted by justice_justice at 08:28| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年10月05日

■特捜検事証拠かいざん事件ーマスコミ・コメント(2)ー犯人隠避の指摘

■「(時時刻刻)『検事の犯罪』衝撃/改ざん容疑『最悪の不祥事だ』/郵便不正事件」
2010/09/22 朝日新聞 朝刊
 前田検事は逮捕前の大阪地検側の聴取に対し、「私用パソコンにダウンロードしたソフトを使ってFDの更新日時データを書き換えて遊んでいた」と説明している。
 しかし、甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「検察官が偶然書き換えてしまったということは通常起こり得ない。意識的に行ったと考えるのが普通のとらえ方だ」と疑念を示した。・・・・
 渡辺教授は、前田検事の上司らが改ざんと認識してそれを積極的に隠し、対応を見送っていた場合、「外形的には、犯罪者をかくまうなどの行為を罰する犯人隠避の罪にあたる可能性がある」とも述べる。

posted by justice_justice at 05:53| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年10月04日

■特捜検事証拠かいざん事件ーマスコミ・コメント(1)

 特捜検事による証拠改ざん問題に関連して各紙などで掲載などしてもらったコメントがいくつかある。日経テレコン(勤務職場契約中)で検索したものを転載する。

**************

■「自白中心、もはや時代遅れ」
 2010/09/21 14:36 日本経済新聞電子版ニュース
 検察がずさんな捜査で築き上げた虚構のストーリーを判決が指弾した形になった。裁判所は特捜部が密室の取り調べで作成した調書の多くを証拠採用せず、残りの調書もことごとく信用性を否定した。かつて巨悪を暴いてきた特捜の「自白中心捜査」がもはや時代遅れで、破綻していることを意味する。
 失墜した国民の信頼を回復させるためには、取り調べの全面録音・録画の実現は不可欠。その上で、自白に頼らない客観証拠を重視した捜査手法を確立させていく必要がある。

■「取り調べの全面可視化欠かせず」
 2010/09/21 NHKニュース
 刑事裁判に詳しい甲南大学法科大学院の渡辺修(ワタナベオサム)教授は、「特捜部の検事の意識や感覚が本来あるべき姿と完全にかけ離れていると言わざるを得ない。密室で自白を強要し、証拠はあとからついてくるという発想を変えるためにも取り調べを録音・録画する全面的な可視化が欠かせないのではないか」と指摘しています。
 その上で、渡辺教授は、「証拠の改ざんは重大な犯罪で、事実を解明し、適正な処分を考えなければ、検察に対する信頼は揺らいでしまうだろう」と話していました。
posted by justice_justice at 03:48| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年10月02日

■特捜検事証拠かいざん事件ー特捜幹部逮捕

■とりあえず、ネット配信の讀賣新聞ニュースでは「大阪地検の前特捜部長ら逮捕…犯人隠避容疑 (読売新聞)」として、次の速報を流している。
 「郵便不正事件を巡る証拠品のフロッピーディスク(FD)改ざん事件で、最高検は1日、大阪地検特捜部の主任検事・前田恒彦容疑者(43)(逮捕)の上司だった大坪弘道・前部長(57)(現・京都地検次席検事)と佐賀元明・前副部長(49)(現・神戸地検特別刑事部長)を犯人隠避容疑で逮捕した」ー2010年10月1日22時5分ー

■捜査権ー公訴権ー公判立会権ー裁判執行指揮権と、我が国の刑罰権による正義の実現を担う組織ー検察庁。その土台が崩壊した。
 証拠ねつ造ー組織ぐるみの隠蔽ー反省しない幹部。
 しかも。
 その捜査を、最高検の内輪のみで仕切る旧態依然たる体質。
 さらに、前田検事の取調べについて、可視化=全過程録音録画がなされているか不明。
 第三者委員会による捜査監視の体制は後から付け足すつもりの官僚的処置。
 上村裁判の放置ーまだ「正義」を追及するつもりなのかと疑問に思う。

