2015年08月21日

二重事故の過失責任ー後続車の運転手に課される注意義務とは?

「三条・死傷多重事故/後続車の女性/2年半後に一転起訴/先行車の判決受け/地検」新潟日報(朝刊)2015/07/05は,こんなタイトルで,次の事件を紹介している。記事を引用する。

 「三条市の北陸道で2011年に2人が死傷する多重事故があり、一度不起訴となった女性が約2年半後、一転して自動車運転過失致死罪で新潟地検に在宅起訴されていたことが4日、捜査関係者への取材で分かった。
 起訴されたのは新潟市中央区の無職女性被告(53)。居眠り運転で最初に追突事故を起こした男性(32)=有罪判決確定=の後続車を運転し、死亡女性=当時(45)=の車に衝突していた。男性の判決で被告の過失に言及があり、遺族側が検察審査会に審査を申し立てた。検察は議決前に判断を覆し、異例の起訴に踏み切った。
 新潟地検は「先行車両の裁判で被告の過失もあると指摘され、検審への申し立てもあったため再捜査した。不起訴の判断は結果的に捜査が不十分だったと思うが、再捜査で起訴に至った」と説明。」

 遺族側は「被害者の気持ちを考えれば最初から起訴してほしかった」としている。被告は無罪を訴えている。
 事故は11年7月8日、三条市の北陸道上り線で発生。長岡市の女性の軽乗用車に、居眠り運転の男性のトラックが追突。さらに後続の被告の乗用車が衝突した。被告も軽傷を負った。
 県警は12年2月に両名とも自動車運転過失致死容疑で書類送検したが,男性のみ起訴されて13年3月には有罪が認められたようだ。その判決内容中,女性についても過失を認める言及があったと記事は言う。
 「判決で、女性の死亡に関する被告の過失は「相当にうかがうべき」とされ、遺族側が検審に申し立てた」。
 その結果,新潟地検が検察審査会の議決を前にして,14年12月に一転起訴したという経過だ。
 今回の起訴状では,女性も,制限速度を守らず走行し、事故で止まっていた軽乗用車に衝突後、道路に出ていた女性にぶつかり死亡させたとしているという。
 事件の詳細,証拠の詳細が分からなければなんとも言い難いのだが,先行車両が事故を起こしたとき,後続車両の運転手には,その事故の被害を拡大しないで,かつ自車が巻き込まれないようにする,特別な状況に置かれてしまう・・・今回の事故でも,予見可能で,回避可能であるし,かつ,この女性に科すべき結果回避義務がはたして市民社会がなっとくできる形で,構成できるのだろうか・・・・。審理の行方がわかるといいのだが。
 こんなコメントを出した。
<検察は証拠開示を 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話>
 過失の捉え方は市民と法律家の目線では異なることがある。検察審査会の議決前に起訴されたとはいえ、検審の公訴権に対する監視機能が働いたケースではないか。ただし、起訴までに時間がかかると、証拠が散逸したり当事者の記憶があいまいになったりして、冤罪(えんざい)を招きかねない。遅すぎた起訴は被告の負担も大きい。検察は十分な証拠開示をして、法廷で真相に迫るべきだ。
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2015年08月06日

■特殊詐欺事件の「売り子」の責任ー運用による司法取引

■「売り子」の責任ー運用による司法取引
 2015年7月16日読売新聞(朝刊)は「裁判官『量刑考慮』供述促す/ニセ電話詐欺公判/共犯明かし刑猶予」とする記事で,興味深い司法取引の実例を紹介している。以下,記事を引用する。
 「ニセ電話詐欺で現金の受け取り役をしたとして詐欺罪などに問われた男に対し、福岡県内の裁判所が15日、懲役2年6月、保護観察付き執行猶予4年(求刑・懲役3年6月)の有罪判決を言い渡した。男は当初、報復の恐怖から共犯者についての供述を拒んだが、裁判官から、話せば量刑を考慮すると異例の説得を受け、捜査協力に応じた。判決は『本来は実刑だが真相解明に貢献した』と判断した。
 判決によると、男らは今春、熊本県内に住む女性に息子を装って電話し、数百万円をだまし取った。また、福岡県内の女性からも同様の手口で数百万円をだまし取ろうとした。男は現金の受け取り役だった。
 6月にあった公判で男は、共犯者から現金の要求や、家族に危害を加えるとの脅しなどがあったとし、『不当要求が怖くて犯行に加担した。報復があるので(共犯者について)すべては明かせない』と供述した。裁判官は『私は頭にきている。このままでは犯罪が繰り返される」と一喝。「共犯者について話せば、量刑を考慮する』と述べ、いったん結審した。
 15日は判決期日だったが、弁護側の申し立てで弁論を再開。男は頭を丸刈りにし、『裁判官からの説得で、自分が言わなければ事件の一部しか解決しないと思った』と述べ、共犯者の情報を捜査側に伝えたことを明らかにした。報復が懸念されるため、今後は住所を変えて暮らすという。
 検察側は、前回の公判で求刑した懲役4年を同3年6月に引き下げて再度求刑。即日言い渡された判決は「被害は高額だが、共犯者情報を詳細に捜査機関に述べた。実刑は酷」とした。
 判決後、男の弁護人は『被害額を考えれば、実刑もあり得た事案だった』と語った」。
 記事では次のコメントを採用してもらっている。

■渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話
 「裁判官の訴訟指揮として極めて珍しいケース。司法取引は検察側と容疑者側が行うものだが、それに近い訴訟指揮を行ったと見ることもできる。こうした手法は組織犯罪の解明には大きく貢献するが、被告が自らを有利にするため虚偽供述を行い、えん罪を招く危険もあるため、裁判官は供述を裏付ける補強証拠を求めるなど注意が必要だ」
****
 今国会では他人の事件の証拠収集,訴追に協力すれば被告人が自己の裁判で有利な処分を受けられる手続の立法化が審議されている。検察官が被疑者と協議し弁護人が必要的に介入して合意を形成する捜査主導の手続である。裁判官は関与しない。「裁判官が介在する司法取引」の運用例は立法の一歩先を行くもの。組織犯罪の解明に大きく貢献する。
 もっとも,他人に責任をなすりつける「えん罪」の危険が残る。だから,裁判官は公開の法廷で語ったことだから真実だと鵜呑みにすることなく,共犯を巻き込む供述が信用できることを裏付けるなんらかの補強証拠を求めるべきだ。
 それでも,今回の場合,被告人が自己の犯罪を認めつつ組織的背景も明らかにするので被告人に有利な事情として判断していいが,今国会で議論されているのは,自分の事件と全く関係のない重大事件について情報を提供すると,訴追免除,減軽などの利益を受けることができる制度だ。慎重な運用がなされないと,「密告社会」を作り出すこととなってしまう。戦前の一時期,特高が社会統制をした時代にならない歯止めが必要であろう。
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2014年04月26日

街の音楽シーンと「国家警察」ーある無罪判決について

「元クラブ経営者に無罪/『ダンス、性風俗乱さぬ』/大阪地裁判決」
京都新聞2014/04/25 夕刊

 ロックを流す店で,客がリズムをとると,風俗営業法が規制の対象として許可申請を求めるべき「ダンス」になってしまうのか?
 いまどき,信じられないような「道徳警察」が今も続く。検察側は、規制対象のダンスを「享楽的で性風俗の秩序を乱す舞踏」と説明し,「客は薄暗い店で酒を飲み、大音量の音楽に合わせ踊っており該当する」と主張して,懲役6月、罰金100万円を求刑した。 ロックにあわせたアクション。これを享楽的と国家の側が決めつけ,しかも性風俗秩序を乱す舞踏などとレッテルを貼るのは,ジャズを「鬼畜米英」の「敵性音楽」として規制した第2次戦争中の国家統制と同じだ。時代錯誤である。
 そんな事件について,大阪地裁が無罪を宣告した。
***引用****
 金光被告は、2012年4月、大阪市北区のクラブ「NOON(ヌーン)」で、音楽機材を設置し客にダンスをさせ酒を提供した、として起訴された。
 判決は、規制対象について「享楽的な雰囲気を過度に醸成し、性風俗の乱れにつながる恐れが実質的に認められる場合に限られる」と指摘。被告のクラブでは、客がリズムに合わせステップを踏んでいるだけで、客同士が体を触れ合わせ踊っていたこともなく、わいせつな行為をあおる演出もしていないことから、許可は不要とした。ただ、規制そのものについては「善良な性風俗を維持し、重要な公共の利益になる。表現の自由の制約になっても必要かつ合理的だ。違憲ではない」との判断を示した。
**********

 妥当な判断だ。
 共同通信を通じて次のコメントを出した。
 とりあえず,京都新聞が掲載をしてくれた。

■警察の手法は時代錯誤
 渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 音楽を聞く客の動きを「性風俗を乱す享楽的なダンス」として警察が犯罪扱いするのは、第2次世界大戦中にジャズを米国の敵性音楽として規制した旧国家体制と同じ。現代では極めて不当で、当然の判決だ。警察は経営者と協議し、それぞれのクラブの状態が違法かどうか検討し、必要なら改善を求めるべきだった。事前に警察官を張り込ませて取り締まった今回のような手法は、時代錯誤も甚だしい。(共同)
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2014年04月01日

■「相次ぐ暴力団への無罪判決/福岡/専門家は立証の甘さ指摘」

■「相次ぐ暴力団への無罪判決/福岡/専門家は立証の甘さ指摘」
 2014/03/22 中国新聞夕刊 3頁
 2014/03/22 愛媛新聞 4頁
 2014/03/22 佐賀新聞 21頁
 2014/03/22 長崎新聞 25頁
 2014/03/22 熊本日日新聞朝刊 26頁

 共同通信が配信した記事が西日本を中心に地方紙に取り上げられている。
 ブログ編者のコメントも掲載された。以下,引用して紹介する。

***引用***
 民間人への襲撃など、暴力団の関与が疑われる事件が多発する福岡県で、起訴された組員や組長らへの無罪判決が相次いでいる。摘発が進まない中、なんとか立件にこぎ着けた事件で有罪を得られなかった捜査側は「想定外」と落胆を隠さない。専門家は、刑事裁判が裁判員制度を背景に変わりつつあり「より緻密な捜査が必要」と指摘する。
 福岡県警によると、2011〜13年、北九州市など福岡県内で発砲事件が23件あった。飲食店や会社の経営者が切りつけられるなどの襲撃事件は34件。多くは暴力団の関与が疑われるが、検挙数はそれぞれ5件、6件だけだ。捜査幹部は、立件できたのはいずれも「証拠がそろった事件」と指摘した。
 だが福岡地裁や地裁小倉支部は昨年11月以降、@建設会社の元社長を銃撃したとされる殺人未遂事件A覚せい剤を代金と引き換えに譲渡したとされる事件B部下に建設会社事務所への発砲を指示したとされる事件―の3件で暴力団組員らを無罪とした。いずれも自白はなく、間接証拠での立証が中心だった。3件の判決は被告の関与の可能性を指摘しつつ「犯人とするには合理的な疑いが残る」と判断した。
 検察幹部は「立証はこれ以上ないほど尽くしており、裁判所は『自白をとれ』と言っているようなもの」と困惑を隠さない。
 一方、専門家の見方は異なる。甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「この程度の証拠では有罪にできないと裁判所が判断した結果。検察の立証の甘さを示した」と分析する。
 渡辺教授によると、裁判員制度導入前の裁判所は、検察の描くストーリーに矛盾しない程度の証拠があれば有罪を導くこともあったという。最高裁は10年、間接証拠での有罪立証には「被告が犯人でなければ説明できない事実が必要」との基準を示した。「疑わしきはシロ」との原則に忠実になることを要請しており、この基準がその後、大きく影響した。渡辺教授は「捜査機関が暴力団関連犯罪の撲滅を狙うのは妥当だが、裁判所は刑事裁判の鉄則を守って真相を解明するべきだ」と話す。
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2014年03月31日

■準強姦罪の成否ー市民の検察審査会とプロ裁判官の裁判所

■「市民と法律のプロ、性犯罪の解釈に差/強制起訴の男性に無罪判決/鹿児島県」
2014/03/28 朝日新聞 朝刊 31ページ 686文字 書誌情報
 こんな事件があった。準強姦被疑事件について,検察庁が2度にわたり不起訴としたが,市民が参画する検察審査会が逆に二度とも起訴相当の判断をした結果,2度目の起訴相当の判断を起訴議決として行うことができるので,裁判がはじまった。
 しかし,3月27日,「プロの3人の男性の裁判官」が構成する裁判所は,無罪を宣告した。
***引用***
 27日、鹿児島地裁であったゴルフの教え子の女性(当時18)への準強姦(ごうかん)の罪に問われた鹿児島市のゴルフ練習場経営、稲森兼隆被告(63)の判決公判。国内8例目の強制起訴事件で示された判断は無罪だった。検察官役の指定弁護士は判決を詳細に検討し、控訴するかどうか決めるという。
 指定弁護士を務めた大脇通孝弁護士は記者会見で、「心理鑑定や精神科医の証言を理解してもらえなかった」と振り返った。「ここで終わらせるわけにはいかないだろう」と控訴に前向きな姿勢を見せた。
 被害者の女性は「大変失望しています。当時まだ高校生で、絶対的な支配服従関係があり、抵抗などできるものではありませんでした。裁判官には理解してもらえず、とても残念です」とのコメントを発表した。
 被告側弁護人の上山幸正弁護士は「この事件は検察官が2回、不起訴処分にした判断が相当なものだったと、裁判官も判断されたのだと思う」と述べた。
 強制起訴は、市民で構成する検察審査会の2度の議決で決まったものだ。大脇弁護士は「一般市民の感覚で、公開の法廷で審理すべきという判断には一定の意味があった。従来の法解釈では有罪が難しくても、性暴力被害者の問題を提起できたのではないか」と意義を話した。
******
 ブログ編者は,裁判所の結論にいささか疑問を抱いている。こんなコメントにまとめた。

■甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)も今回の強制起訴について「女性の人格を尊重する市民良識が反映された画期的なものだった」と評価。無罪判決には「男性が多いプロの法律家たちの考えが性犯罪の解釈と適用を縛ってしまったのではないかと疑問が残る。パワー・ハラスメントを利用した性犯罪の深刻さを捉えられたか疑問だ」と述べた。
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2014年03月29日

