2012年01月22日

■検事調べの全過程録音録画ー弾劾型取調べへの第1歩

■「取り調べ/否認被告も全過程可視化/名古屋地検拡大「立証に有効」」。
読売新聞(朝刊、中部版)2012/01/04は、このタイトルのもとに、こんな取材を照会している。
 「名古屋地検と同支部が裁判員裁判対象事件で検察官による取り調べの全過程を録音・録画(可視化)した20人の中に、犯意や共謀関係などを否認した被告が少なくとも3人いたことがわかった。自白事件の一部のみを撮影していた従来とは一線を画す運用に、複数の検察関係者は「公判での立証時に、裁判員に検察側の主張を理解してもらいやすくなる」とメリットを強調する。一方、検察内部には全事件を全面可視化することへの懸念は根強く、可視化の将来像はなお不透明だ」。

ついで、検察内部の賛否の意見を紹介する。

 「検察関係者は「従来のやり方は、裁判員から『検察に都合の良いところだけ撮っている』との批判があった。全てを撮れば、被告が自分の言葉で供述したことを理解してもらえる」と強調。否認事件でも、捜査段階と公判での弁解の食い違いを立証したり、弁解の不合理さを明らかにしたりすることに役立つと指摘する。
 別の関係者は「可視化の流れが後戻りすることはない。その中でどういう取り調べをするべきか、今のうちに現場の検察官に経験を積ませる必要がある」と、積極実施の狙いを説明する。
 ただ、検察内部には、「被告と信頼関係を築くのが難しくなり、結果として自白が得にくくなる」との懸念も根強い。可視化のあり方を検討してきた法務省の勉強会は昨年8月、「一律に録音・録画を義務づける制度を構築することは適当ではない」として、全面可視化の法制化に否定的な見解を示した。」

この点について、次のコメントを掲載してもらっている。
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話
 「法務・検察当局の『可視化の範囲の拡大』という新しい方針が、捜査現場に着実に浸透していることを表している。否認事件も含まれており、自白中心捜査を脱却する第一歩として評価したい。公判で、自白の任意性や信用性の争いに時間を取られることなく、真相を解明したうえで適切な量刑判断をするには全面可視化が必要だ。今後は、警察段階や参考人の取り調べを可視化するかが重要な検討課題になる」
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2011年12月02日

取調べ可視化(再論)−全面可視化ということ

 先にも取り上げた、大分・看護師殺害事件での検事の被疑者取調べ全面可視化について、地方誌での取り上げ方を紹介する。
 以下、記事を引用して、採用されたコメントも転載する。

***(引用)***

 ■ 「全取り調べ録画提示/大分地検、看護師殺害で」11/11/18 四国新聞(朝刊)

 大分県別府市で昨年8月、神戸市の看護師横手宏美さん=当時(28)=が殺害された事件で、強盗殺人罪などで起訴された住所不定、無職安藤健治被告(33)の検察官による取り調べの全過程を大分地検が録画していたことが17日、関係者への取材で分かった。
 安藤被告の弁護人によると、裁判員裁判の公判前整理手続きに向けた話し合いの場で、地検側から取り調べの様子を録画したDVDなど14枚の動画記録が提示された。検察官による取り調べの録画が、弁護側に全て提示されるのは珍しいという。
 うち1枚には「警察」というタイトルと日時が記載されていた。弁護人は「警察官による取り調べは全てが録画されているわけではなく、自白の任意性が保障されているとまではいえない」と話している。
 大分地検の石垣光雄次席によると、最高検は8月、原則全ての事件の取り調べを録音、録画するよう高検と地検に通知。石垣次席は「通知の趣旨にのっとって捜査している」と話している。
 起訴状によると、安藤被告は昨年8月31日夜、別府市明礬(みょうばん)の温泉に続く山道で、横手さんの首を絞めるなどして殺害し、現金などが入ったバッグを奪ったとしている。

 ■ 全面可視化を評価
 渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 新しい時代に対応した検察の取り調べの適正化が始まったと評価したい。裁判員裁判では、裁判員が極刑を含めた量刑を判断することもある。密室での取り調べは、適正に行われたのかどうかを通常は検証できないため、信用性の高い証拠を裁判員に示す必要がある。被告の反省や自白に頼るだけではなく、可視化に対応した取り調べ技術の開発が必要だ。警察の取り調べ段階についても、逮捕後の弁解録取から可視化すべきだ。

***(引用終了)***

■なお、「取調べ全面可視化――渡辺修・甲南大法科大学院教授の話、評価したい」として、同じ談話が、11/11/17・日本経済新聞(沖縄夕刊)でも採用されている。
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2011年11月17日

■裁判員裁判と被疑者取調べ「可視化」−市民にわかりやすい裁判

■ネット配信記事に、読売新聞2011年11月17日付けで「別府看護師殺害/全面可視化、裁判員裁判対象で初」と題するものがある。記事を引用する。

 *******
 大分県別府市で昨年、温泉旅行中だった神戸市垂水(たるみ)区の看護師横手宏美さん(当時28歳)が殺害された事件で、大分地検が、強盗殺人罪などで起訴した大分市出身の住所不定、無職安藤健治被告(33)の取り調べの全過程を録音・録画していたことが、関係者への取材でわかった。日本弁護士連合会(日弁連)によると、裁判員裁判の対象事件で全面可視化が明らかになったのは、全国で初めて。・・・・
 関係者によると、全面可視化は、安藤被告が強盗殺人容疑で追送検された同24日以降、被告の了承を得て始めた。被告は起訴事実を認めている。これまでの可視化は通常、検事が供述調書を読み聞かせた後、署名を求める場面など数十分を撮影するものだが、今回は数十時間にわたって取り調べの様子をDVDなど14枚に記録したという。一般的に録画した映像は、裁判で調書の任意性を裁判官らが判断するのに使われる。
 ********

 裁判員裁判対象事件での「検察官の取調べ」全過程について、すべて録音録画がなされていること。
 このことが、マスコミなど社会に知れ渡るように情報が提供されたこと。
 この2条件が、「初」と紹介する趣旨であろう。これは、事実そうか・どうか、という問題であり、実は、他にも関係者など周辺には知られているが、全国紙などでは注目されていない全面化可視化事件があっても、それはそれでいい。
 そのことで、我々学者の原理主義からの関心では、この記事の意義が減ずるものではない。
 最高検、地域の高検、地検、各地の刑事弁護委員会など弁護士団体にていねいに取材しても特にみあたらなかった、というのであれば、こうした表現での記事紹介も私などは許容されると思うが、マスコミ関係者はどうなのか。

■ さて。大切なのは、「密室取調べ」を打破した検察内部の前進だ。市民に裁判員の職責を負わせて、死刑選択の可能性のある重大な犯罪の有無と、刑罰の重みを選択させる以上、法律家が運用責任を負う刑事手続は、「わかりやすい」ものであるべきだ。
 従前のように、密室の取調べでは、心から反省した被疑者が、公判廷では、突如、反省をかなぐりすてて虚偽の供述、「わたしはやっていない!」と叫ぶ、、、、こんな不思議な現象を、法律家は是認し、容認し、しかも、嘘つきは、被告人だ!と断定してきた負の歴史をしっかりと認識すべきだ。
 日本でも賢いものが集まる東大法学部出身の大勢の法律家がいる法曹界。そこが、「取調べ可視化」というごくふつうの手続の適正化を実現できなかった現実をあらためて確認するべきだ。

■ 虚偽自白を導く違法不当な取調べは許さない。他方、不合理な弁解、不可解な沈黙による真相隠蔽も許さない、、、、そのときどきの捜査の進展状況に応じた、事情説明に対して、真しに、冷静に、合理的に説明する被疑者の姿は、それ自体がのちに被告人に有利な証拠になる。逆も真なり、といえる。
 不可解、不合理な弁解と沈黙は、有罪の有力な証拠だ。
 取調べプロセスすべてがその意味でベストエビデンスだ。可視化は当然である。

■可視化すると、自白しなくなる、、、そんなことは経験的にもありえない。むしろ、可視化された取調べ環境下で、なお真実に迫る取調べをする技法がないこと、これを開発することなく、強引に、
 「吐け、吐け、吐け!」
と怒鳴り散らし、恫喝し、脅迫し、ときに暴行を加える非近代的な取調べしかできないことこそ、捜査機関は反省すべきだ。

■ 市民参加で刑事裁判の正義を形作る新しい市民主義の時代。それにふさわしい被疑者取調べの在り方が、取調べ可視化だ。しかも、「可視化」は取調べのみのテーマではない。刑事手続全体を貫くべき新しい原理だ。「可視化」原理こそ市民参加での正義実現を支える。


 そんなことを考えて、同日付けの地方版には、次のようなコメントを掲載してもらっている。

 ■渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話
「全面可視化によって、供述調書の任意性を巡る無駄な議論が避けられる。裁判員が『被告は検察に自白させられたのでは』との疑念を抱かず、判断できるように努めるのは検察の責任。全面可視化に否定的だった検察がかたくなな態度を改め、実施に踏み切ったのは画期的だ」


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2011年07月06日

兵庫県自治体の可視化決議ー市民の求める取調べ適正化

■神戸新聞2011年6月27日(朝刊)の記事、「取り調べ可視化求める意見書/県内全市町議会採択へ/全国初」が面白い。
 「取り調べ可視化求める意見書 県内全市町議会採択へ/全国初」というのがサブタイトルだ。
 記事を少し引用する。

 「捜査機関による取り調べ全過程の録音・録画(可視化)を国に求める意見書が27日にも、兵庫県内の全41市町議会で採択される。兵庫県弁護士会によると、県内すべての市町議会による意見書採択は全国で初めて。可視化の法制化については29日から法制審議会の部会で議論が始まる。・・・
 意見書の採択は、日弁連が2008年4月から全国の地方議会に呼び掛け、22日現在、5府県167市町村が採択している。兵庫県内では県弁護士会が各議会を回り可視化の必要性を説明。足利事件の再審無罪などで取り調べの問題がクローズアップされたこともあり、09年3月26日に神戸市会が採択したのを皮切りに全市町に広がった。
 27日に、残る養父市会で採択される見込み。県議会には提出されていない。
 意見書は「冤(えん)罪(ざい)被害者を生み出さないためには、速やかな全過程の録画が不可欠」とし、首相や衆参議長、総務、法務大臣に提出される」。