■危機管理のできない正義の味方。内に敵がいた途端に、全面崩壊に近い。
 どうすべきか。
(1)「特捜解体」をさっさと宣言すること。
(2)政治家事件捜査も警察と協力して実施すること。そのためにも、警察庁直轄の執行部隊、警察庁特別捜査部を設けること。
(3)取調べの全過程録音録画ー可視化導入。
(4)本件事件の捜査と訴追を監視する特命検事の任命ー有識者、弁護士、警察、市民、政治家から選任すること。
(5)上村裁判での公訴取消ー刑罰権行使不適格の宣言。
 、、、、こんなことを迅速に果敢に行わない限り、特捜捜査など国民が信頼しない。さらに、検察捜査も社会が拒絶する。
 犯罪者ー闇社会にも馬鹿にされかねない組織に、正義を託することはできなくなる。
「検察力」の全般的で致命的な低下。
 
 検察再構築のためには、いったん特捜部を解体するしかない。
posted by justice_justice at 00:32| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年10月01日

■特捜検事証拠かいざん事件ー「特捜解体」再論

■ 「特捜解体」記事
 ネット配信のニュースをチェックしていると、次のものを拾うことができた。
 ブログ編者の新聞コメントも引用されていた。
 「特捜解体」。
 残念な側面もあるが、法史の流れからみて、やむをえないと思う。

■ 時代は、国家警察ー警察庁直轄特別捜査部を作り、全国レベルの重大犯罪、政財官に拘わる癒着汚職事件、外国と関連するテロ犯罪など国家の存亡につながる事件を扱うようにするべきだ。
 政治家=国会議員以上を、検察庁が管轄するという「55年体制」前提の運用は意味をなさないだろう。
 それに、今回の事件で、「特捜」の捜査力は喪失した。国民も信頼しない。配属される検事も士気があがるまい。

 特捜解体しかない。
 以下、記事を引用する。

**************
J-CASTニュース
「ニュース社会検察は瀕死状態 特捜部解体論が噴出」2010/9/22 18:48
地検特捜部を解散せよ――大阪地検特捜部の主任検事が証拠隠滅の疑いで逮捕された事件を受け、「日本最強の捜査機関」とも称される地検特捜部の解体論が噴き出してきた。特捜部は、この不信感の嵐に持ちこたえることができるのだろうか。

前代未聞、激震、瓦解……。特捜検事逮捕を伝える2010年9月22日付の全国紙朝刊各紙は、1面から社会面、総合面、社説と派手に紙面を展開させた。最高検が初めて直接逮捕に乗り出したという今回の事件の異常さがよく伝わってくる。

類似事件があるとすれば「検察全体を解体していい」

 特捜検事逮捕を1面で報じる新聞各紙 9月22日のテレビのワイドショーでも各局が大きく取り上げた。

「エースの検事が(証拠隠滅を)やったのなら、普通の検事もやりかねないと信頼を失った」「検察は瀕死の状態と言って間違いない」。元検事の大澤孝征弁護士は、「スーパーモーニング」(テレビ朝日系)で現状をこう分析した。

検察解体の可能性に言及したのは、元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士だ。物的証拠に手を加えるという「もってのほか」の今回の事件は、「他にはないと確信している」が、仮に類似事件があるとすれば「検察全体を解体していい」「それぐらい許されない(ことだ)」と、「とくダネ!」(フジテレビ系)で述べた。

今回の事件を9月21日付朝刊で特報した朝日新聞は、22日付朝刊の社説で、「密室での関係者の供述をもとに事件を組み立てていく、特捜検察の捜査のあり方そのものが問われている」と指摘し、「特捜検察を解体し、出直すつもりで取り組まねばならない」と迫った。

また、甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)も、日経新聞(22日付)で、今回の事件の捜査を監視する第三者委員会の設置を提言し、「そのうえで、特捜部を解散し、証拠物を適正に管理するための立法などを(以下略)」と、特捜部の解散を迫った。
posted by justice_justice at 20:34| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年09月30日