■裁判の限界ー訴訟能力と手続打切りー裁判官の英断

■「17年ぶり再開公判:「症状回復ない」と地裁支部公訴棄却」
毎日新聞(2014年03月20日 22時44分(最終更新 03月21日 01時23分))
 上記ネット配信記事は,次の事件を紹介している。
***引用***
 愛知県豊田市で1995年に男性とその孫を刺殺したとして殺人罪などで起訴され、心神喪失で訴訟能力がないとして97年3月に公判停止となった男性被告(71)に対し、名古屋地裁岡崎支部(国井恒志裁判長)は20日、17年ぶりに再開した公判で「回復の見込みが認められないのは明らか」として、起訴手続きが違法で無効な場合の規定を準用し、公訴棄却の判決を言い渡した。・・・
 判決は男性の病状に関し、精神鑑定結果を基に「慢性的な統合失調症。意思疎通能力がほぼ完全に失われており、悪化の一途」と指摘。その上で「半永久的に被告の立場を強制することは、迅速な裁判を受ける権利を侵害している。検察官が起訴を取り消さない場合、公判を打ち切るのは裁判所の責務で、遺族に対する誠実な対応だ」と述べた」。
*********
 同じ事件について,日経「17年停止の裁判打ち切り/刑訴法、長期の中断を想定せず」(ネット配信記事2014/3/21 2:12)も取り上げて,識者の見解を紹介している。

 ■諸沢英道・常磐大教授(犯罪被害者学)
 「こうした裁判運用は被害者や遺族の心理的な負担が重くなる。公判を停止したら、期限を区切り、改めて訴訟能力を判断するなど公判のやり方を改めるべきだ」。

 ブログ編者のコメントは次の通り。
 ■渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)
 「通常の生活すらできず回復も見込めないのに、刑事裁判を続けさせようというのは正義に反する。公訴棄却という判決は最もふさわしい解決方法だった」。

 刑事訴訟法314条は,被告人が心神喪失の場合,公判手続を停止することを認める。裁判の進行を中断して,被告人の地位を維持したまま,心神喪失状態の回復をまつものだ。むろん,一過性の理由で,裁判の意味を理解して被告人としての立場から裁判に参加することができない事情はある。しかし,今までも,統合失調症を発症した人や,社会福祉の貧困さから幼児期に充分なコミュニケーション教育を受けられなかった聴覚障害者であって,かなりの長期にわたり心神喪失状態から回復できなかった事例は現にあった。
 それでも,「被告人」の地位を押しつけておくことが正義に適うのか?
 それとも,いったん手続を打ち切り,被告人の地位からは回復して,場合によっては再度の起訴によって対応するのが妥当なのか。
 従来,司法も検察もかたくなに「公判手続停止」という法律のことばが許すことしかせずに,処罰の機会を放棄することを毛嫌ってきた。
 しかし,それは誤りだ。
 裁判には限界がある。被告人の地位に市民を置いて,刑罰を科す以上,その市民は,弁護人の援助を受けつつも,自ら裁判の意味と効果,ここの訴訟行為の意味と効果を理解,氷解,判断するこころの力が要る。
 これは,刑法の心神喪失よりもはるかに知識面でも,判断力の面でも,より高度の精神力を要する。
 例えて言えば,幼稚園の年中組になれば,「よし・あし」の判断はつく。しかし,裁判の意味と自己の採るべき行動を理解することは困難だ。少年法が逆送を認める16歳程度の一般的な精神諸力が要る。
 この状態に回復できないことが相当長期に及ぶ場合が現にある。
 そのとき,裁判所が選ぶべき道は,ひとつだ。
 手続打切り,である。
 形式は,条文の趣旨を踏まえて,法338条の4号に準じて,公訴棄却判決でよい。
 以上をまとめたのが,上記のコメントである。
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2014年01月23日

■高速道路への自転車投棄ー「殺意=故意」の理解

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少し残念に思う記事だ。
家裁の審判を経て,自己の行為の意味を理解しなかった少年達の話である。
詳細は,次の記事が語る。

【@深層】夜の高速「自転車が降ってきた」 少年らの救い難き想像力欠如
2014/01/14 産経新聞 大阪夕刊
***引用***
 「殺そうと思ったわけじゃない」「悪ふざけだった」。そんな言い訳ですむはずがない事件が未明の高速道路で起きた。兵庫県川西市の中国自動車道上り線で昨年10月、高さ11メートルの陸橋から自転車2台が相次いで投げ込まれ、走行中の車7台が自転車に接触したり乗り上げたりした。兵庫県警は同年12月、自転車を投げ落としたとして殺人未遂容疑で16〜19歳の少年4人を逮捕した。「悪ふざけの域を越している。死人が出ていないのは運が良かっただけ」と捜査関係者が眉をひそめた事件。少年らには、死傷者が出るかもしれないという当たり前の想像力もなかったのだろうか。
 10月14日午前1時55分ごろ、トラック運転手の男性は、通い慣れた中国道を走行中、目の前の光景が信じられなかった。「自転車が降ってきた」。1台目の自転車が投げ落とされた約10分後、狙いすましたように2台目が後続の乗用車のフロントガラスめがけて落下してきた。
 いずれも運転手のとっさの判断で大事には至らなかったが、トラックや乗用車など計7台が次々に自転車に接触したり、乗り上げたりした。
******
 この事実は,「刑法の目」からみたとき,「殺意のある行為」である。
 日本の刑法の世界では,「故意=殺意」という心の状態は,基本的には,
  「人が死ぬ危険が認められる行為をおこなっていることを認識していること」
 である。
 むろん,裁判例では,「結果の認容」といった要素を加える場合もある。が,これは,証拠上,認容まで認められるから認定しているのである。「死ぬことを認容している」という心の状態は,「自己がおこなっている行為の認識」を当然に前提にする。
 「認容」と評価するべき心の状態を証拠で必ずしも推認できなくても,「殺人に値する行為の認識」があると証拠から推認できれば,ひとまず「殺人」または「殺人未遂」として罪名を認めるべきで,後は,刑罰の程度=量刑の問題である。
 日本の刑法は,もともと各犯罪毎に幅広い法定刑を規定する。
 殺人罪であれば,@死刑,A無期の懲役,B5年以上〜20年以下の懲役である。
 だから,県警も殺人未遂で立件した。
******
 ◆「殺人未遂罪」適用
 県警は当初、けが人がいなかったことから、器物損壊事件として捜査。しかし、走行中のトラックを狙って自転車を投げ落とし、その状況を確認した後に再び投下していることを重視。さらに、自転車を急ハンドルで避ける車の様子が映っていた高速道路の監視カメラ映像などから、死亡事故になる危険性を十分に認識していたと判断し、殺人未遂容疑に切り替えて捜査した。
 11月24日未明には県警捜査1課が主導して陸橋から自転車をロープでつるし、投げ落とす様子を再現する現場検証を実施。10日後の12月4日には、自転車を投げ込んだとして同容疑で少年4人を逮捕した。
 逮捕されたのは、川西市のアルバイトの少年(19)▽同市の職業不詳の少年(17)▽宝塚市の無職少年(16)▽同市に住む私立通信制高校の男子生徒(16)−の4人。地元の遊び仲間だという。4人は昨年12月25日に、殺人未遂の非行事実で家裁送致された。
 県警によると、逮捕時、3人は「悪ふざけだった」「殺すつもりはなかった」などと殺意を否認。職業不詳の少年は「そんなことはやってない」と投げ込み行為自体を否認した。投げ込まれた2台の自転車は、現場近くの駐輪場などから盗まれていた。
 ◆度越す「悪ふざけ」
 捜査関係者は「犯行自体は悪質だが、手袋も使わず痕跡を隠そうとする様子はみられないほどずさんだ。警察が捜査するとは想像していなかったのだろう」とあきれた。少年4人のうち2人は、事件の4日前にも同じ陸橋から自転車を投げ込んだことを認めている。また、現場から約100メートル西の陸橋に掲げられた啓発用横断幕のひもが切られており、県警は関連を調べている。
******
 捜査から審判の過程で,警察官はもとより,検事,弁護士たる付添人,家裁書記官,調査官そして家裁裁判官と法律家達も彼ら少年らと接触したと思う。
 そのときに,日本の刑法が予定する「殺人未遂罪」における「殺意=故意」とはどのような状態なのかを分かりやすく説明していることを期待したい。
 それでも自己の行為を「悪ふざけ」で「殺意無し」と主張するのであれば,規範意識が足りないから,矯正教育を要する,とみるべきだ。
 しかし,案外,そこにすれ違いがあると思う。
 その場合,少年院送致となる少年等に,不満と不満足が残る。収容後も矯正教育の効果があがらない状態で入院することとなっていないか,,,,それを危惧する。
 ともあれ,こうした「悪ふざけ」が横行しやすいモラルハザードの時代に日本は入ってきた。少子高齢化とともに直面する,日本の衰退減少の一局面である。
 残念に思うが,リアルに見ておく必要もある。
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2014年01月02日

■未決勾留日数の算入ー思わぬミスの後始末

■「刑期20日/誤って差し引く/拘束せず勾留日数算入/神戸地裁支部」
読売新聞(朝刊) 2013/07/19 35ページ 644文字 書誌情報
***引用***
 「逮捕などで身柄を拘束されることなく、窃盗罪で在宅起訴された兵庫県西宮市の無職の男(66)に対し、神戸地裁尼崎支部の男性裁判官が、懲役1年の実刑判決を言い渡した際、誤って未決勾留日数20日分を刑期から差し引いていたことがわかった。裁判官の勘違いだといい、神戸地検尼崎支部は18日、『判決には法令違反がある』として大阪高裁に控訴した」。
 「男は昨年11月、同県尼崎市内のスーパーでみかんなど2点(566円相当)を万引きしたとして任意の取り調べを受け、今年5月16日、地検尼崎支部に在宅起訴された。この間、男は一度も身柄を拘束されたことはなかった。
 ところが、地裁尼崎支部は今月5日の判決で、男に対し、懲役1年(求刑・懲役1年2月)の実刑判決を言い渡した際、本来はないはずの未決勾留日数20日を「刑に算入する」と宣告。直後に誤りに気づけば、訂正できたが、検察・弁護側とも誤りを指摘せず、そのまま閉廷。その後、しばらくして検察側が誤りに気付いたという」。
******

■被告人が刑事裁判を受けて有罪判決を受けるとき,勾留されたままであった場合,「未決勾留の日数は、その全部又は一部を本刑に算入することができる」(刑法21条)。
 「未決勾留日数の本刑算入」という。
 一般的には,被疑者が逮捕されてから勾留され,そのまま起訴されて裁判の間は勾留が続くことがよくある。このうち,勾留の期間から,捜査と裁判に必要と裁判所が判断する期間を除いて一定の日数を刑期に算入するものだ。
 有罪ー実刑を覚悟しなければならない事件のときには,被告人にとって刑期は大きな関心事だし,未決算入の日数も大変気になるところだ。
 本件では,思いがけないミスが起きた。この結果,検察官が裁判所と協議の上と推測するが,控訴することとなり,裁判の確定が遅れる。被告人にとっては,はやめに収容されて刑期をはじめたかった場合もある。被告人には事実上不利益だ。
 控訴審でどうなったのか不明であるが,若干の刑の減軽を認めざるを得ないのではないか。こんなコメントを付した。

■渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「他の事件と勘違いしたのではないか。裁判官として初歩的なミスで極めて珍しいケースだ」と話している。
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2013年12月29日

■「刑の一部執行猶予」ー柔軟な刑罰のあり方

■「刑の一部執行猶予制度」3年以内に開始/地域の受け皿どう確保/仮出所者支援施設や観察官,慢性的不足続く/岡山」山陽新聞(朝刊)2013/08/04
***引用***
 懲役や禁固刑の一部を執行した後、残りの刑期を猶予する「刑の一部執行猶予制度」を盛り込んだ改正刑法が6月に成立、3年以内にスタートする。猶予期間中、保護観察を付けて社会生活の中で更生を図るとともに、満期出所者にその傾向が強いとされる再犯を防ぐのが狙いだ。ただ、サポートの中核を担う保護観察官が不足、仮出所者らの自立を支える施設も限られ、地域での「受け皿」確保が大きな課題となっている。
・・・・
 新制度は初犯や薬物使用の被告を対象に、3年以下の懲役・禁錮のうち、裁判所の判断で刑の一部の執行を1〜5年の範囲で猶予する。社会での更生重視に加え、刑務所の定員を上回る「過剰収容」の解消が目的だ。
 現行の実刑と執行猶予刑の“中間刑”の位置付け。例えば「懲役3年、うち1年を執行猶予3年」の判決では、刑務所を2年で出所した後、3年間再び罪を犯さなければ服役の必要はない。
・・・・
 ただ、社会の受け入れ態勢は整っていない。法務省の推計では、制度導入で保護観察対象者は現在の約1・7倍の約7千人に膨らむ一方、対象者を指導・監督する保護観察官は千人弱にとどまる。岡山保護観察所では、わずか10人の観察官で約550人を担当しており、「これ以上増えれば、よりきめ細かな支援は難しい」と多田野清統括保護観察官。
***
 意味のある制度だと思う。
 量刑判断,運用など問題もでてくるであろうが,刑務所収容を重視しすぎる今の刑事政策を改善する一歩。
 原理は「市民主義」。社会に早く戻る以上,社会が受け皿を持たなければならない。
 こんな簡単なコメントを付した。

■甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「新制度は出所者の更生を社会全体で考える契機となるだろう。保護観察官の増員など環境整備が急務であり、市民が積極的に関われるような更生プログラムも求められる」と強調する。
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2013年12月22日

■JR福知山線事故ー控訴審について

■「JR尼崎脱線、指定弁護士が控訴、歴代3社長の無罪不服、『注意義務分析全くない』」日経2013/10/08(大阪,朝刊)
 上記表題の記事は,2004年4月に,尼崎市で起きたJR福知山線脱線事故(乗客106人が死亡し562名に及ぶ多数が負傷した事件)について,指定弁護士が,一審の無罪判決を不服として,控訴したことを報ずる。
 この裁判は,検審がJR西日本の井手正敬元相談役(78)ら歴代3社長に対する業務上過失致死傷罪で強制起訴したものだ。神戸地裁の裁判では,3名は無罪を宣告された。これに対して,検察官役の指定弁護士は平成25年10月7日、大阪高裁に控訴した。
 指定弁護士の取材について,こんな記事となっている。

***引用***
 未曽有の事故に対する経営トップの刑事責任の有無が争われた裁判は舞台を高裁に移す。同日に記者会見した指定弁護士の河瀬真弁護士は一審判決を『大規模な鉄道事業者のトップとしてどの程度の注意義務を負っていたのか、という最も根本的な分析が全くなされておらず、私たちが主張してきたことに正面から答えていない』と改めて批判。『到底納得できず、上級審で改めて審理を求めるべきだとの結論に至った』と説明した。
 控訴によって井手元相談役や南谷昌二郎元会長(72)、垣内剛元社長(69)の歴代3社長を引き続き刑事被告人の立場に置くことについては「被告人の負担は重く受けとめなければならない」としつつ、「被害の深刻さや遺族の『真相に近づきたい』という思いなどを踏まえた」と説明した。
 河瀬弁護士は追加立証に向けて補充捜査を検討することも表明。「一審で提出した証拠を改めて評価し直せば別の結論に至る可能性もある」と控訴審での有罪立証に自信をのぞかせた。
********