■こうした動きをどう捉えるべきか。まず、同誌面では、こんなコメントを掲載してもらっている。
 
 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「市民の代表者たる議会が声を上げた意義は大きい。一連の検察不祥事で、密室での取り調べの恐ろしさを肌身に感じるようになったのだろう。警察、検察は謙虚に受け止めなければならない」としている。


■以上のコメントに補足する。

 我が国警察は、自治体警察を基本とする。警察庁を頂点とする人事政策で全国警察の統合も図られているものの、都道府県警察が、地方自治体の予算によるものである事実は変わらない。
 兵庫県市民が、取調べ可視化を求めている。この事実を、兵庫県警は無視できない。
 ひとりよがりの官僚的なものの見方で、密室取調べを維持しようとすると、市民が協力しなくなる。捜査情報が流れまい。組織解体につながる。
 「市民主義」。
 これが21世紀の刑事司法の構造変化をもたらしている。
 民意に真しに耳を傾けて、治安維持をはかるべきだ。
 
 
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2011年07月01日

■警察庁取調べ可視化試行ー「有効、なれど一部にしたい」への疑問

■毎日新聞のネット配信記事、「警察庁:取り調べ一部可視化の検証結果を公表」ー2011年6月30日 12時30分/更新:6月30日 12時41分ーが興味深い。
 記事では、「試行は、容疑者が自らの意思で自白したことを裁判員裁判で立証するのに有効かどうか検討する目的で09年4月に開始。今年3月までの2年間に、容疑者632人に対し計717回の録音・録画を実施した。罪種別では、強盗殺人・致傷など32%、強姦(ごうかん)致傷など18%、殺人や殺人未遂18%−−が多かった」と紹介する。
 その効果について、「試行に携わった取調官613人への聞き取り調査で、自白の任意性を立証するのに「大きな効果がある」と答えたのは37%、「ある程度の効果はある」は60%で肯定的な評価は97%に達した」という。
 しかし、「「取り調べの全過程を録音・録画する全面可視化については91%の取調官が「そうすべきでない」と回答。「どちらでもない」や「分からない」は8%で「そうすべきだ」は1%だった」という。
■これについては、いろいろな感想がある。
(1)大前提として、司法取引を認めるべきである。
 否認、自白どちらであれ、事実に関する弁明をするプロセスと、そうした証
拠を前提にして、検察官と弁護人が、事件処理について、一種の相談によって
決めるプロセスを区分し、これを是認するべきである。密室取調べの中で、被
疑者に対して、捜査官、検察官が「認めれば、軽い処分で、、、」といった働
きかけや示唆をすることのないようにするべきである。
(2)「反省⇒自白」観を捜査機関はすてるべきである。
 「取調べ過程=証拠」というものの見方とともに、証拠をつきつけて自白を
迫り、不合理な弁解、否認をする状況を含めて、証拠にする、というイギリス
型の立証方法を確立するべきである。
 「お上への心情告白=自白」という非近代的な取調べ観を修正し、証拠によ
る弾劾への応答を記録する場=取調べという近代的捜査観を確立するべきであ
る。
 これに応じて、本格的な「弾劾型取調べ」技法を開発し、捜査官に修得させ
るべき。
 今の取調べ技術では、「吐け、吐け」と強引に迫るしかない。
 それで真相か解明できなくなるという感想をもたれても、なんら信憑性はな
い。低次元の取調べ技術しかないから、密室取調べにこだわる。
 それを、被疑者のせいにして、取調べ過程の適正化を避けることは許されな
い。
(3)被疑者の反応ー弁護士会の対応の遅れの批判
 弁護士会も取調べ可視化に対応した、弁護方針の確立を急ぐべき。
 今は、ただたた「可視化、可視化」と騒ぐのみ。可視化のもとでの弁護活動
とはどうするべきなのか、なんら積極的提言がない。
 とくに、被疑者に対して、どのような助言をするのか、基本方針はないはず
(この点は、日弁連の可視化推進本部???にでも確認してほしい)。
 本格的な「調査弁護」を踏まえ、さらに、取調べ立会を実現することを展望
しない限り、「虚偽自白」排除、「取調べ適正化」ははかれない。
(4)真相解明の重視ー被害者の権利尊重
 密室取調べ=虚偽自白は、裁判員裁判をだいなしにし、被害者の権利を侵害
することもはなはだしいものがある。
 取調べの適法性、自白の任意性といった周辺的な事項を検討するために、裁
判員裁判の審理時間を使うのは無駄。もっとも市民への負担をかけるもの。
 しかも、死刑求刑事件などでは、自白の任意性があると仮に裁判所が決めて
も、被告人が無理に言わされた自白だと言い続けている状態で、裁判員が納得
のいく死刑選択はできない。
 適正な量刑、とくに死刑事件の適正な処理のためにも、可視化は不可欠。
(5)捜査権限の強化。
 取調べ過程の全面録音録画は、時代の流れだ。これと別に、時代遅れの岡っ引き取調べ観をすてて、現代的捜査による真相解明のための捜査方法を確立するべきだ。そのためには、おとり捜査、電話傍受、電子監視などネット社会、携帯文化に即応し、かつ今の先端技術を駆使した操作方法を導入するべきだ。
 しかし、これは、取調べ可視化と全く無関係の問題だ。両者をバーターのように捉える法務省、警察庁の姿勢は、所詮、被疑者取調べで事件を解決したい時代錯誤が働いているものだ。


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2011年05月28日

■警察のメンツ、事案の真相解明ー「被疑者取調べ」にこだわる捜査

■2011年2月22日の朝日新聞(夕刊)は「大阪・暴言警官の聴取相手、窃盗容疑で逮捕」と題して、「大阪府警東署による任意の取り調べで暴言を浴びたとされる会社員の男性(35)=大阪府吹田市=が22日、府警刑事特別捜査隊に窃盗容疑で逮捕された。捜査関係者への取材でわかった」とする事件を紹介している。
 少し経緯が複雑だ。
 今回の事件は、「府警によると、男性は2009年12月末〜10年1月上旬ごろ、勤務先の会社にあったパソコンと周辺機器(計約20万6千円相当)を盗んだ疑い。1月9日に大阪市内でこのパソコンが約10万2千円で売却された際、男性の運転免許証が提示されていたという」というものだ。
 この男性について、府警は、恫喝による取調べを実施した経緯がある。
 次のようなものだ。
 「男性は09年12月に女性が落とした財布を着服した疑いが持たれ、昨年9月3日に遺失物等横領容疑で任意の取り調べを受けた。男性は取り調べで着服について否認したが、高橋警部補から「お前の人生、むちゃくちゃにしたるわ」などと脅されたとされる」。

 こんなコメントを当時掲載してもらっている。

 ◇「なぜ今」説明を

 刑事裁判に詳しい甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)の話 来月には、違法な取り調べをしたとされる警部補の公判で男性が「被害者」として意見陳述する予定だった。今回の逮捕は報復や見せしめにとられかねず、逮捕は警部補の審理が終わってからでもよかったのではないか。府警はこの時期に男性を逮捕しなければならなかった理由を適切に説明するとともに、男性の取り調べの全過程を録音・録画して捜査への不信感をぬぐう必要がある。
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2011年01月01日

■「自供書」ー密室取調べのからくり/虚偽自白おしつけ

■朝日新聞2010年12月29日(朝刊)の記事、「自供書、誘導を認定/大阪地裁判決/警官、法廷で否定」は、昨今の「密室取調べ」における虚偽自白作成方法をあからさまにするものであって、興味深い。
 以下、引用する。
 「裁判員裁判の審理対象の強制わいせつ致傷事件で起訴された男性被告(47)が捜査段階で自ら書いたとされた「自供書」をめぐり、大阪地裁の細井正弘裁判長が「警察官が示唆して作られた」と述べ、作成段階で誘導があったと指摘していたことがわかった。被告の取り調べを担当した大阪府警の男性巡査部長(44)は、証人出廷した公判で誘導を否定。これに対し、弁護人が巡査部長を偽証容疑で刑事告発する事態となっている。(岡本玄)
 ・・・
 弁護人の山本了宣(りょうせん)弁護士によると、被告は取引先の20代の女性に無理やりわいせつな行為をしたとして昨年10月15日に東成署に逮捕された。逮捕当日は容疑を否認したが、翌16日の巡査部長の取り調べに認め、「女性に『おれにさからうやつはおらん』とおどしました」「女性を押し倒して、馬のりになり、服をはぎとって全裸にした」などと書かれた自供書が作成された。
 これに対し、弁護側は公判前に争点や証拠を絞り込む非公開の手続きなどで、「自供書の言い回しが逮捕状の内容とそっくりだ」「被告は『巡査部長の言った通りに自供書を書かされた』としている」などとして無罪を主張。自供書の信用性が争点の一つとなり、地裁は巡査部長の証人尋問を決めた。
 尋問は初公判から3日後の今年10月7日にあり、巡査部長は弁護側の主張について「でたらめだ」と証言。「自供書は被告が記憶に基づいて書いた」「(被告に助言したことは)まったくない」と述べた。検察側も「自供書が信用できるのは明らかだ」として被告側の主張を退けるよう求めた。
 同18日の判決公判で、細井裁判長は裁判員6人との評議を踏まえ、「自供書の文言が逮捕状の内容とよく似ており、作成段階で警察官から被告に何らかの示唆があったとみるのが自然だ」と指摘。弁護側の主張を法廷で否定した巡査部長について「不誠実だ」と述べた。
 一方で、起訴内容については「被害女性の説明は信用できる」とし、求刑通り懲役4年を言い渡した。弁護側は大阪高裁に控訴するとともに、先月25日に巡査部長を偽証容疑で大阪地検に告発した。」


