2010年12月08日

■「状況証拠」ー裁判員裁判を見据えた捜査

■東京新聞10年12月1日(夕刊)、「野田の不審死/午後再逮捕/今回も物証乏しく/状況証拠積み上げ」を紹介する。

 木嶋佳苗事件の続報である。今回は、千葉県内の火災現場で発見された老人の死亡事件である。
 この事件について、「先に埼玉県警と警視庁が着手した二件と同じように直接証拠がなく、捜査が長期に及んだ。特に現場が全焼して物証が乏しいため、状況証拠の積み上げと家屋の燃焼実験に時間を費やした。千葉県警の幹部は「裁判員裁判を見据え、緻密な証拠固めが必要だった」と話す」と記事は紹介している

 この件について、簡単だが、次のコメントを提供した。

 被告人が犯人でなければ説明が付かない状況かどうか、被告人が犯人と考えても不自然ではないとしかいえない程度の立証かどうか、要するに、被告人を犯人と考えることに、「合理的疑い」があるかどうかを、市民良識で判断するべきだ、と考えている。
 
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 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「こういった事件こそ裁判員が入るべきだ。状況証拠によって、被告なしでは犯行が成り立たないのかどうか、市民の良識的な目線で判断することが望ましい」と話している。


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2010年12月05日

滋賀汚水槽殺人事件ー裁判員裁判と状況証拠

■0: 滋賀の汚水槽殺人事件で、裁判員裁判が行われ、状況証拠による検察官の有罪立証を踏まえつつ、被告人を犯人と断定し、懲役17年に処した。
 これについて、いくつかコメントを各紙で掲載する機会をもらった。
■1:読売新聞2010年12月3日(朝刊)では、担当記者の解説記事の中に織り込む形で、次のようにコメントをしている。以下、引用する。
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 ◆供述頼み脱却へ 立証あり方示す(解説)
 被告が無罪主張した裁判員裁判は、裁判員が検察側の積み上げた状況証拠をどう評価するかがポイントだった。
 検察側は2人がやりとりした携帯メールの画面をモニターの映像で示すなどの工夫を重ね、裁判員も判決後、「最善の努力をし、最善の判断をした」と話した。
 こうした審理について、渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「市民の良識に基づき、状況証拠だけでも率直に事実認定できる、という裁判員裁判の狙いを体現したような判決。量刑も、様々な材料を検討した過程がうかがえる」と評価した。
 供述に頼る捜査手法は、一連の郵便不正事件などで問題になっている。自白のない中、今回の裁判は状況証拠から有罪を導いた。今後の裁判員裁判の否認事件でも、検察側の立証のあり方を示す一つの先例となった。
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■2:中日新聞2010年12月3日(朝刊)では、「米原女性殺害/懲役17年判決/『合理的疑いなし』 」と題する裁判紹介記事とあわせて次のようにまとまったスペースをもらったコメントを載せている。以下、引用する。
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 適正な裁判を評価
 渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 被告が裁判員に直接語るとして捜査段階で黙秘する事件は今後も増える。直接証拠がない法廷で、検察官が提供した証拠から被告の犯行が推認できるかが課題となる。
 検察は「被告が犯人でなければ説明できない事情」を証拠で立証した。被告側が主張した事実では被告が犯人であることと矛盾は生じないので、裁判員が有罪を認定したのは納得できる。動機が不可解であることを指摘するなど市民が加わると強引な有罪認定はできないことも示した。
 刑事裁判の鉄則である「合理的疑いを超える証し」の原理に従った適正な刑事裁判が市民参加によって実現することを示し、高く評価できる。
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posted by justice_justice at 23:17| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2010年12月02日

■滋賀汚水槽殺人事件ー状況証拠による殺人の認定

■ネットで読売新聞が「汚泥タンク殺人、交際相手に懲役17年判決」と題して配信をしている(2010年12月2日13時22分・ 読売新聞)。

 滋賀県米原市で昨年6月、元同僚の女性当時28歳を殺害したとして、妻子のある41才の会社員が殺人罪で起訴された事件。
 検察官が無期懲役を求刑したが、裁判員・裁判官は懲役17年を選択した。
 裁判のポイントを簡単に言えば、直接の証拠がないこと。
 もっとも、これ自体は、通常の犯罪の場合によくあること。
 また、アメリカ陪審では、被告人が事実を争い、捜査段階から自白もなく、さらに、日本と異なり、基本的に被告人質問などで詳しく弁解もしないのが通常だ。
 それから比べると、今回の事件でも、凶器や犯行時の目撃証言などがないのはむしろ当たり前。
 さまざまな状況証拠から裁判員と裁判官がどこまで犯罪性、犯人性を推認できるのかがポイント。
 その場合、最高裁が示した間接証拠による事実認定の基本に従って判断して、「合理的疑い」が残るかどうかが、鍵。
 だが、判決要旨をみる限り「合理的疑いを超える証明」の原則に従った、納得できる事実認定をしている。
 まず、動機。
 特定できないという。これも当たり前。日々揺れ動く心情のうちどれをもって犯行の直接の引きがねにできるか特定できるわけがない。それができると信じ込んできた裁判官の事実認定がおかしかったが、今回は動機は確定せず、現場で女性問題など巡り口論となりかっとなったのではないかとあくまでも推測をするのに留めている。
 犯行前に一緒にいたこと。車も目撃されていること。
 犯行中に関連して、同人の車内外に被害者の血痕が付着していること。
 犯行後について、それまで頻繁に送信していたメールをぴたっとやめたこと。車を修理と清掃に出したこと。被害者の血のついたマットが自宅から押収されたこと。
 捜査開始後、車内の血痕が残った理由などの弁解の不合理さ、妻との供述あわせなどなど、、、
 「被告人を犯人と考えなければつじつまのあわない諸事実」。
 これが証拠で裏付けられる。
 このとき、被告人を犯人と考えるのが自然だ。
 犯行態様は、死体がそのまま物語る。なによりもの直接証拠だ。

 市民は、裁判官とともに状況証拠から犯罪の存在、被告人の犯人性を十分に推認する力がある。
 裁判員がいればこそ、強引な事実認定を裁判官がするのを防げる。動機認定をしなかった点などにそれが表れる。
 「合理的疑いを超える証明」がほんとうに活きる時代になったと思う。


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2010年11月29日

■アスペルガー症候群と刑事裁判ー裁判員の目

■朝日新聞2010年11月25日(朝刊)は「(裁判員法廷@奈良)被告、説諭聴き入る/桜井の同級生殺人事件判決/奈良県」の記事で、犯行時18歳の少年について、同級生を殺害したものとした上で、懲役5年から10年以下とするとの判決を裁判員・裁判官が宣告したことを紹介している。

 事件の焦点は、被告が障害をもっていることだ。
 記事から、判決要旨を引用する。

「犯行時、被告にアスペルガー症候群などの精神障害があったことは認められるが、動機や犯意の形成過程は十分に了解可能であり、犯行計画を練った上で殺害の目的を遂げている。事件や行動制御能力に対する精神障害の影響は少なく、完全責任能力があったと認められる。
 被告の障害が事件に間接的に影響していることなどはくむべき事情として認められるが、被告の責任を大きく減じる事情はなく、保護処分が許される事案であるとは到底言えない」。

■「アスペルガー障害」。手元のDSM-W-TRをみると、診断基準としては、次の項目を掲げている。

A.以下の少なくとも2つで示される、社会的相互作用における質的な異常
 1 視線を合せること、表情、身体の姿勢やジェスチャーなどの多くの非言語的行動を、社会的相互作用を統制するために使用することの著しい障害
 2 発達水準相応の友達関揃をつくれない
 3 喜びや、興味または達成したことを他人と分かち合うことを自発的に求めることがない(たとえば、関心あるものを見せたり、持ってきたり、示したりすることがない)
 4 社会的または情緒的な相互・の欠如
B.以下の少なくとも1つで示されるような、制限された反復的で常同的な、行動、興味および活動のパターン
 1 1つ以上の常同的で制限された、程度や対象において異常な興味のパターンへのとらわれ
 2 特定の機能的でない日課や儀式への明白に柔軟・のない執着
 3 常同的で反復的な運動の習癖(たとえば、手や指をひらひらさせたりねじったり、または身体全体の複雑な運動)
 4 物の一部への持続的なとらわれ
C.この障害は、社会的・職業的あるいは重要な機能の領域において、臨床的に明白な障害を引き起こす
D.臨床的に明白な言語の全般的な遅れはない(たとえば、単語が2歳までに使用され、コミュニケーションに有用な句が3歳までに使用される
E.認知能力発達または年齢相応の生活習慣技能、適応行動(社会的相互作用以外)、および環境への興味の小児期における発達に、臨床的に明白な全般的な遅れはない
F.他の特定の広汎・発達障害や精神分裂病を満たさない

■むろん、診断基準に一致する状態であることと、刑法の世界で求めている「よしあしを判断すること」「判断に従って自己の行動を制御すること」、これらに欠落があって、刑罰を科すことが不適切な心の状態かどうかは、刑法の目で見ざるを得ない。
 比喩的に言えば、刑法が求める社会生活上のよしあしの判断とどちらかを選べる力は、そう高度の精神諸力を要求しない。
 精神科の専門家による鑑定など判断材料の提供は必要不可欠だが、次に、「刑法の世界」でいう心神耗弱状態、心神喪失状態とみるかどうかは、再度、損民良識を踏まえた「法適用」の問題となる。

 ただ、この件について、専門家は次のようにコメントしている、という(上記朝日新聞より)。

 ●おかしな判決
 アスペルガー症候群に詳しい井上敏明・六甲カウンセリング研究所所長の話
検察の求刑通りで、明らかにおかしな判決。私からすれば、犯行当時の少年は明らかに心神耗弱状態だったといえる。精神鑑定の説明で、裁判員が障害について理解できていない結果だ。今後の裁判員裁判では、複数の医者で説明するなど孫夫が求められる。

■ブログ編者は、慎重を期しつつ、専門領域を踏み越えないようにして、次のコメントを掲載してもらっている。
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 ●合理的な選択
 甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)の話 少年がアスペルガー症候群であったとしても、善悪の判断ができていたのであれば、刑法上の責任能力は満たしており、妥当な判断だ。
 審理の中で少年刑務所における処遇についての情報提供もなされており、刑事処分としたのは合理的な選択だ。
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■保護処分としての少年院であれ、刑罰としての刑務所であれ、被収容者の障害に応じた適切な治療と教育が保障されるべきだと思う。
posted by justice_justice at 17:07| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2010年11月25日

■死刑選択異聞ー「控訴の助言」

■裁判員裁判で初の死刑判決を出した横浜地裁の朝山芳史裁判長が、16日の判決言い渡し後に被告に対し「裁判所としては控訴を申し立てることを勧めたい」と異例の説諭をしたことが波紋を投げかけている。
 2010年11月16日、横浜地裁の裁判員裁判で、マージャン店経営者ら2名を電動ノコギリなどで殺害した事件で、死刑を選択した。
 その宣告の後、説諭として、裁判長が控訴を勧めたという。
 この裁判長の言葉が波紋を投げかけている。
 2010/11/17 00:33付け日本経済新聞電子版ニュースでは、こんな識者見解を照会している。

■新倉修・青山学院大法科大学院教授(刑事法)は「評議が割れたから、控訴審で判断を仰ぐことを勧めたメッセージと受け取れる。裁判所は、多数決だったのか全員一致だったのかなど、一定程度、評議内容を公開すべきではないか」と話す。
 裁判員裁判担当の検察幹部は「刑を言い渡す裁判体としてふさわしくない。裁判員の中で量刑判断が割れようが、(控訴勧告は)絶対反対」と批判する。裁判員らと裁判官の評議の中身に疑問が生じ、「かえって誤解を招く」という。
 死刑判決を受けた池田容之被告の主任弁護人、青木孝弁護士も判決後、「死刑判断をしておいて『控訴したら』というのは正直分からない」と戸惑いの表情を浮かべた。

■ブログ編者のコメントは、むしろ肯定的だ。
 渡辺修・甲南大法科大学院教授は「説諭内容も評議で話し合われているはずで、裁判員も含めた意思の表れだろう」と指摘。「判決内容に自信がないから控訴を勧めたということではなく、『死刑という重大な問題なのでプロだけの裁判という別角度からも点検してほしい』というメッセージと受け止めるべきだ」と話している。
posted by justice_justice at 10:26| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2010年11月15日

■裁判員裁判と被告人質問非公開ー裁判の公正さ異聞

■「被告人質問、非公開」。

 今、こんなテーマが新聞の一部で報道されている。
 読売新聞2010年11月12日(夕刊)は「滋賀女性殺害/被告人質問/異例の非公開/『公序良俗、反する恐れ』」と題して、次のようにある裁判員裁判の一コマを紹介する。

***(以下引用)***
 滋賀県米原市で昨年6月、同県長浜市の会社員O・Nさん(当時28歳)の遺体が汚泥タンク内で見つかった事件で、交際相手で殺人罪に問われた米原市の会社員M・S被告(41)の裁判員裁判の第5回公判が12日午前、大津地裁であり、3回目の被告人質問が非公開で行われた。坪井祐子裁判長は非公開について、11日の公判で「(内容が)公序良俗に反する恐れがあるため」と述べたが、詳しい理由は明らかにしなかった。裁判員裁判で、審理が非公開となるのは異例。
 裁判は憲法で公開が原則とされるが、「裁判官が全員一致で公序良俗を害する恐れがあると決した場合は、公開せずに行うことができる」との例外規定もある」。
****

■ 報道によると、この事件は、自白、目撃などの直接の証拠はなく、これに近い間接証拠も乏しいようだ。このためもあってか、状況証拠の積み上げ立証を必要とし、審理に時間がかかっている。判決は12月2日を予定しているから、1月ほど審理を行うこととなる。
 ところで、被告人質問の一部非公開について、識者の見解が分かれている。再度記事を引用する。

***(以下、引用)***
 ◆「地裁は説明を」「判決後に見解」 
 今回の非公開の措置について、ある刑事裁判官は、「興奮すると被害者を侮辱する言動をとるような被告の場合、プライバシー保護を考慮して非公開にすることは考えられる」と指摘する。
 これに対し、福島至・龍谷大法科大学院教授(刑事法)は「当事者の合意だけで審理が非公開にされれば、国民に開かれた裁判という裁判員制度の理念に抵触する恐れがある。『公序良俗に反する』だけでは理由になっておらず、地裁は説明を尽くすべきだ」と批判する。
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「非公開によって裁判の公正さが損なわれないかが問題だが、裁判員裁判では非公開でも市民によるチェックが働くという利点がある。判決後の記者会見で裁判員の見解を聞くことも必要になるだろう」と話している。
******

■ブログ編者も、女性を被害者とするある事件で、犯行態様、被害状況を女性が証言する場面で途中から非公開決定によって退席を求められた経験がある。
 滅多にないことであるが、事案によってはやむをえないこともある。
 その一コマのみを捉えて、公開原則違反、えん罪の危険性、手続の公正さ侵害、、、とみる必要はない。
 その事件でも、第1に、被告人・弁護人側は決定に対して、異議申立などの対抗措置はとっていない。
 あらかじめ進行協議の中で、同意済みなのであろう。
 今回の大津地裁の事例でも、被告側が強く反対している趣旨の報道はない。