 この記事に何名かの識者のコメントが掲載されている。
<識者のコメントー引用>
■制度見直し必要
 元東京高検検事・高井康行弁護士の話 刑事訴訟で訴追側の控訴は一審判決を覆す証拠があってなされるべきだ。補充捜査で証拠が得られる見込みがないのに控訴したのであれば不適切と言わざるを得ない。強制起訴制度の仕組みを抜本的に見直し、一審で無罪判決が出れば指定弁護士は控訴できないようにすべきだ。控訴の乱用で冤罪(えんざい)が生まれる可能性もあり、制度への信頼が揺らぎかねない。
■安全意識を醸成
 船山泰範・日本大教授(刑法)の話 指定弁護士の控訴は、企業に安全確保が求められる時代において自然な流れだ。具体的な予見可能性がなかったと判断した一審判決は、JR西日本の歴代3社長の過失責任を狭く捉えており、時代遅れと言える。トップ企業として安全な鉄道を目指すための対策が十分だったのかどうかを控訴審で問い続けることが、他の会社の安全確保意識を醸成することにもなるだろう。

■編者のコメント−「逆転判決厳しく」
 甲南大法科大学院・渡辺修教授(刑事訴訟法)の話 指定弁護士は、鉄道経営者に求められる予見可能性の水準は通常より厳しく捉えるべきだと考え、控訴に踏み切ったのだろう。だが、現行の刑法で業務上過失致死傷罪はあくまで一個人としての刑事責任を問うもの。予見可能性の範囲も常識に照らして判断されるべきで、一審判決の法解釈は妥当だ。控訴審で判決が覆る可能性は極めて低いと考える。

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2012年12月17日

■舞鶴事件ー無期懲役から無罪へ

■舞鶴事件ー高裁無罪判決について

 *2008年5月に、舞鶴市の雑木林で高校一年のKさん(15才)が、性的乱暴目的で襲われ頭や顔を鈍器で殴られて殺害された事件について、一審の京都地裁が有罪を認めて、死刑求刑に対し、無期懲役としたが、高裁は、無罪とした。これについて、次のコメントが掲載され居ている。

○「弁護側『的確な判断』/舞鶴殺害無罪/高検、Nさん勾留上申」(産経新聞(朝刊)2012/12/13)
 □最高裁に沿って吟味
 渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話
 「最高裁が示した考え方が高裁レベルにまで浸透してきたことを示しており、注目すべき判決だ。これまでの刑事裁判では、検察側の主張と矛盾がない程度でも有罪とする『疑わしきは処罰する』という文化が裁判官の中に広がっていたが、見直しが迫られる」

○「舞鶴高1殺害逆転無罪、大阪高裁判決、目撃証言の信用性否定」日本経済新聞(夕刊)2012/12/12)
 □最高裁が示した
  基準の浸透映す
  渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 
 状況証拠に基づいて事実を認定する際の基準として最高裁が示した「被告が犯人でなければ説明できない事実」がなければ有罪認定できないとする考え方が高裁レベルにまで浸透してきたことを示しており、注目すべき判決だ。これまでの刑事裁判では、検察側の主張と矛盾がない程度でも有罪とする「疑わしきは処罰する」という文化が裁判官の中に広がっていたが、見直しが迫られる。
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2012年07月04日

■少女のの告訴能力ー被害と処罰の意思表示

■朝日新聞デジタル版(2012年7月3日23時42分配信)では、
  『10歳女児の告訴能力、一転認定 高裁、わいせつ事件で』
 と題する記事を紹介する。
 引用する。
 「わいせつな行為をされたとして当時10歳11カ月の女児が、母親の交際相手の男を告訴した強制わいせつ事件の控訴審判決が3日、名古屋高裁金沢支部であった。伊藤新一郎裁判長は、女児は幼さから、告訴の意味を理解していなかったとして告訴能力を認めず、公訴を棄却した一審・富山地裁判決を破棄。審理を地裁に差し戻した。
 伊藤裁判長はまず、告訴能力について、犯罪被害を理解して捜査機関に申告し、犯人の処罰を求める意思があれば足りるとした。その上で、女児はその学業成績から、当時も年齢相応の理解力と判断力を備えていたと指摘。検察官に被告を死刑にしてほしいと求めたが、それはできないと言われ、「重い罰を与えてほしい」と述べている点などから「被害感情を抱いて被告人の処罰を求めている」と認め、「告訴能力を備えていた」と結論づけた」。

 むろん、当然の結論だ。
 親告罪の場合、被害申告と処罰の意思が確認できれば、警察、検察は起訴にむけて最大限の努力をして犯人と犯罪の摘発に努力すべきだ。
 裁判に伴うプライバシー侵害や二次被害はそれ自体解決策をさらに用意するべきだ。
 そうしたことも、本人の理解力にあわせて説明するべきだ。

 その意味で、本件一審までの手続には多々疑問がある。
 検事が告訴調書を作成しなかった理由は釈然としない。検察官が、検面調書を実質的に告訴状と扱ったときに、一審裁判官が、少女から直接事情を聞けばいいのに、放置して、書類と観念論で、告訴能力を高めに設定して、これにあわないという概念法学のお遊びをしたのはもっての他だ。

 こんなコメントを掲載してもらっている。

■甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「検事が告訴の意味を女児に説いて告訴調書を作ったり、裁判官が女児と面談して告訴能力を確認したりすればよかった」と指摘。「捜査機関と裁判所が女児に、二次被害と言える裁判の長期化という負担をかけてしまった」と批判した。

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2012年03月14日

■「告訴能力」−10歳の少女の被害感情

■ネットに次の記事が配信された(2012年3月14日毎日新聞・地方版)。悲惨な事件だが、「被害を社会に訴える力」を考えさせられた。以下、記事を引用し、ブログ編者のコメントも転載する。
■以下、引用。
*****

’12記者リポート:富山発 わいせつ事件公訴棄却判決 10歳告訴能力どこまで /富山
 ◇「権利回復」の指摘も
 未成年の姉妹に対する準強姦・強制わいせつ等事件で、富山地裁が妹(当時10歳11カ月)が幼く告訴能力がないとして、起訴された強制わいせつ事件2件のうち1件の起訴を無効とする公訴棄却判決を言い渡した。小学5年生は、自らが受けた性犯罪の被害を理解できないほど幼いのか。「悔しい」「許せない」といった訴えは司法に届かないのか。控訴審が始まる前にこの事件について振り返り、問題点がなかったか検証したい。【大森治幸】
 ◆捜査のはじまり
 昨年6月初旬。富山中央署に1本の電話がかかってきた。電話口の向こうにいたのはある学校の教師だった。「生徒が暴行を受け、施設で保護されている」。姉(当時15歳)が通っている学校からの情報提供だった。「当時は地獄だった」。姉妹がそう振り返る悪夢に捜査のメスが向けられた瞬間だった。
 同署は6月30日、住所不定、無職、T被告(42)と、その交際相手の女(39)を児童福祉法違反容疑で逮捕した。女は姉妹の母。逮捕を発表した福田敏彦副署長は顔をしかめた。「この子たちは、長期にわたって被害を受けていたとみている」
 その後の捜査で、T被告は姉に性的暴行を加え、妹にわいせつな行為をした罪に、母親はそのほう助罪に問われた。T被告は09年4月ごろからこの親子の家に住み始め、その年の夏ごろから姉に性的虐待を加えていたという。
 ◆判決、しかし…
 1月19日、富山地裁の田中聖浩裁判長は、T被告に懲役13年、母に同4年の実刑判決を言い渡した。
 判決では妹の強制わいせつ事件2件のうち、1件は祖母の告訴を有効としてT被告らを処罰したが、もう1件は祖母の告訴を否定。妹の告訴は「当時10歳11カ月とまだ幼い年齢であった」などとして2件とも認めなかった。
 地検は「当時は地獄だった。犯人を死刑にしてほしい。でも、法律上それは無理だと聞いた。だったらできるだけ重い罰を与えてほしい。でも母親に対しては反省して戻ってきてほしい」という妹の供述調書を、正式な告訴状の代わりとして起訴していた。
 形式張った「告訴状」よりも被害者の生の声の方が有効と判断し、さらにこうした手法は最高裁判例でも認められ、実務上通例となっていたためだ。
 ある捜査関係者は妹について「実際、この子は非常に賢い」と語り、告訴能力に自信を持っていた。
 ◆専門家は…
 子どもの権利条約に詳しい富山国際大学子ども育成学部の彼谷(かや)環准教授(憲法)も「子どもには虐待や暴力を受けない権利がある。侵害された時は、権利回復の手段が用意されていなければならない」と指摘する。井戸田侃(あきら)・立命館大名誉教授(刑事法)も「性犯罪では自分の体が直接被害を受ける、女性にとって恥ずかしい行為の極み。だから『加害者を許してもらっては困る』という処罰意思はたとえ幼い被害者でも持つ」と妹の告訴能力を認めるべきだという立場だ。


 一方、甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「10歳であれば裁判や刑罰の一般的な意味は理解できる」とし、低年齢の告訴能力を認めた。そのうえで、「供述調書にまとめてしまうと、告訴意思、告訴能力が不明瞭になる。告訴意思を調書にするか、自ら告訴状を作成させるべきだった」と地検側の対応にも苦言を呈した。

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2012年02月21日

■「勾留執行停止と被告人の逃亡」(下)ー学者の源理論

■「勾留執行停止と被告人の逃亡」について、続く。

 朝日新聞は、「警官監視下、逃走なぜ 地裁が勾留停止・「拘束の権限ない」/田辺/和歌山県」の記事で、「死亡ひき逃げ事件の被告が、警察官の目の前でベンツに乗り込んで走り去った――。1月25日に田辺市の病院であった逃走劇は、なぜ防げなかったのか」と問題を提起する(2012年2月17日、朝刊)。

 43歳の被告人が、自動車運転過失致死罪と道交法違反(いわゆるひき逃げ罪)で起訴され、公判係属中に、病気のため一時勾留の執行を停止されて病院に入院。最終日に、事実上監視中の警察官をごまかして病院駐車場に駐車した身内の車に乗り込んで逃走したという。
 同記事は、次のように、経緯を紹介する。

 「和歌山地検によると、Y被告の弁護士が1月、『病気の検査入院』を理由に勾留停止を和歌山地裁に申し立てた。地裁は23日正午から48時間の勾留停止を認め、横谷被告は白浜署の留置場を出て田辺市の病院に入院した。
 勾留停止が終了する25日の午前2時ごろ、Y被告は見張り役として病院内にいた白浜署員に「たばこを吸う」と言って病院の駐車場に止めていた弟の車に1人で乗り込んだ。そして突然、その車で走り去ったという。逃走に使ったとみられるベンツは27日、大阪府岸和田市内の駐車場で見つかった。
 なぜ署員は逃走を止められなかったのか。捜査関係者は『どうすることもできなかった』とあっさり答えた。見張り役の署員は、地検の依頼を受けて監視してはいたが、『勾留停止は釈放されたのと同じ意味を持つ。警察官に身体を拘束する権限がない』。・・・・結局、県警は横谷被告を道交法違反(無免許運転)の疑いで指名手配した。逮捕のきっかけとなったひき逃げ事件で、横谷被告は免許が取り消されていた」。

■ 確かに、その通りで、法的な監視状態にはなくなっているから、刑法で言う逃走罪には当たらない。
 逃亡の時点では、執行停止決定の取消しがあって、収監できる状態ではない。期間が過ぎていないから、収監する根拠もない。いずれも検察官の指揮がいる。
 だから、事実上監視をしていた警察官には、法的に拘束する権限はない。
 とすると、一般的な行政警察権限によって、事実上退去の事情を問い質し、事情を知る機関の者として逃走につながる行動をしなように説得することぐらいしかできない。
 その意味では、いわば「逃げ得」状態となる。

■誌面は厳しく批判する。
 「●繰り返し発生
 朝日新聞は地裁に勾留停止を決めた理由を質問したが「非公開の手続きだから」(総務課)として明らかにしなかった。取材に応じた地検幹部は、「被告は検査入院の必要はなく、逃走の恐れもある」として勾留停止に反対する意見書を地裁に出していたことを明らかにした。
 勾留停止中の被告が逃走する事例はどれだけあるのか。最高裁の広報担当者は「統計がないので分からない」としている。
 朝日新聞の取材では、まれではあるが繰り返し発生しているようだ。2002年1月に神戸市内の病院から逃げた窃盗罪の被告は、03年5月に岡山県警に別の事件で逮捕された。昨年2月には窃盗罪で起訴された被告が広島市内の病院から逃走し、行方は分かっていない」。

■しかし、ブログ編者は、次のコメントを掲載してもらっている。ついでに、運用制限を摘示する土本武司博士のコメントも掲載されているので、比較の意味で、引用する。

 ◆被告は自由であるべき
 甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)の話 被告が身柄を拘束された状態が例外で、原則的には自由であるべきだ。一時的に勾留を停止しても守らないといけない利益がある。逃げるかどうかは被告の良識に委ねられているところがあり、今回の事件は制度の性質上起こっても仕方ない珍しい事例。全体的には制度はうまく機能している。今後、制度を厳格に運用すべきだということにはならない。対策として考えられるとしても、逃走罪の一つに含めて事後的に処罰することぐらいではないのか。

 ◆「保釈」が原則、反省すべき
 元最高検検事で筑波大学名誉教授の土本武司氏の話 今回の事件は結果からすると勾留停止を認めるべきではなかった。勾留状態のまま外部の病院に移すこともできた。被告の勾留を解く手段としては、逃げた時に保釈金が没収される不利益がある「保釈」が原則で、勾留停止の決定には慎重な判断が求められる。仮に停止する場合でも、逃亡や証拠隠滅を防ぐため、条件面での配慮や十分な監視体制が必要。今回の事件で勾留停止の制度を廃止しろということにはならないが、運用には反省すべき点があった。
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2012年02月19日