■「密室取調べ」で「自白を強要する」文明ー野蛮で愚かな密室取調べを守る官僚達
 自白調書。これで事件が落着する、という「運用の水準」。
 警察・検察・裁判という司法官僚機構が長年にわたり作り上げてきた、「虚構の正義」。しかも、いまだに、法務省も警察庁も、
 「取調べとは、取調官が被疑者の心からの信頼を得た上で、その人間的な関係の中で、真実を吐露する場である」
 という「道義的取調べ観」を平然と唱えて、その可視化、適正化、合理化に努めようとしていない。
 それどころか、肝心要の「信頼関係形成」だが、その方法論も研修も存在しない。
 単に、「落とし屋」とでも呼ばれる先輩の自白引き出し術を学ぶだけだ。非科学的であること、この上ない。
 そして、とどのつまりは、「お上に楯突くことはまかり成らぬ」という意識、「お上の『見立て』に逆らう不届きものを許さぬ」ために、自白の強要が始まる、、、、
 日本の取調べ、、、、IT技術、先端医療、宇宙工学、、、そうした世界に誇れる諸科学を要していながら、ここだけは、江戸時代の御白州と全く変わりがない。
 時代錯誤と事大主義、、、これを裁判所も許容してきた。
 「反省」した被告人がなぜ公判廷で必死になって無罪を訴えるのか。
 その矛盾をしっかりと見極めようとせず、密室取調べの方を信用できることに決めつけてーそのような政治的政策的な選択をするという法文化が裁判官の中に広まっているのを自覚しないでー有罪作文を数多く書いてきた。
 そこで、少しきつめだが、こんなコメントを出してもらうことにした。

 自白調書に代えて、取調べの冒頭に、とにもかくにも、自供書を書かせる警察の運用を作ったのは、こちらがあれば、もっと信用できると説明可能、と宣言した裁判所に責任がある。可視化なき密室で、自らの信条吐露、告白、

*************
●裁判成り立たぬ
 刑事裁判に詳しい甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)の話 捜査官が作成する供述調書と比べ、自供書は容疑者本人が書くことから、はるかに高い証拠価値がある。その自供書が捜査当局の描いた構図通りに作られていたとしたら、裁判員裁判だけではなく、刑事裁判全体が成り立たなくなる。郵便不正事件では、大阪地検特捜部の誘導による供述調書の作成が問題になったが、容疑者の意思や事実と異なる内容を自供書に書かせるのは、それ以上に悪質といえる。
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2010年06月06日

■福岡、東京、仙台(3)ー『学界』の世界

*以下に仙台旅行の写真を掲載。

http://justice.netspace110.jp/blog/blog_100605_3.html

□6月4日夜に仙台入り。7日早朝に帰阪予定。
仙台入りの目的は、所属学会参加のため。

 但し、ブログ編者は、学者グループを『学界』と表現する。そのうちの特定の分野の研究者の集まりが『学会』である。日曜日に、そのワークショップで、関心のあるテーマについて発言者として参加する機会をもらっている。
 この年になると、学会で発言の機会をもらえるのは、ありがたいことだ。

 それなりに準備して臨んだ。
 テーマは被疑者取調べ「可視化」。すなわち、録音録画である。

□ 21世紀の刑事司法の改革が奏効するかは、取調べ可視化にかかっているといってもよい。裁判員裁判というブラックボックスを導入したことが、密室取調べのパンドラの箱を開ける役割を果たす。

□取調べ「可視化」
 早晩、取調べは前面録音録画しなければならない。
 時代の正義が求めていることだ。
 その理論化。学者の立場からの原理主義の摘示。
 被疑者取調べ「三本柱」、すなわち、常時接見、取調べ立会、録音録画。
 この3つである。

□「包括的防御権」
 根拠は「包括的防御権」。
 シンプルな権理論と原理論である。
 が、もっとも説得力があると信じている。
 学者は、原理主義でよい。官僚法学を支える役割を、地方私学の学者は果たさなくてもよい。世の中を見据える「視点」を摘示すること。それでよい。

「可視化」原理と「包括的防御権」。これが理論の柱である。

□再来・再訪ー仙台を去る
 さて。仙台にもゆかりはある。二年ほど前になろうか、仙台弁護士会の企画に参加している。今後ともおりおり来るだろう。
 今回は、牛タンにこだわった。3日、店を変えて牛タン定食を食べた。それぞれうまかった。そして、新緑の青葉城跡など杜の都を満喫することもできた。
 学会最終日。多くの会員は、夜の便で各地に戻ったことだろう。ブログ編者はもう一泊して、長者町モールにあるMOVIXでまだ見ていない『グリーン・ゾーン』を観ていくことにした。
 むろん、もう一軒の牛タンの店に寄るのも目的だ。

 延べ4日の仙台。
 満足の旅であった。
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2010年02月20日

■被疑者取調べ可視化ー日経の連載から

■取調べ可視化ー日経の特集から

日経10年2月11日から、「可視化の行方/識者に聞く」のシリーズが始まった。第1回目に次のようなコメントを掲載する機会をもらった。全体のタイトルは「甲南大法科大学院教授渡辺修氏、冤罪生む密室転換を」というものだ。
 以下、本文を転載する。

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 取り調べの全過程を録音・録画する「可視化」を柱に、捜査手法の高度化策を検討する中井洽国家公安委員長の有識者研究会が発足した。賛否両論ある可視化を中心に、導入の是非や論点を識者に聞いた。

 ――取り調べをめぐる問題点は。
 「いまだに長期間の身体拘束をして密室で取り調べることが許され、虚偽自白が生まれている。江戸時代と変わらず、先進諸国の中で最も遅れている恥部だ。冤罪(えんざい)を生む構図が残っていることを法曹関係者は深く反省すべきだ」
 「密室で、拷問などで自白に追いやるのは時代や民族、宗教などを問わない人類共通の“病気”。特効薬は密室化をやめ可視化することだ。取り調べは我が国の司法制度改革でも残された最後の暗黒部分だが、防御権の観点から、将来は弁護士の立ち会いも必要だ」
 ――可視化は捜査当局に「容疑者との信頼関係が得られず、真相解明機能に影響が出る」といった反対論が根強い。
 「虚構だ。信頼関係の中で反省させ自白させるのは水戸黄門のようなお上の発想法。供述が後に覆るケースがあるのは容疑者が信頼も反省もしていないからだ。密室で、容疑者の一人称で作られる調書は『調べて書く』のではなく、当局が都合の良いように『調えて書く』のが実態だ」
 「まず自白させるのではなく、様々な証拠をぶつける弾劾型の取り調べがあるべき姿。例えば容疑者が写った現場写真を示して説明を求め、容疑者の反応をすべて録音・録画して証拠にする。供述に矛盾があったり、弁解できなかったりすればそれ自体を有罪の証拠にできる。可視化は捜査当局にとっても有罪を証明する大きな武器になる。導入国で可視化が供述を著しく阻害したという報告も聞かない」
 ――通信傍受など捜査手法の強化については。
 「IT(情報技術)の発達や犯罪の国際化を考えると、通信傍受やおとり捜査の拡大もやむを得ない。官民がバラバラに運用している防犯カメラも犯罪捜査のために統合的に使えるようにしないといけない。ただ、可視化は冤罪を防止するため刑事裁判に不可欠で、捜査権限の強化と交換条件にはできない」
 わたなべ・おさむ 1981年京都大大学院修了、法学博士。86年米コーネル大ロースクール修了。司法試験考査委員も務めた。弁護士として刑事事件も手がける。「取調べ可視化―密室への挑戦」(共同監修)など著書多数。日蓮宗の僧籍を持つ。


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2009年12月03日

■被疑者取調べ可視化と設備費ー正義のためのコスト

■1:「取り調べ可視化:全面実施へ多くの課題/機材に93億円、狭い部屋改修も」。
 こんな情けない(?)見出しの記事が毎日新聞09年11月8日(朝刊、中部)に掲載された。
 要するに、被疑者取調べの可視化ー録音録画の実現には、取調べ室の改修、機器の購入など相当の費用がかかる、というものである。
 「取り調べの録音・録画は検察庁が06年8月から試行し、警察も08年9月から警視庁と大阪など4府県警で始めた。09年4月以降は全国の都道府県警が試行している。
 警察庁によると、対象は裁判員裁判に該当する事件で、容疑者が自白し、公判で供述の任意性に争いが出そうなケース。事件の概略と核心部分の供述内容を容疑者に読み聞かせ、署名押印を求める過程だけを書き換え不能なDVDに記録する方式で実施している。4〜9月に全国で186回試行され(強盗傷害47▽殺人35▽現住建造物等放火23など)、愛知県警も4〜10月に二十数回行った。
 全面実施には機材をそろえるだけで約93億円かかるのに加え、施設面での課題も多い。
 警察庁によると、全国に約1万2000ある取調室に対し、警察が保有する録音・録画設備は約400セット。愛知でも478室に対し、21しかない。機材は1セット約80万円で、交番や駐在所での事情聴取まで記録対象とすれば費用は一層膨らむ。法務省によると、検察庁にも機材は171セットしかないという」。
■2:正義の実現には金がかかる。しかし、それは捻出するべきものであって、正義の実現を放棄すべきものではない。そんなことは当たり前だ。
 被疑者取調べの可視化については、警察・検察に反対論が根深い。それが、こんな形で表れているのでもある。
 記事はこう指摘する。
 「さらに、可視化には「暴力団事件など組織犯罪の解明が困難になる」「取調官と容疑者の信頼関係を築けない」など実務面での課題も指摘されている。愛知県警幹部は「冤罪(えんざい)事件の発生などから可視化を求める声があるのは当然」としながらも「現場の状況をよく把握したうえで、慎重に制度化してほしい」と話している」。
 だが、案ずるより産むが易し。
 被疑者取調べ可視化は、自白、否認を問わず良質の証拠を残すこととなる。違法な取調べがなされたとの主張ができなくなる。そして、捜査初期のいい加減な弁解などしている被告人の姿は、決して裁判員を説得することにはならない。検察官は、もっと堂々と取調べ可視化を推進してはどうか。