■特捜検事証拠かいざん事件ー公訴取消/公訴棄却決定と「公訴権濫用」/公訴棄却判決

■「関西検察」の崩壊。
 神戸新聞がこんな見出しを使った記事をだしている。特捜解体、これもよく見かけるテーマだ。
 そして、いま気になるのは、上村事件の裁判の行方だ。
 関西検察は、いつまでこの事件にこだわるのだろうか。

■ 村木氏が無罪である可能性を知っていた検事に公判立会をさせる。別の検事が、上村氏に、虚偽供述を押しつけている。さらには、立会検事が実は事件でっち上げを裏付けるFDを改ざんする、、、
 そんな検事が立会して継続した裁判を、「正義の場」などどはいえない。
 これで、上村氏を有罪とし、執行猶予をつけて、いかなる正義の実現になるのか。

■ 刑訴法257条、「公訴は、第一審の判決があるまでこれを取り消すことができる」。
 そうすれば、裁判所は、これを受けて、339条1項3号によって処理できる。
 つまり、公訴が取り消されたときには、その事由を裁判所が確認する事実の取調べを行い、「決定」で公訴を棄却する。

■ このまま、検察が、有罪立証を求めるのであれば、被告側の防御方針は、明確になるー公訴権濫用の主張だ。
 上村公判廷で、前田検事はじめ、FD改ざん関係者を次々に証人尋問することとなるであろう。
 無様な関西検察の姿をさらけ出すつもりなのであろうか、、、。
 じっくり時間をかけて、口頭弁論を経て、公訴棄却の「判決」がでてしまうと、なおのこと、検察は、メンツのためにも控訴することとなる。
 恥の上塗りだ。
 
■ 河野、倉沢事件ではもう一審判決がでているから、いまさら検察は事件をひっこめることはできない。

 いまならまだ間に合う。
 予想される元特捜の幹部逮捕の前に、裁判所に公訴取消の申立書をそっと提出するべきだ。
  
 
posted by justice_justice at 22:36| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年09月28日

■特捜検事証拠かいざん事件ー上村事件裁判への影響と「公訴権濫用」

■上村事件をどう捉えるか、前からあるマスコミの記者に問題提起を受けながら、うまい答えがみつからなかった。量刑面での配慮、、、位かと思っていたのだが、最高裁の基本判例を思い浮かべつつ、公訴権濫用の主張に思い当たった。

■最高裁判決昭和55年12月17日刑集34巻7号672頁は、いわゆる水俣病事件で、患者の抗議行動に伴う会社警備員に対する傷害行為のみ摘発した公訴権行使のありかたについて、なお公訴権濫用にはあたらないと判断した。
 しかし、検察官の公訴提起が犯罪にあたるような極限的な場合には、公訴提起自体が無効になることを一般論として認めている。
 判決文を引用する。

「検察官は、現行法制の下では、公訴の提起をするかしないかについて広範な裁量権を認められているのであつて、公訴の提起が検察官の裁量権の逸脱によるものであつたからといつて直ちに無効となるものでないことは明らかである。
 たしかに、右裁量権の行使については種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること(刑訴法二四八条)、検察官は公益の代表者として公訴権を行使すべきものとされていること(検察庁法四条)、さらに、刑訴法上の権限は公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ誠実にこれを行使すべく濫用にわたつてはならないものとされていること(刑訴法一条、刑訴規則一条二項)などを総合して考えると、検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできないが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものというべきである。」

■上村事件の公訴の提起は、これにあたる、と構成できるのではないか。
 正義に全く反する公訴提起と立証活動の追行。
 罪証隠滅を敢えてした検察官、虚偽自白を押し付けた検察官が立会する法廷を「正義の場」とみることはできないのではないか。

■「公訴権濫用」による手続の打切り。これが、上村裁判の新しい防御方針となるだろう。

 もっとも、長い道のりになる。
 執行猶予で裁判を終えて、新しい人生を選ぶのも方法ではないかとも思うが、理論的原理的には、公訴権濫用で、裁判を打ち切る、第三の道が正しいと思う。

posted by justice_justice at 15:01| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