■ 裁判員裁判の場合、審理計画などは公判前整理手続で策定される。
 被告人質問の時間を予定する際に、なんらかの形で、その内容が公序良俗に反するおそれが明らかになり、非公開の方針を内定したものと思う。
 そして、被告側もこれに同意していると思う。
 さもなければ、憲法37条1項の被告人が保障されている公開裁判を受ける権利を侵害するものとなる。
 被告側が強く反対しているのであれば、今回も被告人質問途中で非公開を裁判所が宣言した瞬間に、弁護人が
 「異議。ただ今の訴訟指揮については、309条2項の異議を申し立てます」
 と毅然とした態度をとったであろう。
 その後、異議申立ー異議棄却決定、抗告ー抗告棄却決定、特別抗告と順次不服申立をして最後には最高裁の職権による判断で、公開審理にするよう強く働きかけるであろう。

 毎日新聞2010年11月12日(朝刊)でも「裁判員裁判:滋賀・米原の排水槽殺人/被告人質問非公開」と題する記事で、ブログ編者のコメントを取り上げてもらっている。以下のものである。 

◇公正監視は担保
−−渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話
 関係者のプライバシーや事件態様の残虐さに裁判所が配慮したと考えられる。非公開であっても市民である裁判員が法廷で疑問点を尋ねることで、裁判の公正さを監視する機能は担保されるのではないか。判決後の記者会見で裁判員が感想を語り、社会が情報を共有できることに期待したい。


posted by justice_justice at 05:18| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2010年11月03日

■裁判員裁判ー市民の発想方法

*本日の関連写真
http://justice.netspace110.jp/blog/blog_101103.html

 10月30日の午後、大阪弁護士会で裁判員裁判の経験者が語る会があった。
 [執行猶予30年、そんなのはないのですか?」
 と裁判官に質問したという。
 裁判官は、さぞかし困ったと思う。「プロ」らしく、アマを諭すように、「法律にないから、ない」と答えたと思う。
 しかし。
 なるほど、と思う。
 若い犯罪者。刑務所に長期間入れるのはどうかと思う場合、執行猶予期間を長くする、、、当たり前で自然な発想ではないか。
 被告人の姿がみえない、これも裁判員経験者がさかんに気にしていたこと。
 「公判中心主義」という以上、被告人の言動も大切な材料なのだが、その観点では、日本の法廷の作り方は、「被告人⇔裁判員」の対峙を考えたものではない。
 実際の事件では、ひと工夫必要だ。
 検察立証の「いきおい」ということ、そして、調書朗読のうまさ、冒頭陳述の書面にわかりやすさ、、、などなど組織を挙げて事件に取り組む検察ならではなの、プレゼン力、、、
 弁護人の力量不足は否めない。
 が、それが万が一にも事実認定や量刑に影響しては大変だ。プロなら、技を磨くべきだろう。
 よく考えなければならない。
posted by justice_justice at 09:04| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2010年11月01日

■裁判員裁判と鑑定ー死刑求刑準備

■毎日新聞(大阪、朝刊)2010年10月30日は、「広島・マツダ工場12人死傷:元期間社員を起訴/精神鑑定「責任能力あり」」と題する記事を載せる。
 今年の6月に、広島県でマツダ工場の構内で起きた自動車を使った無差別殺傷事件。元社員が犯人。1名が死亡、11名が重軽傷という。
 この事件について、広島地検が殺人などで10月29日に起訴した。
 当然、死刑求刑が予想される。
 裁判員裁判での死刑求刑。
 重い負担を裁判員が負う。これは、やむをえないし、また、選ばれた市民はその責務を充分に果たすことができる。
 ただし、「信頼できる証拠」を分かりやすく裁判員に示してほしい。これは法曹の責務だ。
 これについて、毎日新聞の同記事には、次の解説記事が載っている。ここにブログ編者の言葉も引用してもらっている。
 以下、引用である。
******************
 ■視点
 ◇裁判員の判断、注目
 12人が死傷したマツダ本社工場暴走事件は、引寺利明被告(43)が供述した動機を巡り、検察側と弁護側の見解が分かれる。約3カ月間の精神鑑定で「刑事責任を問える」とお墨付きを得た検察に対し、弁護人は「犯行時は心神喪失状態で責任能力がなかった」と主張する。
 死刑求刑も想定される事件で、裁判員が被告の責任能力をどう判断するかが注目される。
 捜査関係者によると、被告の事件前後の行動や、狙い澄ましたようにはね飛ばした事件態様などから、地検は責任能力に当初から確信を持っていた。
 それでも本格的な精神鑑定に付したのは、「裁判員裁判を意識して、より緻密(ちみつ)な立証を目指した」からだという。
 裁判では、プロではない裁判員が被告の精神状態を判断しなければならない。
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「地検による起訴前鑑定はあくまで捜査のため。裁判員を納得させるためにも、裁判所が実施する鑑定が証拠として必要」と指摘する。
 訴訟指揮も注目される。
posted by justice_justice at 05:29| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2010年10月15日

■被告人の氏名秘匿ー被害者保護の一事例

■佐賀新聞2010年10月13日配信のネットニュースで、被害関係者の氏名秘匿との関係で、興味深い事例の紹介があった。これに関連して、コメントを載せてもらったので、記事ともども引用する。

■情報コミュニティー/2010年10月13日更新/トップ /佐賀県内ニュース
「妻を殺人未遂」の裁判員裁判 被告の名伏せて始まる」

 罪に問われた被告の氏名を法廷で明らかにしない裁判員裁判が12日、佐賀地裁で始まった。夫が妻を包丁で刺したとされる殺人未遂事件の初公判で、被害者と子どもを保護するための措置。若宮利信裁判長は通常、被告に名乗らせる人定質問で「名前は起訴状の通りで間違いないか」と尋ね、配慮した。
 同日午前中の裁判員を選ぶ選任手続きでも、裁判員候補者には被告名をふせた。地裁と佐賀地検は報道機関に対しても、被害者保護の観点から被告の姓や住所を特定しないよう協力を要請した。
 殺人未遂罪に問われたのは県内の無職の男(43)。被告は「間違いありません」と起訴内容を認めた。冒頭陳述で検察側は「被告は妻の浮気を疑い、小遣いにも不満を募らせていた」と背景や動機を説明。一方、弁護側は「自らの意思で犯行をやめており、自首も成立している」とした。検察、弁護側とも名字ではなく、下の名前や「夫」と呼んだ。
 起訴状によると、被告は6月3日夜、自宅居間で、死亡するかもしれないと認識しながら妻の左腹部を包丁(刃渡り18センチ)で刺し、約1カ月の重傷を負わせたとされる。

■渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 法廷で被告の氏名がふせられるのは異例だが、被害者家族が地域で特定される恐れがあるのなら、今回の訴訟指揮はやむを得ない。憲法が求める裁判公開の趣旨は冤罪(えんざい)防止にあり、今回は被告名をふせても目的は達成できる。

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2010年09月05日

■裁判員裁判と長期審理ー正義と負担

■朝日新聞2010年8月27日朝刊は、「(裁判員法廷)判決まで3〜4週間か 被告全面否認で長期化 米原汚水槽殺人/滋賀県」と題する記事で、裁判員裁判の大きな課題について問題を提起している。つまり、審理期間の長さ、だ。
 2009年6月に汚水槽から女性の遺体が発見されて、同じ会社に勤める男性社員が犯人と疑われている事件。被告人は、捜査段階から事件関与を否定。捜査段階から弁護人がサポートに入っているようで、その助言もあってか、いわゆる自白調書はもとよりのこと、供述調書はないという。裁判員裁判時代のあらたな捜査のあり方。状況証拠をしっかり固めて「合理的疑いを超える証明」を維持すること。公判中心主義。密室捜査で作られた供述調書こそ信用できるという法文化をくつがえし、公判廷で被告人が述べ、関係者が述べることの中から真実を発見すること、、、、
 それだけに、今回の審理は長引くようだ。
 この点について、次のコメントを載せてもらった。
 「甲南大法科大学院の渡辺修教授は「裁判員になると、生活のリズムも異なり心理的負担もあるが、それを覚悟の上で裁判に参加するべきだ。有罪か無罪かで人の一生を左右する裁判の負担が軽いはずがない。『正義を実現する義務』を背負っていることを認識するべきだ」と話す」。
 もっとも、こうしたいわば「公式の」コメントでは現実の負担の重みを解消できるものではない。
 長い時間をかけて、裁判員裁判と職場とがマッチングするようにしていく文化が育つこと。逆に、裁判員裁判を経験することが、市民としての義務、市民としての社会参加の意識と経験を高め、職場にもよき影響をもたらす、といった大きな眼で受け入れる文化の広がりが必要だろう。
 あらたな正義実現の装置=裁判員裁判が、社会に定着するのには、まだまだ時間がかかると思う。
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2010年08月21日

■裁判員裁判と「人」を裁く裁判ー「効率司法」・必罰主義からの脱却

■河北新報2010年8月10日は、「法廷/内と外/放火被告の裁判員裁判/伝わらない「人となり」」と題する記事で、裁判員裁判のこんな一コマを伝えている。以下、引用する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「この裁判はあなたの自殺を裁くのではなく、放火を裁くのです。それが分かっていますか」
 検察官が被告に詰め寄った。アパートの自室に放火したとして、現住建造物等放火の罪に問われた元山形大生の男(23)の裁判員裁判。山形地裁での審理は被告の情状面に偏った印象が強く、検察官にはいら立ちの表情も浮かんでいた。
 判決によると、被告は1月29日朝、米沢市の木造2階アパートの1階自室で自殺しようと、ライターで紙パックに火を付け、壁などを焼いた。
 公判では起訴内容に争いがなく、弁護側は「卒業研究や就職活動がうまくいかず、自己嫌悪に陥った」と自殺未遂の動機を説明。親や友人に悩みを相談できなかった様子なども明らかにした。
 これに対し、検察側は「住民の生命に危険を及ぼした。独り善がりで自己中心的な犯行だ」と強く非難した。アパートには当時、被告のほかに9人が住んでおり、犯行時間帯には6人がいたことを強調した。
 裁判員裁判では検察、弁護側ともに裁判員を意識して平易な言葉を使い、丁寧に説明しているが、それだけでは不十分なことも今回の裁判で浮き彫りになった。裁判員経験者からは「資料が少なく、被告の人となりが分からなかった」「被告がそこまで思い悩んだ理由を知りたかった」などと不満の声も出た。
・・・・
 犯行について「自分の心の弱さが原因」「自殺という逃げ方をすべきでなかった」と振り返った被告。「反省が深まっていない」とのくだりもあった判決は懲役3年、執行猶予5年(求刑懲役5年)だった。
 「妥当な判決」と検察側、弁護側とも納得しているが、市民感覚を反映させる裁判員裁判の意義があったのかどうか。課題がまた一つ見えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■ブログ編者のコメントは次のようなものである。
 「裁判員が必要とする情報を出し切れない検察官、弁護人の力不足が問題だ」と指摘するのは、甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)。
 渡辺教授によると、裁判員裁判では証拠が絞り込まれ、被告や被害者の人となりを知る材料が不足しがちだという。「法廷では、犯罪と当事者の人生のかかわりを明らかにすることが重要になる」と話す。

■ 裁判員が居ること。その意味は、「人」と「罪」をバランスよく見て適正な手続で、厳正な処罰を実現することにある。人を市民目線でみることー官僚司法に組み込まれているプロ裁判官には法文化としてできなくなった作業。血の通った刑事裁判。これを担うのが、裁判員達だ。その代わり、法律家はその材料を提供しなければならない。応報刑主義を軸とする法律家達の作った刑事裁判の文化を大きく変えていくトレンドが裁判員裁判とともに始まっている。法律家はそうした市民のサポーターにすぎない。市民が納得できる材料を納得できるまで検討できるフォーラムを手際よく作ることーそれが裁判員裁判における法律家達の基本任務と心得なければならない。
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2010年07月09日

■徳島ー裁判員「負担」論

朝日新聞のネット配信記事、「asahi.com my town 徳島」で、「殺意はなかった/被告、起訴内容否認」と題する裁判員裁判の紹介記事が載った(2010年07月06日)

 徳島市内の畑で昨年6月、野菜を盗んで逃げる途中に男性を刃物で刺した事件で、強盗殺人未遂などの罪に問われている被告人がいる。
 殺意を争っている。
 検察側の冒頭陳述によると、被告は2009年6月26日午後9時ごろ、畑でカボチャ4個を盗み、取り押さえようとした男性の左太ももと首を牛刀(刃渡り約20センチ)で刺し4週間のけがを負わせて逃げたという。これに対して、弁護側は「驚かすために包丁を取り出したのに、被害者の行動が原因で過って刺さった」とし、殺意を争っている。
 審理期間が少々問題になっているようだ。
 記事では、6〜8日は証人尋問や被告人質問。被害者参加制度に基づき、8日に被害者が意見陳述をするという。判決は12日となる。
 「今回の裁判は、徳島地裁での裁判員裁判では最も長い6日間(土日除く)」。
 記事は、裁判員の「負担感」を問題にしたいらしい。
 その意図もよく理解できない。
 「ふたん」。あるに決まっている。なくせとでもいうのであろうか。なら、裁判員裁判をやめるべきだ。
 「ふたん」。軽くするために、証拠調べを簡単にしろ、というのがマスコミ報道の趣旨なのか、、、、そもそも視点設定のセンスに疑いをもっている。
  こんな感想を紹介している。
 「1週間は長い。仕事にさしつかえる。裁判員を経験してみるのは良いと聞いているが……」。
 初公判後の会見で、検察側は「争いのある事件なので違和感はない」と語る。
 弁護側は「裁判員に多大な負担をかけるが、被告が事実関係が違うと言う以上争わざるをえない」と話した。公判前整理手続きで、負担を軽くするため証拠を絞ろうとしたが難しかったという。」
 しかし、とんでもない話だ。証拠厳選原則は裁判員裁判であろうとなかろうと当たり前のこと。
 しかし、殺意を争う被告人がいて、自分の人生のありかたを決める裁判を覚悟して臨んでいるのに、これを裁く裁判員がお手軽にできるわけがない。
 こんな感想を掲載してもらっている。
****************
 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「被告の人生を背負うのだから心理的、時間的に裁判員に負担がかかるのは当然」とし、夜間や1日おき、土日ごとの審議を提案。「もっと時間がほしかったと裁判に不満が残ってはいけない」と指摘した。
posted by justice_justice at 11:31| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2010年07月04日

■「併合罪」−裁判員裁判と量刑異聞

■併合罪関係にある事件を裁判員裁判ではどう裁くか。
 こんなことが問題となった事件を、朝日新聞2010年6月4日(奈良、朝刊)が紹介している。
 「(裁判員法廷@奈良)懲役2年の判決/偽1万円札を両替の罪/奈良県]から引用する。

 「宇陀市の和菓子店で偽造した1万円札を両替したとして偽造通貨行使罪に問われた住所不定、無職K・R被告(35)の裁判員裁判の判決が3日、奈良地裁であった。橋本一裁判長は「身勝手で同情できる点はないが、被害者が許し、本人も反省している」として懲役2年(求刑懲役3年)を言い渡した。小島被告は別の詐欺などの事件で2月に懲役3年の実刑判決が出ているが、今回の判決がそれに加算される。
 橋本裁判長は、同罪の法定刑下限(懲役3年)を下回る判決について、「併合罪になる罪であり、被告が更生する期待も入れて酌量減刑とした」と説明。小島被告に「出所後に誘惑に駆られても、その気持ちを忘れないでほしい。生半可な決意ではいけない」と諭した。小島被告の弁護人の古川雅朗弁護士は判決後、「妥当な判決。裁判員の社会常識も考慮し、酌量減刑となったと思う」と話した。
 判決後、裁判員3人(男性2人、女性1人)と補充裁判員2人(男性1人、女性1人)が会見に応じた。奈良市の裁判員の60代女性は「併合罪は初めて聞く言葉だったが、裁判官の説明で理解できた」と話した」。

