2015年08月27日

逮捕の重みーえん罪の怖さ

「『幸せな人生、変えられた』/誤認逮捕の男性、苦悩の2年/地裁賠償命令【大阪】」と題する記事で(2015/06/16 朝日新聞(朝刊)),次の紹介があった。

 「ある日突然、身に覚えのない容疑をかけられ、そのまま自由を奪われたら――。そんな悪夢が現実になった大阪府警北堺署と大阪地検堺支部の誤認逮捕・起訴。15日の大阪地裁判決は、ずさんな捜査で無実の人を苦しめた捜査当局の姿勢を厳しく批判した。どうすれば冤罪(えんざい)は防げるのか。捜査現場の模索が続く。▼1面参照
 「私の人生は、誤認逮捕で大きく変えられてしまいました。今日の判決が、心身ともに健康で幸せだった頃の人生を取り戻すきっかけになればと思います」・・・
 捜査段階から容疑を否認してきた男性。判決では、大阪府警の取調官が男性に何度も自白を迫った際の文言が明らかにされた。
 「その汚れた手で子どもの頭をなでてあげられますか」「反省する気持ちはないのか。お前が犯人である証拠はそろっている」
 男性は85日間の拘束の末に釈放されたが、一連の捜査で精神的なストレスから抑うつ反応を発症し、今も休職と復職を繰り返す。
 小学生の娘が2人いる。誤認逮捕のもとになったのは、家族でスノーボードに向かう途中での給油だった。そのすぐ後に給油した真犯人と取り違えられた。」

■<考論>検察、原点戻って
 渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 警察は捜査を自白に頼ろうとする伝統的な体質から抜け切っていない。一方、検察は警察の捜査をうのみにする傾向がある。今回の誤認逮捕と起訴は、そうした土壌が生んだものといえる。検察の役割は、裁判を起こして罪に問うべきかどうか批判的に事件をとらえ直すことにある。判決を踏まえ、検察は本来の役割をしっかり自覚するべきだ。
posted by justice_justice at 14:30 | TrackBack(0) | ■事件ー捜査から起訴まで | 更新情報をチェックする

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