■3:そんな思いで、次のコメントを掲載してもらった。

 ◇正義実現のコスト−−甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)の話
 正義の実現のために必要なコストはかけなくてはいけない。交番などで対応できないなら、取り調べは警察署でやればいい。英国や豪州の例でも録音・録画の導入で自白率が下がったことはない。冤罪防止のためにも取り調べ経過を検証できるようにすることが大切だ。(毎日新聞09年11月8日(朝刊、中部版))。

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2009年12月01日

■被疑者取調べー「任意」の強制取調べ

■ 2009年10月20日、「警官、任意聴取者と同宿/浪速・遺棄容疑、翌日逮捕/大阪府警」(朝日新聞09年10月20日(夕刊)、「大阪府警・逮捕前同宿/弁護人「被告、軟禁状態だった」/トイレも捜査員同行」(大阪読売新聞09年10月20日(夕刊))というショッキングな見出しで始まる記事が各紙に掲載された。
 例えば、前掲朝日新聞によると、このような経過であったという。
 「大阪市浪速区で9月に刺殺された男性が見つかった事件で、大阪府警捜査1課が男の容疑者を逮捕前に参考人聴取した際、監視役の捜査員が容疑者と2人でビジネスホテルの同じ部屋に宿泊していたことが、府警への取材でわかった。捜査担当者が同課幹部の了承を得ずに行っていたという。容疑者は同宿翌日の聴取で自供したなどとして逮捕された」。
■ 被疑事実は、今年9月4日に発覚したもので、浪速区のマンションで複数の刺し傷を負った男性(当時33)が死亡しているのが見つかったものだ。この部屋の使用者だった無職の被疑者から7日に事情を聞いたが、事件に関する供述が得られなかった。
 そこで、記事によると、このような経過となったという。
 「任意同行時に焼田容疑者が睡眠薬を飲んでもうろうとしていたことなどから、捜査担当者は「自殺を図る恐れがある」と判断。幹部に報告せずに、同署近くのホテルで捜査員と同宿させたという。翌8日、捜査員が焼田容疑者を同署に同行し、聴取を再開。同日午後、「室内で殺害して浴室に運んだ」と供述したなどとして、死体遺棄容疑で逮捕した」。
■ 確かに、捜査側としては嫌疑のある者から事情を聞き、矛盾を問い質し、疑問を説明させる中で嫌疑の有無を判断したいところだ。被疑者取調べを軸とする捜査にしたい気持ちは分かる。ただ、そうであれば、事後になっても問題のない適正な取調べであったと説明できる方法で行うべきだ。
 警察官職務執行法上の「保護」手続をとったといった後で付けた口実ともいうべき説明でごまかすことはできない。
 監視の態様も、事実上「逮捕」と等しい。本来、法律が定める逮捕の要件と手続を踏まえてはじめて許されることを、「任意」の名目で事実上おこなうことは避けるべきだ。そんな密室取調べが「虚偽自白⇒えん罪」の温床になる。
 こんなコメントを各紙に載せてもらった。
■朝日新聞09年10月20日(夕刊)
 同宿の捜査手法について、渡辺修・甲南大学法科大学院教授(刑事訴訟法)は「今年4月に施行され、深夜や長時間の取り調べには幹部の事前承認が必要と定めた『被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則』の趣旨に反している。自殺の恐れがあれば警察官職務執行法に基づき保護の手続きを取るべきで、自供を得るための身柄拘束だったと言われても仕方がなく不適切だ」と話している。
■読売新聞09年10月20日(夕刊)
 ◆裁判員納得しないのでは 
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話「同宿は、自白を得ることを目的とした行為であることは明白で、公判では自白の証拠能力が争いとなるだろう。裁判員は、市民の良識に沿った取り調べで得た証拠でなければ、納得しないのではないか」
posted by justice_justice at 00:37| ■被疑者取調べ「可視化」 | 更新情報をチェックする

2009年07月14日

■足利事件に思うー再審公判で誤判の検証を

■「足利事件再審決定/笑顔なし晴れぬ心/菅家さん『裁判官は謝罪を』」(09年6月24日、中国新聞(朝刊))の記事は、足利事件で無期懲役が確定していた菅家利和さんの申し立てた再審開始決定を報道する記事だ。
 再審を勝ち取った御本人の不屈の精神とこれを支えた佐藤博史弁護士のたゆまぬ努力に心から敬意を表したい。
 おそらくは、二人三脚のたゆまぬ努力が陰であったのだろう。
■ それにしても、と思う。「自白中心捜査」の恐ろしさである。本件の場合には、確かに、一応の科学性をまとったDNA鑑定があったのだが、取り調べの場が、「虚偽自白」を強いる場であることを如実に示したものでもある。
 「やっていない」。
 この叫びをそのまま記録に留めようとしない取り調べ。密室で、「自白しろ」と迫る取り調べ。
 被疑者の事件に関する記憶の再現ではなく、捜査官の方針にそった供述を述べたかたちに調えて書面に書く供述「調書」。「調べて、書く」のではない。
■ なによりも、死刑再審4事件を経ても、旧態依然たる捜査を継続しこれを容認してきた司法の事大主義感覚には、慄然とするものさえ覚える。そんなことを思うと、よそからではあるが、再審手続が実りあるものであってほしかったと思う。だが、現状は、次の記事の引用が物語っている。
  
「証人尋問 地裁どう判断
 東京高裁が23日に再審開始を決めた菅家利和さんのやり直し裁判は、菅家さんに無期懲役を言い渡した一審宇都宮地裁で行われる。弁護側は「冤罪の真相解明が必要」として、再審請求の即時抗告審で高裁が認めなかった公開法廷での証人尋問を重ねて要求するとみられ、地裁の判断が注目される。
 再審裁判でも通常、一般の刑事裁判と同様、起訴状の朗読、罪状認否に続き、実質審理が行われ、検察側があらためて有罪を主張する。
 しかし検察側は今回、新たな有罪立証をしない方針で、「名誉回復を急ぐべきだ」として証人尋問の実施に反対する公算が大きく、再審裁判の審理計画を話し合う3者協議では、弁護側との論戦も予想される」。
 そこで、共同通信に次のコメントを配信し、上記中国新聞の記事中で掲載してもらった。

**********************
再審で徹底検証を
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 再審の審理を形だけで終わらせず、なぜ有罪になったのか、自白が信用されたのか、徹底して検証すべきだ。間もなく始まる裁判員裁判では、このような形の冤罪を防がなくてはならない。密室での取り調べや、自白中心の捜査の危険性がこれほどはっきりした事件はない。菅家さんが拘置された17年半を無駄にしないためには、司法当局が取り調べの全過程の録音・録画を真剣に検討し、実現すべきだ。
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2008年03月23日

■検察の被疑者取調べ録画についてー「後の祭り」


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■最高検が、実験的に試行してきた、被疑者取調べのうち、自白をすでにした事件について、主に、供述調書の「読み聞け」を中心に、録画することを、裁判員裁判対象事件すべてについて全国で実施することにしたという。
 こんな自白させた後のまつりを見学しても、任意性立証には間接的な意味しかない。自白にかわる証拠にすることもできない。
 任意性立証のためだけの、調書作成過程録画手続というまったくあたらしい捜査主張を導入したのと等しい。
■容疑者が自白した後に検事がまとめた供述調書の内容を確認する場面だけ録画しても任意性・信用性の争いは残る。録画がないまま任意性が争われる自白を元にしては死刑は科せないと判断する裁判員が将来出てくる。裁判員裁判の定着には市民が納得できる任意性の立証が必要であり取り調べの全過程録画による「可視化」は不可欠だ。
 捜査官と被告の言い分を聞かせてどちらが信用できるか裁判員に選ばせるのは、裁判員に加重な精神的負担を科す不当な立証方法で裁判員制度の根本精神に反する。これは法が禁止している。
 密室取り調べこそ虚偽自白を生み、えん罪の根本原因であることは明白なのに、報告書はこれを是正する姿勢がない。
 取り調べは証拠を突き付けて弁明を求める弾劾の場だ。捜査官と身体を拘束した容疑者の間に心と心の信頼関係が築けるというのは幻想だ。

■報告書は密室でなければ信頼関係は築けないという誤った経験則に基づく。反省して自白する容疑者には公判廷でも録画テープを再生して反省の姿勢をみてもらおうと説得すべきだ。
 検察は、法令上警察に対して全部録画を命令する強い権限も持っているのだから、裁判員裁判導入を前に抜本的に取り調べの改革を実現するのが筋である。
 また、少なくとも、警察・検察を通して取調べの全過程を録画する事例との比較実験を行わないと意味がない。

■今般の司法改革の理念をひと言で表せば、「市民主義」である。
 つまり、プロたる法律家が主人公であることを前提にした「当事者主義」に代わり、市民自身が、刑事裁判を監視し、参加し、決定する主体となる時代になる。
 ところが、報告書は、肝心の自白過程をベールで隠すことを前提にする。
 これは、司法改革が目指す、国民が理解し参加する新しい「市民主義」司法の精神に反する。
 そんなコメントを日経新聞に送ったところ、平成20年3月22日(夕刊)で次のコメントが掲載された。
***<引用・日経08年03月24日(朝刊)>***
 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「容疑者が自白した後に、自白調書の内容を確認する場面だけを録音・録画しても、決定的な証拠にならない」と指摘する。