■「訴因変更」論ー「官僚検察」の落ち度、「自白中心捜査」の危険性

■「起訴状/犯行日誤り無罪/地裁1件認定/窃盗4件で実刑判決=岡山」。
これが、2012年1月28日の読売新聞(朝刊)の記事タイトル。
 「地検が5件の窃盗罪で起訴し、うち1件の犯行日の誤りが判明した男性被
告(38)に対する判決が27日、地裁であった。田尻克已裁判長は「起訴状
の犯行日に犯罪を行ったことは認定できない」として、この1件を無罪とし、
他の4件で懲役2年6月(求刑・懲役3年6月)を言い渡した」。
 何があったのか。
 簡単だ。被害者が届け出た窃盗被害の日時について(被害届と警察官作成供
述調書に記載)、その後、取調官が日付けを取り違えた。そのまま、共犯者等
を取り調べて、間違った日付けで自白をとったようだ。
 本件は、被告人が共犯者2人に指示しては岡山県内の各所でトラックなどか
ら燃料ガソリンを抜き取ったもの。前日に指示して概ね翌日には実行するとい
うパターンがあった。
 取調官が密室で、思い込みのまま、間違った日付けの被害日にも、実行した
と自白させ、その前日には共謀があったと説明させる、、、取調官の思い込み
で、「虚偽自白」をさせるという不始末。
 検察官は、論告、求刑も終えて、判決宣告日前にあわてて「訴因変更」を申
し立てたが、裁判所は許可しなかった。

 「地検は昨年6月に求刑したが、8月の判決前日になって、うち1件の窃盗
罪について犯行日を「2008年8月19日」から「同20日」とするよう地
裁に訴因変更を請求。地裁は判決を延期したが、「直前の変更は被告に著しく
不利益」として認めなかった」(記事引用)

 当たり前だ。
 裁判は、「手続」だ。時の流れの中で、防御の利益が尽きる。一度の手続の
流れでしっかりと「合理的疑いを超える証明」をするのが検察の責務。
 これを見逃して、後から訂正して、処罰を求める、その不利益を、被告側=
市民に負わせるのは「不正義」だ。
 この感覚を、「官僚検察」は持てないようだ。

■<コメント>
 (1)読売新聞(朝刊)では、渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟
法)は「検察官は自白が取れたことで安心し、客観的証拠に基づいた裏付けを
怠ったのではないか」と指摘した。
 (2)山陽新聞2012年1月28日(朝刊)は、「犯行日訂正1件無罪/免れぬ批判/地検は検証を」として、「解説」記事を載せるが、その中では、次のようなコメントをだした。
 ○まず、突然の訴因変更申立について
 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「被告の防御の利益を無視
し、職権乱用だ」と批判する。
 ○検察の捜査の在り方について
 検察の捜査の在り方が問われる中、渡辺教授は「自白を客観証拠で裏付け、
証拠を示して弁解を問う技法を身に付けなければ、同じ事態が繰り返される」
と指摘。

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2012年02月18日

■「訴因変更」ープロの世界から、「市民主義」の世界へ

■危険運転致死罪と自動車運転過失致死罪の狭間ー故意・過失二元主義の限界(続報)

■「加西兄弟死亡/危険運転に変更請求/あいまい基準に司法判断も迷走」
 2012年2月1日産経新聞(朝刊)は、「運転手を「過失犯」として起訴してから、わずか1カ月。神戸地検は異例ともいえるスピードで当初の判断を見直し、より立証が難しい「危険運転罪」への訴因変更請求に踏み切った」とする紹介記事を載せる。
 「酒に酔って人身事故を起こして、人を死亡させる」。
 これをどんな犯罪として処罰するか。
 本件では、兵庫県加西市で2011年12月、皆既月食の観測から帰る途中の小学生の兄弟が飲酒運転の軽トラックにはねられ死亡した。54歳の建設業の男性が当初は、自動車運転過失致死と道交法違反(酒気帯び運転)の罪で起訴された。新聞記事では、事故前、複数の店で飲酒したという。だらしのないことだ。自らも父親であるかも知れない年代の初老の人間が生活の基本ルールを破って社会の未来を託すべき子どもの命を奪った。
 今どう後悔しようとも追いつかない。
 ところで、詳細は承知しないが、ご家族の方々などが訴因変更を求める署名活動などを行い、事実上、検察庁に証拠の見直し、補充捜査をする圧力を強めた。「市民主義」の時代にふさわし被害関係者の運動だ。
 この結果、検察庁が訴因変更という形で、プロの判断を見直すこととなった。
■さて。
 運転時には、酩酊である。多かれ少なかれ正常な認識と判断ができない状態だ。
 我が国は、大きくは、ふたつの犯罪で捉えようとする。
 ひとつは、自動車運転過失致死罪だ。この場合、法律が定める刑の上限は、懲役7年だ。
 もうひとつある。一般に、危険運転致死罪とよばれているもの。刑法208条の2は次のように定める。
 「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。」
 この結果、有期懲役刑の上限、20年以下によって処罰できる。ふたつの犯罪の量刑面の落差は極めて大きい。
 そして、日本の刑法が、犯罪を構成する法的な条件のうち、犯人の心の状態に注目したとき、「故意」、「過失」という大括りにするのに留める。
 危険運転致死罪は「故意犯」。とすると、酩酊状態であって、正常な運転ができないのに、その状態を正常に認識していることを必要とする、、、というまか不思議な犯罪になる。
 立証はむずかしい。
 「かなり酔っていて、正常な運転ができないと正常に認識していました」
 こんな自白?を密室でとっても、さほど信憑性はない。
 客観証拠、状況証拠で判断するとなると、自動車運転過失致死罪と重なる。
 検察庁が自動車危険運転致死罪の運用に身長になるのは、刑法の二元主義が背景にある。

■上記誌に、こんなコメントをだした。
 今回の訴因変更請求について甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「当初は慎重を期して過失犯として起訴したが、被害者側の意向をくんで改めて証拠を評価し、危険運転罪の適用も可能と判断したのだろう。市民参加型の司法の流れを考えれば、不合理ではない」と話している。
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2011年12月22日

■交通事故ー犯罪類型のありかた

毎日新聞ネット配信、2011年12月17日 19時52分

■クレーン車事故:運転中「てんかん」どう判断/19日判決

この記事を引用する。
***(引用)***
 栃木県鹿沼市で4月、クレーン車を運転中にてんかん発作を起こし、小学生6人をはねて死亡させたとして自動車運転過失致死罪に問われた同県日光市大沢町の元運転手、柴田将人被告(26)の判決公判が19日、宇都宮地裁(佐藤正信裁判長)である。起訴内容に争いはなく量刑が最大の争点。検察側は法定刑の上限である懲役7年を求刑したが、遺族は納得していない。一方で、判決を機に「てんかん患者の運転」への偏見が助長される恐れがあり、専門家は正しい理解を訴える。

 「悪質性は『自動車運転過失致死罪』では評価し尽くせない」。検察自らが起訴した罪名を否定するかのような異例の論告。法定刑(最高懲役20年)がより重い危険運転致死罪での起訴を見送った無念さをうかがわせた。

 遺族も「単なる過失ではない」「やりきれない」と訴え、同罪の適用を望んだ。だが、無謀な運転に対し「故意」の責任を問う同罪は、飲酒や高速走行などに適用対象を限定し、てんかん発作は対象外だ。今回は例えば、運転開始時点で既に意識がもうろうとしていたなど正常な運転が困難だったことを立証する必要があり、宇都宮地検は断念した。

 捜査・公判を通じ▽3年前にも発作に伴い重傷事故を起こした▽持病を隠して免許を取り就職した−−などが明らかになった柴田被告。「(事故の)予感がした」とも供述した。
*******

この件について、次のコメントを出した。

 柴田被告について渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「故意と過失の中間にあった」とみる。現行法では過失罪での起訴はやむを得ないが「人の生命・安全に無頓着な態度で事故を起こしたときに、過失よりも一段重く処罰する犯罪類型を立法化すべきだ」と提案する。
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2011年12月07日

福井女子中学生殺害事件ー検察の不「正義」

■中日新聞ネット配信記事、「名高検、異議申し立て/福井の中3殺害再審」(11年12月6日01時33分)によると、名古屋高検は、11月5日に、名古屋高裁金沢支部による再審開始決定に対して、これを不服とする異議申立をしたことを紹介する。
***(引用)***
 高裁支部は11月30日付決定で、弁護側が新証拠として提出した法医学者の意見書などを基に、遺体には、確定判決が凶器と認定した被害者宅の包丁2本の刃幅よりも短い傷があったことから「別の刃物が使われた可能性がある」と指摘。事件当日に前川さんが乗った車のダッシュボードに血液が付着していたとする目撃証言では、被害者の血液反応が検出されていない点などから、確定判決が信用性を認めたこの証言に疑問を呈した。
 その上で、新旧証拠を総合的に検討し「関与を示す客観的事実は一切存在せず、前川さんが犯人であると認めるには合理的な疑いがある」と判断した。
 これに対し、名古屋高検幹部は▽現場全体の状況からすれば、第3の凶器が存在することは合理的な推認とはいえない▽高裁支部は、血液反応をめぐる弁護側の実験結果の価値を認めたが、その条件設定には誤りがあり、信用できない―と指摘。「高裁支部は、確定判決の根拠となった旧証拠を過小評価し、一方で、さほど証明力がない新証拠を過大に評価した」と述べ、高裁での異議審で全面的に争う姿勢を示した。
***(引用終了)***

■これに関連して、先に、北海道新聞11年11月30日(夕刊)、「福井中学生殺害/前川さん再審決定/時間かかりすぎた/時代に合った運用」に、次のようなコメントを掲載してもらっている。

 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 
 再審開始の決定理由で「新証拠」に照らして知人の供述の信用性が否定された背景には「密室の取り調べでうその供述を簡単に作り上げることができる」という認識を裁判官も認めざるを得なくなったことがある。今回の決定は、取調べの可視化、裁判員裁判という時代にマッチした再審の新しい運用として評価できる。

■ 検察は、自ら隠し続けた証拠があることを棚に上げて、再審の入口の場面で、証拠の信用性評価に問題があることを口実にして、真相解明にすすむことを拒んでいる。密室取調べを守ろうとする牢固たる意識が見え隠れする。
 裁判所による証拠の信用性評価に疑問が残るのであれば、再審公判で、あらためて新旧証拠の総合評価を行えばよい。むろん、裁判員裁判時代にふさわしく、再度、期日間整理手続を行い、証拠開示を徹底するべきであろう。
 20世紀・後半世紀にかけて、「密室取調べ=虚偽供述」を軸とする事件処理をし、証拠開示をネグレクトして、被告人に有利な材料を隠蔽して有罪判決に至る「えん罪の構図」が定着していた。
 その歴史的な事実を反省しつつ、「再審」なる制度を見返さなければならない。
 その意味では、再審の入口で、不服申立をして、真相解明の場に立たない検察の姿勢には、「官僚組織」の得体の知れない防衛本能しかみてとれない。
 地検、高検の「叡智」を集めた協議を踏まえ、決済された措置なのであろうが、「取調べの可視化、裁判員裁判時代」という21世紀型の「正義」のモデルには全くそぐわない。



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2011年12月06日

■福井女子中学生殺人事件ー再審決定の意義(続)

■中日新聞2011年12月1日(朝刊)は、「核心/前川さん再審決定/証拠開示/突破口に/鑑定結果など総合判断/物証乏しい事件影響も」とする記事を掲載する。これも、今回の再審開始決定の意義を語る。
 まず、「客観的な証拠がないことを理由に、二審で有罪の根拠となった関係者の目撃証言の信用性に疑問を投げかけた。「物証に乏しい、ほかの有罪事件に影響が及ぶ可能性がある」との見方も出ている」という角度から再審開始決定の意義を総括する。特に、次の分析が鋭い。

***(引用)***
 ■影響
 真犯人や鑑定ミスのような決定的で分かりやすい新証拠がない中、名古屋高裁金沢支部は、有罪判決の根拠となった複数の関係者の証言を詳細に再検討し「確定判決に合理的な疑いが生じた」との結論を導いた。
 この点で、遺留物のDNA型の不一致が判明し、菅家利和さんの無罪が確定した足利事件の再審のケースとの違いが際立つ。
・・・
 ■改革
 司法制度改革の影響で、再審段階での検察側の新証拠の開示が進んだ面も大きい。前川さんの弁護団は、再審決定後の会見で「証拠開示なくしては、この決定は勝ち取れなかった」と強調した。
 弁護団がこだわったのは、被害者の遺体の傷の資料や捜査段階での関係者の供述調書。一、二審で検察側は開示を拒んだが、再審請求審が進んでいた二〇〇八年、金沢支部の開示勧告でようやく解剖写真などが提出され、その後、百点に及ぶ新証拠が開示された。
 再審請求段階での開示が前進し始めたのは〇四年の刑事訴訟法改正からだ。最高裁も証拠開示の対象を検察の手持ち証拠に限らず「捜査段階の備忘録などにも及ぶ」と判断。流れを後押しした。」
***(引用終了)***

 これに関連して、短いが、次のコメントが採用されている。
■ 甲南大法科大学院の渡辺修教授(同)も「決め手の証拠がない中、弁護団が多様な視点から検察側の主張を崩した点で画期的」と話す。

 裁判員裁判。これが、刑事司法の世界の「ブラックボックス」として働く。捜査に対しては、被疑者取調べ可視化を求める力として。そして、再審の世界では、公判前整理手続があれば開示されたであろう証拠の開示をまず求める大きな力として。
 その結果、多かれ少なかれ被告人に有利な証拠が隠蔽されたままであることが発見されるーーー検察の官僚体質が、かくも根深く染み込んでいたことがいまさらながら浮き彫りにされる。
 そして、彼らは騒ぐ。再審が、再審でなくなる、と。通常審と変わりがなくなると、批判する。
 が、そうでもしなければ救済できないえん罪がおそらく相当数潜在していると疑われる。20世紀の暗黒部分、戦後の新刑訴にも拘わらず、改革しきれなかった「密室取調べ、虚偽供述」という根深い闇。いまなおこれを隠蔽しようとする検察の体質、、、、
 歴史を清算するのには、制度の抽象的で一般的で観念的な説明など役に立たない。それどころか、人作った制度は、人が変えればよい。
 再審は、20世紀のえん罪を新しい原理と手続で救済する仕組みとして稼働するべきだ。
 それが、今はじまった。
 検察側は、異議申立に踏み切ったが、「正義」が求める手続の形と「合理的疑いを超える証明」なきかぎり被告人を有罪としないという刑事裁判の鉄則に揺るぎはない。
 「無罪」の結論が、検察の組織防衛のための不服申立を砕くことになろう。
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2011年12月05日

■福井女子中学生殺人事件ー再審決定の新しい流れ

■表題事件について、再審が決定されたが、これについて、産経新聞が的確な分析記事を掲載している。「福井中3女子殺害再審決定/証拠開示が再審決め手に」である(2011/11/30 産経新聞(夕刊))である。以下、引用する。