■「併合罪」処理。
 これは、かるく処罰する量刑操作方法だ。
 特に有期の懲役禁固をえらぶとき、重い刑の上限にその1/2を足した範囲で処罰すればよいことになる。
 両方とも罰金があるときには、単純に上限額を足し算した枠内で処理するが、運用上併科よりも軽くなろう。
 社会正義のありかたとして、複数の犯罪に対する刑罰の科しかたとして、単純併科主義にわりきるか、それとも、2罪以上について同時に裁判をするときには、一定の減軽をするか、、、
 日本は、併合罪「減軽」方式を採っている。
 だから、別罪が別の裁判所で審理されているのであれば、通常は、管轄を移して併合審理する。
 しかし、プロ裁判官事件と裁判員裁判管轄事件が係属するとき、審理の関係がややこしくなる。
 また、日本型の併合罪加重は極端に減軽になる。
 この際、プロ裁判官管轄事件と、裁判員裁判管轄事件の併合の利益は、認めないとわりきるのもひとつではないか。
 そして、今回の事件のように、量刑上他事件でも服役することがあることを考慮し、この点を酌量減刑自由に組み込むことで処理してはどうか。
 そんなことを考えて、次の短いコメントを出した。
************
 甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「今回の判決は、市民である裁判員が以前に下された実刑判決を考慮に入れた妥当な判決だ」とコメントした。

posted by justice_justice at 04:54| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2010年06月05日

■福岡・東京・仙台(1)ー福岡の手話裁判員裁判

■5月末から6月のはじめ。福岡、東京、そして仙台と出張が続いた。
 福岡。手話通訳のための裁判員裁判研修。
 福岡中心に手話通訳に従事する手話通訳士などが参加する研究会を、西南大学法科大学院の法廷教室を借りて実施。
 毎日新聞、西日本新聞などが次のように紹介してくれた。
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□毎日新聞2010年5月30日(福岡版、朝刊)
「裁判員裁判:手話通訳の課題考える 模擬裁判開き研修−−県聴覚障害者協主催 /福岡」
 裁判員裁判で裁判員に選ばれた聴覚障害者が、正確で適切な情報を得られるための課題や手話通訳のあり方を考える裁判員裁判手話通訳研修会が29日、早良区の西南学院大法科大学院であった。県聴覚障害者協会主催、県手話通訳士会共催で、30日まで。
 研修会では、架空の覚せい剤密輸事件の裁判との想定で、女性の聴覚障害者を裁判員の1人に加えて模擬裁判を実施。1日目は冒頭陳述▽証拠調べ、被告の母に対する証人尋問▽中間評議まで進められ、手続きごとに法律や法廷通訳の研究者、手話通訳士、聴覚障害者を交えて質疑応答や意見交換をした。
 出席した手話通訳士や聴覚障害者からは、手話にない地名などを指文字で通訳すると進行に間に合わない▽発言者や通訳の誤りを訂正するルールがなく聴覚障害者裁判員が混乱する恐れがある▽異議申し立てなど次々と当事者が発言すると聴覚障害者は通訳されているのが誰の発言か分からなくなる−−などの意見が出た。
 これに対し、法律家や法廷通訳の研究者らからは「法律家側の障害、手話通訳に対する理解は低い。手話通訳士がプロフェッショナルとして公判前整理手続きなどで法曹三者に説明していくしかない」「制度全体の運用の課題として裁判所に問題提起すべきだ」「実際に裁判に加わる法曹三者を加えたトレーニングの場が必要」などの指摘があった。
 研修会講師の水野真木子・金城学院大教授(通訳論、法言語学)は「同時にさまざまな動作で行う手話通訳は、音声による逐語的な外国語通訳と違う難しさがある。法廷でのやり取りが100%伝わらないと公正を欠き、被告や判決に大きな影響が出ることを法律家が理解する必要がある」と語った。
 また、検察官役も務めた渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「このような取り組みで課題を浮き彫りにする。その上で、手話通訳士が技法を錬磨すること、法律家がそれを使うすべを学ぶこと、とりわけ裁判所が責任を持って裁判員に対する情報保障を行うことが求められる」と話した。
□西日本新聞(福岡版、朝刊)、「手話通訳の課題探る 裁判員に聴覚障害者想定 福岡市で研修会」
 模擬裁判で弁護側の最終弁論を裁判員に通訳する手話通訳者(手前) 裁判員裁判で聴覚障害者が裁判員になった場合に起用される手話通訳士の法廷での課題を探る研修会が29、30の両日、福岡市の西南学院大であった。県聴覚障害者協会の主催で、手話通訳士や弁護士らが参加した。
 裁判員が聴覚障害者の場合、福岡では地裁に登録した通訳士(現在30人)から3人が選ばれ、交代で通訳する。
 覚せい剤密輸事件の模擬裁判を、裁判員1人が聴覚障害者との設定で2日間にわたって審理。通訳士は、冒頭陳述から判決言い渡しまでと、量刑を決める評議で通訳を務めた。
 聴覚障害者は「主語と述語が明確でないところや法律用語が分かりにくい」「通訳士(の動作)に集中するため、被告の表情まで把握するのは難しい」などと問題点を指摘。ほかに、(1)異議申し立てなどで次々発言した場合、通訳が追いつかず混乱する(2)通訳の訂正のルールがない‐といった課題が挙がった。
 研修会講師の渡辺修・甲南大学法科大学院教授は「通訳士が技量を高めるのはもちろん、裁判官らも手話通訳の特性などを十分に理解することが求められる。公判前整理手続きから通訳士を入れるなど、両者の綿密な連携を図ることが必要」と話した。
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■シナリオは、ブログ編者がまとめたもの。
 もともと、大阪地裁で現にあった外国人被告人の薬物営利目的輸入罪の裁判員裁判を参考にして、手書きメモから作成したもの。
 裁判員が聴覚障害者の場合、手話通訳人の配置、開廷の時間等など課題が山積する。
 なによりも、手話通訳の特性を法律家がよく認識していなければ、法廷における情報保障ができなくなる。
 課題は多い。
 裁判員となる市民の良識を最大限発揮させる通訳保障は、法律家の責務だ。

http://justice.netspace110.jp/blog/blog_100605_1.html

posted by justice_justice at 22:23| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2010年05月24日

■裁判員法施行1年ー様々な争点、論点、疑問点(2)

 朝日新聞2010年5月21日(朝刊)「(裁判員法廷@徳島)「被告見守っている」/裁判員制度1年、経験者は/徳島県」は、徳島県内の裁判員裁判を体験した市民の声を拾う。
■ 例えば、当時55歳の母親を焼死させたとして現住建造物等放火と殺人の罪に問われた男性被告(29)の裁判に参加した元小学校教員の女性裁判員の感想は身に染みる。
 「懲役11年となり、涙があふれました。長い刑だな、と思ったのです。私に法律知識があれば、もっと軽くできたかもしれない……。
 「私は法廷で、ずっと被告に同情していました。授業参観の案内状を母親に破り捨てられ、誕生日を祝ってもらったこともなかった。引きこもりがちの母親の代わりに家事をしても、感謝どころかなじられた。父親はそんな状況を知っていた。無責任な親だと怒りが何度もこみ上げました。
 被告は確かに許されないことをしました。けれど、刑期はできる限り短くしてあげたい。そう思っていました。
 私は約24年間、教員でした。親の愛情を知らない子どもにもたくさん出会いました。裁判でずっと、その子たちのことが頭に浮かびました。母親が食事の用意をしない3人兄弟の元に、給食の残りを持っていったなあ。ドメスティック・バイオレンス(DV)を受ける母親のことが心配で運動会に来ることができなかった男の子がいたなあ、と。子どもは悪くないんですよね。
 退職後、私は親子の問題についてのカウンセラーにつきました。「親は子のため、子は親のため」。被告の家族にも方向性を示してあげられていたら、希望はあったかもしれません。
 判決を聞いて、被告は「ありがとうございました」と大きな声を出して頭を下げてくれました」。
■ ところで、こうした市民の声を聞くとき、マスコミは、必ず守秘義務のことをどちらかと言えば「重い負担」、「足かせ」であるかのように描く。これはマスコミの本能を表した偏った視点でのまとめ方だ。
 守秘は当然だ。
 人の人生の内面が明らかになり、裁判員でしか見分できない場面と情報がある。評議の内容だそれだ。公判廷で誰もが見聞きできることについては、これを再現しようとその感想を述べようとどうでもいい。
 しかし、裁判員どうしがぶつかりあいながら、人ひとりの人生の運命を決めるその場での情報は、一生胸に収め、墓場にもっていくべきことだ。
 それが、「公民」としての職責だ。
 それに堪えられない脆弱な市民に、民主主義は支えられない。
 グレーゾーンはある。それは、開示の必要性との関連で、検討すればよい。
 おもしろ半分の情報開示などもってのほかだ。
 この点について、記事では、こんな扱いとなるコメントを出した。
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◇守秘義務、どこまで
 裁判員裁判の特徴の一つが裁判員と裁判官が非公開で話し合う評議だ。評議内容については重い守秘義務が課せられている。専門家は「公開したら実りある議論ができない。守秘義務という重い負担がなければ正義の実現などできない」(渡辺修・甲南大学法科大学院教授〈刑事訴訟法〉)などとみる。
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 では、市民はどうか。同記事では裁判員経験者のこんな声を紹介している。
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 3人はどう感じただろうか。「話していけない部分がどこまでか。(一般論として)知らない間にしゃべってしまうこともありえるのではないか」(○○さん)、「内情を話しちゃいけないのは、公務員でも会社員でも同じでは。検証するために専門家にだけ公開する方法もある」(40代の女性)、「公開されれば批判や嫌がらせを心配して、評議の発言が減ってしまうのでは」(74歳の男性)などで、おおむね肯定的だった。
******************

■マスコミが見逃している面がある。それは、市民が裁判のあり方を内在的に批判する立場と権利を得たことだ。
 それが、官僚司法の硬直化を防ぎ、市民良識によって、市民の納得できる「裁きの場」を作る土台となる。
 現に、大勢の市民が、裁判の後の記者会見で体験談を語り、裁判のありかたについて論議し、意見を述べている。ときに、裁判官に厳しい意見も飛び出す。外国語通訳のありかたに対する注文もある。制度一般のあり方に対する批判も評価もある。
 そのすべてが真しに裁判に取り組んだ市民の声だ。
 それが、端的に公にされる。インパクトは大きい。最高裁はじめ司法官僚はこの声を無視できない。それが司法の健全化につながる。
 市民は、「守秘義務」よりももっと大切なもの、司法に対する「批判と建設の自由」を得たのだ。マスコミは、情報が欲しいから、そのじゃまになる守秘義務を批判的に捉えたがる。その反面で、「自由な批判の場」を自ら体験しているもっと大切な事実を見つめていない。
 守秘義務は当然だ。
 しかし、市民はそれ以上のものを得ている。「司法の批判と建設の責務と権限」、批判の自由だ。
 やがて、公判前整理手続で敷いた法律家の審理計画を踏み越えて審理を求める勇気ある裁判員たちがでてくると思う。

posted by justice_justice at 23:45| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

■裁判員法施行1年ー様々な争点、論点、疑問点(1)

■ 早いもので、裁判員法が施行されてから1年がたった。マスコミなどでもいろいろな角度から裁判員制度の検証がなされている。

■ 日経、「常識通じぬ犯罪−開始1年の課題(4)−「誰が裁くか」議論なお」(10年5月14日(朝刊))は、暴力団事件、薬物事件などが裁判員裁判になじむのかどうか、また、性犯罪が被害者の保護の観点から裁判員裁判対象から外すべきか、さらに、裁判員の守秘義務をどうするかなどを取り上げた。
 例えば、こんな摘示がなされている。

■ 以下記事を引用する。****
 「対象事件の見直しを求める声は、別の立場からも上がっている。
 大分市内で女性が性的暴行を受け、けがをした事件。大分地検は先月27日、無職の男を裁判員裁判の対象となる強姦致傷罪で起訴したが、県警は当初、「事件を知られたくない」という被害者女性の声を受け、上限が有期懲役で裁判員が審理に加わらない強姦罪で送検した。同罪は被害者の告訴がなければ起訴できない「親告罪」だ。
 性犯罪の審理では法廷で被害者名を伏せるなどプライバシーに配慮している。担当した裁判員らからは「市民が裁いた方がより厳しく判断できる」(4月の東京地裁の裁判員経験者)と意義を強調する意見も目立つ。」

■この点について、次のコメントを掲載した(日経2010年5月14日(朝刊))
 ただ、甲南大の渡辺修教授は「そもそも市民自身の責任で刑事裁判をやるというのが裁判員制度の始まり。市民になじむかどうかという問題ではない」と指摘。「裁判員がきちんと判断できる審理にするよう、法曹三者が努力することが先決だ」とくぎを刺している。
posted by justice_justice at 09:49| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2010年05月04日

■裁判員裁判と公判中心主義ー朗読とプレゼン

■「裁判員・法廷から=「検察のモニター使用刑訴法に違反」/裁判所が異議認める/長崎地裁」。
 西日本新聞2010年2月24日(朝刊)がこんな見出しの記事を掲載した。
 「長崎地裁で23日始まった麻薬特例法違反事件の裁判員裁判で、検察側が廷内の大型モニターに証拠の要旨を映した際、弁護側が「証拠書類は朗読するという刑事訴訟法の趣旨に反する」と異議を申し立て、松尾嘉倫(よしみち)裁判長が異議を認めた。検察側は以後のモニター使用を控えた」。

 簡単な記事なので詳細が必ずしも分からない。次のような法廷の様子が紹介されている。

 「今回異議を申し立てたのは、検察側が覚せい剤の危険性などを示す書証を説明する際、内容を個条書きに要約した画面。検察側は「証拠の要約を示すのは裁判員裁判では必要不可欠」などと却下を求めたが、松尾裁判長は「刑訴法は証拠書類の取り調べは朗読で行うと定めている。今回の記載内容は朗読の範囲を超える」と判断した」。

 しかし、釈然としなかった。
 「書証の朗読」は不可欠であるが、その内容を理解してもらう補助手段としてパワーポイントを用いて証拠の要旨を併せて示すことが証拠調べの方法として違法とは思えない。書証の内容と異なる要約なら別であるが、その内容を別途箇条書きにしたものを示しながら、書証の朗読を行うことは朗読の一手段とも言える。
 覚せい剤の危険性の立証は、麻薬特例法違反の事件では不可欠なことで、市民に縁遠い薬物の世界の危険さを裁判員に理解しもらうことは極めて重要で、これを心がけた検察官の姿勢は評価すべきだ。
 他方、証拠調べの方法については、公判前整理手続で打合せを行っておくべきことでもある。証拠に採用された書証の証拠調べのありかたについて、公判廷で異議の対象とすべきこととも思われない。種々疑問に思う。

 ともあれ、裁判員裁判の時代は、公判で確認した情報を証拠とすることに徹することとなる。
 だから、書面を証拠とするときにも、単に平板な朗読だけでなく、パワーポイントを用いた分かりやすい「プレゼン」があってよい。

そこで、次のようなコメントにまとめてみた。
***********
 西日本新聞2010年2月24日(朝刊)
 甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑訴法)は「裁判所の判断は刑訴法の原理原則に沿ったものといえる。ただ一般人は覚せい剤のことは分からない。公判前整理手続きの段階で、各当事者が分かりやすい裁判のあり方を協議しておくべきだった」と指摘している。
posted by justice_justice at 08:23| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2010年04月30日