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2007年11月30日

■歴史が動くときー「可視化」シンポ


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■刑訴法319条1項は、次のように規定する。

 「強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。」

■11月30日、大阪弁護士会、2階ホール。
 そこで、可視化を巡る現状報告と、今後の可視化の拡大のための弁護実践に関する実務と理論の意見交換がなされた。
 大阪弁護士会を代表し、日弁連を代表する「被疑者取調べ可視化」の実践と実務理論の論客、K弁護士と、東京のH大学法科大学院G教授。
 実務と理論の双璧が並ぶシンポ。
 そして、いくつかの実践例の報告。
 可視化なき取調べによる自白を疑問視し、現に任意性が認められなかった事例や、任意性は認められたが、結局信用性がないとして無罪になった事例。
 むろん、検察庁が導入した、一部取調べ録画によるDVDの存在自体が、取調べの不適切さ、不当さを浮き彫りにさせた事例も報告された。
■自白の任意性。
 不思議な言葉使いのため、学生も院生も趣旨がよく分からない証拠能力の要件ー有罪・無罪の判断をする材料にする証拠の資格ー。
 「自由な気持ち」か否かが基準かと言えば、そうではない。取調べの違法性のみが基準かと言えばそうでもない。嘘っぽいかどうかで決めるのかというとそうでもない。結局、取調べ=自白を取り巻く全事情を総合考量して、自白=「犯罪を認める」、というもっとも重大な証拠を、まさに証拠にしていい相当性があるかどうかを判断するものなのだ。
 その意味で、自白の証拠としての適切さを図るといってもいい。「不適切自白の排除」のルールといってもいい。
 その水準が変化している。
 市民良識に照らして疑問のある取調べによる自白は、排除する、こんなあたりまえのルールに裁判官が従いはじめた。
■とすれば、取調べの適正化なしに自白の証拠化はできない。取調べは録音録画せざるをえない。
 裁判員裁判というブラックボックスが、我が国刑事手続の最大の秘境、「密室取調べ」を変えはじめた。

 今、歴史が動きつつある。

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2007年11月29日

■「今こそ」のときー坂出3人不明事件と取調べ可視化


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■ふたつの事件の記事が並んだ。広島地裁では、保険金目的で自分の母親と自分の娘二人を放火して殺害した被告人に、「自白の信用性がない」との理由で無罪が宣告された。「威圧的調べで自白」と新聞の見出しがことの本質をわかりやすく説明している(以上、朝日新聞07年11月28日(夕刊))。
 他方、坂出市の3人行方不明事件もひとまず解決した。義理の弟の怨恨による殺害事件であるとの大筋が報道されている。
■では、今この記事をふたつ並べてみているとき、みるべき共通の視点はなにか。
 それは、取調べの適正化だ。
 坂出市の事件で、警察は相当の努力を払って犯人の絞り込みに成功したのだと思う。今、その犯人を連日取調べ室に連れ出して、動機、経過、犯行後の状況、各種証拠物の所在と性状等などについて、問い質しているはずだ、、、、
 だから、心配する。
 「真相解明」を重視し、犯罪の犯人に社会と被害者への反省と悔悟をさせるのでればこそ、取調べ全過程の録音録画が不可欠だ。
 香川県警は、取調べ室に、いまこそビデオカメラを設置するべきだ。格好の事例ではないか。最高検、高松高検、高松地検は、担当検事に指示して、検事調べは全過程録音録画の準備をさせるべきだ。
■マスコミは、事件解明だけの報道に傾かず、「今こそ取調べの可視化を」の声を上げるべきだ。弁護士会も弁護士を派遣するにあたり、捜査機関に取調べ可視化の申入れをするよう指導するか、そうした力のある弁護士を派遣するべきだ。
■共犯の存在が疑われている。物の所在がまだ未解明ーというよりも本人がまだ説明していない。杞憂であっても、巻き込み型えん罪の危険が常にある。そうでなくても、本人の自白を迫るあまり、いきすぎた取調べがなされては、真相解明が台無しになる。
■市民も、事件をみるとき「厳しい追及」との報道に関心を奪われることなく、冷静にみてほしい。


 いまこそ、の刻が来ている。
 取調べは、全過程を録音録画すべきだ。

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2007年11月15日

■検事調べ「可視化」の必要性−世間の常識、法曹の非常識

■取調べ「可視化」がよき成果を生んだ。
 毎日新聞07年11月15日(朝刊)は、「取り調べ可視化/殺人未遂、DVD基に調書却下/大阪地裁/『自白任意性に疑問』」と題して、ある刑事事件の証拠採否に関する裁判所の判断を紹介している。
 要するに、法廷で、検察官が、検事の被疑者取調べのまとめー自白調書を読んで聞かせる場面だけDVDに収めて証拠として裁判所に提出して、「任意性」があると主張したが、DVDを見た裁判所は、かえってこれを否定した、というものだ。
****<毎日新聞07年11月15日(朝刊)引用>****
 同じアパートに住む男性を刃物で刺して大けがをさせたとして殺人未遂罪に問われた蓮井一馬被告(88)の公判で、大阪地裁(西田真基裁判長)は14日、検察官が作成した蓮井被告の自白調書について「(供述を)誤導した可能性は否定できない」として証拠採用しないと決定した。西田裁判長は7日の前回公判で上映した取り調べ状況を録画・録音したDVDを検討し、調書に任意性がないと判断した。
*************************
■DVDは、読み聞かせの様子を35分ほど収めているが、取調べ自体ではない。すでにまとめた調書を読んで聞かせて被疑者に署名指印をもらう場面だ。
 しかし、被告人は、高齢で耳が遠く、検事の取調べが十分に理解できないまま、殺意を否認しているのに、検事が逆に殺意を押しつける質問を反復している場面が映っている、という。
*****<引用前掲>************
 西田裁判長は、蓮井被告が「殺そうとは思わんかったけど腹立ったからね」と殺意を否認しているのに、検察官が「殺さんかったら、殺されると思ったんやね」「殺そうと思ったに間違いないね」と念を押す場面など複数の問題点を指摘。「一応、問答は成立しているが任意性に疑いがあると言わざるを得ない」と述べ、「被告の理解力の低さを認識しながら、あえて供述を誤導した疑いがある」と結論付けた。
****************
■ 実際のところ、これと同じ取調べは、日常茶飯事で行われている。今まで、多くの裁判所は、この程度の被告人の訴えを無視して、自白調書を証拠にしてきた。それが、DVDに映っている客観的な証拠を前にしたとき、およそ取調べの体をなしていないことがわかったのだと思う。
 ところで、事件に関する心の中に残る記憶を、壊さないように供述させてこれを記録保存する、これこそ取調べの本来の姿だ。
 なのに、我が国の取調べは、捜査機関の筋書きを前提に、これを事実上押しつけること、捜査機関の「精緻なストーリー」に一致しない部分を、「合わせる」こと、そして、「反省、悔悟」を加えて、だから、信用できる、というまとめ方にすること、こんな段取りでできあがっている。
 悪いことに、法律家達、裁判官達も、うすうすはそんなもんだ、と知っているはずだ。しかし、「嘘の証言」で取調べが適正であったと警察官が法廷で述べると、とりあえずこちらを信用する、というこれも法廷ルールを守って、「任意性アリ」という茶番劇を演じてきていた。
■「自白」。
 犯人が、「私がやりました」と認める、もっとも厳かで、もっとも重要で、もっとも大切にしなければならない証拠であるのに、我が国では、その取調べ過程を後にふりかえることができるように記録に残すことを怠ってきた。きわめてでたらめな扱いと言わざるを得ない。
 しかも、「反省し、悔悟しているので、自白しました」と取調べで述べた、当の被告人が、法廷では、必死になって真剣になって「無罪」を訴えているのだ。
 こんなまか不思議な取調べを放置してきたのは、法律家達の責任そのものだ。
 真相を解明したければ、取調べは可視化するしかない。可視化はふたつの柱でなりたつ。
 第1。取調べの全過程を録音録画すること。
 第2。弁護人が立会すること。
■自白率がさがる、有罪率がさがる、、、こんないかにも説得的な議論で、取調べを密室化し、どんなやりとりがあったのか一切秘密にしておいて、自白という成果のみ証拠にして有罪をとろうとする、そんなやり方は、公正でも、適正でもないし、なによりも、信用できない。
 そんなことは、良識のある市民なら誰でもわかることだーーー法律家を除いては、、、。
 そう考えて、次のコメントを新聞に掲載した。
***<毎日新聞07年11月15日(朝刊)***
◇取り調べ経過、検証が可能に−−渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話
 DVDによって取り調べ経過が検証できることが明らかになった。自白は最も重要な証拠なのに、公判になると否認に転じる現象が日本では起きてきた。密室で検察官が言い分を被告に押し付け、調書が証拠採用されてしまう問題が放置され続けてきたとも言える。英国や豪州では可視化を前提に取り調べ技術を磨いているし、可視化で自白率や有罪率は低下していない。日本でも自白調書が安心して証拠として使えるよう録音・録画を進めるべきだ。

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 *写真はオーストラリア、ニュー・サウス・ウエールズ州の警察署における通訳人付きの被疑者取調べの様子。
 ニュー・サウス・ウエールズ州では録画なき自白は証拠にできない関係で、重大な犯罪については必ず取調べ録画がなされる。
 ブログ編者ほか編集『被疑者取調べ可視化のためにーオーストラリアの録音・録画システムに学ぶー』(現代人文社、2005年)付属DVDより引用。