■特捜検事証拠かいざん事件ー犯人隠避罪の可能性

■ネット配信で、2010/09/28 02:04、【共同通信】は、「特捜部長「故意」報告拒否/刑事責任、週内に最終判断」とする記事で、以下の状況を紹介している(以下、引用)
 「大阪地検特捜部の押収資料改ざん事件で、前特捜部長の大坪弘道京都地検次席検事と前副部長の佐賀元明神戸地検特別刑事部長が、逮捕された主任検事前田恒彦容疑者(43)のデータ書き換えについて地検上層部に報告した際、大坪前部長が同行した前田容疑者の同僚検事から「故意であることを伝えましょう」と進言されたのに、「公表されるぞ」と止めて、過失であるとうその報告をした疑いがあることが27日、検察関係者への取材で分かった。」

■刑法103条に、「犯人蔵匿等」の罪として次の規定がある。
 「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する」。
 「罪を犯した者」とは、捜査や裁判の対象になっている被疑者・被告人のみではなく、いわば「真犯人」も含む。
 今回の場合、特捜部長、副部長は、前田検事による罪証隠滅罪を認識していた。そして、公務員としての一般的な告発義務も負っていた。なによりも組織内の犯罪であるから、犯人としての自首を勧めるべき立場にもあった。そうでないと、組織の中に容易に埋もれてしまうからだ。
 ところが、敢えてそうしなかった。
 真犯人が訴追機関に発見されない状態を造った。これは、真犯人の「隠避」に含まれる。

■刑法の条文で言う、「蔵匿」は物理的に犯人を匿う事実行為がいる。
 しかし、「隠避」はそうした外形的な行為は要らない。法的にみて、犯人を隠す状態をつくっているとみてよい態度を広く含む。
 警察官がいったん逮捕した窃盗犯を哀願されて逃がす場合、被告人の弁護人が真犯人の自首を説得してやめさせる場合、犯罪の身代わり犯として自首して真犯人が処罰を免れる状態にする場合もすべて「隠避」になる。

■これを今回のFD改ざん事件についてみると、現段階の報道からうかがえる当時の特捜部長、副部長の認識は、前田検事のFD改ざんを「証拠」の改変、つまり罪証隠滅と捉えるべき立場にあった。したがって、これに相応しい対応をとるべきであった。
 それが、できなかった。
 身内を犯人として公表する勇気も手続もないまま、手をこまねいていたのではないか。
 そして、より重大な事態に発展して、今あわてふためきながら、言い訳を考えている、、、そんな構図が浮かび上がる。

 残念だが、上記報道から読み取れる事態がさらに進むのであれば、検察幹部の犯人隠避罪成立も、当然となろう。

■「特捜捜査」解体から、「検察捜査」崩壊へ。
 より悪いシナリオになりつつある。
 この結果、市民社会が見放す。捜査力が落ちる。
 正義への信頼が失われる。
 「おまえも、たいがいなもんやろ!」
 犯人や重要参考人にこう言い換えされて反論できない組織。

 抜本的な立て直しが要る。
 その中に、刑訴法の捜査の原則形ー「警察の第一次捜査、検察の補充捜査」への回帰、「国策捜査」のための「特別捜査警察部」を警察庁直轄下に設置すること、そんなことも必要ではないか。
posted by justice_justice at 08:00| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年09月26日

■特捜検事証拠かいざん事件ーFD改ざんと上村裁判

■前田検事のFDの改ざん事件。
では、刑事裁判には影響があるのか。
実は、微妙である。
村木事件はすでに無罪で決着が付いた。

■河野氏は、偽造の証明書を受け取って使った事実の限度ですでに罪を認めて、執行猶予の判決がでている。控訴はしているが、厚労省の側から、偽造の証明書を受け取ったという限度で、事実は動かない。厚労省内部で何があったのかは、直接河野氏の罪責に影響しない。