■裁判員裁判と量刑ー死刑回避

■朝日新聞2010年2月26日(夕刊)、「注目の判断、検察「無期」/遺族の意識にも差/米子・強盗殺人の裁判員裁判」は、鳥取県米子市で税理士とその同居中の女性の2人が殺害された事件で、裁判員と裁判官が無期懲役を選んだことを報じている。
 記事によって事件をまとめておこう。
 会計事務所の経理担当を務めていた被告は、ワンマンな社長の下で長年にわたり事務所の資金繰りのために苦しみ、あろうことかそのために自分で借金を抱え込んでこれを資金にまわす、挙げ句の果てに、事務所の経営者の税理士と同居女性に憎しみを募らせ、殺害して借金返済などの資金を得ようとした。
 強盗殺人罪の法定刑は「死刑」と「無期懲役」で、刑法で定める最も重い二つの刑だ。しかし、もともと検察官も死刑は求刑しなかった。強盗殺人事件にしては異例といっていい。
 ただ、別段、被害者らに強い落ち度があるわけではない。加害者の長年の思い込みのまま、社長に尽くさなければならないと勝手に思い込んだきまじめな事務所職員の思い詰めた犯罪。しかも、強盗で得た金を、事務所資金にまわす律儀さ、、、そして、その狭量な思考方法、、、、
 もっとも、記事によると、「被害者参加人の男性は死刑を求めていたが、殺害された税理士の男性の3人の子は死刑を望んでいなかった」という。
 それにしても、軽すぎる。裁判員に死刑を選ばせる負担と万が一にでも死刑を回避されたときのリスクを考えたのか、検察官は当初から無期懲役を求刑したのみ。
 評議のさい、裁判官が、検察官の求刑に関わらず、死刑を選べることを説明したのかどうか、、、
 いずれ市民は、死刑選択の重荷を負うべき時が来る。今回の事件がそれであってもおかしくはなかった。こんなコメントを寄せた。
*******************
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 被害者が複数の強盗殺人事件で、検察側が死刑求刑を回避するのはまれだ。被告が被害者の支配下で長年苦しんできたという事情を踏まえたのかも知れないが、今回の事件では、被害者との人間関係が求刑を減じる明白な事情とまでいえるか微妙だ。裁判員裁判でなくても同じような対応になったかどうか。死刑求刑を裁判員らに退けられることを恐れたあまりの判断ではないかと感じる。
posted by justice_justice at 22:43| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

■裁判員裁判と死刑ー鳥取から

■産経ニュース(ネット配信)は、「裁判員/鳥取地裁/被害者遺族が出廷、「無期懲役を」「極刑を」」と題する記事で、被害者参加手続で出廷した遺族2名が、それぞれ極刑を望んでいる様子を紹介している(2010年2月25日/19:57配信)。
 事件は、2009年2月に起きた。被告人は、米子市で会計事務所社長の税理士(当時82歳)と同居の女性(74歳)を殺害。被告人はこの事務所の経理担当として長年勤務していたもの。殺害後、被告人は、社長自宅から現金、キャッシュカードなどを奪ったという。後日、キャッシュカードで銀行から現金を降ろしている。また、死体を隠すため移動するなどしている。検察官は、強盗殺人事件、窃盗、死体遺棄として起訴した。
■ネット配信記事は、被害者参加人の意見陳述を次のように紹介する。
 「事務所社長、石谷英夫さん=当時(82)=の長男は、自らも事務所に勤務していた当時、給料の未払いなどで自己破産した経験から「追いつめられた人間は考えが変になる。被告に重い処分を臨む気持ちが9割だが、同情する面もある」という複雑な心境を明かした。ただ、量刑について問われると「死刑で終わりではあっけない」などと無期懲役を求めた。
 大森政子さん=当時(74)=の長男は、被害者参加制度に基づいて出廷もしており、「被告は法廷で本当のことを言っていない。都合の悪いことは『忘れた』と。それが初公判で述べた『真摯(しんし)に罪を償う』という人の態度ですか」と語気を強め、「死をもって責任を果たしてほしい。母親と同じ恐怖を感じるべきだ」と強い処罰感情を訴えた。」
■ 結局、事実上ふたりとも死刑を求めるのと同じ発言だ。遺族が厳しい処罰感情を抱いている事実は、重たい意味を持つ。
 現時点(2010年2月26日、午前10時14分)では、検察官の求刑が不明であるが、犯行態様の悪質さに照らして、死刑求刑はやむを得ない。
 確かに、被害者側に、被告人を使用人としてこき使い、被告人が経理担当としての責任感から、事務所経営の破綻を免れるため自ら借財するなどしたことなどいわば「落ち度」があるといえば、ある。
 だが、それが二人を連続して殺害することについて、罪を軽減する事情としての重みを持つとは言えない。
 もっとも、証拠自体をみている訳ではない。
 法廷での証拠調べを経た裁判員の印象も異なろう。
 それだけに、死刑か無期か、その選択は、裁判員と裁判官に委ねるべきだ。
■ 裁判員が死刑を選択できるか。
 証拠で裏付けられた明らかな事実。
 法律家の分かりやすい強盗殺人の意味、趣旨の説明。
 そして、市民の健全な良識、、、これらが揃えば、適切な答が導かれよう。
 死刑選択も、市民の責任で行なう、これが21世紀社会の市民主義のありかただ。
 3月2日の判決をまちたい。
 


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2010年02月20日

■性犯罪と裁判員裁判ー徳島から

「女性裁判員/苦悩の量刑、地裁/手口の卑劣さ糾弾」。こんなタイトルで、読売新聞10年2月19日(ネット配信)は、強姦致傷罪などで起訴された被告人に裁判員裁判で「懲役10年」が宣告されたことを紹介している。
 検察官の求刑12年に対して、実刑10年。被害女性の数は4名。中には、催涙スプレーでやけどを負わされて跡が残る恐怖にさらされた人もいる。
 ところで、争点のひとつは、自首の成立。これは、刑法上減軽することのできる事由となる。もっとも、自首を認めても、減軽を妥当とするかどうかは別問題だ。
 判決では、「捜査機関に追及されて自供した」と認定して、反省悔悟に基づき、減軽を認めてもよい態様の申告ではないと判断した。裁判員、つまり法律の専門家ではなくとも、判断の材料を分かりやすく提供されていれば、法適用はできる。
 しかし、量刑そのものは難しい。
 判決後の2名の女性裁判員が記者会見に応じた様子はそのまま引用しよう。
***********
◇「気持ち分かるが中立も守らねば」2人会見
 判決後、裁判員経験者の女性2人が地裁内で記者会見に応じた。主な一問一答は次の通り。
 ――裁判員裁判で性犯罪を裁くことをどう感じたか
 裁判員4番「裁判官には男性が多いと思うので、裁判員に女性を入れることで、女性の意見も言えると思う」
 同3番「女性側からしたら一番嫌な事件。被害女性の気持ちは十分分かるし、中立の立場も守らなければならない」
 ――被害者の証言が実際にあった方が、判断に影響したと思うか
 同3番「十分な証拠があったし、文面からも思いが読み取れたから影響はなかった」
 ――催涙スプレーをかけられた被害者の顔写真を見た感想は
 同3番「治療後の顔を見たら、こんなにかわいいのに容貌(ようぼう)がわからなくなるまでになったと思うと、被告のことをひどいと感じた」
 同4番「顔がはれていたので、催涙スプレーを使ったことがショック」
 ――2日目に弁護士から職業を聞き出すような質問があった。
 同3番「職業は刑を決めるのには関係ない」
**************
 性犯罪の量刑相場。「男社会の論理」が作ってきた、プロの処罰感覚が妥当かどうか疑問が残る。「心の殺人」「人格の人殺し」「女性蔑視の極限」、、、強姦に関わる犯罪はそれだけの重みを持つ。女性の人格を踏みにじる犯罪への評価は、裁判員裁判時代に見直しを図るべきだ。市民良識がこうした罪をどの程度のものとみるのか。場合によっては、従来の量刑相場を前提にした検察官求刑を超える刑であってもおかしくない。
 こんなコメントを掲載してもらった。
◇識者談話 量刑見直す時/判例バランス欠く
 渡辺修・甲南大法科大学院教授の話「被告の常習性がはっきり表れ、複数の被害者がいる点を考えると、懲役10年というのは軽すぎないか。求刑の懲役12年も軽い印象を受ける。性犯罪は従来、低めの量刑が出ているが、性犯罪は被害者にとっては『人格の殺人』。量刑を見直す時期に来ている」

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2010年02月10日

■各地の裁判員裁判「風景」−家族写真、取調べ、通訳

■裁判員裁判3題ー写真、取調べ、通訳
 各地で裁判員裁判が続く。そしてその光景は、裁判所の建物の中のごく普通のものとして定着してきている。大阪地裁で10年1月27日の強盗致傷事件他の裁判員裁判や、同年2月5日の傷害致死事件の裁判員裁判などみたが、裁判官の横に当然のように市民が並び、淡々と証拠調べに耳を傾け、被告人の供述を耳にして審理を終えている。弁護人も検察官もそう肩に力を入れることなくそれぞれの主張を裁判員と裁判官に訴えている。
 量刑、事実認定など裁判官裁判時代と比べて各段の差があるものでもない。
 もっとも、ブログ編者がまだ傍聴していないのは、性犯罪関係である。事実の争いがある場合はさておき、量刑のみの事件であれば、逆に、被告人は、市民の冷たい視線にサラされることになるのではないか。それが「裁判」と言えるかどうかは慎重に考えたい。
 さて。
 各地の動きをみてみるといくつか気になることがある。記事を引用しながらコメントを掲載する。

■1:被告人の家族写真の証拠採用の是非。
<読売新聞2010年2月4日(朝刊)>
 *読売新聞の連載「裁判員法廷から」がこんな一こまを取り上げた。被告人側の情状の  ための家族写真の証拠調べだ。

◆弁護側「執行猶予得るため」
 昨年8月、大阪府和泉市の駐車場で車上狙いをしていた際、近づいてきた男性(22)を工具で殴り、約2週間のけがをさせたとして強盗致傷罪に問われたオートバイ修理業・上野孝文被告(26)(大阪府泉佐野市)の裁判員裁判の判決が3日、大阪地裁堺支部であった。飯島健太郎裁判長は、ヒ野被告が別事件の執行猶予期間終了後2か月足らずで今回の犯行に及んだことを指摘、「法を守る意識に乏しく、社会内での更生は期待できない」とLて、懲役4年6月(求刑・懲役6年)の実刑判決を言い渡した。
 この裁判では、弁護側が上野被告と同居の女性、幼い子ども2人の計4人でスキー場を訪れた際のスナップ写真を、法廷のモニター画面に映した。弁護側は「執行猶予を得るため、温かい家族が被告を待っていることを訴えたかった」と狙いを語った。検察側が被害者の生前の画像を法廷で使用した例はあるが、被告の家族の写真が法廷で示されるのは異例。
■渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は、「被告の歩んできた人生全体を見て判断しようとするのが裁判員裁判の良さ.。家族写真には意味がある」と評価。

■2:裁判員裁判対象で死刑求刑が見込まれる事件と取調べ可視化。
<読売新聞平2010年1月29日(朝刊)>
 いわゆる「鳥取不審死」事件。被告人の女性は、詐欺事件での逮捕勾留を何度か繰り返されている。その間に、警察は本命、本件となる殺人事件立件のための証拠固めを続けているのであろう。むろん、いわゆる直接証拠がなく、自白もない。
 諸状況から女性が殺害に関与したと立証するべく精緻な証拠構造の構築が求められている。
 それだけに、今後の取調べのあり方も気になる。
 例のごとく、警察・検察は、「まず自白」でなければ取調べ状況の録音録画を行わない方針だろう。しかし、そここそ問題だ。
■取り調べ可視化を
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話「裁判員裁判の対象となり、極刑の可能性もあり得る事件だけに、自白に頼らない捜査を、いかに適正に行っていくかが重要。今後の被疑者の取り調べは、すべて録画、録音によって可視化すべきだ。透明性の確保はもちろんだが、同時に、もし供述に不合理な点があれば、それが、裁判で有罪を立証する証拠にもなる」


■3:裁判員裁判と「質の高い通訳」の保障について
<西日本新聞2010年1月29日(朝刊)>
 *事件全体を理解してもらう必要上記事全文を引用する。

裁判員・法廷から=長崎地裁 裁判員「酒は節度を」と説法 裁判長「質問でない」と遮る 識者「制度の意義台無し」
 長崎地裁の裁判員裁判の被告人質問で28日、裁判員の個人的意見を含む発言を松尾嘉(よし)倫(みち)裁判長が遮り、裁判員が質問に至らぬまま発言をやめる場面があった。専門家は「質問の形で言ってください、と求めるべきだったのでは」と話している。
 酒に酔い元妻への殺人未遂罪に問われた中国人被告の公判。年配の男性裁判員が質問の中で「酒をやめられますか。私も酒飲みだが、節度をもって飲まなければいけない…」と意見を述べ始めた。松尾裁判長は「質問を短くして」と要望。被告の返答後、この裁判員が日本語を勉強するよう被告を諭し始めると、裁判長は法廷通訳人に「質問ではないので訳さなくていい」と告げ、裁判員は発言を終えた。
 通訳を介する被告人質問は前日、予定時間を約20分オーバ−しており、松尾裁判長はこの日、裁判員らに質問を短くするよう再三要望していた。閉廷後、被告弁護人は「結果的に質問を引っ込めさせた形になった」と指摘。
■甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑訴法)は「自分の体験を踏まえて被告の心情を聞き出そうとする質問を遮るのは、裁判員制度の意義を台無しにする訴
訟指揮ではないか」と述べた。
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2010年01月24日

■高知の裁判員裁判ー量刑の市民相場始動

 「多元主義」。前回ブログで綴った言葉。その余波が続く。
 2010年1月22日を基軸に今日24日まで、様々な体験と思いがブログ編者の中を駆け巡った。


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 その余波を綴る。
 1月24日、早朝、西鉄イン福岡を出て明治通りを西に向かう。福岡で宿泊するとすれば、天神界隈が多い。そして天神界隈に泊まるとすれば、どのみち明治通りを西に向かうのがジョギングコースの定番でもある。むろん向かうのは大濠公園である。日中であれば福岡市美術館に足を運ぶところだが、今日は一日ホテルで司法通訳研修会を開く。外にでる間はない。赤坂を過ぎ、地裁前を走ってさらに西に向かって大濠公園へ。大濠池を今日は東側に出て半周南に下る。そこから、護国神社方面へと国体通りを東に戻る。博多で参拝と言えば、護国神社には申し訳ないのだが、警固神社と櫛田神社と決めている。まだ夜明け前の境内。すぐ東隣が西鉄福岡駅。周辺は、夜明けまで飲み明かす客の徘徊する繁華街。だが、境内に入ると急に森閑とする。神社のホームページによると、その縁起は、神功皇后による三韓征伐に遡る。皇后の船団を守護し勝利に導いた警固大神を祭ったのがその始まりという。拝殿の前でジョギングのときにいつもしている鉢巻き代わりの汗臭いタオルを取って、二礼二拍一礼の作法で参拝。そしてホテルへ。小一時間のコースだ。