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2007年11月11日

■「虚偽自白」を防ぐー裁判員裁判と取調べ「可視化」


confession00.jpg■産経新聞07年11月11日(朝刊)記事、【あなたが裁く/迫る裁判員制度】の連載で、「自白調書の証拠採用/『裁判員の同意必要』」と題して、次の紹介がなされている(日経テレコンより引用)。
 「最高裁司法研修所(埼玉県和光市)による裁判員裁判の在り方に関する研究結果の骨子が10日判明し、自白調書の任意性が争われた場合は、裁判員が認めない限り証拠採用しない方針が示されることがわかった。
 骨子によると、裁判員裁判は(1)法廷での供述・証言に基づき審理する「口頭主義」の徹底(2)審理時間を大幅に削減するため公判の立ち会いだけで判断資料が得られるよう工夫する−などが基本的な考え。
 被告が捜査段階の自白を翻し、自白調書が任意か強要かが争われた場合も、取調官の尋問は30分〜1時間程度で終了。その上で、自白調書の証拠採用に裁判員が同意する必要性があるとし、裁判官が認めるようなケースでも「裁判員が確信する決め手がない場合、(検察側は)任意性立証に失敗したと考えるべきだ」と付言している」。
 この日コンビニで買った関西版のトップには、同旨の記事をもっと大胆な見出しで紹介している。
 「裁判員に証拠認定権/研究結果骨子/自白任意性/否定なら調書不採用」(写真参照)
■少し説明が要る。
 裁判員裁判が2009年5月に始まる。法律上、市民である裁判員の役割と司法試験に合格し法曹資格を持つプロの裁判官の役割は分担されている。
 裁判員は、@事実の認定 A法令の適用 B刑の量定 を担当する。
 裁判官は、@法令解釈 A訴訟手続 に関する判断も分担する。
 検察官は、被告人の自白を証拠として請求するのが通常だ。一般には、捜査段階に、被疑者であった被告人を捜査機関、主に警察が警察署などで取調べをした際、被疑者が述べたことを書類にまとめる。これを「供述録取書」「供述調書」などという。その主な内容が、罪を認める自白であるとき、「自白調書」といった言い方をする。
 自白を有罪か無罪か判断する材料=証拠にするのには、条件がいる。
 わかりやすい例が、拷問を加えて「私が殺しました」と言わせた、その自白を調書にしておいても、これを証拠にするのが妥当とは誰も思わない。
 自白を証拠にしていい資格・条件あるいは根拠は、法律専門家の間では、「任意性」という基準を用いる約束になっている。根拠条文もある。
 第319条〔自白の証拠能力・証明力〕
 @強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。
 A被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。
 B前二項の自白には、起訴された犯罪について有罪であることを自認する場合を含む。
■では、自白を証拠にするかどうか、どうやって決めるのか。
 裁判員裁判では、必ず、事前に公判前整理手続が開かれる。ここで、裁判官と検察官、弁護人が審理で問題とする争点を整理し、調べる証拠も決定する。ただ、自白は、それ自体がすぐに有罪認定に結びつく大切な証拠だ。しかし、従来からも、捜査段階では自白していたが、公判では否認する事例がたくさんあった。そんな場合、被告側は、検察官が自白調書の取調べを請求しても、そのまま採用することには反対する。319条に反すると主張することが多い。
 なにを証拠にするのかは、訴訟手続に関することと法律家は分類する。それ自体を「事実の認定」とは考えていない。しかし、市民が裁判に加わる制度を設けながら、もっとも重要な証拠である自白について、被告人が「おかしい、嘘の自白だ、無理な取調べがあった」と懸命に主張しているのに、裁判員を交えない公判前整理手続で決着を付けてしまうのは妥当ではない。
 そこで、自白を得た取調べが適法、適正であったかどうかの審理は、裁判員も交えた公判での審理で行うこととなる。
 ただし、法律問題なので、証拠としての採否の最終決定は、法律に従い、裁判官のみでやるべきこととなる。だが、有罪か無罪か決める評議には、裁判員の参加を義務づけ、自白の証拠能力を判断する材料を集める公判での審理、例えば、取調べ担当の警察官の証人尋問には参加させ、従って質問する権限も認めているのに、最後に、自白を証拠にするかしないかだけは、裁判官のみで決める、、、これは実際にはいびつな状態を生む。裁判員の不信感も招く。
 そこで、せめて、自白を証拠にするかしないか判断するプロセスについては、これも評議として行い、いっしょに検討した上で、ただ、形式的に、最後の決定自体は裁判官のみでやるのが妥当だろう。
 とすると、裁判員が納得できない自白調書を、証拠にすることは、避けなければならない。
 市民良識に照らして、市民である被疑者の声を反映した取調べと理解されないのに、自白を証拠にするというのはいかにも不自然だ。
■実際のところ、我が国の「えん罪」は、捜査段階に密室で行われる強引な取調べによって「虚偽自白」が作り出されることに原因がある。これはいまや市民の常識になっている。
 しかし、警察も検察もその取調べの適正化の徹底をいやがっている。
 簡単は方法がある。ビデオ録画すれば済む。音声と映像を残せばいい。
 取調官がなにをどう聞いたときに、被疑者がどう対応したのか、すべて記録に残せば、取調べ自体が適法かどうかも、被疑者の説明が信用できそうかどうかも後でじっくりと検証できる。
 警察も検察もこの状態を忌み嫌っている。
 理由は簡単だ。捜査機関が誘導する自白を作り出すことができない。その一方で、地道な捜査、状況証拠の積み上げ、科学捜査の徹底、、、手間暇のかかる捜査を強いられるからだ。
 そして、自白中心型捜査、「お白州裁判」に慣れた警察も検察も、自白させる場を奪われると、事案解明力が低下することを畏れている。
 しかし、「虚偽自白によるえん罪」の危険を常に伴った捜査手法は、21世紀の市民社会は、もはや許容しない。
 裁判員の良識からみて、「いくら言っても言い分を聞いてくれない」という市民の叫び声を無視した取調べは、是認されない。
■最高裁もようやくこの当たり前のルールを裁判員裁判の実施にあわせて導入しようとしているのだろう。
 取調べの「可視化」。これなしに、適正な手続による真相解明はありえない。
 警察・検察は、被疑者取調べの全過程録音録画の準備を始めるべきだ。先進的な諸外国がすでに導入している、あたりまえの手続を、日本もはじめるべきだ。
 *写真は、ロンドン市、トラファルガー広場のすぐ横にある、チャリング・クロス警察署の取調べ室。録音録画装置が設置されている。
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2007年10月11日

■富山強姦「えん罪」事件(続)ーシドニーと取調べ「可視化」


rock_police01.jpg
■毎日新聞07年10月11日(朝刊)は「クローズアップ2007/冤罪生んだ取り調べ/可視化の機運高まる」と題する特集を組んだ。
***<引用>***
 強姦(ごうかん)などの容疑で逮捕された柳原浩さん(40)が服役後、無実と分かった富山県警による冤罪(えんざい)事件は10日、富山地裁高岡支部であった再審の判決公判で無罪が言い渡され、法的には一つの決着がついた。だが、冤罪事件は後を絶たず、密室で長時間行われる強圧的な取り調べや、それによって得られた供述調書を事実認定する上で重要視する裁判など、欠陥のある日本の刑事司法の改革が急がれる。
****************
 その一巻として「冤罪防止策の一つとして注目される取り調べの録画・録音(可視化)を巡る動きや関係者の反応」を探るのが記事の目的だ。
■ ところで。
 オペラハウスといえば、日本人にもなじみが深い。
シドニー、ロックにある有名な建物。これを背景に写真をとった思い出のある日本人は多いと思う。
 そのロック地区を管轄するのが、いわずもがなのこと、「ロック警察署」だ。
 もっとも、現にその場所にいって中に入ってみる観光客はいまい。
 むしろ、外見にはなんの建物かわからないほど瀟洒な造りになっている。
 周囲の観光街とマッチしたシックな煉瓦の建物。 
 が、その中には、NSW州の警察官らが制服姿で仕事をしている。

RockPolice_15.jpg
■NSW州の刑事手続。
 被疑者取調べは、すべて録画されている。
 音声用テープと録音録画テープが同時に記録される特殊な装置が取調べ室にある。
 捜査段階の自白は、録音録画がなければ証拠にできないー「任意性がない」扱いになるからだ。
 それで、取調べができるのだろうか?
 警察官らは誰もそんなことは心配もしていない。取調べの録音録画がなされているから、自白率が下がり治安が悪化した、などとは誰も考えていない。
 NSW州の検察庁ですら、取調べの「可視化」を高く評価する。
 かえって、取調官と被疑者がともに映る映像の存在があれば、取調べの違法性を疑われることなく、確実な有罪証拠を確保できると考えている。

rock_police00.jpg
 日本人観光客には目にふれない世界で、実は、NSW州は、イギリスとともに、被疑者取調べ「可視化」の先進を走っているのだ。
■翻って日本。
 この数年なんど「自白強要の密室」といったタイトルの新聞記事をみたことか。
 長時間、長期間、密室で「認めろ!」と迫られる取調べを受けて「とりあえず自白しておこう」と思わない市民は少ない。「言っても聞いてくれない」。この叫びを日本の法律家は真に受けない。
 そして、自白させるのには、取調官と被疑者との人間的信頼関係に基づき、心からの反省があってはじめて真実を吐露する、、
 こんな時代錯誤を理由にして、自白というもっとも重大な証拠を獲得するプロセスをベールで被い、誰にも見せず、隠しておいて平気でいる。
 "rubbish!!"
 「あほな!」
 と日本型取調べの説明を聞いて、NSW州の検察庁副長官がひと言で切り捨てた。
■ 21世紀の日本の刑事手続の適正化には、取調べの全過程を録音録画するという「可視化」の実現以外にはない、と思う。
 いつまでも江戸時代の岡っ引きお調べを引きずった捜査ー自白中心主義はやめるべきだ。もし、これに変わる犯罪捜査の権限が必要なのであれば、正面から立法で認めたらいい。国民の前に、問題を提起し国会の論争を経て、あらたな捜査権限を導入して21世紀型犯罪に対抗したらいい。それもせず、取調べは密室化し、法律家はこれを権威で守ろうとする、、、
 市民が、そんな刑事裁判に不信感を募らせるのは当たり前だ。
 こんなコメントを上記新聞に載せた。
**********<引用>*****************
 また、甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「日本では、長時間、長期間の取り調べが密室で行われる。冤罪防止には、イギリスで行われているように、黙秘権行使など法的助言や捜査が適正かどうか監視ができる弁護人の立ち会いが、録画・録音とセットで実現されなければ不十分だ」として、総合的な改革の必要性を訴えた。
***********************************


