2014年02月12日

知覧  隼と零戦

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知覧特攻平和会館に,海から引き上げられた零戦の残骸が展示されている。解説をみても趣旨が不明である。「昭和20年5月鹿児島県甑島の手打港の沖約500メートル、水深約35メートルのところに海没していたものを知覧町(当時)が昭和55年6月に引き揚げたものです」という。引き上げたのが昭和55年6月であることはわかる。しかし,昭和20年5月になにがあったのか。海没しているのを偶然に目撃されただけなのか,海没=墜落が確認されたのか不明で,飛行士がどうなったか解説は語らない。しかし,確かに,海没するまで乗っていた一人の若者がいたはずだ。鹿屋にあった海軍航空隊から出撃した機体であったのかどうか。他方,隼のレプリカも置かれている。零戦と並ぶ陸軍航空隊の主力戦闘機。鹿児島湾をはさんで東西にあったふたつの航空隊基地から多勢の若者が飛び立ち特攻として命を落としていった。かかる「非合理なるもの」を国家の命運を賭ける戦争の戦略に組み込む「愚かしさ」が,日本の精神文化になお刻まれているおそれがある。二つ目の「知覧」が残るような愚かな歩みを今後しないためにも,この平和会館を大切に留めておきたいものだ。

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posted by justice_justice at 07:50 | TrackBack(0) | ●観光(日本) | 更新情報をチェックする

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