 さて。
 2010年1月19日、高知県で初の裁判員裁判が行われた。
 解体工の男性被告人が、酒によった勢いで、わいせつ目的で女性(50)を押し倒してケガを負わせた悪質な犯罪だ。前科なども考えると実刑も相当と思われる事件であったが、幸い被害者と示談が成立し寛大な処分でよいとする意思表示がなされたという。また、周辺に彼を見守る人々がいた。その一人、中学時代からの幼なじみの女性が証人として法廷に立った。新聞によると、裁判員から突っ込んだ質問がなされたという。次のように紹介されている(「裁判員法廷@高知ー証人尋問・被告人質問やりとりー朝日新聞2010年01月21日)。
**************
 裁判員6番 原因が酒ということもあるが、これからも酒を飲むようなつきあいをするのですか。
 女性 いえ、お酒は控えさせます。
 〈裁判員3番は手ぶりを交え、目を閉じて内容を考えるような表情で聞いた〉
 裁判員3番 同級生の立場で支援するといっても、(あなたの)ご主人の意向もある。ご主人の職業が後藤さんと関係があるのですか。ご主人が社会復帰の力になるのですか。
 女性 (夫は)同級生で、解体をやっています。
 同裁判員 同業種で、主人ともども力添えできるということですか。
 女性 はい、そうです。
****************
 女性は、被告のために多数の知人に嘆願書に署名をもらったという。その点も含めて、次のようなコメントを寄せた。

■市民ならではの質問 
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話「裁判員は、嘆願書を集めた証人の女性だけでなく女性の夫についても被告を支えることに理解があるかを心配した。被告を取り巻く環境にきめ細かく気を配り、市民ならではの生活体験がにじみ出た質問だった」(読売新聞10年1月21日)。

 裁判員裁判の結末について、読売新聞10年1月22日は次のようにまとめている。
 「県内初の裁判員裁判で、女性の体を触るなどし、けがを負わせたとして強制わいせつ致傷罪に問われた高知市はりまや町、解体工、G被告(34)の判決が21日、地裁であった。伊藤寿裁判長は「犯行は危険で執拗(しつよう)。しかし被告の友人が更生を応援すると約束し、年齢からいえば立ち直れる最後の機会」として、懲役3年、保護観察付き執行猶予5年(求刑・懲役4年)の有罪判決を言い渡した。保護観察で守るべき条件について伊藤裁判長は「飲酒をしない」などと説明。「断酒」が条件とされるのは珍しく、公判後の記者会見でも裁判員経験者が「酒はどこでも買え(断酒は)かなりの精神力が必要。気持ちを引き締めて頑張ってほしい」と更生を願った」。
 
 こうした判決を聞くにつれて、裁判員裁判実施の意義が深まる。
 市民は、自分の目線で真剣に事件に取り組み、被告人をみつめ事件を考えている。プロの裁判官が、官僚司法の枠内で作られたルールに従っているのとは異なる活き活きとした目線での事件処理だ。
 断酒を保護観察の条件につけるのも、裁判員との協議があるから自然にできることだろう。執行猶予を再度認めたのも、被告人の人柄と事件全般を法廷でみた市民の人間力ではないか。
 実刑相当でもおかしくない事件をまた地域に戻して市民が見守る、、、そんな思いが表れた判決である。こんなコメントを同日の読売新聞に掲載してもらった。

■<市民感覚が反映>
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「保護観察で守るべき条件に断酒を盛り込んだことなどは、裁判員と一緒になって考えた生き生きとした意見。裁判員裁判だからこそ付けられた条件とも言えるのではないか。実刑相当の事件だと思われたが、被告の人柄を見て裁判員が柔軟で寛大な判断を下した。市民感覚が反映された判決」と分析した。
posted by justice_justice at 08:03| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2009年12月05日

■個室ビデオ放火事件と被疑者取調べ(上)ー「取調べ可視化」


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■1: 09年12月2日に、大阪地裁で死刑が宣告された。事件は、2008年10月に大阪で起きた個室ビデオ店での放火殺人事件。16名が死亡した。火災発生直後に不審な態度から警察にまもなく身柄を確保された小川被告。捜査初期から供述が変遷した。謝罪と反省を口にしたり、放火を認めたり、失火といったり、薬物の影響を受けていたといったり、最後にはそもそも放火には関与していないと主張したりと、、、
 その度に、被告人は、弁護人を介してそのときどきの供述をマスコミに発表している。

■2: 産経新聞09年10月2日は、検察官の取調べでそれまでの取調べの状況を確認している場面を録音録画。そのDVDが公判廷で再現された模様を詳細に紹介していておもしろい。被告人は、DVDでは、取調べで捜査機関による強要はなかったことを自らも認めている。その一方、事件には関与していないことも主張。こんな会話が交わされたという(09/10/02 産経新聞(朝刊、大阪)より引用)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 裁判長「DVDの取り調べを行います。被告は前に座って見てください」
 《DVDの再生が始まる。裁判官や検察官、弁護人、小川被告の卓上モニターには映像が映し出されたが、傍聴席には音声だけが流された。取り調べは女性検事が担当していた》
 検事「あなたの言い分を説明して」
 被告「ビデオ店に入ってから、もうしんどかったんで、先生のバッグも渡して、ビデオ1本だけ取って、18号室に向かってます」
 検事「18号室に先生のキャリーバッグは持っていかへんかってんな」
 被告「記憶では持って行ってません」
 《小川被告はキャリーバッグの持ち込みと放火を否認し、寝たばこによる失火と主張した。続いて警察官の取り調べ状況に移った》
 検事「警察の〇〇巡査部長は暴力をふるった?」
 被告「暴力はふるってない。何度も机を叩かれた。『認めんかい。お前しかおれへんやないかい』」
 検事「最初に自供書を書いたのは〇〇さんの時だけど、書けと言われた?」
 被告「火を付けたんは事実やから、認めるしかないとは言われた」
 検事「違うなと思っていたのにどうして書いた?」
 被告「自分の部屋から火が出たって聞かされ、おれのたばこが原因と思ったから、認めたほうがいいんやなって思いました」
 検事「悪いことしたと思って認めたということ?」
 被告「自分の失火で火事になったんやったらね。16人も死んでるから。それで死刑になるなら仕方ない」
 《検事本人による取り調べ状況の確認に移る》
 検事「(容疑を認めた調書の)内容を確認してもらって『間違いないよね』って言って、署名してもらってたよな? 暴力ふるうとか脅すとか、そんなことは1回もなかったよね」
 被告「はい」
 検事「『うそつかんといてな』『私にわざといいように言ったりとかせんでや』って、ずっと注意してきたん覚えてる?」
 被告「はい」
 《小川被告は素直に認めるが、放火を認めた内容に話が及ぶと声を荒らげた》
 被告「付け加えときますわ。もし(ビデオ店の)ビデオカメラで写っとったら、それは誰かが、偽カバン。俺に見せかけたようなやつを写してる可能性もあるんちゃうか」
 検事「(否認まで)放火したって言い続けたね」
 被告「後悔しています」
 検事「私が押しつけた?」
 被告「検事さんは押しつけてません」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
■3:裁判所は、こうしたDVDの取調べの結果などを考慮して、捜査段階の自白の人制を認め、さらには信用性も肯定した。
 これは「取調べ可視化」のよき成果だと思う。検察側も、初期供述(自白や犯行関与示唆)の任意性と信用性を裏付けられると判断したので、被告側だけではなく、みずからも証拠調べを請求したのだと思う。
 そして、このことは、取調べの全過程録画の意味をあらためて示すことにもなる。
 まず、被疑者取調べとは、「被疑者の記憶」の有無と内容を、質疑で明らかにする証拠保全である。だから、その過程で「記憶」に負荷をかけたり歪めたり、ましてや作り替えをしてはならない。
 それは、被疑者宅で捜索差押許可状を執行するときに、誰がいつどこでなにを発見して差押えをしたのか正確に記録した上で大切な証拠物を持ち帰るのと同じだ。
 録音録画するから、真実を語らない、、、これは本末転倒の論理である。
 また、経験則・実験則による裏付があるわけでもない。
 そして、なによりも、被疑者が不合理な弁解や理由のない供述の変遷をさせているのなら、その全過程こそ、被疑者の信用性と供述の信用性を判断する格好の材料になる。
 今回がまさにそうだった。
 自白の任意性と信用性が確実に立証できることーこれこそ死刑宣告の揺るぎない土台になったと思う。

 そこで、新聞には次のようなコメントを掲載してもらった。

◇取調べ可視化/検察側に有利にー毎日新聞09・12・03(朝刊)ー
 自白の任意性について、判決は『威圧的な取り調べはなかった』と判断した。否認する状況を撮影したDVDがないからこそを検証した結果と言える。取り調べ可視化することで検察側に有利に働いたと言える。取り調べの全面可視化への第1歩につながるのではないか。判決は犠牲者の人生に言及し、命の重みを重視して死刑を選んだと言え、高く評価できる。裁判員裁判になった場合でも市民が納得できる量刑判断だ。

◇取り調べ録画必要ー朝日新聞09・12・03(朝刊)ー
 16人を死亡させた結果からすれば判決は妥当だ。検察側は今回、被告が取り調べに否認する場面の録画映像を証拠として提出したが、そのことは画期的で、自白の信用性が評価される結果につながった。裁判員裁判で今回のように被告が公判で否認に転じると、裁判員は自白が信用できるか不安になるはずで、やはり取り調べの全過程を録画する必要があるだろう。
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2009年11月29日

■各地の裁判員裁判10・11月編ー愛媛・人情法廷

■1:「判決、思わず遺族見た/懲役2年6カ月/伊予の傷害致死/愛媛県」と題して、09年11月27日の朝日新聞(朝刊)は、愛媛県初の裁判員裁判の判決の模様を紹介している。 同じ宗教団体で長年活動をともにしてきた被告人が、会の活動の後、飲酒して車で帰ろうとするところを、被害者に制止されたのに腹を立てて暴力行為におよび、転倒した被害者が死亡したものだ。
 検察官の求刑5年に対して、裁判員らは懲役2年6月を宣告した。
 記事を引用する。
 「判決によると、田村被告は7月12日夜、伊予市米湊の駐車場で、車を飲酒運転しようとして知人の久保津弥子さん(当時61)に止められたことに腹を立て、久保さんにつかまれた左腕を振り回して転倒させ、地面で頭を打った久保さんを死なせた。
 判決では「被告の暴行は腕を1度、振り回しただけで悪質なものではなかった」としながらも「被告が以前にも飲酒運転で処罰されているにもかかわらず、再び飲酒運転をしようとしたこと自体、とがめられる」と指摘。その上で「違法行為を止めようとした被害者に暴行が向けられたことは、刑を重くせざるを得ない」として執行猶予を求めた弁護側の主張を退けた」。
■2:記事によると、村越裁判長は判決文を読み上げた後、田村被告に「証言台に立った家族のためにも立ち直ってください。一方で、遺族は二度と久保さんに会うことができないことを忘れないでください」と語りかけたという。

■3:この事件は量刑の微妙なバランスのはかり方が難しい事件だ。しかし、裁判員は、酌量減刑規定の柔軟な適用を含めて、被害の重みも被告人の反省も巧みに考慮した判断をしたのではないか。被害者の長女の証言にも裁判員は涙し、また被告人の家族の話にも涙ぐむ裁判員がいたという。
 プロの裁判官だけの法廷では見られない光景だ。
 「感情司法」という言葉とすぐに結びつけたくなるが、そうではあるまい。
 裁判員では「市民良識」が活きることが大切だ。市民の理性的な判断だけではなく、喜怒哀楽の心そのままに事件と犯人、証拠を見守る姿勢を尊重するものといっていい。
 それだからといって、評議室にもどったとき、証拠から離れた事実認定や量刑判断をすることはない。

□悪質性の判断 難しい事件 
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 「偶発的な面も否定できず、実刑相当の悪質性があるか判断が難しい事件だ。常識に従って判断する中で、市民感覚を生かしてほしい」(大阪読売新聞09年11月25日(朝刊))。
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2009年11月28日

■各地の裁判員裁判10・11月編(3)ー岡山の殺人未遂事件

■1:「県内初の判決/裁判員ら「貴重な4日間」=岡山」。
 大阪読売新聞09年10月10日(朝刊)の記事見出しがこうであった。
 岡山地裁で09年10月9日、県内初の裁判員裁判で判決が言い渡された。40歳の男性に対する殺人未遂の事件。交際していた女性を車に連れ込み、持っていたナイフで刺してそのまま車でしばらく移動。そのまま放置したもの。被害女性が携帯で母親を呼び、病院に搬送されて一命を取り留めたというものだ。
 裁判員と裁判官は、検察官の求刑8年に対して、懲役6年6月を宣告した。
 
■2:弁護人は、殺意の発生時期は検察官主張よりももっと遅く、また一度ナイフを指したままでそれ以上の犯行に及んでいないので、中止未遂が成立すると主張した。しかし、裁判員らはいずれの主張もしりぞけた。記事の判決要旨を引用しよう。

【争点に対する判断】
 殺意の発生時期について、弁護人は果物ナイフを示して覚悟を見せるためだったとし、被告は被害者の女性の言動にキレて刺したなどと供述するが、どんな覚悟か説明できていないし、原因となった女性の言動も覚えていない。そうすると、弁護側の主張は、われわれの健全な社会常識に照らして、検察官の主張に合理的な疑いを入れるものではなく、被告は事件以前から女性を殺すつもりであったと考えるのが相当である。
 次に中止未遂。果物ナイフの刃体すべてが女性の左胸に刺さったままであれば、一般人は女性が死んでしまうと思う。一般人であれば、女性を病院に連れて行くが、約9時間、車で連れ回し、最後には女性を残して逃走した。被告は、死の危険性を除去する行為をしておらず、たまたま未遂になったというべきで、被告の意思で中止したからではない。
 
 この事件について、特に市民が「中止犯」の意味を理解し、適確に適用を判断できるか疑問が寄せられたので、次のようなコメントを掲載した。

□裁判官並みの法適用を証明
 この日の裁判員裁判の判決について、渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「争点となった中止未遂について、裁判員は犯行の危険を除去するための努力を尽くすことが必要ということを理解し、弁護人の主張に矛盾があることを見抜いている。一般市民が裁判官並みの法適用ができることを証明した判決」と述べた(大阪読売新聞09年10月10日(朝刊)
)。
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2009年11月27日

■各地の裁判員裁判10・11月編(2)ー徳島の放火殺人

■1:「放火殺人、裁判員裁判結審/被告心情くみ取る姿勢/裁判員ら質問=徳島」。
大阪読売新聞09年10月8日(朝刊)の見出しである。
 実母が寝ているすきに実家に放火して殺害。殺人と現住建造物放火事件。そんな被告人の事件が裁判員によって裁かれた。
 10月7日の公判の模様を記事は次のように紹介している。
「この日は午前10時に開廷。午前中は被害者・厚美さん(55)の夫でもある被告の父親が証人尋問に立った。弁護側には息子の減刑を訴え、検察側には、厚美さんが家族にとって大切な存在だったことを証言。続いて畑山靖裁判長が、裁判員一人ひとりに質問を促した。
 まず、男性裁判員が手を挙げた。父親が逮捕後に1度しか面会に行っていないことについて、「祖父母に頼むなど考えなかったか」などと質問した。・・・裁判長に促されて女性裁判員が質問。被告の心理状況について話し、「意見になってしまった」と反省の言葉を述べると、すかさず裁判長が言葉を添えて質問に換えた。「被告人が言いたかったのは、それでいいですか」。
 ここまでの審理について次のようなコメントを掲載してもらった。
◇渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「犯行の計画性や凶悪さを考慮すれば、死刑や無期もあり得る事件。検察はそう求めない理由を説明すべきだった。むしろ裁判員の方が、公共の危険や、被告の更生への不安について質問するなど、的確に事件をとらえていた側面もある」と分析した。