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2007年09月27日

■犯罪捜査と被害者ー捜査「可視化」原理の徹底

■読売新聞(東京)、07年9月27日(朝刊)に「牛久の中3暴行死/両親の請求棄却/『捜査に違法性なし』/水戸地裁判決」と題する記事が掲載された。以下、記事を引用する。
*******************
 牛久市で1998年、中学3年の岡崎哲(さとし)君(当時14歳)が同級生に暴行され、死亡した事件で、哲君の両親が県警と水戸地検の不適切な捜査によって精神的苦痛を受けたとして、県と国を相手取り、総額1000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が26日、水戸地裁であった。志田博文裁判長は「捜査に不合理な点はなく、違法・不当行為はなかった」として、原告の請求を棄却した。
*********************
 両親が問題としたのは、加害者の親と兄が警察官であったため、警察が捜査段階で、被害者に不利に事実を捉え、歪んだ捜査を行ったのではないか、という点だ。もっとも、加害少年は現に緊急逮捕され、地検は家裁送致の際初等少年院送致相当の意見を付していたというから、捜査に手抜きがあったと決めつけていいかどうか、疑問の残るものではあった。
 また、両親はかなり細かな捜査の段取りも疑問視している。この点について新聞を再度引用しよう。
************************
 強い力で暴行されたことを裏付ける血液付きの下着、哲君が健康だったことを証明する心電図記録などの証拠を県警が鑑定医に提出しなかったため、少年審判では一種の病死と判断されたとする主張について、志田裁判長は「予断を入れないで遺体の客観的状況から鑑定してもらうため、着衣等は送付しないという県警の方針は不合理ではない」とし、心電図についても、「警察は入手しておらず、隠匿していたとの主張は前提を欠いている」と退けた。
*************************
■ もうひとつ問題になるのは、被害者は適正な捜査を受ける法的な利益をもつかどうかだ。この点については、裁判所は、「捜査は社会の秩序維持という公益を図るために行われるもので、被害者の損害の回復が目的ではない」としたという。
■ いくつか疑問がある。
 裁判員裁判の導入や検察審査会の権限強化など司法改革による市民の監視と参加のシステムが広がっているのに、捜査だけがブラックボックスのままだ。
 捜査方針の決定段階で被害者の意見を聞いたり、被害関係者の取調べを録音録画するなど捜査手続の「可視化」はまったく手が付けられていない。
 それどころか、被害関係者の取調べが密室で行われ、録音録画などしないため、捜査機関に都合よく被害状況が記載された調書が作成される危険性がある。
 被害者の立場からも取調べを含めた捜査の「可視化」の徹底がなされない限り、市民が納得する真相解明はおぼつかない。
■ 理論面でも疑問がある。判決は、一般論として、適正な捜査を受ける権利は被害者にないとしたもののようだが、地域社会が弱体化している現代社会では防犯も捜査も警察に頼らざるを得ない。
 市民が適正な捜査により被害を明らかにすることを求める利益は、いまでは憲法上の権利として肯定すべきで、裁判所の考え方は時代に合わない。
 そんなこんなを考えて、新聞には次のコメントを載せた。
********<引用、読売新聞07年9月27日(朝刊)>*********
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑訴法)は「実際に捜査が行われ、その捜査が不十分なため被害者や遺族に不満が残る事態は避けるべきだが、事案解明の細部は捜査機関の裁量に委ねるべきことであって棄却判決は妥当だ。しかし、裁判での被害者参加手続きが始まるのを踏まえ、被害者の立場にたって、捜査の可視化の徹底を急ぐ必要がある」と述べた。



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2007年09月09日

■馬英九事件と被疑者取調べ可視化ー台湾刑事司法


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■07年8月26日から29日まで台北で司法通訳に関する調査を行ったが、これに関連しつつ、台北の刑事司法についても学ぶ機会があった。
 今、台湾政界の大きな問題は、次期総統を誰にするのかである。その最有力候補が、馬英九氏である。彼は、アメリカ留学歴もあるエリート。台北市長も務めていた。
 ただ、市長時代に市長手当を私的な口座に振りかえたことが公金横領にあたるとして、起訴された。
■しかし、8月14日、台北地方法院は、無罪を言い渡した。
 馬英九氏は98年から06年にかけて、市長に与えられる特別支出経費約1117万台湾ドル(約4100万円)を自分の銀行口座に振りかえたが、これが公金横領にあたるとされたものだ。
 これに対して、判決は、従来からこの費目は、市長個人の手当と扱う慣行が現にあったことなどから、これに従った馬英九氏について無罪とした。
■仮に馬英九氏が、有罪になると、国民党の代表として総統選に出るのは難しくなる。
 といって、今、台湾が中国と一定の緊張関係をもちながらも、なお基軸として経済面での大陸との協力を重視する姿勢をバランスよく保てる政治家と言えば、馬英九氏が最適なのだろう。
 それだけに、この事件の行方は、台湾政治、中台政治に大きな影響を与える。
 検察側は控訴したが、「政治」にいわば介入することとなる事件であるだけに、検察庁も慎重な対応を迫れる。
■裁判の争点は、市長手当が公的目的にしか使えないと馬英九氏が当時認識していたのか、従来の慣例に従い市長手当との認識をもっていたのにとどまるのか、である。
 この争点に関する証拠は、検察官による被疑者取調べの録音録画テープである。
 というのも、台湾には、被疑者取調べの録音録画を命ずる規定がある。
 刑事訴訟法101条の1第1項は、次のように定める。
 「訊問被告應全程連續録音。必要時,並應全程連續録影,但有急迫情況且經記明筆録者,不在此限」。

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■検察官の被疑者取調べは、裁判所に併設されている検察庁の「偵査庭」ー取調べ法廷で行われる。ミニ法廷であって、一段高いところに座る検察官が、壇をはさんで前に立たせた被疑者から事情を聞く。
 偵査庭には、録音録画装置が設置されている。したがって、法廷であれば廷吏または通訳にあたる検察庁の通訳などがこれを作動させて録音録画をする。

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■したがって、一審で問題になったのは、日本の検察官取調べにおける自白の任意性を巡る不毛の論争ではないー「被告人は言ったのか言わなかったのか」「暴行脅迫約束はあったのかなかったのか」−−−こんなことは録音録画自体で明白になる。
 ただし、被告人の供述内容の信用性の解釈は、当然ながら、検察官と被告側で争いになっていい。
 それは、証拠の信用性評価を巡る争いなので、他の状況証拠とあわせて合理的な心証形成を裁判官に求めていくことになる。
■但し、今回の馬英九事件では、この証拠について思わぬ展開になっているようだ。中国時報2007年8月29日A6頁の、それと思われる箇所を引用する。
***********<引用>**************
  馬英九特別費案,傳出去年十一月十四日第一次偵訊録音光碟「不見」了,法界實務人士指出,不論原因為何,由於馬英九在台北地方法院審理時,並沒有爭執筆録的記載,録音光碟有沒有遺失,都不影響案件的審理和證據能力的認定。   
  法界實務人士指出,前述規定是為了保障被告的權益,避免刑求逼供和以不正當方法取供。馬英九的特別費案,在審理中,馬英九和其律師,都不爭執筆録的記載内容,在當事人沒有意見下,即便沒有録音、録影資料,原則上是不會影響審判和筆録證據能力。
  特別費案中,馬英九的筆録内容,會引發爭議,主要在於檢察官的解讀,有沒有曲解馬英九的原意。在一審判決書中,合議庭認為,馬英九在偵査筆録回答之全般語意,均係就「假設」為公款回應,起訴書逕行認定被告已經供承,與筆録記載不符,「已有自行擅自詮釋被告供述而曲解之嫌」。
  因此,檢方要調録音、録影光碟,就是要證明沒有曲解筆録,如果沒有光碟,上訴要爭執理由就稍嫌理不直,氣不壯。
***************************************
■漢字漢語のレ点読みで推測しているので、誤りがあるかもしれないが、、、
 どうも検察官手持の録画テープに、本来は馬英九氏が「手当の公的性格を知っていた」と解釈できる供述をしている部分もあるようなのだが、なぜか録画は残っているが、「音」が入っていない、ということになっているのではないか。

 被疑者取調べは可視化されている。これは、台湾では10年前からはじまった制度であり、いまでは警察も検察もなんら抵抗なく運用している。供述、自白を巡る任意性の争いがなくなり、かえってよくなったと洩らす実務家が多い。
 もっとも、今回のように、その実務を前提にしながらも、事件が意外な展開を見せている。
■9月8日付け中國時報は、「特別費案 高院10月12日審」と報じる。
 控訴審の第1回公判期日が、10月12日に行われるようだ(同誌
A6頁より)。
 スケジュールをやりくりできれば、傍聴にでかけたいところなのだが、、、
***********<引用>**************
  高院審理馬英九特別費案,合議庭昨日訂期於十月五日、十二日上午九時卅分,在第一法庭進行準備程序。五日傳喚被告余文,十二日傳喚被告馬英九,屆時將由受命法官周盈文指揮準備程序。
  審判長劉景星表示,本案是社會矚目的重大案件,但事實並不複雜,高院秉平常心處理。
  周盈文法官三日收案後,立即整理卷證,並詳讀起訴書、判決書等卷證資料。他表示,本案事實爭執並不多,審理時,須釐清的法律問題可能比較多,例如,特別費的行政規章、性質等。
  周盈文強調,他是一個對政治參與冷漠的人,眼中更無藍蹇ち・・・蘋Я・揺堊・沺ぢ症墅鳰・・1洞租・拡醜・遏」

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2007年06月16日

■強盗殺人事件の構図崩壊ー共犯者供述によるえん罪か?

