2014年02月17日

■報道の自由と刑事裁判ー「ニュース」を証拠にしてよいか

■ 「オウム裁判:取材の自由か裁判の公正か/番組の証拠採用、続く是非論争」
  毎日新聞 2014年02月03日(東京朝刊)

 マスコミ各社の記者は,事件現場に行く。事件関係者に取材する。この職業であるが故に,市民は情報を提供する。だから,市民には容易に見えない「事実」が見えてくる。事件の奥行きが分かる。ただ,場合によって,そうした取材結果は,時に,刑事裁判の証拠として役立つ。むろん,有罪を立証するためにも,無罪の立証をするためにも役立つが,それはいいのだろうか?
 報道目的で取材した材料が,処罰のために使われる,こんな事態が当たり前になったとき,我々は,新聞記者などマスコミの取材者を,捜査機関の手先と受けとめることとなる。
 といって,場合によっては,事件の客観的状況を公正にあきらかにできる(唯一かどうかは別として)ベストな証拠となることもあって,刑事裁判における真相解明という別の国民の利益と衝突することにもなりかねない。
 記事を引用する。
・・・(引用)・・・
 東京地裁で先月から審理が続く元オウム真理教幹部、平田信(まこと)被告(48)の裁判員裁判で、弁護側がNHKの番組を録画した映像を証拠申請したところ、NHK側が反発した。同種の論争は半世紀近く続いており、放送局側は証拠採用が前提となるとインタビューを拒否されるなど「取材・報道の自由」が侵害されると主張。裁判所側には「公正な裁判の実現」のためには証拠採用が必要な場合もあるとの見方も根強い。
 ◇法廷で録画映像
 「なぜ若者が宗教に引かれるのか、神や仏を信じる若者が増えているのか。当時のオウムについて報告しています」。法廷で平田被告の弁護人が説明した後、裁判官や裁判員の手元のモニターに、1988年に放送されたNHKの情報番組「おはようジャーナル」の録画映像が約10分間流された。番組には平田被告や、元教団幹部で証人として出廷する予定の井上嘉浩死刑囚(44)も登場している。
 弁護人は番組を証拠請求した理由について、取材に対し「一切お答えしない」と答えた。NHKの石田研一放送総局長は先月22日の定例記者会見で「取材・報道の自由が確保されなくなる恐れがあるので極めて遺憾」と語った。地裁に事実認定の証拠に使わないよう申し入れ、弁護人にも文書で遺憾の意を伝えたという。
 裁判で放送局の取材映像や番組が証拠として扱われ、局側が抗議するという構図は長らく続いている。代表的な先行事例は、米原子力空母の寄港に反対し福岡市の博多駅に結集した学生のデモ隊と警官隊が衝突した「博多駅事件」(68年)だ。福岡地裁は、同市に拠点のある四つの放送局に、事件当日の様子を映したフィルムの任意提出を求めたが拒否されたため、刑事訴訟法に基づき提出命令を出した。放送局側は「提出命令は報道機関の取材活動の自由を脅かす」と反発したが、福岡高裁も地裁の判断を支持し、最高裁大法廷も69年、放送局側の特別抗告を棄却する決定を出した(70年にフィルム押収)。
 大法廷はこの決定で「報道の自由は『表現の自由』を規定した憲法21条の保障のもとにあり、報道のための取材の自由も21条の精神に照らし十分尊重に値する」と指摘。一方で「取材の自由と言っても何ら制約を受けないものではなく、公正な裁判の実現というような憲法上の要請がある時はある程度の制約を受けることもある」とした。日本新聞協会は当時、「写真やフィルムを証拠として提供することは、その後の報道、取材の自由に重大な制限を招く恐れがあり、原則避けるべきだ」との見解を表明している。
 しかし、その後も裁判所による証拠採用が続く。「和歌山毒物カレー事件」(98年)では、殺人罪などに問われた林真須美死刑囚(52)が裁判で黙秘を続け、和歌山地検は99年、事件当日の様子を林死刑囚にインタビューした民放のテレビ番組を録画・編集したビデオテープを証拠申請。放送局側は取り下げるよう地検に申し入れたが、和歌山地裁は2002年3月、証拠採用した。放送局側は抗議声明を出し、新聞協会も「ビデオテープの証拠申請・採用を安易に行わないよう求める」との見解を出した。地裁は02年12月の判決でビデオの証拠採用を「慎重であるべきことは論をまたない」としつつ、「報道機関が自ら重要な情報であるとして報道し、国民の多くが知っている情報をなぜ証拠として採用できないのか理解に苦しむ」と異例の言及をした。
・・・・・・・
 新聞記事は,いろいろな有識者の見解を紹介している。以下の通りであった。
 ○大石泰彦・青山学院大教授(メディア倫理法制)
 ・「捜査当局の取り調べや裁判所での手続きと、報道機関の取材では臨む姿勢も違う。(カレー事件のような事例は)取材に対する萎縮を招く。放映済みでも裁判での使用は控えるべきだ」
 ・「取材・報道の自由への侵害は目に見えにくいが、長期的に社会から何かが失われていく」
 ・「裁判所が新聞記事を犯罪の事実認定に用いるなど、行き過ぎた使い方があるような場合は、新聞社側はきちんと抗議すべきだ」
 ○曽我部真裕(そがべまさひろ)・京都大大学院教授(憲法)
 「カレー事件のようなケースが続くと、疑惑の渦中にいる人物への取材がしにくくなる可能性があり問題はある。しかし、一般論として既に放送された場合は、証拠となっても取材・報道への具体的な支障は考えにくく、法的には問題にしにくい」 ○元東京高裁部総括判事の中川武隆・早稲田大法科大学院教授(刑事訴訟法)
 「取材・報道の自由と、公正な裁判の実現の双方を比較検討はするが、重視しているのは刑罰権の適正な行使。(放送局側が証拠採用に反対するなら)証拠となることで報道機関にとってどのような弊害が起きるのかについて、ある程度具体的な主張がないと説得力を持たない」
 ただ,以上の識者のコメントに欠けているのは,証拠収集の手続の妥当性である。
 テレビのニュースなどの番組を,簡単に録画できる時代であるが,それをそのまま証拠に出していいのか,裁判所は,気軽に証拠採用していいのか。
 それは,報道の自由/取材の自由と公正な裁判の利益のバランスを,法の世界で吟味検討する場が失われる。
 そのことも含めて,次のコメントを出した。
■渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)
 「裁判の公正さを保つという観点からもテレビ番組を証拠採用するのは好ましくない。それでも、やむを得ず証拠採用するなら、裁判所が提出命令を出すなりして放送局側の反論の場を確保すべきだ。録画ビデオをそのまま証拠にするという姿勢自体が『報道の自由』への配慮を欠いている」。
posted by justice_justice at 14:13 | TrackBack(0) | ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

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