■2:「県内初の裁判員裁判/市民が司法に近づいた」。
 上記事件の判決公判を紹介する記事見出しである(大阪読売新聞09年10月11日(朝刊))。
 徳島県初の裁判員裁判で判決が宣告された。もともと、自分の母親を自宅へ放火して殺害した残酷な犯罪だが、息子に言い渡された刑は、懲役11年であった。
 記事は、判決公判の様子を次のように伝える。
 「裁判員たちの、そうした思いを酌んだ懲役11年の判決。被告は「ありがとうございました」と大声で頭を下げた。閉廷後、涙ぐみながら弁護人に、「更生のチャンスを頂いて感謝していると裁判員に伝えて」と語ったという」。
 また、審理終了後の記者会見で、裁判員らは次のように語ったという。
 「判決が言い渡された時の心情について、裁判員経験者たちは「涙が止まらなかった」「胸が締め付けられた」「長い年月だと思うが頑張ってほしい」などと会見。被告を見つめながら、それぞれ胸に抱いた思いを述べた。
 補充裁判員だった女性は「肩の荷が下りました……」といい、言葉を詰まらせた。流れる涙を手でぬぐいながら話を続けた。「被告よりも年下の私が、被告の人生を大きく変えてしまう」。涙は、裁判員の重い責任を表していた。」
 では、どうみるべきか。今回の事件について、量刑には不満が残る。次のようにコメントした。
◇渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)、「量刑が軽く、判決の理由も説明不足。判決文は量刑相場の比較に終始し、この被告にどれだけの刑を科すかを議論した跡が見えない。過去の量刑を比較して刑を科すだけなら、従来の裁判と何ら変わらず、裁判員に参加してもらった理由を見い出しにくい判決。検察は立証で、もう少し犯行の悪質性や危険性を強調すべきだった。求刑でも、刑が懲役18年でなければならない積極的な理由をしっかりと説明してほしかった」
posted by justice_justice at 00:12| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2009年11月26日

■各地の裁判員裁判10・11月編(1)ー滋賀の外国人事件

「裁判強盗傷害に懲役5年・3年/裁判員 緊張の判決/被告の涙に表情複雑」(大阪読売新聞09年10月30日朝刊)は、こんなタイトルで、大津地裁で判決が宣告された、外国人事件を紹介している。
 ◇裁判員法廷から    
「地裁初の裁判員裁判は29日、閉廷した。強盗傷害罪に問われたブラジル国籍のデ・オリベイラ・カチボ・オトニエル(26)とホベルト・ヒデオ・タナカ(26)の両被告に対し、市民である裁判員が下した判決は、カチボ被告が懲役5年(求刑・懲役7年)、ホベルト被告が懲役3年(同6年)で、法定刑(6年以上の懲役)をいずれも下回った」。
 実は、ホベルト被告は7月に証拠隠滅罪で神戸地裁から懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受けていた。
 また、カチボ被告も7月、窃盗罪で津地裁から懲役10月、10月には強盗予備罪で大津地裁から懲役8月の実刑判決を宣告されている。
 どちらの事件も裁判員裁判対象事件ではない。だから、裁判員裁判と併合審理はなされない。
 ところで、審理の併合は、2罪をあわせて、
  (重い刑)*1・5
 の範囲で刑を言い渡すこととなる。
 併合罪「加重」と学界では整理されているが、実は、それぞれ処罰すべき犯罪を一回の裁判で行なうことにした途端に、その量刑の上限が限定されるから、実は、併合罪「減軽」でもある。
 一罪一処罰を原則とするか、併合罪処理を原則とするのかは、一国家の刑罰権を巡る思想を示すだけに、簡単には善し悪しを決められない。
 とまれ、我が国は今は併科主義を採らない。併合主義をとる。であれば、本来併合罪処理できた事件について、すでに判決があるのであれば、これもあわせて執行されることを考慮した量刑が好ましい。
 こんなコメントを掲載した。

◇渡辺修・甲南大学法科大学院教授(刑事訴訟法)の話「強盗傷害罪の重大さを最大限に考えながら、併合罪で処理された場合の被告の利益に配慮した納得のいく量刑。『犯罪の情状に酌量すべきものがあるときは、その刑を減軽することができる』とした刑法66条を柔軟に運用しており、各被告の役割や犯行後の反省状況も加味したバランスが取れた判断と言える」(読売新聞09年10月30日(朝刊))


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2009年10月12日

■裁判員裁判の定着ー中国・四国編(2)徳島、放火殺人事件

■1:読売新聞(朝刊)「放火殺人、裁判員裁判結審/被告心情くみ取る姿勢/裁判員ら質問=徳島」とする記事は、四国初の裁判員裁判の模様を伝える記事であった(09年10月8日(朝刊)読売新聞)。
 事件は凄惨なものというべきか。
 実母から長い間言葉の暴力を受け続けてきた被告人(29才)が、事件当日午前中に、自宅1階台所や客間で、ガスコンロの上にキッチンマットなどを置いたり、畳上に灯油をまくなどし点火して家を全焼させ、2階にいた同居する実母(55)を焼殺したものである。逃げられないよう数カ所に発火するなど周到に計画したものらしい。
■2:裁判員の参加がこうした事件でなにをもたらすかーーー家庭内の人間関係がこじれた事件であるだけに、市民良識の豊かさが問われる審理となる。現に、被告人の父親であり、被害者の夫の証人尋問では、次のような場面を新聞記事は紹介する。
 「弁護側の証人として前田被告の父親が出廷。『妻は内向的で、人に接することがまったくできなかった』などと証言した。母親が被告に悪口を言うなどしていたことを知りながら、『妻の相手は貴志に任せっきりで、見て見ぬふりだった』『事件は貴志にだけ責任があったとは思わない』などと述べた。
 父親が質問に答える間、被告はうつむいたり、目を閉じたり、落ち着かない様子。父親が『私が、貴志の悩みだとかに気づけなかったことが原因。父親失格だと思います』と話すと、身をよじって父親の顔をのぞき込もうとした。
 続いて、男性裁判員が『息子さんが出所した後、腹を割って話をしたいと言うが、事件後の面会は1回きり。そんなに仕事が大事なのか』と問うと、父親は『私はこれまで仕事人間だった。貴志と向き合うことが出来なかった』と反省。
 女性裁判員も『貴志さんにホウレンソウ(報告、連絡、相談)を求めていたというが、自分からホウレンソウをしたことがありますか。求めるだけでなく、お父様からもそういう態度を見せるべきだったのでは』と聞いた。父親は『質問を頂いてそういうことを後悔しました。ありがとうございます』と礼を述べた。」
■3:法律家の事件を見る目は当然対立する。
 検察側の求刑は、「遺族が厳重な処罰を望んでいないなど被告人に有利な情状もあるが、犯行の悪質性などを考慮すると過大評価をすべきではなく、懲役18年の刑罰を科すべきだ」とするものであった。
 ただ、「軽い」の観を否めない。
 現住建造物放火を手段として当初から自らの母親を殺害した犯行態様の悪質さ。残る家族としては、被害者であるし、社会に対しては加害の側に立つというディレンマに直面する。厳罰を望まないという姿勢もやむなし。だからこそ、検察官が社会を代理し、社会的存在としての人の命を守る立場から、被害の重みを軸に厳正な処罰を求めるべきであろう。裁判員が選ぶ量刑とのかい離をおそれるあまり、最初から、被告人に有利に働く事情を酌みすぎるのはいかがなものか。
 他方、弁護人の弁論にも説得性が乏しい。「十分に反省しており、再犯のおそれはない。裁判所のデータベースでは、親族が被害者の殺人事件で、放火罪も成立したなどの例は5件。懲役15年以上の判決もあったが、それらとは決定的に事情が異なる。懲役8年が相当」といった内容だという。母親に追い詰められたというが、殺害しなければ自己の存在が危うくなるという性質のものではあるまい。
■4:双方量刑相場を軸に量刑論を戦わせたのは、ひとつの基準としてやむをえないものではあるが、事件固有の悪質さ、被告人ならではの事情を考慮して、裁判員が裁判官の経験と法的な妥当性に関する情報提供も加味しつつ、事件ならではの判断をすることがことのほか求められている。
 次のようなコメントを掲載してもらった。
*****************************
■09年10月07日読売新聞(朝刊、徳島版)
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は、家庭内のトラブルに焦点を当てた検察の立証の分かりやすさを評価しながらも、「放火は重大犯罪。家族の問題にとどまる小さな事件ではない。裁判員は分かりやすさだけに気を引かれずに、審理に臨んでほしい」と述べた。
■09年10月08日読売新聞(朝刊、徳島版)
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「犯行の計画性や凶悪さを考慮すれば、死刑や無期もあり得る事件。検察はそう求めない理由を説明すべきだった。むしろ裁判員の方が、公共の危険や、被告の更生への不安について質問するなど、的確に事件をとらえていた側面もある」と分析した。

■5:懲役11年。これが裁判員と裁判官の選んだ刑であった。
 読売新聞(朝刊、徳島版)09年10月10日は、「裁判員裁判で県内初の判決/『更生』願い温かい言葉=徳島」とする記事中で、判決要旨を次のように紹介している。
************* 
【量刑の理由】母親の言動などに不満を募らせ、衝動的に犯行に及んだ。背景に母親の愛情の欠如や家族の無関心があり、すべてを被告の責任にできないが、被告に甘えや弱さがあったことも否定できない。家を燃やし殺害するという犯行を冷静かつ確実に実行しており、悪質で危険。母親の苦痛や無念さを忘れてはいけない。近隣住民に与えた不安や恐怖も大きい。被告の更生には相当の時間と努力が必要だが、可能性は十分ある。
 刑罰のあり方では、検察官の求刑や弁護人の意見には根拠の十分な説明がない。最善の方法として、殺人事件一般や親を被害者とする殺人事件、現住建造物放火事件の量刑分布を参照して結論を得た。この量刑は、被告の犯罪行為の重大さを明らかにし、罪の重さを自覚させて再犯を防ぐのに最小限必要で、更生機会を与えるには十分だ。
*************
 ただ、明らかに軽い、という感想は避けられない。親殺しだけでも13年〜15年の量刑が妥当ではなかったか。
 これに手段として現住建造物放火が加わる。これも殺人罪と同じ法定刑で処罰される思い量刑理由の概要にもいささか違和感を覚えた。 
 新聞が紹介する量刑理由の大部分を、量刑相場の比較が占めているのも気になる。
 量刑相場は、ひとつの目安であるが、裁判員が拘束されるべきものではない。市民良識のひとつの現れとして尊重はするが、検察官の量刑事情に関する立証のありかたを含めて、吟味すべき点が残るのではないか。
posted by justice_justice at 10:10| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2009年10月11日

■裁判員裁判の定着ー中国・四国編(1)岡山、殺人未遂事件

■1:09年10月10日読売新聞(朝刊、岡山版)は「県内初の判決/裁判員ら「貴重な4日間」と題する記事で、裁判員裁判の模様を伝えている。
 「地裁で9日、判決が言い渡された県内初の裁判員裁判。殺人未遂罪などに問われた瀬戸内市牛窓町牛窓、無職T・S被告(40)に対する判決は、懲役6年6月(求刑・懲役8年)だった。裁判員、補充裁判員を務めた計9人は、閉廷後に記者会見し、「充実していた」「分かりやすく進めてもらった」と4日間を振り返った」という。
 事件は、交際をはじめた相手(事件当時20歳)がやがて交際をしびりはじめたことに腹を立てて、殺害を決意し、果物ナイフを持参して被害者を車に乗せて覆い被さるように左胸を刺したものである。幸い被害者は即死には至らなかったが、被告人は胸にナイフを刺したままの被害者を車に乗せて運転をはじめ、さらに復縁を期待して岡山市内をうろついたあげく、病院にもつれていかないまま放置して逃走した。被害者は自ら母親に電話をして事件発覚に至り一命をとりとめたものである。
■2:弁護人は、「中止未遂」が法律上成立し、必ず減軽をするべき場合にあたると主張したという。この点がマスコミなど事件を見守る周辺の人々には、「しろうとである市民裁判員には、わからないのではないか」という心配を巻き起こした理由のひとつであろう。
 しかし、よくありがちなこうした裁判員の能力不足を疑う「くろうと」筋の心配事は、要するに、「法律家」の能力不足が原因だとみるのが筋だろう。
 殺意がある、現に一般的には人を殺すに足りる殺害行為=果物ナイフで心臓をめがけて左胸を刺して現に刺さる=がある、、、、それ以上、とどめは刺さなかったが、急いで病院に連れて行く、止血をするなど死亡という結果発生を防ぐ努力はまったくしていない。
 死亡しなかったのは、偶然致命傷になる刺さり方ではなかったからに他ならない。
 そんな状態で「未遂」に終わったのに、被告人の刑を必ず法定刑の半分の枠内で検討することとなる減軽を認めるべき正当な理由があるかないか、、、そんなことは、事実をみれば明白だ。
 「反省、悔悟に基づく真しな気持ちで、犯罪を途中でやめるか、現に実行行為を終えてしまっても結果がまだ発生するに至っていないのなら、懸命に自分の努力で誠心誠意その発生を防ぐ努力をすること」。
 こんな当たり前の「法解釈」など義務教育を経ている市民であって、通常相当程度の社会生活上の諸経験を経ている裁判員にはよういに理解できる。
■3:現に判決の要旨は次のようなものであったという。
「殺意の発生時期について、弁護人は果物ナイフを示して覚悟を見せるためだったとし、被告は被害者の女性の言動にキレて刺したなどと供述するが、どんな覚悟か説明できていないし、原因となった女性の言動も覚えていない。そうすると、弁護側の主張は、われわれの健全な社会常識に照らして、検察官の主張に合理的な疑いを入れるものではなく、被告は事件以前から女性を殺すつもりであったと考えるのが相当である。
 次に中止未遂。果物ナイフの刃体すべてが女性の左胸に刺さったままであれば、一般人は女性が死んでしまうと思う。一般人であれば、女性を病院に連れて行くが、約9時間、車で連れ回し、最後には女性を残して逃走した。被告は、死の危険性を除去する行為をしておらず、たまたま未遂になったというべきで、被告の意思で中止したからではない」。
 そこで、次のようなコメントを掲載してもらった。

◆裁判官並みの法適用を証明
 この日の裁判員裁判の判決について、渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「争点となった中止未遂について、裁判員は犯行の危険を除去するための努力を尽くすことが必要ということを理解し、弁護人の主張に矛盾があることを見抜いている。一般市民が裁判官並みの法適用ができることを証明した判決」と述べた。
posted by justice_justice at 17:11| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2009年10月06日