■もっとも、上村事件では、罪名を代えなければならない。
 今は、刑法156条(虚偽公文書作成等)により、「公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は文書若しくは図画を変造したとき」にあたるとされている。起訴状もそう記載があると思う。
 しかし、村木さんが無罪になった以上、上村氏との関連では、証明書の作成権限者がいなくなる。
 だから、刑法155条(公文書偽造等)、つまり、「行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者」にあたることとなる。
 検察官は、訴因を変更しなければならない。
 この限度で、控訴している河野氏の裁判にも影響がある。

■倉沢氏は無罪になった。ここでも、厚労省内部のできごとがなんであっても、適法に作成された証明書と思っていた事実は動かないから、FD偽造事件はなんら影響を持たない。

■上村裁判はどうか。
 罪名は修正を要する。
 ただ、FDの改ざんそのものが刑事裁判の内容に影響を与えるか、というと微妙になる。
 単独犯であったことが明らかになったのだから、責任は重くなる。
 他方、検事がFDを偽造してまでも村木さんを犯罪者に仕立て上げ、そのために利用されたことがはっきりした形となっている。その点は量刑上考慮せざるをえない。
 弁護人への影響もある。
 弁護人が還付されたFDを保管していたとしよう。
 弁護人が再度点検したとき、証明書のファイルが6月8日付けになっていることを知った場合、これが村木氏の指示の時期と一致することとなることは明白だ。
 そこで、弁護人は、職業倫理上の問題に直面する。
 有罪を証明する、自分の被告人に不利益な証拠を、職業倫理上守秘義務の範囲で、絶対に外にだせないこととなる。
 ましてや、万が一にもで、いったん還付されたFDを再度検察側が押収しようとしたなら、事務所を挙げて「押収拒否」の権利を発動しなければならない。
 当該弁護人とその委任を受けた弁護士が24時間体制で事務所を守る、、、という異様な光景になる。
 そして、なんらかの形で、このファイルがふたたび検察側にわたった場合、6月8日付けのファイルがあるものとして証拠調べを再度おこない、捜査報告書は誤記であると主張されたとしたら、、、

 そうスムーズに村木さんの無罪になったか、どうか危うくなる。
 
■その意味で、上村被告が起訴後真実を語り始めた事実が無罪判決確定に果たした役割は大きい。

 半面、FDの登場は必ずしも上村氏に有利に働くとは言いきれない。
 ただし、公務員であったひとりの公務員ができたことは、証明書偽造とその交付のみ。
 これを超えて、こともあろうに検事がストーカー行為リーを押し付けて調書をとらせようとし、さらに、本人に有利な客観証拠であるFDを使い物にならないようにした。
 こうした事情はすべて量刑で被告に有利に考慮しなければならない。

■上村氏は、検事に押し付けられた調書のまま、裁判を終えなかった。ここに、村木事件無罪の出発点がある。
 上村氏が単独で執行猶予を狙って証拠にも同意をしてしまえば、彼の刑事裁判は終了した。
 そうしなかった。
 その勇気と決断には拍手を送りたい。
posted by justice_justice at 12:24| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年09月25日