***(引用)****
■「開かずの扉」開く鍵
 冤罪(えんざい)を訴える最後の手段である再審。しかし、再審公判が始まれば無罪になる可能性が極めて高いだけに、その開始決定のハードルは高い。福井の女子中学生殺害事件では再審無罪が確定した布川事件と同様、弁護側の証拠開示請求が有効な武器となった。他の再審請求事件でも新たに証拠が開示されるケースが相次いでおり、今後、再審が開始される可能性がある。
 再審開始には確定判決を覆すだけの明白な新証拠が必要とされる。このため戦後しばらくは真犯人が判明するなどまれなケースに限られ、「開かずの扉」「針の穴にラクダを通すほど難しい」などと評された。
 その門戸を広げたのが、最高裁が「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則を、再審請求の場合にも適用すべきだとした昭和50年5月の「白鳥決定」。これを受け54年から61年にかけ、財田川、免田、松山、島田の各死刑確定事件で再審開始決定が相次ぎ、いずれも無罪が確定した。
 だが、その後は再び「再審冬の時代」が到来。名張毒ぶどう酒事件や大崎事件のように、いったん出された開始決定が取り消されるケースもあった。揺り戻しの背景には「確定判決の安定性を損ない、三審制を崩すことになる」とした大崎事件の福岡高裁宮崎支部決定に代表される裁判所の慎重な姿勢があるとされる。
 しかし布川事件では、弁護側が検察側に開示を請求した取り調べの録音テープが大きな決め手となり、今年6月に再審無罪が確定。福井事件でも弁護側は再審請求審で新たに開示された供述調書から、目撃証言の変遷をあぶり出した。
 検察側の証拠開示は、裁判員制度導入に向けた平成17年の刑事訴訟法改正で明確に制度化。以降は検察側に不利な証拠であっても、法廷に出されることが少なくなくなった。他の再審請求事件でも、袴田事件や東京電力の女性社員殺害事件などで検察側が新たに証拠を開示している。
***(引用終了)***

これに続いて、ブログ編者の次のコメントが採用されているので、引用掲載する。

                   ◇
◆時代に合った運用だ
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話「再審開始の決定理由で『新証拠』に照らして知人の供述の信用性が否定された背景には『嘘の供述を簡単に作り上げることができる』という認識を裁判官も認めざるを得なくなったことがある。市民が刑事裁判に参加する時代に、検察官が十分な証拠を開示せず、裁判所が被告側に有利な証拠を検討できないとすれば、公正な裁判といえない。今回の決定は、時代にマッチした再審の新しい運用として高く評価できる」
posted by justice_justice at 23:03 | TrackBack(0) | ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2011年11月30日

■福井女子中学生殺人事件、再審決定に寄せてー司法の闇を救済する

■ネット配信記事、ASAHI.COM(2011年11月30日11時44分)は、「86年の福井女子中学生殺人、再審決定」と題して、次のように名古屋高裁金沢支部の再審開始決定を紹介している。

*********
 福井市で1986年に中学3年の高橋智子さん(当時15)が殺害された事件で、名古屋高裁金沢支部の伊藤新一郎裁判長は30日、懲役7年の実刑判決が確定して服役した前川彰司さん(46)=同市=の再審開始決定を出した。検察側は名古屋高裁への異議申し立てを検討するとみられる。
 前川さんは86年3月19日夜、福井市営住宅2階の一室で、この部屋に住む智子さんを五十数カ所刺すなどして殺したとして起訴された。90年9月の福井地裁判決は前川さんの関与を示唆した複数の証言が捜査・公判を通じて変遷しているとして無罪(求刑懲役13年)としたが、95年2月の高裁金沢支部判決は「ささいな変遷」と判断。シンナー吸引による心神耗弱状態での犯行と認めて懲役7年を言い渡し、確定した。
 決定は、過去の公判で手書きの図面で出され、検察側が再審請求審で新たに出した遺体の解剖写真の分析結果について検討。「五十数カ所の傷のうち2カ所は被害者宅の包丁2本とは別の刃物でつけられた可能性がある」とした弁護団提出の法医学者の意見書に基づき、「2本の包丁だけで形成できると判断した確定判決の判断には合理的な疑問がある」と判断した。
 さらに、2004年の再審請求後に検察側が開示した捜査段階の目撃者らの供述調書29通を踏まえ、「事件の夜に血の付いた服を着た前川さんを見た」「前川さんが逃走に使った乗用車に血痕がついていた」とした知人の元暴力団組員の供述や前川さんをかくまったアパートの住民らの目撃証言について検討した。
 決定は、前川さんが逃走に使ったとされた乗用車に被害者の血痕が付着していなかったとする新たな鑑定結果に反しているとし、元組員の供述は「信用性が脆弱(ぜいじゃく)」と指摘。アパート住民らの証言もあいまいな点や食い違う部分があり信用性に疑問があるとし、「前川さんが犯人であることを示す証拠はなく、犯人と認めるには合理的な疑いが生じている」と結論づけた。
***********

決定要旨を読んで、大きな角度から、次の感想をもった。

■まず、「再審、新しい時代へ」、、、である。
 というのも、本件は、虚偽自白の発見、DNA鑑定の誤り確認など有罪の大黒柱が崩れて再審が認められる事件ではなく、一審、確定審で吟味された犯行後の犯人の様子を見聞した参考人らの供述が信用できるかどうかが争点であった。
 決定は新たに調べた状況証拠に照らして供述の信用性を否定し再審を認めた点に特徴がある。
 決定の背景にあるのは、この数年の間に、警察・検察の密室での取調べではかんたんにうその供述が作られるという認識を裁判官も認めざるを得なくなったことだ。
 また、供述が細部にわたり大きく揺れていても、請求人の犯人性を示す供述の「大筋は一致している」というおおざっぱな事実認定のルールは、司法官僚である裁判官のみが共有してきた特異なものであることも明らかになったことだ。

 市民が裁判員として刑事裁判に関与する時代になっており、その目で観たときに、検察官が十分な証拠開示をせず、一審・控訴審で、被告側は有利な証拠を十分に検討する機会もなく、その後も未開示の証拠がたくさん隠されたままであった状態では、公正な裁判を実現したともいえない。

 今回の決定は、取調べの可視化、市民良識による事実認定という新しい時代にマッチした再審の新しい運用とみてよく、高く評価できる。



■「密室取調べの闇を打破し、過去のえん罪を糺すべき」、、、これが第2の観点だ。

 裁判官は、今まで、自分たちの身内の判断の過ちを認めたくないので、再審の門を固く閉ざしてきた。
 しかし、市民が裁判員に参加する「市民主義」の時代になったとき、密室の取調べで容易に「虚偽供述」が作られてきた事実を率直に認めざるをえなくなってきた。
 
 再審の運用を振りかえると、かつては、無罪を明らかに示す単独の証拠が必要であった。
 次に、今は、旧証拠とあわせると、「合理的疑い」が確実に生じる場合であればよい時代になっきた。
 今回の決定は、さらに証拠開示された、あらたな状況証拠多数と旧証拠とを総合評価したときに、「合理的疑い」が生じる可能性があれば、再審を開くことを認めたもの、とみてよさそうだ。

 つまり、再審を非常救済のための特殊な手続としてではなく、むしろ、「第4審」として事実審を行なうのと等しい。

 密室取調べで虚偽供述を生み、証拠開示をせずに被告側に有利な証拠を隠してもよかった時代には多数のえん罪が発生した可能性がある。

 今回の決定は、再審を柔軟に運用して、こうした我が国刑事司法の負の遺産を救済する道を開いたものとして、位置付けることができれば、と思う。



 ご本人と、弁護団、御支援の方々の御努力に敬意を表するものである。
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2011年10月22日

■「訴因変更」−防御と「刻の重み」

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■1 この夏から、山陽新聞で興味深い刑事事件の紹介があった。被告人は、窃盗犯のいわば黒幕として共謀共同正犯で起訴された人物。ところが、検察が、なにを間違えたか、実際に窃盗を行った日付けについて、被害届と異なる日として起訴。弁護側は、実行日の直前に指示を出したという検察のストーリーを前提にして、謀議=窃盗の指示はしていないと主張。誤って実行日とされた前日、つまり、検察のストーリーでは窃盗の指示がなされた日については、アリバイがある旨主張して、その立証に努めてきた。
 ところが、証拠調べが終わり、結審して、判決を宣告する日の前日に、検察官が訴因変更を裁判所に申し立てたという(以上、山陽新聞2011年8月19日(朝刊)より要約)。

 むろん、こうした検察の訴因を変更する権限の行使のありかたは、不当極まりない。
 その中核となるのは、「防御の刻」の重みだ。
 被疑者として、逮捕勾留される、その間、取調べなど捜査の対象となりつつ、防御の準備をする、起訴される、起訴後勾留になり、さらに弁護人と打ち合わせて防御準備をする、弁護人も様々な調査を行なう、、、真相解明は「刻の重み」の中で進む。
 とくに、一市民にとっては、人生のかけがえのない時間を使って、拡散する証拠を必死に集めることとなる。
 官僚機構である検察官、裁判官が書類仕事で事件を担当するのとは訳が違う。
 その痛み、重み、苦しみを、深刻に受けとめなければならない。
 「もう一度、アリバイの主張をやりなおせばよい」。
 冗談ではない。
 「8月19日の実行行為」に対応する謀議の日、「8月18日」のアリバイを立証するために、全力を上げてきた被告側に、検察が「ごめんごめん、実は、20日が実行日だった。それで、やりおなすからよろしく」と笑って済まされては困る。
 弁護活動は、、全くのやりなおしとなる。

■刑事訴訟法に詳しい甲南大法科大学院の渡辺修教授は「判決前日の変更は弁護側の反論の機会を奪いかねず、明らかに検察の権限乱用。地裁は変更を認めてはいけない」と指摘(山陽新聞2011年8月19日(朝刊))


■2 10月13日、この事件を扱っている地裁は、検察官の判決日前日に申し立てられた訴因変更を結局許可しなかった(山陽新聞、2011年10月14日(朝刊))。当然だ。
 但し、もともと、共謀共同正犯とは、実行行為に対応する謀議への関与があれば、処罰する犯罪である。特定の実行行為が立証され、これに対応する指示がなされたこと自体は「合理的疑いを超える証明」がなされている、と言える場合はありえる。
 だから、今回の事例でも、たしかに、実行行為日は誤った記載になっているから、その日には実行されなかったと認定されよう。しかし、別の日にはやはり窃盗はあった。
 そして、被告人が実行犯に、実行に対応する指示をする関係にあったことが他の証拠で裏付けられるとやはり処罰は免れない。

■甲南大法科大学院の渡辺修教授は「被告が仲間に指示したことを検察が立証できれば、有罪の可能性も残される」としている(山陽新聞2011年10月14日(朝刊))。


■ どうも「検察の体質」がおかしい。「一介の当事者」として強引に、有罪に持ち込むために、「厳正な刑罰実現」のために国家が行使すべき訴追権限を無理に、不当に、ときに、不正に行使しようとする次元の低さが目立つ。今回の事件も、ずさんな証拠整理、事件解明の過ちを、被告側の負担に置き換えてでも、有罪に持ち込もうとしたもの。
 「検察の本分」。
 武士道が語るべき正義の在り方を現代社会に取り込んだ、「公(おおやけ)」へのストイックな姿勢を官僚機構に求めるのは無理なのかも知れない。

 弁護人の懸命な反論と反撃が功を奏したのではないか。
posted by justice_justice at 08:10 | TrackBack(0) | ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2011年10月20日

■「可視化」原理と身体拘束手続ー勾留手続の適正化

■「大阪地検が2容疑者を不当勾留/書面誤記や押印漏れ【大阪】」。
 2011年10月5日朝日新聞(朝刊)は、こんな記事を掲載している。担当記者の独自取材に基づく分析記事だ。
 概要は次のようなものだ。以下、引用。

*************
 大阪地検が2008年と09年、手続きのミスで容疑者2人を不当に勾留していたことがわかった。朝日新聞の情報公開請求に対し、地検が明らかにした。手続きに関わった職員計5人を注意処分にしたという。
 公開された資料などによると、地検は08年10月、覚醒剤取締法違反(使用)の疑いで大阪府警に逮捕された容疑者の勾留を大阪地裁に請求した。その際、担当職員は刑事訴訟法に基づく手続きに沿わず、逮捕状に記載された覚醒剤を使った日付とは異なる日付を誤って勾留請求書面に書いたという。この結果、容疑者は9日間勾留され、ミスに気づいた地検が釈放した。
 09年6月には強盗未遂の疑いで府警に逮捕された容疑者の勾留延長を請求した際、堺簡裁による勾留状に裁判官の押印漏れがあったのに、担当職員は気づかずに10日間勾留したという。
 公開された資料の多くは黒く塗りつぶされ、処分を受けた職員が検事なのか検察事務官なのかは不明。地検は朝日新聞の取材に「確認や点検が不十分だった。指導を徹底し、適正な職務遂行に努める」としている。
*******************

■むろん、いずれも事務的なミスとみたほうがいいのかもしれない。ただ、逮捕とこれに続く勾留は、市民生活にとって大きな負担となる身体拘束だ。令状審査が行き届いていて当然の手続であるべきだが、日本の手続は「ガラパゴス」現象の一つ。独自の進化を遂げており、妥当性には疑問がある。
 勾留審査手続が、基本的に書類審査であり、弁護人依頼権が保証されていない。勾留質問手続はあるが、正式の裁判のための手続とは考えられていないから、弁護人の立会がない。勾留審査に使われた資料は当然のことながら、勾留状もふくめて審査に要した資料は一切を検察官にもどす扱いだ。このため裁判所独自に記録が残らない。
 勾留質問手続を「可視化」すること。これが、今後の立法課題であり、刑事弁護の運用上の課題でもある。 
 そんな見方の一端のみ、次のようなコメントでまとめてみた。

******** 
 刑事訴訟法に詳しい甲南大学法科大学院の渡辺修教授は「勾留は憲法が保障する自由を制限するものであり、単なるミスで済まされない。こうしたミスが相次げば、勾留手続きが厳格に進められているのかという疑問も生じる。裁判官による勾留質問などに弁護人の立ち会いを認める『勾留手続きの可視化』を検討すべき時期にきている」と話している。
posted by justice_justice at 06:20 | TrackBack(0) | ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2011年10月17日