■裁判員裁判と保護観察付き執行猶予判決ー地域社会の再生の期待

□1:9月の裁判員裁判のうち、9日の神戸地裁で殺人未遂事件について、懲役3年、執行猶予4年で保護観察が付けられた。また、同日の山口地裁の殺人未遂事件でも、懲役3年、執行猶予4年で保護観察が付けられた。18日の千葉地裁でも強盗致傷事件で懲役3年で、保護観察付き執行猶予が付されている。
□2:従来のプロ裁判官の量刑相場では、初犯、執行猶予の場合、保護観察は付けない運用である。しかし、続けて3件保護観察を活用した判決が宣告されたのをみると、そこに市民裁判官のひとつの思いが込められていると言えないか。
 NHKの取材に応じて、次のようなコメントをしてみた。
□3:09年9月18日、「裁判員裁判・相次ぐ保護観察処分 専門家 裁判員が被告の更生重視か」と題するNHKニュースでは、「裁判員裁判で、執行猶予の判決が言い渡されたのは、神戸、山口に続いて3件目で、いずれも保護観察処分がつきました。保護観察は刑務所などに入らず、一般社会の中での立ち直りを支援する手続きで、保護観察つきの判決が相次いでいることについて、甲南大学法科大学院の渡辺修(ワタナベオサム)教授は、『市民から選ばれた裁判員は、プロの裁判官よりも自分が関わった被告の更生に責任を持ちたいと強く思うからではないか』と話しています」。
□4:今、地域は疲弊している。
 高度経済成長を支えたのは、家庭を犠牲にした個人の労働である。朝から晩まで、土日も会社のために働く「働き蜂、働き蟻」としての市民。地域で自治会活動をし、児童会を父母が支えるといった土着の人間関係を育む地盤はなくなった。「組織」「企業」「会社」が、その利益を追求するのに容易な社会基盤を作る中で、個人と地域、家庭と学校、隣近所と家族、、、、豊かで安定的な人間関係の基盤が失われた。
 そんな中で、起きる各種の犯罪。疎遠な人間関係が土台にある。神戸では、子が親を刺す無理心中に近い犯罪、山口では、介護疲れの夫の妻殺害未遂。千葉では、下着泥棒を発見された被告人が、追いかける消防士をふりほどこうと噛みついた事件。
 一人で放置させない、地域が見守る、相談相手を社会が提供する、、、そんな共通の思いがあるのではないか。
 市民が裁き、市民が見守る、そんな「市民主義」の原理が、判決の内容にも浸透し始めている。
posted by justice_justice at 05:12| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2009年10月05日

■裁判員裁判三題ー和歌山、香川、千葉

■1:09年09月17日ー読売新聞(朝刊)
□「『裁判員』初の無期判決/強盗殺人、求刑通り/和歌山地裁」と題する記事で、和歌山地裁の裁判員裁判の様子が紹介されている。以下、引用する。
 「強盗殺人罪などに問われた無職赤松宗弘被告(55)(和歌山市)に対する裁判員裁判の判決公判が16日、和歌山地裁で開かれた。成川(なりかわ)洋司裁判長は「執拗(しつよう)に被害者の首を絞め続けるなど残忍で悪質な犯行」として求刑通り無期懲役を言い渡した。裁判員裁判で無期懲役の判決は初めて。
 判決によると、赤松被告は5月7日午後、空き巣目的で隣家の恩知靖子(ひろこ)さん(当時68歳)方に侵入。ネックレスなど16点(29万円相当)を盗んだが、恩知さんに見つかり、首をタオルなどで絞めて殺害した」。
□市民が、はじめて死刑宣告の可能性に直面しながら、検察官の主張する無期懲役と被告側の主張する25年の有期懲役の間で、自らの責任において無期懲役を選択した。
 求刑を超える刑の宣告は可能である。評議では死刑についても議論がなされたのではないか。市民が、真剣に死刑か、無期か、有期懲役かを考えた。
 そして、犯行態様の悪質さ、犯行後の態度の悪さー記事は判決を読み上げる裁判長の姿をこう紹介する。「犯行後、奪った貴金属を換金してパチンコをしたことなどを挙げたうえで、公判で遺族が死刑を求めたことは「至極当然」と述べた」ーそんなことを考量する一方、被告人のその後の反省も踏まえて、なお無期懲役とした。
 こんなコメントを掲載した。
□渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話「妥当な判決。検察側は、死刑求刑への躊躇(ちゅうちょ)に言及するなど、論告には肌身での感覚がにじみ出ていた。裁判員も、犯行後の金の使途などプロの法律家並みの質問をし、懸命に判断材料を集めているのがうかがえた。死刑の可能性にも直面する中で無期懲役を選択したという、その重い責任を果たした裁判員の判断を評価したい」

■2:09年09月18日ー読売新聞(朝刊)
□1:「放火罪判決/『みんなで悩んだ』/6人が会見/四国初の裁判員裁判=香川」と題する記事は、高松地裁で行われた四国初の裁判員裁判の結果を紹介する。「納得の3日間」という見出しが、裁判員の充実した評議と自信に満ちた評決であったことを示す。
 「地裁で行われていた四国初の裁判員裁判は17日閉廷した。現住建造物等放火罪や傷害罪などに問われた高松市十川西町、無職道広政明被告(41)に言い渡された判決は懲役6年(求刑・懲役7年)。「悩んだ」「妥当だと思う」「職務を果たした」。3日間にわたった新しい司法制度による裁判は、審理や判決に市民感覚を“吸収”し、終了した」。
 懲役6年。これがその結果であった。
 元妻に復縁を迫るDV夫の凶行。元妻に傷害を負わせる一方、自宅に放火。元妻への当てつけというなんとも子供じみた動機。しかし、社会に与えた不安、元妻の抱いた不安感、、、どれも正当化はできない。
 そんな市民の判断について、次のコメントを掲載した。
□2:渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「傷害から放火に至る経緯を裁判員は市民の良識、モラルに照らして、一体の犯行と判断したように感じた。被害者の心情を酌みつつ、適切な判断をしたと言える」と感想を述べた。
  
■3:09年09月29日ー朝日新聞(朝刊)
□「裁判員法廷」シリーズのひとつとして、「覚せい剤の密輸、市民が裁く意味/「理解難しい」「意識向上」」とこんなタイトルで裁判員裁判が紹介されている。
 「千葉地裁で28日、覚せい剤約1・5キロを成田空港に持ち込んだとして覚せい剤取締法違反(営利目的の密輸)で起訴された台湾籍の男性被告(32)の裁判員裁判が3日間の日程で始まった。市民感覚を反映するのが裁判員制度の目的。薬物の密輸事件をめぐっては、かねて「裁判官による裁判で十分では」という意見があるのだが――」。
 一方の識者である組織犯罪に詳しい慶応義塾大法科大学院の安冨潔教授(刑事訴訟法)のコメントは、、、、
 「事件の背景に犯罪組織が存在することや、営利目的かどうかの理解は市民には難しい。重要なのは薬物を国内に入れないことであって、市民の感覚を入れる必要はない」。
 しかし、と思う。
 現に、今日大阪地裁で行われた覚せい剤営利目的密輸罪では、検察官は、報告書の形で、被告人が密輸しようとした990.96グラムの覚せい剤について、末端価格が1グラムで6万円、つまり約5945万円強になること、1回分の使用料0.03グラムとして約3万3千回強になるなど市民が覚せい剤事犯の広がりを実感できる説明もした。
 市民は、これなら密輸量のもつ悪質さ、社会的害悪の広がりなどもわかる。
 こうした点は、いままで、プロの法律家であれば、いわば「裁判所に顕著な事実」として特に立証することなく、裁判所は量刑上前提にしていた事情である。
 これに対して、裁判員裁判になると、検察官は市民に覚せい剤の害悪自体を説明すべきである。それが、薬物事犯も裁判員裁判対象事件にしている意味だ。
 そうしたことを予想しつつ、こんなコメントを掲載した。
□甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は、市民が加わるのがふさわしいという立場だ。「薬物がどういう形で日本に入り末端に行き渡るか、市民が知ったうえで刑を判断することは重要だ。撲滅に向けての意識向上につながる」と指摘する。

posted by justice_justice at 23:55| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2009年09月14日

■裁判員裁判と「市民法廷」ー人情司法、温情判決

■1:裁判員裁判ではすでに数件の判決が言い渡され、裁判員が加わって判断した量刑が示された。
 いずれの裁判でも裁判員は活発に質問した。20世紀の刑事裁判は「法律家独占」で行われてきたが、21世紀は正義を市民が担う「市民主義」の時代に入ったことを物語る。東京地裁の裁判員裁判第1号事件は近隣紛争がきっかけで被告が被害者を殺したものだが、裁判員は娘の遺品を凶器に使った理由を被告に問いただした。
 神戸地裁、山口地裁では家庭内で起きた親や妻を被害者とする殺人未遂事件が審理され、裁判員は複雑な家庭事情をひもとく、プロの裁判官並みの質問を被告に向けた。
 裁判員裁判初の執行猶予付判決を宣告した神戸地裁では、その後裁判長が裁判員と裁判官全員の気持ちを被告に語った。「家族みんなで幸せに生きてほしいというのがみんなの思いです」。
 甘えた気持ちを叱責された被告にも裁判員の気持ちが届いた「人情裁判」であり、市民法廷ならではの光景であった。
 こうして量刑は結果的に裁判官だけの裁判とほぼ同じだったが、市民として率直で人情味ある審理と判決がなされており、被告への説得力も増す。プロが作ってきた量刑相場はやがて市民良識で塗り替えられる。
 山口地裁の介護疲れの夫による妻殺害未遂事件でも、懲役3年、執行猶予4年、保護観察付きの人情判決が宣告されている。
■2:もっとも、課題も浮かび上がった。
 覚せい剤の営利目的密輸罪で、大阪では、検察官の求刑をかなり下回る量刑となったが(求刑懲役10年、罰金500万円。判決、懲役5年、罰金350万円)、他方、福岡では、470グラム弱の覚せい剤密輸事件で、検察官の求刑懲役9年、罰金200万円に対して、裁判員らは、懲役7年、罰金200万円を宣告している。
 こうした薬物事件での犯情の悪質さの立証は工夫が要る。評議室で、裁判官らが自己の経験した事件の被告の話などしても証拠に基づくものではないから、市民にはピンとこないのではないか。
 市民である裁判員に、被告本人の持ちこみ分約990グラムが覚せい剤使用者がパケで買うといくらかになるのか、そのときの害悪がどう広がるのか等などについて十分な立証がなされたのか疑問なしとしない。
 確かに、大阪の薬物の大量密輸事件では、被告が運んだ薬物の量に応じた量刑にしたり、暴力団関係者にそそのかされたことなどそれなりに酌むべき事情はあったといえる。その意味で、温情判決となったのは裁判員の良識が働いたものだろう。
 ただ、裁判員に社会を守るのにふさわしい量刑を選択させるため、外国での入手方法、国内の販路、末端価格、薬物依存の怖さなど薬物がもたらす社会的害悪を薬物事件捜査のプロに証言させるなど立証の工夫がほしかった。
■3:性犯罪を対象とする青森地裁の事件では、女性を交えた裁判員が非道な犯罪の実情を被害者等の証言を交えて体感したが、検察官の求刑通りの量刑であった。性犯罪の量刑相場は「男社会」の法律家が作ってきただけに、裁判員は法定刑の範囲であれば求刑に拘束されずこれを上回る量刑も可能であることを自覚して判断してほしい。量刑は市民にとって苦手な任務なので、法律家による情状の立証にはまだ工夫が必要だ。
■4:これから本格化する裁判員裁判では、外国人が被告の事件や否認事件などさまざまな審理を迎えるが、裁判員には、市民が正義を実現する責任の重さをよく自覚して、社会を守るシステムを積極的に担って欲しい。
posted by justice_justice at 20:56| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2009年08月09日

■裁判員裁判第1号事件ー拙速裁判禁止

 09年8月3日から始まる週は、裁判員裁判がマスコミの注目を最も集めた。連日、詳細な審理の様子が描かれており、今後の裁判員裁判のあり方を考える上で貴重な取材、コメント、感想などが盛り込まれている。
 そんな中で、日経09年8月5日(朝刊)35頁は「第1号公判2日目、裁判員、証人に初質問、「調書内容、どう確認?」(裁判員法廷)」とする記事を掲載した。
 特に、8月4日に被害者家族の証人尋問にあたり、被害者像を巡り、遺族の法廷証言と捜査段階の記述の食いちがいを女性裁判員がするどく突っ込む場面があった。
 「この日は午後1時から被害者の長男の証人尋問が始まった。弁護側が長男の捜査段階の供述調書に言及。調書では「おふくろは気が強くて、近所の人ともしょっちゅうケンカをしていた」とされていたが、長男は法廷で「調書のことは覚えていない。近所とトラブルがあったなどの記憶はない」と調書内容の一部を否定した。
 長男に質問したのは、女性裁判員の1人。秋葉裁判長は裁判員が特定されないよう配慮して「4番の方」と番号で呼び掛け、質問を促した。
 女性裁判員は、証言と調書の相違点を指摘した上で「調書の内容はどのように確認したのですか」「自分で読んで、サインしたのでは」などと問いを重ねた。長男は「事件直後で動揺しており、調書を読んだことも覚えていない」と答えた」。
 遺族は、被害者をうつくしく描きがちになる、こんな経験則に照らして、裁判員の突っ込みどころはみごとであった。但し、被害者の人柄、とくに近隣の人との付き合い方に難点があるからとしって、「落ち度」として量刑を軽くすべき材料になるようなものかどうかは、慎重に見極めなければならない。

 裁判員裁判で気になるのは、「国民の負担にならない裁判」という最高裁がキャンペーンを張っている宣伝である。
 刑事手続には時間がかかる。負担はある。それを市民が担ってでも、正義の実現の担い手を代えて、正義の質改善と、担い手である市民のモラリティーの向上を図らなければならない。これが、憲法に内在する国民の「第4の憲法上の義務」である。
 そんな思いをから、新聞記事で今回の審理の経過などみつつ、次のようなコメントを掲載してもらった。
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被告置き去りの恐れ
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 東京地裁で開かれている裁判員裁判のこれまでの経過を見ると、裁判所と検察側、弁護側の法曹三者は、市民から選ばれた裁判員の負担軽減を重視して公判日程を組んでいるが、刑事訴訟が本来目指している「事案の真相解明」と「公正な量刑」の実現を念頭に置いているか疑問が残る。被告を置き去りにした拙速な裁判という危険性もある。
 市民の良識を本当に反映させたいというのであれば、ある程度負担がかかったとしても、じっくりと考える時間が必要。夜間や土日に開廷するなど、考えられる手法は色々あるのに、今のやり方は審理期間を短くし、調べる必要がある証拠の数量を減らしているだけに映る。本当の意味で市民の司法参加を目指していくのであれば、負担の覚悟も求めていくべきだ。「負担をかけませんから、おいで下さい」という今の風潮は誤っている

posted by justice_justice at 10:27| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2009年07月31日

■暴力団員と裁判員の資格

■東京新聞のネット配信記事「裁判員/暴力団員も選ばれるの!?/検察側「可能性低い」」(2009年7月31日 14時04分)では、裁判員を選考する過程で、検察サイドは、禁固以上の刑を科された者が排除されることにより、暴力団員の相当数が排除されると摘示している。これは、法定の要件に基づく排除なので、差し支えない。
 一般的にも、こうした法定の欠格事由、就職禁止事由、「不適格事由」に該当するのであれば、暴力団のみならず市民は当然に排除される。
 だが、運用上、例えば、「暴力団員であるから、一律に、不公平な裁判をするおそれがあると認めた者」として排除するのはどうであろうか。
 そうした心情告白を裁判員選任過程で事件と無関係に行っていいものかどうか。家庭内暴力の結果起きた殺人事件で、暴力団の身分があるから裁判員にふさわしくないと言えるのかどうか、、、
 そんな疑問もあるので、同誌には、次のコメントを掲載してもらった。

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 一方、「そもそも暴力団員だという基準だけで裁判員から排除すべきではない」と言うのは、渡辺修・甲南大法科大学院長だ。
 渡辺氏は「社会的な身分や立場、思想、所属団体などを裁判員選別の基準にすることは、市民の中に社会的差別、分断を生むだけ。国民の良識を反映させるという裁判員制度の根幹が崩れる」と警告する。「誰を裁判員に選ぶかは、各事件ごとにケース・バイ・ケースで判断すれば足りる」と指摘した。