■ネットに次の記事が配信された。「一審無期判決を差し戻し=共謀アリバイ「審理不十分」−焼き肉店経営者殺害・大阪 」(時事通信社・07年6月15日19時41分)
 内容は次のようになっている。
*********<引用>********* 
 大阪府豊中市で2003年に起きた焼き肉店経営者射殺事件で、強盗殺人などの罪に問われ、一審で無期懲役とされた元従業員A・K被告(31)の控訴審判決公判が15日、大阪高裁であり、陶山博生裁判長は「原審は被告を有罪とした証拠の審理が不十分」と述べ、一審大阪地裁判決を破棄し、審理を大阪地裁に差し戻した。
****************************
■ 実は、この強盗殺人事件に使われたとされたけん銃は、犯人が、友人ふたりに頼んである暴力団員から購入したものとされていた。そう主張し続けたのが、この友人2人である。
 その供述を根拠に、暴力団員も当然にけん銃の譲渡で摘発された。
 ところが、この暴力団員には明白なアリバイがあった。一審では、立証が充分にできなかったため有罪とされたものの、控訴審では無罪になった。
 凶器となったけん銃の入手先が消えた。
 当然、けん銃を主犯に渡したと言い続けた共犯者ふたりの一審の公判での証言は信用できないものとなる。審理は振り出しに戻った。
■ 客観証拠による裏づけ。地道で時間も労力もかかる捜査の常道であり王道。これが、今、揺らいでいるのではないか。「供述」頼み。
 ともかく、警察にとって都合のよい「自白」をまず固めてしまう。それにあわせて証拠を並べる。密室取調べを延々と続けて、自白に自白を重ねて、一見いかにも重厚な証拠構造を書類で作る、、、
 著名な東大系の学者が「精密司法」と賞賛した我が国刑事司法の土台は、実は、まったくの手抜きであったことが、この頃明白になってきている。
■ この国を支える「プロ」のモラリティー崩壊は顕著なのだが、「正義」を守るべき捜査・訴追・裁判にもそれが及ぶとき、この国自体が崩壊する。
 今回の高裁の判断が、まだしも司法の健全さを物語っている。
 一審で再度の慎重な審理を望みたい。
 *本ブログ、07年4月21日参照
posted by justice_justice at 07:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ■被疑者取調べ「可視化」 | 更新情報をチェックする

2007年06月14日

■手抜き「司法」ー自白中心主義の底辺部分

■読売新聞配信のネット記事に「捜査書類放置の2巡査長を書類送検」と題するものが配信された。
 サブタイトルは、情けないことに、「処理が面倒だった」とある(2007年6月14日1時8分付け配信)。次のような内容だ。
*********<引用>**********
 大量の捜査書類を自宅や署の道場に長期間放置したとして、埼玉県警監察官室は13日、別々の署に勤務する52歳と46歳の男性巡査長2人を公文書毀棄の疑いでさいたま地検に書類送検した。
 2人はそれぞれ停職6か月と同3か月の懲戒処分を受け、依願退職した。
 同室によると、窃盗事件の被害届などを、52歳巡査長は1984年から98年まで計138件分、46歳巡査長は87年から2004年まで計41件分を放置した。
 2人はそれぞれ「書類の処理が面倒だった」などと供述しているという。
****************************
■ 確かに、被害程度の軽い事件でも、事件処理のためには証拠の収集と手続の流れを説明する各種書類の作成が必要になる。それが、後に裁判になったとき、確実な証拠によって真相を解明するとともに、手続自体が適正公正になされていることの証しとなる。
 だが、面倒でもある。
 書式に従う煩わしさもある。
 つい事件処理を遅らせ、放置するネグレクトが生じる、、、そんなプロの規範意識、モラリティーが崩壊している状態を、今の日本はあたりまえのように受け入れ始めている。
 そして、警察組織の場合、この書類処理のネグレクトはさらに奥深い問題をはらむ。
 というのも、結局、かかる精神風土が、犯罪捜査における客観証拠の確実な確保、そのための足で稼ぐ捜査のネグレクトと一脈を通じるものとなる。
 そして、もっとも簡単で面倒のない捜査への傾斜ーつまり、被告人に自白させてこれを支える証拠のみ集める捜査手法「『自白中心捜査』を支える精神的土台になっている。
■ 警察官は防犯、治安、交通、犯罪、生活安全などなど多様な「安全管理」業務に携わる。忙しさは理解する。しかし現在社会の治安の最前線にいるのも事実だ。
 個々の警察官のプロ意識の覚醒と、これを組織的に支える健全さを警察に期待したい。
posted by justice_justice at 07:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ■被疑者取調べ「可視化」 | 更新情報をチェックする

2007年05月27日

■「取調べ」可視化ー公判廷顕出

interview_dvd.jpg
■ 東京地検が、取調べ状況を録画したDVDを公判廷で再生した。録音テープの再生の例は過去にも数件ある。今回は、取調べ可視化の時代を意識して検察庁がはじめた実験ー取調べのビデオ録画の成果を公判廷で顕出した。
 その様子を、朝日新聞07年5月26日(朝刊)は、次のように語る。
「25日午後、東京・霞が関の東京地裁。薄暗くなった410号法廷で、DVDに記録された映像が、裁判長のわきに置かれた縦横2メートルほどのスクリーンに投影された。
 検察官「あなたは共犯としてかかわっていたのですか」
 被告「間違いありません」
 日本の刑事裁判史上初めて「捜査機関による取り調べ状況の録画」が証拠として法廷で再生された瞬間だった。」
■ 確かに画期とみるべきイベントだ。
 「反省と悔悟」に基づく「自白」をしたはずの被告人が、公判廷になると突如として、否認に転ずるかわった構図がしばしば我が国の法廷で登場し、被告人が必死になって、「自白は無理強いされた」と主張しようとも、調書末尾の署名指印がある限り、事実を認めたものと扱う、という「茶番劇」を長年にわたり、我が国の法廷では演じられてきた。
 これをおずおずと打ち破る第1歩になる。
 被疑者取調べ「可視化」。これは、21世紀の刑事司法で実現すべき正義の不可欠のかたちだ。
confession.jpg
■ いわゆる「大阪地裁所長襲撃事件」でも、自白した犯人等が無罪とされたいたが、さらに、07年5月15日の朝日新聞(朝刊)は、「少年院送致、取り消し/一転「自白に疑義」/大阪高裁差し戻し/地裁所長襲撃」と題するタイトルで、高裁の抗告審決定を紹介。
 「大阪市住吉区で04年2月、当時の大阪地裁所長(65)が若者グループに襲われて重傷を負い、現金を奪われた事件で、強盗致傷の非行事実を問われ、大阪家裁の少年審判で中等少年院送致とされた事件当時14歳の少年(18)に対する抗告審の決定が14日、大阪高裁であった。若原正樹裁判長は「重大な事実誤認の疑いがある」として家裁決定を取り消し、家裁へ審理を差し戻した。「自白は取調官の誘導がうかがわれ、信用性に疑いがある」とした。差し戻し審では、刑事裁判の「無罪」にあたる不処分の決定が出る公算が大きくなった。」
■ 少年を強引に問い詰めて犯人に仕立て上げる警察の捜査手法。これは、裁判官もうすうす知っていたはずだ。なのに、断固としてこれを排撃する姿勢を示さなかった責任は大きい。
 「供述」ーーー記憶の中にある証拠は、なるべく歪めないように、あるがままを記録に残すべきだ。その最善の方法は、質疑の状況、証拠を示した質問への応答の状況をそのまま記録すること。
 つまり、取り調べ可視化だ。
 そんなあたりまえのことを、拒み続けている警察・検察の姿勢は、国際社会には通用しない。
■1枚のDVDが、日本の司法を変えるであろう。



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2007年05月11日

■被疑者取調べの可視化ー「調書」の作り方

■ ネット配信ニュースをみていると、2007年5月11日3時2分に、「調書全ページに容疑者押印、供述内容の任意性確保へ (読売新聞) 」が配信された。以下、一部引用する。
 
「供述調書の内容を巡り、刑事裁判が長期化するケースが絶えないことを受け、警視庁は10日から、東京都内の全101署で、容疑者の取り調べ時に作成する調書の全ページに、容疑者本人から指印などの押印を求める新方式をスタートさせた。」

■ 紙ベース、聞き手の態度、取調べ室の雰囲気を記録には残さない、、、、この姿勢を変えない限り、この程度の弥縫策を重ねても、自白なり被告人に不利益な供述なりが「無理な取調べ」によるものだ、という争いが起きれば、結局は同じこと。
hongkong_police.jpg*香港中央警察署取調べ室のビデオ録画装置の様子。画面が取調べ室内。

■ 取調べの可視化には、ビデオによる録音録画を原則とするしかない。取調べも「供述」という客観証拠を保存するための捜査手段だ。そうであれば、質問とこれにどう応えたのかをそのまままず記録しなければ意味がない。ところが、我が国では、こと供述に限っては、取調官がしつこくしつこく問い詰めて、取調官が納得した範囲のことのみ「調えて書く」=調書にしているのに、裁判官も検察官もこれこそ被告人が捜査段階で述べたことだ!とみなすことにしている。
 正直なところ、「世紀の茶番劇」を東大・京大はじめもっともかしこい者が集まる大学を出た法曹がまじめに演じているとしか思えない。
■ 犯行現場の足跡痕を採取するとき、まず現場保存をして、誰にも立入らせないようにして、足型を採る。その模様も写真に収める、、、これがあたりまえの証拠確保方法だ。
 被疑者の記憶の中にある「供述」という証拠についても、まずは質疑に応答するまま保存するのが当たり前のことだ。サッカー

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2007年03月19日

■北方殺人事件ー取調べ可視化の必要性

■ 87年7月失踪したとされた佐賀県武雄市の料理店従業員Fさん(当時48),88年12月に失踪したとされた北方町の主婦Nさん(同50),89年1月に失踪したとされた同町のYさん(同37)(いずれも女性)の遺体が、北方町の雑木林の同じ場所から見つかった事件で連続殺人犯として起訴されていた事件について、一審に続き、控訴審も無罪を是認した。
■ 物証など犯人と被告人を結びつける客観証拠や、第三者の目撃など犯人性・犯罪性を裏付ける供述証拠は乏しく、結局、いつものように被告人が別件の覚せい剤取締法違反事件で起訴されて勾留中、長期間にわたり連日深夜まで取調べを行い、しかも食事をさせず房に休憩に戻すこともしない不当な態様の取調べを継続して得た自白を柱とする証拠しかなかった。
■ 一審は、取調べの違法を認めて自白関係の証拠をすべて証拠にしないものとし、この結果検察官は有罪の立証ができず、無罪となった。19日に控訴審も、自白の証拠能力を認めなかった一審の判断を是認し、無罪を指示した。
 この事件に関連して、「被疑者取調べの可視化」の実現を促す、次のようなコメントを新聞に出した。
***◇佐賀新聞07年3月20日◇***
 今回の事件は、密室の取調べが犯人の反省を促す場にも真相を告白する場にもならず、その妨げとなっていることを示した。
 証拠はあるがままの形で保存しなければ意味がないのに、捜査官が供述を作り出している。検察官が不当取調べを見抜けず虚偽自白を証拠にしようとした姿勢も問題だ。
 虚偽自白に基づく「冤(えん)罪」が生まれないように、取調室へのビデオ録画導入など早急に取り組むべきだ。
posted by justice_justice at 20:15| ■被疑者取調べ「可視化」 | 更新情報をチェックする
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