■証拠改ざん事件ー元上司の責任

■「元特捜、古巣と対峙*証拠改ざん隠蔽公判*「法廷立つ理由ない」*両被告*プライド懸け否認」。すでに、公判が粛々とはじまっている証拠改ざん事件の元上司達の裁判。北海道新聞2011年9月12日(夕刊)は、こんなタイトルで裁判の様子を紹介している。
 今回起訴された事件の要旨を引用すると、、、
 「大坪弘道被告、佐賀元明被告の起訴状要旨は以下の通り(肩書はいずれも当時)。
 2人は大阪地検検事として、自ら捜査をすべき職務にあったが、同特捜部の前田恒彦検事が、文書偽造事件の証拠であるフロッピーディスクに記録されたデータを変造した、という証拠隠滅の罪を犯した者であることを知りながら共謀。
 《1》2010年2月1日ごろ、前田検事の犯行を知った同庁検事に他言を禁じた上、同2日ごろ、東京にいた前田検事に電話でデータ改変は過誤として説明するよう指示。同10日ごろ、前田検事から提出された「過誤によって改変された可能性がある」との上申書案を了承するとともに、自らまたは検察官を指揮し捜査をしなかった。
 《2》同2日ごろ、同庁で玉井英章次席検事に「データの書き換えだと公判担当の検事が問題としたが言いがかりにすぎない」と虚偽の報告をし、同3日ごろ、小林敬検事正に同様の報告をし、2人に捜査は不要と誤信させ捜査をさせなかった」。

 両被告人とも無罪を主張している。その様子を記事はこう伝える。
 「大阪地検特捜部の証拠改ざん事件発覚から1年、当時のトップ2人が法廷で古巣と対峙(たいじ)した。「法廷に立つ理由がない」。12日に大阪地裁で開かれた初公判で元特捜部長は、無罪を主張。自信に満ちた言葉からは元検事のプライドも垣間見えた。刑事司法を揺るがした事件の真相はどこまで明らかになるのか。検察側、弁護側双方の威信を懸けた攻防が幕を開けた。・・・罪状認否で元部長は、改ざん事件について「およそ信じ難くざんきに堪えない。監督責任を痛感する」と陳述。その後、2人とも落ち着いた様子で冒頭陳述を聞きながらメモを取るなどした」。
 こんなコメントを掲載してもらった。
*過失の主張は通らず
 渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 法律上、犯罪の告発義務を負う検察官は、犯人をかくまうなどの積極的な隠蔽(いんぺい)行為がなくても、捜査をせず放置しただけで不作為による犯人隠避罪が成立する。(検察側に都合よく)データが書き換わったという報告を受けた大坪元部長らが、詳しく事情も聴かずにミスと判断するとは考えにくく、改ざんを認識できなかったという主張は通らないのではないか。密室の取り調べででっち上げた郵便不正事件は、全国の検察に共通の病理の象徴。可視化の徹底で捜査の透明性を高めることが不可欠だ。
posted by justice_justice at 04:31 | TrackBack(0) | ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2011年07月08日

■性犯罪と自殺ー「致死罪」の範囲

■asahi.comニュース/2011年7月7日21時34分配信、「被害者自殺、強盗強姦事件の被告に懲役12年/熊本」を紹介する。

 以下、記事の引用である。

 「昨年12月、帰宅途中の20代女性から金を奪い、エレベーター内で暴行したとして強盗強姦(ごうかん)の罪に問われた熊本市八王寺町、無職田中奨被告(21)の裁判員裁判の判決が7日、熊本地裁であった。鈴木浩美裁判長は「被害者の人格を全く顧みない悪質な犯行」として、懲役12年(求刑懲役20年)を言い渡した。
 鈴木裁判長は女性が事件後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)となり、4カ月後に自殺したことをあげ、「犯行は、生きていこうとする気持ちを完全に奪い去るほどのものだった」と述べた」。

■ 強姦の被害者が自殺、、、、犯人のおこなったことについて、何罪が成立するのか。
 PTSDを「傷害」と捉えることができ、その診断ができるとき、強姦致傷にしていい。
 同じく、その延長線として、被害者の自裁、という悲痛な選択があったとき、これを本人の自由な選択による自殺、、片付けていいのだろうか、、、
 
 性犯罪は、女性に対する「人格の殺人」だ。強姦致死罪で問うべき犯罪ではないかと思う。


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2011年07月07日

■「訴因」なるものー過失犯のかたち

■2011年6月9日、朝日新聞(朝刊)「(迫る)山本病院事件、死因特定なき争い/検察、有罪立証に自信/奈良県」は、やや専門的になるが、興味ある裁判の模様を紹介する。

 「大和郡山市の「山本病院」(破産手続き中)を舞台にした業務上過失致死事件の裁判は、「死因」をめぐる判断が鍵を握りそうだ。これまでの公判で検察側は、前理事長の山本文夫被告(53)のずさんな手術の実態や態勢が患者の死をもたらしたことを強調。弁護側は「別の原因で亡くなった可能性がある」と反論する」。
 これが、記事の概要だ。
 もともとは、山本病院で起きた生活保護受給者を患者とする診療報酬の詐欺事件が背景にある。その過程で、男性患者に必要のない肝腫瘍摘出手術を施して、死亡させたというものだ。
 しかも、この医師は、肝臓手術の専門技術を備えていなかったという。
 では、処罰できるのか。
 を舞台にした、生活保護

 奈良地裁での証人尋問は4月20日に始まり、これまで6回の公判で手術に立ち会った看護師や検査技師、専門医ら11人が出廷した。
 証人らは、患者が患っていたのは手術の必要のない肝腫瘍(しゅよう)だったうえ、専門性の高い肝臓手術の実施に必要な人数や輸血などの態勢に不備があったと証言。山本被告が肝臓手術の経験や技術がなかったことも明らかにした=表。
 「患者は司法解剖されていないため、死因は特定されていない。そのため、検察側はカルテや麻酔記録などの客観的な証拠に加え、当事者らの証言を重ねることで、不必要でお粗末な手術が患者を死に至らしめたと立証しようとした」。
 ここが問題となる。
 弁護側は、記事によると、「心停止の原因は心筋梗塞や、血栓が肺の血管に詰まる肺塞栓(はいそくせん)症の可能性もあり、死因は特定できないと反論。手術後に看護師らが実施した心臓マッサージによる出血の可能性もあると指摘した」という。「「死因は本当に分からない。だから、検察側に証明してもらいましょうということだ」と話している」という。

■こんなコメントを寄せた。

 甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「死因が特定されなければ、手術全体の不手際という過失をいくら証明しても、因果関係を立証したことにはならない」と指摘。患者が司法解剖されていない点に触れ、「死に至る過程が明らかになっていないことが、ネックになるだろう」とみる。
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2011年06月08日

■3度の無罪と検察控訴ー滝沢事件

産経関西2011年6月7日(15:00)は、ネットで、次の記事を配信した。

「ボディーガードに拳銃 「無罪」不服で大阪地検控訴
 大阪地検は7日、ボディーガード役の組員に拳銃を持たせたとして、銃刀法違反(共同所持)の罪に問われた指定暴力団山口組の元若頭補佐、滝沢孝被告(73)に無罪(求刑懲役10年)を言い渡した大阪地裁差し戻し審判決を不服として大阪高裁に控訴した。
 滝沢被告側は一貫して無罪を主張したが、平成21年10月の最高裁判決は「銃所持を受け入れていた」として、1、2審の無罪判決を破棄して大阪地裁に審理を差し戻した。しかし先月24日の差し戻し審判決は「銃所持を受け入れていたとするには合理的疑いが残る」と最高裁の判断を覆し、3回目の無罪を言い渡した」。


 ひどい話だと思う。
 事実誤認ー被告人を犯人と認定する裁判官が揃うまで裁判を続ける、こんな検察の姿勢が読み取れる。
 暴力団が拳銃で武装していた事実を是認するつもりはない。社会的に強く非難すべきだ。しかし、ある時点で組長が組員の拳銃所持を認識していたのか否か、これを犯罪として処罰すべきか否か、というテーマになれば、事は別だ。
 当時の山口組内の中野組と宅見勝との対立と同氏の射殺事件、中野組の独立などの動きをみても、山口組本部を相手に中野組が本格的に武力闘争を開始したとは思われない。組長が、日常生活のすみずみに拳銃所持のボディーガードを付けて行動したとすれば、これを示す軌跡が残る。それはない。
 3人の裁判官が、第1次一審、第1次控訴審、第2次第一審で、無罪を確認している。それなのに、検察官は、「有罪でなければいやだ」と駄々をこねることができる、、、
 異様なシステムとしか云いようがない。
 今回の事件では、犯罪としては無罪でやむをえない。
 なによりも、検察がなんども有罪を証明する機会を持てることには疑問だ。
 憲法も一度無罪とされた事件について、再度裁判を受けることのない権利を保障している。3審制を前提にして法技術的に裁判が「確定」したときにのみ発生する権利、、、と理解されているが、そうした法制度に問題がある。
 告人は疲弊して防御をあきらめてしまう。

 今回の場合、憲法の趣旨に沿えば、検察の控訴権は、すでに消耗しているとみるべきだ。
 第2次控訴審は、審査に入るまでもなく、すみやかに控訴を決定で棄却するべきだ。
 

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2011年05月27日

■検察の本分ー「公訴権」と「控訴権」

■朝日新聞2011年5月25日(朝刊)は「山口組元幹部、再び無罪/「組員に拳銃」最高裁差し戻し/大阪地裁」で、次の記事を掲載している。
 「警護役の組員2人に拳銃を持たせたとして、銃刀法違反(共同所持)の罪に問われた指定暴力団山口組元最高幹部滝沢孝(たかし)被告(73)の差し戻し審判決が24日、大阪地裁であった。斎藤正人裁判長は「被告が組員による拳銃の所持を明確に認識していたとはいえない」と述べ、無罪(求刑懲役10年)を言い渡した」。

■とすると、この事件で、検察は、1次一審、1次二審、1次上告審と3回有罪を証明する機会をもち、すでに2度無罪判決を請けている。最高裁は、「暴力団の拳銃所持許すまじ」という視点で、証拠をみることを下級裁に指示して、原審の無罪判決を破棄した。
 しかし、2次一審は、今回、さらなる証拠調べを重ねた上で、証拠を虚心坦懐に見て、再度の無罪を宣告した。
 勇気ある選択だと思う。
 官僚司法。
 この世界で出世するのには、基本的に、最高裁の司法政策に従うのがよい。だから、最高裁が、証拠の見方を示した以上、差し戻し審で、ある程度のあらたな証拠調べをしても、基本的に、最高裁の示唆する筋道で証拠を整理して、有罪とするのが、いわば賢明な「自由心証」のあり方だ。
 だが、今回の事件では、そもそも客観情勢として、中野会側が、本格的に山口組の幹部に報復をするような状況であったか否かがそもそも疑問であった。また、組長に、ボディーガード役がことさら所持する拳銃について説明しているとも思いにくい。組長が積極的に指示した事情もない。
 しかも、拳銃所持が発覚する前日からの組長、組員らの行動が、拳銃所持を活かした警戒態勢であったとも思われない。
 状況証拠からみても、被告人が拳銃所持を認識し認容していたと推認する材料は乏しい。
 社会的に見て、暴力団が拳銃を所持できる状況にあることは許してはならない。しかし、「共謀共同正犯」の概念を拡大解釈して、監督責任違反まで犯罪にするのは、過剰反応だ。
 その意味で、証拠から推認できる事実によって有罪・無罪を判断する、という当たり前の刑事裁判の鉄則に従えば、無罪はやむをえない。
■ 次に問題になるのは、検察官の再度の控訴だ。
 これは、もはや許すべきではない。4度も有罪を立証する機会を国家がもてば、防御に疲弊した被告人が負けてしまう可能性を否定できない。
 検察は「公訴権」を持つ。これが検察の権限の核にある。だから、一審の判決に対して、「控訴」する権限もここから出てくる。
 しかし、4度目の有罪立証の機会はない。控訴する権限は、この事件については、すでに消耗しつくしたと見るべきだ。
 そんなことを次のコメントでまとめた。

●新しい証言、厳格に検討
 甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)の話 上級審の判断とは逆の判決が出た例としては、甲山事件の差し戻し審の神戸地裁判決(98年3月)などがあるが、極めてまれなケースだ。最高裁が審理を差し戻した場合、「下級審は同じ判断をすべきだ」というメッセージとなり、事実上拘束される。だが、今回の判決は新証人の証言を厳格に検討し、無罪とした。刑事訴訟法上、検察側は控訴できるが、3度の無罪判決が出たことを重く受け止めて対応を決めるべきだろう。


posted by justice_justice at 06:26| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2011年05月25日

■平野放火殺人事件ー吸い殻を捨てた警察、黙認した検察

■ 平野放火殺人事件で、またとんでもないことが明るみにでた。現場付近の踊り場に置かれた灰皿にあった吸い殻が廃棄されていたのだ。
 そして、一審、控訴審、上告審と検察官は、この事実を熟知し、弁護側が証拠開示を求めていたのに、「開示の必要がない」とのひと言で、隠蔽を図っていたのだ。
 最高裁は、この吸い殻のDNA鑑定をしていないことを不審に思い、この状態では、被告人が犯人とも無罪とも判断しかねるとして、控訴審、一審の有罪判決を破棄して、一審に差戻とし、審理をやり直すことを求めた。
 その場合、「破棄判決」の拘束力が及ぶ。この点について、やや専門家向くが次のようなコメントを掲載している(■毎日新聞2011年5月19日(夕刊))。

「無罪言渡しも
 最高裁判決が指摘した審理不尽の才代のポイントは、吸い殻に関する十分な鑑定がなされていないことを解消していないということだった。重要証拠である71本のDNA鑑定ができないままであれば、破棄判決の拘束力によって無罪を言い渡さなければいけないことも考えられる。」

■ それにしても、我が国官僚司法のでたらめさがあらためて浮き彫りになる。
(1)警察が、被告と犯人の同一性を立証する最有力な物証を捨ててしまうずさんさ。結局、自白中心捜査の付けが回ってきている。物証中心主義の不徹底がよくわかる。
(2)その事実を隠してもいいと思い込んでいる検察庁の体質。
 「真相解明」「公正な刑罰権行使」などという「検事の本分」はこの経過に関わった刑事にはまったくなかった。国家権力を握った「事件屋」集団。自分たちの都合よく、事件が処理できればそれでよしとする意識が、検察庁に万円している。
(3)真相解明を尽くさない裁判所・裁判官。
 事なかれ主義の中、検察官が用意した証拠で、有罪の作文を書けるようであれば、それ以上の証拠調べを追及しない。
 とくに、被告側のけんめいの訴えには耳を傾けず、「必罰主義」の文化に浸りきっている。
 一審、控訴審の裁判官が、検察官に「最重要証拠である吸い殻の残りを裁判所に提出しなさい。裁判所の責任でDNA鑑定を行なう」、このようにはっきりと命令する勇気はなかったのだろう。それがあれば、もっと早くにこの異常な事態は明るみに出た。