■なお、これは、ブログ編者の確認ミスでもあったのかと思うが、「甲南大学法科大学院長」の立場で上記コメントをした扱いになっている。
 しかし、これは誤りである。
 あくまで、単なる「教授」という一研究者の立場で発言したものだ。
 今回も含めて、マスコミへの発言の際、大学の行政職の責務と切り離すためにも、肩書きは教授、そしてペンネーム使用を徹底しているつもりだ。
 だが、折々失敗する。まれに、マスコミサイドが責任ある行政職を肩書きに使いたがることもないではない。しかし、断っている。
 今後、コメント掲載の際、十分に注意したい。

 読者も、このブログの発言内容はもとより、マスコミなどでの研究者としてのコメントは、所属大学とは全く無関係であること、当たり前のことではあるが、御理解いただきたい。
posted by justice_justice at 18:09| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2009年07月22日

■裁判員裁判始動ー滋賀・タンク殺人事件

■「状況証拠だけで審理/滋賀・タンク殺人/被告 全面否認貫く/裁判員裁判/『常識に従い市民が判断』」
 こんな見出しの記事が、四国新聞09年7月19日(朝刊)に掲載されている。
 滋賀県で起きた不倫相手の同僚女性を殺害したとして上司が起訴された事件である。
 本格的な犯人性を争う事件として注目されることになると思う。
 むろん、自白はないし、犯行を直接見た者がいるわけでもない。
 「間接証拠だけで裁判員が審理する殺人事件は、これが第一号になるのではないか」。そんな刑事のコメントを新聞記事は紹介しているが、第1号かどうかはさておき、事の重要性を指摘する意味で正しい。
 事件は、滋賀県米原市の汚泥タンクで女性が窒息死したのが発見されたもの。
 殺人罪で起訴された交際相手で上司であった被告人は関与を否定。今は公判前整理手続の段階に入っている。
 記事を引用すると、「米原署捜査本部はこれまでに、被告の自宅や現場周辺を捜索し、車や衣服、タンクのふたなどを押収、物証の収集に努めた。車の中にあった少量の血痕はOさんのものと確認された」という。しかし、これだけでは足りまい。
 「弁護人によると、M被告はOさんと交際していたことは認めており、OさんがM被告の車に乗っていたことが証明されても、事件への関与に直接つながるわけではない。車は事件直後に修理に出され、フロントガラスやルームミラーの破損は当日の暴行でできたとみられていたが、弁護人は「事件発生前のもの」と主張している」。
 間接証拠で、裁判員は事実を認定できるか。これが問題となるのだが、こんなコメントを掲載している。
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 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「直接証拠がないまま公判になる殺人事件は少なくない」と指摘。タンクに投げ込む行為に殺意があったことは疑う余地がなく、被告の犯人性だけが争点になると見る。「不合理な黙秘と裁判員が判断すれば、それも証拠の一つ。犯人性が浮き彫りになれば有罪だし、疑問が残れば無罪。状況証拠の積み重ねを、市民が常識に従ってどう判断するか。今後の否認事件の参考になるだろう」と話している。

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2009年05月23日

■裁判員と市民ー取調べ可視化

 市民が裁判員となる。そして、事実認定と法令適用、量刑を裁判官とともに担当する。
 最高裁は、「負担の軽さ」を強調するが、とんでもないことだ。もともとお手軽な責務ではあるまい。次に、事件処理の効率化を市民の負担軽減を理由に図ろうとするとすれば、本末転倒だ。
 気になることは多々あるが、その一つが、被疑者取調べの可視化。
 重い刑罰を科すには、市民が信頼できる証拠が必要だ。特に、自白など被告人の供述は、捜査機関が自ら証拠を集める機会である取調べを行うから集まる。
 その場でなにかあったか、秘密にしておく、、、その感覚がそもそも理解できない。取調官との信頼関係構築、反省の上での自白、、、という特殊な「取調べ観」を捨てきれないのだろうか、、、。
 しかし、裁判になってから、任意性、信用性が争う我、その主たる理由が、取調べのありかたー違法、不当な取調べ方法であり、そうでないことを捜査機関が取調官のことばだけでごまかそうとするとき、なお市民に死刑を選べ!というのは、市民を愚弄するものだ。
 そんなことを思いつつ、共同通信の取材に応えたところ、2誌ほどが取り上げてくれた。

 09年5月21日北海道新聞3頁は、「裁判員制度スタート*道内は48件前後か*候補者呼び出し7月にも」との見出しの中で、「市民も死刑に責任負う」とのタイトルで、同日の中国新聞(朝刊)は「法廷へ/裁判員制度スタート/座談会」の後に、「適正な審理に可視化が必要」との見出しで、それぞれ掲載している。

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 渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 裁判員制度では市民が刑事裁判で真相を解明、刑罰を通じて正義を実現する重い責任を負う。市民は有罪や無罪の認定にとどまらず、死刑判決を言い渡すかどうかの責任さえ持つ。そのためには、警察、検察が裁判員の死刑宣告に耐えられる証拠を提示しなくてはならない。中でも自白の任意性や信用性が一番の問題となり、裁判員が適正な判断をするためには取り調べ状況の一部録音・録画ではなく、全面的な可視化が必要だ。
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2009年05月22日

■裁判員と市民ー4つめの「国民の義務」

■2009年5月21日、裁判員法が施行された。裁判員裁判がいよいよ始まる。そこで、5月20日朝日新聞(夕刊)に、次のコメントを掲載してもらった。

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 裁判員の役割は、弁護側と検察側が示した証拠に対し、事実と認められるのは何かを合理的に判断すること。必要なのは法律の専門知識ではなく、市民生活を通して培った常識と論理的思考力だ。
 「日本人は議論が苦手だ」という意見もあるが、各地で行われている模擬裁判で、裁判員がまったく発言しなかったり、逆に感情論に終始してしまったりということはなかった。弁護側と検察側が分かりやすい立証を心がけ、裁判長が適切な判断のものさしを提示すれば、多くの人がその任を果たせると思う。捜査機関の書類に頼って有罪判決を書くことに慣れた裁判官の官僚的体質に対して、市民の良識をぶつけることで刑事裁判を健全な真相解明の場にしてほしい。
 ただ、人を有罪だと宣言するのは軽くない負担だと思う。その上、日本の裁判員制度では、量刑の判断も求められる。有罪か無罪かだけを決め、どんな刑罰を与えるかはプロに任せる米国の陪審員制度とは大きく異なる。死刑か無期懲役か、他人の人生を左右する重大な決断を迫られる場面もあろう。心理的にも負担は一層大きくなる。
 なぜこうした重責を国民が担わなければならないのか。大小の企業による違法行為が次々と明るみに出ている現在、国民のモラルは危機に瀕している。国民の誰もが社会正義の実現に参加する責任を負うことが、自由と民主主義の社会を守り再生させることにつながる。私は、市民の司法参加を21世紀社会における国民の憲法上の義務だと考えている。

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2009年05月06日

■裁判員裁判と捜査弁護ー司法改革と市民主義

■裁判員裁判と弁護士ー「弁護人の質と量」
 連休中の5月5日の毎日新聞(朝刊)は「裁判革命:現場はいま/4 法テラス/容疑者国選弁護、10倍に」と題する連載もののなかで、いわゆる法テラスに勤務する弁護士の現状を紹介している。様々な業務の中で、特に5月21日からは、法定合議事件(長期3年以上の法定刑が予定されている事件)について、すべて被疑者も勾留されれば、国の費用で弁護人の選任を求めることのできる制度が運用される。
その活動の準備になどについて、記事では、次の問題を摘示している。
 1年間、東京都内の事務所で経験を積み、日本司法支援センター(法テラス)からスタッフ弁護士として派遣された。国費で資力のない容疑者・被告を支援、弁護する国選弁護が主要業務だ。その現場の様子をいろいろな角度から紹介しているが、次の大阪の実情報告が現場を適確に表しているのではないか。
 「大阪市の「法テラス大阪」の真野淳副所長(49)の悩みは、国選弁護の受任要請を拒否する弁護士が後を絶たないことだ。契約する弁護士から指名するが、「荷が重い」「拘置場所が遠い」と尻込みされる。都合が悪いと言われれば、別の弁護士を探すしかない。時間的余裕はない。
 容疑者国選弁護を担当すれば、通常は拘置期間の20日間、付き合わなければならない。スケジュール調整の難しさは理解できる。だが、「『誰かが受任するだろう』と、たらい回ししていてはダメだ」と思う。対策に苦慮する日々だ」。
 といって、捜査段階での手抜きは、いまでも、「密室取調べー虚偽自白」によるえん罪の危険性をつねに孕む。弁護人が付いているのに、接見もせず、自白調書作成を放置していたのに、後に任意性を争うことはむずかしくなる。捜査弁護も手抜きができない。最新の注意を必要とする。油断すれば、本来は起訴猶予相当であるのに起訴されたり、執行猶予が適切な事案なのにその主張を適切に裁判所に届けられなかったり、、、
 裁判所依存の事実認定、量刑判断は被疑者国選が始まってからは許されなくなる。そんな思いを次のような短いコメントに託した。
 「容疑者を支援する弁護士は、フットワークの良さに加え、集中力も求められる。渡辺修・甲南大法科大学院教授(55)=刑事訴訟法=は『公判をにらんで捜査を監視する、きめ細かい弁護の訓練を積むことが必要だ』と指摘する」(毎日新聞09年05月05日(朝刊))。
posted by justice_justice at 22:48| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2009年02月19日

■裁判員裁判と「責任能力」ー「手続二分」の試み by Gishu

■ 「心神喪失」「心神耗弱」
 これは、犯人が、犯罪をおこなったときの心理状態に関する刑法特有の評価の仕方である。
 心神喪失であれば無罪。心神耗弱であれば刑の減軽。これが、我が国刑法の選択である。
 「刑罰」。これは、犯行をおこなったときに、「よい・わるい」が正常に判断でき、また、「よい行い、悪い行い」も選択して実行できることが前提になる。「自由で合理的に判断し行動できるのに、敢えて『悪』を選んだこと」。こうした状態だから、制裁を科す。
 「責任主義」の原理である。
 統合失調症の幻覚妄想から逃れようとして行った行動ー物の破壊、人への攻撃などなど。これを「犯罪」として、「刑務所」に入れる選択は、国家政策として適切であり、公正か?
 答は「否」である。必要なのは、治療である。

 ただ、こうした原理原則は、この限りでは納得しやすい。
 しかし、アル中の結果心神喪失であったり、薬物中毒の結果、心神耗弱状態になっていて強盗殺人を犯した、、、等など病気の原因が本人にあると思える場合には、刑法のこうした考え方に疑問が投じられる。
 そして、そうでなくても、非道な犯罪を犯した人間が、病気を理由に罪を免れることについて、実際の事件に直面すると、納得できないものがある。

 その意味では、裁判員が、心神喪失・心神耗弱ー責任能力という考え方を理解し、事例にそって適切に判断してもらうのは、案外に難しいことではないか。

■ 「求刑前“有罪”に波紋/二段階審理で責任能力認定/大阪地裁」
 その意味で、大阪地裁の裁判官が、強制わいせつ事件について、次のような審理を行ったことは高く評価してよい。以下、東京新聞09年2月13日(夕刊)から引用する。
 まず、「責任能力が争点となった強制わいせつ致傷事件の公判で、大阪地裁の杉田宗久裁判長の訴訟指揮が波紋を広げている。初公判で「二段階で審理する」と宣言し、論告求刑の前に「責任能力あり」との異例の“有罪”見解を表明。」
 この手続段階を踏まえて、量刑に関する証拠調べを実施したものと思われる。それを踏まえて、、、
 「十三日の判決では被告の男に懲役二年六月、執行猶予五年(求刑懲役三年)を言い渡した」。
 、、となる。
 どうみたら、いいか。次のようなコメントを掲載した。
***東京新聞09年2月13日(夕刊)*******
 評価するが慎重に
 渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 裁判員裁判で責任能力が争点の場合、情状と同時に審理すると、被害者感情に接することで裁判員が混乱して判断に影響する恐れがあり、本来は分けて議論すべきだ。二段階審理は高く評価するし、定着してほしい。ただ、公判途中で示した裁判所の見解に法的拘束力はない。裁判所と検察、弁護側はもちろん、被告人の合意を必ず取る慎重な運用が求められる。

posted by justice_justice at 10:10| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

■裁判員裁判とヤギ被告事件(下)ー公判前整理手続と「拙速裁判」禁止 by GISHU 

 読売新聞08年12月11日、朝刊。「ファイル広島No.50/広島女児殺害控訴審(連載)」と題する記事の見出しは、「裁判員制度へ大きな波紋/迅速一転、長期化へ」という皮肉たっぷりなものであった。
 広島市安芸区で2005年11月、市立矢野西小1年の女児が殺害された事件で、殺人や強制わいせつ致死罪などで起訴されたヤギ被告に対して、一審判決は無期懲役を宣告していたが、控訴審は、08年12月9日、これを破棄して差戻しを命じた。 
 このため、事件は振り出しに戻る。通常、控訴審では一審判決を破棄した場合には、一審の証拠と控訴審であらためて取調べをした証拠に基づいて、自判する。しかし、今回は、検察官は死刑を求刑した事案であり、控訴審の摘示する証拠調べの不備を補った場合には、死刑宣告の可能性もある。
 とすると、控訴審判決も正当に指摘するように「審級の利益」を被告人に保障しなければならない。つまり、万が一にも、控訴審が自判の上で死刑を宣告すると、残る不服申立の場は、上告審=最高裁のみになる。
 その場合、適法な上告理由は限られる。控訴審までの手続に、憲法違反か判例違反があること。しかし、通常はそうした極端な瑕疵を、控訴審までで犯すことはない。
 したがって、事実の誤認、量刑不当や、一審判決後の情状などを考慮してもらうことができなくなる。
 そこで、一審に差し戻すのが妥当な処理だ。
 とすると、当然ながら、再度争点の整理のための期日間整理手続を実施し、再度一審の手続をおこなうこととなるから、相当の事実を要することとなる。
 控訴審判決は、@捜査段階でのヤギ被告の自白を含む供述調書について、証拠調べ請求を却下したが、検察官に証拠採用に関する任意性の立証をする機会を与えるなど適当な訴訟指揮がなされていないこと、A供述調書を証拠として採用すれば、犯行場所が被告のアパートの中であったのか、外で人に容易に見える場所であったのか特定可能となるのに、これを行っていないこと、Bその結果次第では、犯行態様の悪質性にも犯意の悪質性にも影響を与え量刑も修正を要するかもしれなかったこと、C被告の本国であるペルーで女児2人に対する性犯罪に関する訴追がなされており、その資料があるのに、その証拠採用をしなかったこと等などの問題点を指摘した。
 つまりは、一審の手続では、真相解明もこれに基づく適正な量刑もなされていない、ということとなる。
 「無期懲役でも受け入れようと思っていた。遺族の苦しみが続くのかと思うと、非情につらい」。
 新聞記事によると、被害児童の父はこう語ったという。その通りだと思う。「拙速裁判」の負担は、被告人にも被害者にもかかる。
 こんなコメントを掲載した。
****読売新聞(朝刊)08年12月11日*****
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「1審の『拙速裁判』を強く批判した、適切な判決」と控訴審判決を評価。裁判員制度では裁判員の負担軽減のため、裁判の迅速化が図られるが、「公判前整理手続きで、裁判官が必要な証拠を却下する恐れもある。真相を究明し、厳正な量刑を科すには、慎重な審理が不可欠」とした。

posted by justice_justice at 00:09| ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする
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