■特捜検事証拠かいざん事件ー「時限爆弾」発言騒動

■産経ニュース(ネット配信))2010年9月24日など24日の午後から夕刻にかけて、前田検事が、FDを被告側に還付した頃、事情を尋ねた同僚検事に「FDに時限爆弾を仕掛けた」と説明した、との報道がなされている。そして、この言葉が、FD偽造の動機を解明する重要な手がかりであるかのようなマスコミ報道が、しばらくは続くのだろう。マスコミ受けのする分かりやすい言葉だ。
 現に、ネットニュースの見出しも、【検事逮捕】「FDに時限爆弾仕掛けた」/同僚に故意の改竄を示唆」と仰々しい。
 しかし、と思う。
 マスコミ狂想曲の危険がないか。
 事件の経緯が不可解だからだ。
■ 検察官が被告側に開示したFDの内容に関する捜査報告書では、偽造証明書案の作成日付けが「2004年6月1日」であると記載されている。
 証拠開示は、上村、村木各氏の起訴後になされているはず。起訴日は、2009年7月4日である。
 検事の改ざんは、2009年7月13日。17日には、FDを上村被告側に還付している。
 検察側は、村木公判で、このFDはもとより、捜査報告書も証拠調べを請求しなかった。
■ さて。「時限爆弾」発言。
 日付を書き替えたFDを被告側に返却して、それでどうなるのか?
 この単語を手がかりに、ストーリーを作るとすれば、例えば、、、、
 いったん被告側に返却して管理を被告側に委ねておく、再度任意提出を求めて調べ直すふりをする、偽造証明書の保存日が6月8日であることがあらためて判明する、村木指示の時期と重なる、、、、そこで、証拠調べを請求する、、、、。
 しかし、現実には、そんなことはなされていない。
 そもそも当初の捜査報告書がある以上、こんなことをしても意味がない。
 もっとも、上村被告人サイドは、FDを証拠にする意欲を失うことは確かだ。
 その抑制をねらった? しかし、そもそもFDを返さなければ済む話だ。 
■ 逆説めくが、ほんとうに時限爆弾にするつもりなら、誰にも洩らさず墓場にもっていくつもりでやる。
 「時限爆弾をしかけた」、と改ざんの事実自体を、さも自慢げに漏らし始めたことにむしろ注目すべきだ。
 つまり、、、
 第1。この発言は、自分の不始末を認識した前田検事が、同僚検事にFD還付の理由を問い質したとき、さも意味ありげに、さもかっこいいことをしたかのように、見栄でふと使った言葉だ。
 第2。特捜の内部でこのことを洩らしても受け入れてもらえる、むしろ、密かに喝采を浴びるという意識が表れている。
 第3。証拠偽造をしても、内部からはもれない。同僚ももらさないという認識がある。

 つまり、前田検事の脇の甘さ、モラルの低下、規範意識の次元の低さと、こんなことを洩らしてもうちうちのことだから大丈夫と思っていたモラルの低さ。
 そして、洩らされた検事も、事の重大性をしっかりと認識して、断固たる行動にでられないモラルの低下。
 かくして、この言葉が意味があるのは、「特捜検察」の「職業」意識がこの程度であったことを示す言葉としてであろう。
■但し、問題が広がる。
 第1。特捜取扱い事件で「えん罪」が他にある可能性が高い。
 第2。少なくとも前田検事取扱い事件について、自白押しつけ、虚偽供述押しつけ、さらには、「証拠偽造、変造、捏造」の可能性が高い。
 第3。特捜事件について、国民は捜査協力を控える。情報提供はしない。内部告発はでてこない。特捜には頼れないという意識、特捜が動いても協力しなくても言い理由ができた。
 特捜の捜査力、検察の捜査力はかなり落ちる。
■刑罰権。
 近代国家の正当性を支える重大な機能。
 その出発点である捜査の原理が崩壊した。
 「検察が証拠を偽造する」、この事実が残る。
 刑罰権の基礎がくずれていく、、、、

 国家未曾有の危機、といっていい。
 法史レベルから見たとき、22世紀の歴史家は、この事件を「国家崩壊の出発点」と位置付けるか、「国家再生を促した事件」と位置付けるか、、、
 それは、我々にはわからない。
■いまできること。
(1)特捜事件の洗い直し
(2)前田検事取扱い事件の洗い直し
(3)特捜解散
(4)検察捜査、可視化の立法化
(5)警察庁直轄、特別捜査部新設。
(6)本件事件捜査のための監視委員会の設置。弁護士と学者などから検事を任命し、監視委員会の任務を負わせること、、、、等など。
 急がねばならないのだが、、、、
 官僚主義に支配された、鎖国意識の強い日本。
 迅速に動けるかどうか、、、。
posted by justice_justice at 09:00| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年09月24日

■特捜検事証拠かいざん事件ー今こそ取調べを可視化せよ。

 今、進行中の証拠かいざん事件関連の取調べは、被疑者に対するものも、関係者に対するものも、全過程の録音録画を行うべきだ。


 事件捜査当時の特捜部長であった、大坪現京都地検次席は「わざとではない。公判に影響もなかったし問題はない」と、故意ではないとの見方を示した。「部下が行ったことに対する監督責任はある」と述べながらも、「組織ぐるみの隠蔽との見方を否定した」、、、、こんな記事が今日のネットニュースや、新聞紙を賑わす。