■官僚機構による「えん罪の構図」。
 これが、ふたたび明らかになった。
 こんな司法を国民が信頼できるわけがない。
 とりあえず、平野事件の被告人が真犯人かどうかはさておき、もはや、国家がこの事件で、この被告に「正義の刃」をふりかざすことなどできようわけがない。
 検察官は、差戻審の審理では、さらに有罪証拠の取調べを求めているのだろうと推測するが、そんな姑息なことを国民は許してはならない。
 場合により、一旦裁判所は公訴棄却とし、再度検察官が起訴して、裁判員の前で、自分たちのやったことを赤裸々にしてはどうか。
 それでも、市民が、有罪を認めるのであれば、それはやむを得ないであろう。
 「官僚」という「巨神兵」が、国家日本を台無しにしない前に、「市民主義」の徹底を急がなければならない。
posted by justice_justice at 00:24| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2011年05月17日

■「密室取引」と「司法取引」−自白押し付け捜査

■ 朝日新聞11年5月14日(夕刊)は「大阪府警、被告と取引か/『強盗自白すれば別件不問』」と題して、次の事件を紹介している(以下、引用)。
 地裁指摘 【大阪】2011/05/14 朝日新聞 夕刊 9ページ 874文字その他の書誌情報を表示 

 大阪府柏原市のパチンコ店で2008年9月、現金約1千万円が奪われた強盗事件で、大阪府警が別の窃盗容疑で逮捕し、覚醒剤事件への関与の疑いも浮上した男に「強盗を自白すれば覚醒剤を立件しない」と取引を持ちかけた疑いがあることがわかった。男は強盗を認めて起訴されたが、大阪地裁の遠藤邦彦裁判長は昨年9月の公判で自白の任意性を否定し、自供書などを証拠採用しない異例の措置をとったという。

■ 記事によれば、この男性は、結局覚せい剤事件でも立件される。公判には警察官が証人として立ち、取引を否定したが、裁判長はこれを採用せず、自白の証拠採用を否定した。
 「密室取調べ」が引き起こす「えん罪」のひとつのかたちである。
 今後、我が国での導入を検討すべき「司法取引」とは全く異なる、自白押し付け方の誘導取調べがなされただけのこと。真相解明にも、適正処罰にもなんら役に立たない捜査手法である。

 次のようなコメントを掲載した。

◆証拠不採用は妥当
 <刑事裁判に詳しい甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)の話>
密室の取調室でうそをついて自白させた疑いがある以上、自供書などを証拠採用しなかった判断は妥当だ。事件の真相を解明するため、罪に問わないことを条件に供述や情報を得る「司法取引」の導入の必要性が議論されているが、地裁が指摘したような取引はあってはならない。
posted by justice_justice at 09:06| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2010年12月17日

■「無罪」−「合理的疑いを超える証明」が活きる

■朝日新聞のネットニュースに「ひき逃げ事件、再捜査で起訴された被告に無罪/大津地裁」との記事が配信されている(2010年12月16日13時51分)。

 以下、記事を引用する。

「滋賀県草津市の市道で昨年11月、軽乗用車を運転中に歩いていた夫婦をはねて逃げたとして、道路交通法違反(ひき逃げ)の罪に問われたパート従業員の女性被告(31)=同市=の判決が16日、大津地裁であり、沢田正彦裁判官は被告に無罪(求刑懲役1年)を言い渡した。

 被告は昨年11月6日夕、軽乗用車でS・Yさん(当時69)と妻Sさん(64)=同市=をはねて逃げたとして今年7月に起訴された。Yさんは死亡、Sさんは重傷を負った。大津地検は当初、被告を自動車運転過失致死傷罪(禁錮2年の実刑判決、上告中)のみで起訴し、ひき逃げについては「人をはねたという認識はなかった」と女性が供述したことなどから不起訴処分(嫌疑不十分)とした。これに対して遺族が再捜査を求め、地検が一転して在宅起訴していた。

 検察側は公判で、被告が事故直後に「本格的な事故をしました」とのメールを知人に送っていたなどとし、「人をはねたかもしれないという未必的認識があった」と指摘。被告側は「事故当時は居眠り運転をしており、はねたことに気づかなかった」「一つの事故で二つの裁判の被告になるという二重の負担を課しており、刑事訴訟法の基本原理を逸脱している」と主張していた。」

■コメントがふたつある。

 第1。公訴提起のありかたについて。

 検察が一旦不起訴処分にしたのに、被害関係者の上申や検察審査会への申立を受けて再捜査して公訴を提起したことは検察審査会法で市民が起訴強制ができる時代を踏まえ、従来の100%有罪を得られる事件しか起訴してこなかった検察の独自基準を修正せざるを得なかったものだ。
 但し、裁判では被告側の防御活動が加わった上で、再度市民から見ても「合理的疑いを超える証明」ができる証拠状態でなければ有罪を宣告すべきではない。 フロントガラスが割れたことなどから、人身事故があったと推測すべき事情があったとしても、それだけで一旦停止し事故の有無を確認した上で自己の運転で死傷者がいることを発見したのに、逃亡したのであれば当然犯罪になる。
 しかし、なんらかの事故と思ったことにも合理性があるのなら、死傷者を放置して逃亡した故意を認定するのには無理がある。
 だから、起訴しても無罪となることはありえた。そのことは、被害関係者も含めて社会の側が甘受すべきこととなる。

 第2。無罪認定について。

 ひき逃げ罪は、運転手に死傷事故発生の認識がなければ処罰できない故意犯だ。過失で事故を起こした直後には事故に気付かないこともある。
 検察は、被告に事故の認識がないとすれば説明のつかない不可解な言動があったことを立証すべきで、事故に気付いたと考えても矛盾のない言動があったという程度の立証では足りない。
 交通事故は市民が誰もが巻き込まれる事態なので、慎重な証拠評価が求められる。
 裁判員裁判の時代になり、市民良識を基準にした「合理的疑いを超える証明」が求められるようになったもので、裁判官による無罪判決は評価できる。




posted by justice_justice at 05:16| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2010年11月08日

■「公訴権乱用」、ここにもありー姫路発信

■神戸新聞2010年10月27日(朝刊、姫路版)は、「不起訴の事件、一転起訴」と題して、検察官による興味深い事件処理を紹介している。

 もともと2008年にホテルで知人女性に対する傷害事件で逮捕された被告人について、まず署内で覚せい剤使用の嫌疑が明らかになる。これはおそらく尿の提出を警察が求めて、被告人が任意に応じて鑑定にまわしたものだろう。また、靴の中に覚せい剤0.7グラムを隠匿していたこともこのときに発覚した。

■しかし、検察官は、なぜか覚せい剤自己使用のみ起訴。
 これ自体、通常の運用から見ておかしな処理。
 ところが、裁判所は、他人が飲ませて本人は気付かなかった可能性を認めて無罪とした。検察官は、控訴する一方で、新聞記事によると「新証拠がある」との理由で傷害と覚せい剤所持でも起訴。すでに釈放されていた被告人を、覚せい剤所持で逮捕勾留したようだ。
 地検姫路支部の関係者の話として「新たな証拠がみつかった」、「適正な起訴ということを、公判で立証していく」などと述べているという。

■これに対して、弁護団の見解も紹介されている。
 「無罪判決が出た途端、放置してきた容疑の捜査に乗り出した。一つの裁判で有罪か無罪かが決着するはずだったのに、捜査怠慢の責任を被告に押しつけている。公訴権の乱用だ」。

■同一機会の犯罪で、傷害の背景にも覚せい剤の所持・使用が関わっている可能性がある事件。
 証拠関係は同時に収集できたはず。また、いまさら「新しい有力な、起訴価値を高める証拠がみつかった」などという説明が納得できるわけもない。
 しかも、よし・あしは別として、我が国刑法は、一度に発覚した犯罪は「同時処理」をすることで、犯人に過剰処罰をしない工夫ー「併合罪処理」を刑事政策として採用している。また、同一事件について有罪・無罪を争う裁判は一度しか国家は行ってはならないとも定めて、刑罰権行使の適正を原理としている。
 これを守る責務は検察にある。
 ところが、今や、検察は、「一介の当事者」というよりも、やっかいなことに、権力をもつ「事件屋」に成り下がっている、とさえ言える。
 情けないことだ。
 公正な手続で、厳正に処罰を実現する「公け」を充分に認識してほしい。

■ブログ編者のコメントは次の通り。
************************
「検察不信増大招く
 無罪判決に対する報復起訴ととられても仕方なく、公訴権の乱用。裁判所は公訴棄却の判決をだすべきだ。被告は検察のメンツの犠牲になり、再び逮捕されて裁判を受け直す羽目になった。公訴権は国民の負託に基づく厳かなもの。こんな不適切な行使を続ければ検察不信を増大させる」。

posted by justice_justice at 17:51| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2010年10月16日

■告訴能力否定判決ー性犯罪被害放置の謎

■「知的障害女性わいせつ:「告訴能力」争点に/検察側、「特殊性」への考慮訴え」と題する驚くべ記事が、毎日新聞(朝刊、西部版)2010年10月13日に掲載されている。

 ざくっりと紹介すれば、知的障害のある成人女性の告訴について、一審の裁判所が、「告訴能力」がそもそもないから、検察官の起訴は無効と判断した、というものだ。
 この場合、手続を打ち切る判断をする。公訴棄却の判決、という。
 これに対して、当然だが、検察官が控訴した。
 記事はこんな風にまとめている。

「知的障害のある女性にいたずらをしたとして強制わいせつ罪などに問われた宮崎県高千穂町、無職、○○○被告(61)の控訴審最終弁論が12日、福岡高裁宮崎支部(榎本巧裁判長)であった。
 公判は、当時20代後半の被害女性に「告訴能力」があるかが最大の争点。
 1審の宮崎地裁延岡支部は告訴能力がないとして検察官の起訴を無効と判断した。この日は控訴した検察側が「告訴能力はある」、弁護側は「ない」と改めて主張し結審した」。
 判決は12月21日に言い渡されるという。
■ もともと近代国家では、刑罰権をいったん国家に預けて、訴追の権能を国が果たす。
 犯罪を処罰する権能と責務は、基本的に国が負う。
 ただし、性犯罪などについて被害者のプライバシーと人格の自律、二次被害の回避などなどを考慮し、親告罪として、訴追開始の当否について、被害者に処分を委ねた。
 だが、犯罪は基本的に社会的なできごとだ。
 処罰が基本だ。
 だから、告訴の意思表示は、社会的にみて、事実を指摘して、処罰を求める意思が読み取れる状態が最低限あればよい。
 一審判決が告訴の利害得失まで充分に検討する能力がないことを理由としたのは不当だ。
 被告人の訴訟能力とは異なる。
 三才、四才の性犯罪被害者でも証言をする力があるが、これに怒りの感情、許せないという気持ちが読み取れれば充分だ。

 そんなことを考えて、次のコメントにまとめてもらい、掲載の機会を得た。

■「争点となった「告訴能力」を明確に規定した条文はないが、甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「被害者が受けた被害について説明でき、犯人は許せないという気持ちを表現できるのであれば、告訴能力は認めるべきだ」と語る。
 告訴にあたって利害得失まで判断する能力を求めた1審の判決に疑問を呈し「被害の事実があり、一般人からみて処罰の意思を読み取れる態度を示しているなら、検察官は公訴を提起すべきだ。そうでなければ、司法は障害者や老齢者など社会的弱者を切り捨てることになる」と語った。
posted by justice_justice at 05:46| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2010年10月10日

■特捜検事証拠かいざん事件ーマスコミ・コメント(6)ー最高検捜査の可視化

前田検事の起訴日が近い。もう一度最高検捜査の問題点を摘示しておきたい。
 簡単だ。
 「可視化」がないことである。
 次のようなコメントを出している。

**************

■2010年9月22日読売新聞(東京版、朝刊)「検事/データ改ざん/前代未聞の不祥事/エリート逮捕に激震」
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話「密室の取調室に市民を追い込めば、いいなりにできる、という特捜検事のおごりが表れた事件と言える。最高検が内輪で捜査しても、特捜部内で実際に何が行われたのか、事実関係の解明は期待できず、国民の疑惑は深まるだけ。検察当局は、第三者である弁護士を入れた特別調査委員会を設置するなどして、この事件の捜査そのものを可視化させるべきだ」

■2010年9月22日日経(朝刊)「特捜検事を逮捕、検察失墜、自浄どこまで、郵便不正事件、全容検証へ」

第三者委設置、捜査公正に
 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法) 押収品のデータ改ざんは、検察の存在意義を根底から崩壊させるゆゆしき事態。検察官一人の個人犯罪とは思えず、組織的な関与の有無や程度を徹底的に解明すべきだ。
 ただ、最高検の身内だけの捜査では国民も納得せず、捜査を監視する市民と専門家でつくる第三者委員会を臨時に設置し、捜査を公正に実施する体制をつくる必要がある。そのうえで、特捜部を解散し、証拠物を適正に管理するための立法などを急ぐことで、検察に対する信頼を全力で回復させなければならない。

posted by justice_justice at 04:23| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2010年08月26日