 情けないことだ、と思う。
 会社ぐるみ犯罪のたびに、会社幹部が述べているとの同次元の発想方法でしか事態を捉えない。
 モラリティーの弛緩、拡散、そして崩壊。
 内輪からしか、ものごとをみれない「鎖国日本」独特のモラル崩壊の常道。

 「正義」の殿堂も地に落ちたと言わざるを得ない。

  その検察の不祥事を、検察が、捜査している。
 今のところ、法務省も、政府も、なんら発言も行動もしないが、これも、コンプライアンス意識欠如の最たるものだ。
 事案の徹底解明が、こんな体制でできる訳がない。
 捜査プロセスの可視化、少なくとも、事後的に点検できる捜査を遂げていることの説明と、これを捜査と同時進行で監督点検提言する「第三者委員会」がない限り、「トカゲのしっぽ切り」でしかない、と国民は受けとめる。

 そもそも、逮捕勾留中の前田検事がさっそく故意の否認から事実を認める供述に変遷したというが、取調べ過程の全面録音録画は行っているのかどうか。

 日弁連その他の関連組織は、今こそ可視化をせよという声をなぜ上げないのか。

 民主党の取調べ可視化議員団は、なぜ、強行に、今こそ全過程の録音録画を強く迫らないのか。

 関連する重要参考人ー元特捜部長などなどの取調べも同じだ。
 ストーリーにあわせて「供述」をさせて、調書をまくのが、得意な検察捜査。
 今度もそうなる危険があるではないか。

 、、、と原理主義研究者は考えている。
 「一匹子犬」の遠吠え止まりだが、、、o(^-^o)♪

posted by justice_justice at 07:47| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

■特捜検事証拠かいざん事件ー「特捜ぐるみ」犯罪

 今日の朝日新聞(朝刊)を観つつ、特捜検事証拠改ざんについて、さらに考えている。
 何故起きるのか。そして、どうするべきか。

 答は明白だ。「特捜解体」だ。
 
 オーストラリア、ニュー・サウス・ウエールズ州の検察庁で取調べ可視化について調査したことがある。取調べの全過程録音録画などは当たり前なのだが、今回の事件との関係でこんなシステムについて紹介しておきたい。

 オーストラリアでは、検察局検事は、捜査をしない。訴追の判断のみ行なう。その角度から、警察が修習した証拠の質量を検討し、不十分であればそれを補充させ、最終的に起訴できない場合には、立件を断念する。
 訴追専門機関だ。
 そして、イギリス型刑事手続の特徴として、公判の維持は、バリスターが行なう。
 一種の弁護士であるが、法廷法律家とでも言うべきか。
 被告人もバリスターを雇う(国選の場合もある)。検察側もバリスターを雇う。そして、有罪立証、無罪の反証を行なう。
 ここでも、検察の準備した有罪証拠を、点検吟味して立証に使うのは、バリスターの責務であり、違法なもの、不相当なものは排除される。
 こうして、警察ー捜査、検察ー訴追、独立のバリスターによる有罪立証、、、とチェックアンドバランスが働く。

 翻って、特捜部とはなにか。
 警察の介入をさせない。独自捜査であることを誇りにする。
 みずから捜査をし、訴追を決め、公判で有罪の立証も行なう。
 チェックアンドバランスが働くメカニズムがない。
 刑訴法は、第一次捜査権限を警察に与えた。検察の独自捜査を否定するものではなく、捜査権限は与えている。
 しかし、刑訴法の構造上、それは、検察の独自捜査を積極的に是認するものでもない。
 むしろ、警察捜査のチェックのために補充捜査が必要なので、公訴権のみではなく、捜査権も与えた、と観るべきだ。
 「国策捜査」。
 つまり、国会議員や大臣、首相が絡まる案件は、「特捜」がやる、、、そんな中で培われた「強大な捜査機関」とぃうイメージがあるが、それが、結局、歯止めのきかない暴走を許すものともなった。

 「特捜解体」。 
 自浄作用、点検・修正・計画・実施、、、PDCAのサイクルの適切な運用、、、それが望めないセクションを検察庁内部に残すべきではない。


posted by justice_justice at 05:38| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

■特捜検事証拠かいざん事件ー村木事件・上村事件余波

検事ーモラリティー崩壊。
この事件の特徴はこの言葉に尽きる。
そして、それがどこまで広がるのか、、、

 今回の特捜エリート検事による「証拠改ざん事件」。これを法史の流れの中で、大局的にはどうみるべきか。
 日本崩壊への奔流がもうひとつの、しかも、国家権力を支えるべき重大な「インフラ」=「検察組織」を崩した、と観るべきだ。
 その出発点に、「堤防決壊」がある。バブル経済とその崩壊である。1986年から4年強続くバブル景気とその後の株価暴落、湾岸危機、、、をきっかけに生じるバブル崩壊。
 その間にわが国が失ったものは、第二次世界大戦・太平洋戦争での「破壊」よりも致命的であった。
 何故か。
 資本主義、民主主義、自由主義。経済、政治、思想の根源を支える日本独特の文化的背景は、「勤勉、誠実、道義」といった日本型モラリティーでった。それが、バブル景気とその崩壊の両プロセスの中で一気に崩壊した。
 その裾野の広がりは、ながく続く。
 FDの証明書発行日の改ざん。これと似た事件をなんどか我々は観てきた。食品の賞味期限などの改ざんだ。食の安全にとってもっとも重要な情報を会社が組織的に書き替える。モラル崩壊のシンボルであった。
 そして、正義を守るべき殿堂ー検察庁にもそのモラル崩壊が及びつつある。真相解明ー犯罪の有無を確認するのに不可欠の証拠物を改ざんする検事。
 自室でか、執務室でか、どこでこれをやったものか、それもやがて分かる。
 事前に特捜内部であぶないゲームを主任検事がやっていることを知っていたのか、知らなかったのか、事後に報告を受けたのか受けていないのか、、、今は混沌としている。
 
 しかし、混沌とした図そのものを思い浮かべてほしい。
 捜査権限、公訴権、公判立会権、有罪判決執行権(刑罰の実現の権限)と、国家の正義の実現の全プロセスに責任を負う国家機関が、その権限を行使して、他でもない、犯罪をでっち上げるために、証拠を改ざんしたのだ。無罪を示すべき証拠を、有罪を示す証拠に代える、、、とんでもないマジックを彼らはできるのだ。
 あたかも映画『スターウオーズ』のフォースの力のダークサイドと同じだ。
 ジェダイ・ナイトのマスター、ヨーダと、暗黒のリーダー、パルパティーン。つまり、シス卿ダース・シディア。ふたりの違いはどこにあったのか。
 「フォースの力」の暗黒面も極めている点では実は共通していた。
 違いは、共和国と民主主義への忠誠心という「モラリティ」であった。
 前田検事とかれをとりまく大阪特捜周辺の検察関係者は、「フォースの力」の「ダークサイド」に引き込まれてしまった。その自覚も反省も今はなさそうだ。
 自浄作用、内からの改善はありえない。
 特捜部の組織解体しかない。
 特捜部は、21世紀日本には、もはや不要だ。
 「捜査力」の低下。つまり、市民社会が、彼らに正義の実現を期待しなくなる事態のことをいう。
 その恐ろしさを彼らはまだ自覚していない。組織防衛のレベルでしかみていないとしか思えないし、マスコミ、政界などの反応もそのレベルに留まる。
 国家史レベルでは、検察・警察の内部崩壊が国家の解体につながる。
 今、我が国は、21世紀にはいり、経済面での危機だけでなく、刑罰権行使という国家のもっとも重要な機能について麻痺状態に陥りつつある。
posted by justice_justice at 21:01| ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする
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