■少年事件と情報公開ー裁判員裁判時代を迎えて

■「長女、謝罪の心刻々/更生の道、真摯に受け止め/宝塚放火の2人、少年院送致」。これが、朝日新聞2010年8月24日の社会面記事トップの見出しだ。
 15歳の少女が14歳の友人と相談して、それぞれの両親などを殺害しようとし、7月のある日、15歳の少女方で火を放った。そして、就寝中の義理の父と実母、妹にやけどを負わせた事件、、、、まだ記憶に鮮明だが、その処分が決まった。神戸家裁は、初等少年院送致としたという。
 母親は死んでおり、罪名としては、現住建造物放火、殺人、殺人未遂など。
 重い。
 罪名も、法定刑も、そして社会に与えた衝撃度も、、、。
■新聞記事では、「決定要旨は「長女の実母の尊い生命が奪われたほか、父及び妹も重傷を負っているのであり、その結果は極めて重大」と指摘。事前に着火剤を用いて燃焼実験をしていたことに触れ、「計画的で態様も悪質」とした。そのうえで、「非行の背景にある問題点、年齢なども考慮すると初等少年院送致が相当」と説明した」と紹介されている。詳細はむろん不明だが、ちょっと気になるのは、逆送決定にいたらなかった理由の示唆がまったくないことだ。
 結論として、こんかいの少女の処遇としては、少年院のほうがよかったのかもしれない。
 ただ、21世紀に入り、「犯罪」を巡る紛争処理には、市民が登場するのが原則である、という原理の転換がもたらされている。
 現住建造物放火事件だけでも、裁判員裁判対象事件だ。殺人も、そうだ。
 しかも、少女が実母らをターゲットにしかも放火を手段として殺害を計画し、実行する、、、その動機、背景、今後の更生などにそれこそ市民良識を活かしたほうが適切な事件だ、とも言える。
■ むろん、刑事裁判ともなれば、プライバシー保護との兼ね合いが問題となる。
 だが、公開裁判であるとは言え、無用なプライバシーの開示まで求められている訳ではない。裁判所の健全な訴訟指揮権の発動と、法曹三者の信頼関係に基づいて、刑事裁判でも、少女のプライバシーを守りつつ、裁判員とともに、事件を検討することは可能ではなかったか。
 もっとも、少年院と少年刑務所、処遇にそんなに違いがあるのかどうかも気になるところだ。さらに言えば、刑事裁判を行って、少年法規定の処遇を選ぶという立法改革もあってよい。
 とすると、今回、家裁が社会にむけて情報発進をすると決めたのであれば、逆送は不相当である理由、今回は、裁判員裁判に委ねないものとした理由について、ふれてもよかったのではないか。
 少年の保護主義に照らしてそのプライバシー尊重はいまも守るべきだ。他方、裁判員裁判の精神に照らして、社会に出すべきメッセージは異なるべきでもある。
 そんなことを考えつつ、次のコメントを掲載してもらっている。

■朝日新聞2010年8月24日(朝刊)
 甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「未成年者のプライバシー保護は更生の面から重要」と家裁の判断に一定の理解を示した。ただ、「今回のケースは、仮に起訴されていれば、市民が審理に参加する裁判員裁判対象の重大事件」とも指摘。「刑事責任を問わないのなら、理由をある程度詳しく明かしてもよかったのではないか」と述べた。
posted by justice_justice at 16:07| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2010年08月20日

■事実認定の水準訂正ー裁判員裁判余波

■信濃毎日新聞2010年8月13日(朝刊)に「安曇野のさい銭盗未遂無罪判決/市民が納得する物証必要」と題する記事が載った。
 こんな内容だ。
 「地裁松本支部で12日に無罪判決が言い渡された常習累犯窃盗事件の裁判で、検察側が公判で提出した物証は、神社内に設置してあった防犯カメラの画像がほぼ唯一のもので、指紋は「比較可能なものは採れなかった」として提出しなかった。一般市民が参加する裁判員裁判がスタートし、見て分かる物証が重要視される中、検察側の立証のあり方に一石を投じた形だ。
 検察側提出の防犯カメラの画像には、さい銭箱近くを歩く人物の姿が映っているものの、冬の早朝とあって薄暗く、服装や顔の輪郭は分かるが顔の細部は不鮮明。白黒の画像のため服の色も不明だ。
 検察側は「防犯カメラの画像で十分有罪の立証は可能と考えた」(星野敏地検松本支部長)とし、逮捕時の男性の服装の写真も証拠として提出したが、二宮信吾裁判官は画像が不鮮明なことを理由に「同一人物であることを証明できるものではない」と退けた」。

■こんなコメントを載せてもらっている。
*****************
 今回の裁判は裁判員裁判ではないが、甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は、12日の判決について「裁判官は裁判員裁判を意識しながら判決を下したのでは」と分析。「一時的な自白と、性能が低い防犯カメラの画像だけでは裁判員裁判で裁判員に有罪と納得させるのは困難。検察側は、犯罪を立証するための他の客観的証拠が必要だったのでは」と指摘した。

■むろん、なんでもかんでも裁判員裁判にひっかけて正当化するつもりはない。ただ、「事実認定」の水準訂正が進んでいることは確かだ。プロの法律家だけで作っていた刑事裁判の世界に、市民良識がストレートに登場する時代、「市民主義」ないし「市民中心主義」の時代が始まっている。検察官の提出する証拠を、裁判官が見る眼も、市民良識からみたときに説得的か、という角度からの点検をしなければならない。裁判官が、捜査機関の収集整理した証拠物・証拠書類を元に、「有罪の作文」を書いて犯人必罰主義を貫いていた時代は、20世紀のもの。これからは、「市民目線」で、証拠を率直に評価すること、したがって、「疑わしきは被告人の利益に」、「合理的疑いを超える証明」という刑事裁判の鉄則が、そのまま活きる時代になった、といっていい。

 Welcome to 21Century of "Citizen-Oriented Criminal Justice"!!

posted by justice_justice at 04:44| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2010年08月19日

■布川事件と再審公判

■2010年7月10日の東奥日報(朝刊)「布川事件/再審公判始まる/本記29面/DNA採否 攻防の焦点/検察の立証姿勢に疑問も」、同四国新聞(朝刊)「DNA採否が焦点/検察の立証姿勢に疑問も/布川事件再審公判」などは、共同通信であったか、時事通信であったかの配信によるものと思う。
 再審開始となった布川事件の公判の様子を紹介するものであるが、検察側はあくまでも有罪立証を追及するという。その中で、「検察側は有罪立証の“切り札”として遺留物のDNA鑑定を請求。しかし試料の劣化など問題点を指摘する声は強く、専門家からは検察側の姿勢に疑問も出ている」という。 記事は、次のように問題点を整理している。

▼常温で長期間保管
 今後の攻防で焦点となるDNA鑑定。検察側は現場に残された衣類など4点の実施を求めている。弁護側は「取り調べ中に2人や捜査員の唾液(だえき)などが混入した可能性もある」と反論。常温で長期間保管された状況や、検察が今年2〜3月に裁判所から借り出した事実を挙げ反対している。

 この手続状態について、次のコメントを採用してもらった。 

***********
 渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)も「虚偽自白が生まれた過程をきちんと分析するのが再審公判の大きな役割」とした上で「試料の適正保管が客観的に明らかでない限り、DNA鑑定は信用できない。採否に際して、裁判所はそのことをはっきりと示すべきだ」と話している。
posted by justice_justice at 00:53| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2010年08月12日

■自白中心捜査から「客観証拠」中心捜査へー日本型捜査からの脱却のために

■朝日新聞2010年7月21日(朝刊)は「『証拠の見方、甘かった』/検察、会見で釈明/金沢地検、窃盗無罪求刑」と題する見出しで、次のような事件を紹介している。
 「防犯カメラに映った人物と窃盗罪で起訴した男性(62)は別人だったとして、金沢地検が20日、金沢地裁で開かれた論告求刑公判で男性に無罪判決を出すよう求め、異例の謝罪をした。地検の古賀栄美(えみ)・次席検事は閉廷後に記者会見を開き、「証拠の見方が甘かったことに尽きる」と語った。入子光臣(いりこみつおみ)裁判官は9月1日の判決公判で無罪を言い渡すとみられる。
 男性は昨年8月に石川県白山市内のコンビニの現金自動出入機(ATM)で、盗難キャッシュカードを使って計100万円を引き出したとして松任署に逮捕され、否認のまま同11月に起訴された。男性はすでに釈放されている」。
■なぜこんなことが起きるのか。
 第1。科学証拠に対するずさんな分析評価。ビデオの映像分析も科学的客観的に行わなければならない。それを捜査官の「似ている」印象や本人の「自分かも」という主観で価値を決めてしまうずさんさが問題だ。
 第2。自白中心捜査。我が国は、独特の効率的捜査手法を体質的に身につけている。つまり「自白」追及だ。これが真相解明をもっとも手っ取り早くやる方法だ。なぜなら、まず本人に自白さえ、細かなことも説明させた上で、これを裏付ける証拠のみ集めればよい。 第3。裁判所の自白補強法則の甘さ。そして、裁判所では、自白重視の事実認定が動かない。ここでは、自白のみが証拠のときには有罪とできないという補強法則について、あくまでも「自白中心主義」の解釈運用を行なう。つまり、「自白」が存在することを前提にして、これが信用できる程度の証拠が他にあればよい。罪体の有無、被告人の犯人性、他者の犯人性など客観証拠が独自の価値をもつものとすることによって、虚偽自白えん罪を防ぐような歯止めをかけようとしない。
■記事によると、「今回の事件で、地検はカードの入手方法や引き出された現金の使途を解明しないまま起訴していた。古賀次席検事は「得られた証拠を総合的に判断した」とし、起訴手続きは適正だったとの見方を示した。県警は松任署の松本邦寛署長が20日午後に男性宅を訪れ、本人に謝罪したという。一方、男性は同日の公判の最終意見陳述で「警察に連れられて写真を見せられ、『お前だろう、お前だろう』と聞かれた。身に覚えがなく、とてもつらい思いをしました」と逮捕当時の心境を語った」という。

 この事件について、次のようなコメントを採用してもらった。

**********************
 ●補償請求可能に
 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)の話 一審段階で無実の人を起訴してしまったことが確実になった場合、検察側は刑事訴訟法に基づき(1)起訴を取り消す(2)裁判所に無罪判決を求める――のいずれかの対応をとることになる。今回、(2)を選択したのは、男性が犯人ではないという「真相」を法廷できちんと明らかにする必要があると考えたからだろう。無罪判決が確定すれば、男性が将来的に同じ事件で刑事責任を問われることはなくなり(一事不再理の原則)、身柄を拘束されていた期間の補償を国に求めることもできる。
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2010年08月11日

■ヤギ被告事件の不幸ー刑事司法変革の時代の狭間で

■中国新聞2010年7月29日(朝刊)は、「あいりちゃん事件無期判決/奇行一転/淡々と/ヤギ被告判決に沈黙」と題する記事で、広島市を中心に社会を不安と怒りの中に巻き込んだヤギ被告事件で、第2次控訴審が、結局、一審の選んだ無期懲役を維持したことを紹介している。

「あいりちゃん事件無期判決
 奇行一転 淡々と
 ヤギ被告 判決に沈黙
 遺族と終始顔合わせず」

 こんな小見出しを並べた上で、記事は、「木下あいりちゃん事件の差し戻し控訴審で、広島高裁は28日、ホセ・マヌエル・トレス・ヤギ被告(38)に再び無期懲役を言い渡した。ヤギ被告は奇行が目立ったこれまでの公判とは打って変わり、淡々と判決に聞き入った」と紹介する。
 「午後1時半すぎ。ヤギ被告はカーキ色のTシャツにジーンズ姿で、両手を顔の前に合わせながら入廷。傍聴席に目を向けないまま、うつむき加減で着席した。
 これまでの法廷では、奇声をあげ、靴下を丸めるなど不可解な言動が目立った。このため、竹田隆裁判長が判決言い渡し前に「静かに聞いてください」と注意を促し、ヤギ被告も終始黙っていた。
 「今は落ち着いた気持ち。何も隠していないから」。閉廷後に弁護人は、ヤギ被告のコメントを紹介した。判決前に接見した弁護人に対し、「起こったことはすべて話しました。心からごめんなさい」などと話したという。
 約3時間半の公判の間、被告人席でうなだれながら判決理由の朗読に耳を傾けていたヤギ被告。最後まで傍聴席の遺族と顔を合わせることはなかった」。
■同記事を引用しつつ、今回の審理を巡る混乱を整理しておこう。
 木下あいりちゃん事件の裁判をめぐっては、20
 06年の一審・広島地裁は、裁判員裁判導入に向けて立法により導入された公判前整理手続を実施。公判も集中審理方式で実施した。そして、5日連続の集中審理を行い、同年7月に無期懲役を言い渡した。
 この判決に対し、検察、弁護側双方が控訴。
 08年の二審・広島高裁は、特に、犯行場所の特定につながる可能性のある被告の捜査段階の供述調書を証拠として調べなかった点について審理不尽ー公判前整理手続での争点と証拠の整理をした裁判所の訴訟指揮に瑕疵があると判断し、この点の対応に焦点をあてて審理をやり直すことを命じた。
 09年の最高裁は、一転して、一審審理に不備はないとする。検察官が当事者の責任で、問題となる供述調書を証拠上どのように位置付けて利用するのかを判断する責務がある。これを情状にのみ利用し、犯行場所特定など罪体証拠にしなかったからといって、職権でこれを調べるでき責務ないとし、控訴審判決を破棄した。
 かくして、審理は、この点の訴訟指揮に不備はなくそれ以上の証拠調べは不要とする最高裁の判断を前提にして、第2次控訴審に委ねられた。
 となれば、結論は見えている。一審を積極的にくつがえすことのできる材料などない。 かくして、一審判決是認となった。
 同誌には、こんなコメントを載せてもらっている。

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 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 永山基準や過去の判例に照らせば、無期懲役は妥当だ。ただ、犯行の計画性などを明らかにする上で重要な犯行場所が特定できなかったのは裁判所と検察側のミス。裁判員裁判の導入をにらみ、迅速化を意識しすぎた結果ではないか。真相解明が不十分に終わった審議の経過からすれば、判決が妥当かどうかは疑問だ。
posted by justice_justice at 05:30| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2010年08月09日

■聴覚障害者と裁判ー情報保障、コミュニケーション保障の意識

 朝日新聞2010年7月7日(朝刊)は、「字幕質問に「感謝」/手話できぬ聴覚障害の原告/神戸地裁 /兵庫県」と題する記事を地方版に掲載している。以下、ブログ編者のコメントも含めて引用する。
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 神戸地裁で6日に開かれた民事訴訟で、聴覚障害がある原告のために代理人弁護士が知恵を絞ってパソコンとスクリーンを持ち込み、質問をリアルタイムで映し出した。原告は「これまでは話のやり取りがわからず悲しい気持ちでいましたが、今日はありがとうございました」と話した。
 原告は神戸市西区の女性(63)。国に対して障害基礎年金の不支給決定を取り消すよう求めている。この日は本人尋問が約1時間半あった。
 女性は言葉を発することができるが、手話はできない。このため、代理人弁護士が大阪市の速記会社に字幕を使った本人尋問の方法を相談。地裁は質問をスクリーンに映すことを認めた。
 証言台の左横に90×120センチのスクリーンが置かれた。速記士が速記用タイプライターで弁護士や裁判官の質問を速記符号で打ち込み、もう1人がその符号を日本語に変換するソフトが入ったパソコンを操作し、スクリーンに質問を映し出した。
 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「裁判所は裁判当事者のコミュニケーション能力に応じて情報提供をするべきで、今回、地裁がシステムの使用を認めたことには意義がある」と話した。
 これまでに神戸地裁で、スクリーンに質問を映す方法で証人尋問が行われたことがあるかどうかについて地裁総務課は「調査をしていないのでわからない」としている。
posted by justice_justice at 04:10| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする
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