2014年01月31日

■『1人殺害』と死刑の当否(下)ー岡山の裁判員達の決断

■「元同僚女性強殺に死刑/岡山地裁判決/被害者1人では異例」
読売新聞2013/02/15(朝刊)
 昨日の続きである。1年前のことであるが,被害者1名の事件で,裁判員裁判の結果,死刑が選択された事件があった。
***引用***
 岡山市で2011年、派遣社員加藤みささん(当時27歳)を殺害、遺体を切断して遺棄したなどとして強盗殺人や死体遺棄罪などに問われた元同僚の住田紘一被告(30)の裁判員裁判の判決で、岡山地裁(森岡孝介裁判長)は14日、求刑通り死刑を言い渡した。
 被害者が1人の事件での死刑判決は異例。住田被告に前科はなかったが、森岡裁判長は「強固な殺意に基づく冷酷かつ残虐な犯行。反省や謝罪は不十分で、更生可能性は高いとはいえない。死刑の選択をするほかない」と述べた。弁護側は即日控訴した。
 判決によると、住田被告は同年9月30日、岡山市北区の倉庫に加藤さんを連れ込み、所持金を奪って性的暴行をしたうえ、ナイフで胸などを10回以上刺して殺害。翌10月上旬、実家のある大阪市内で遺体を切断し、川などに遺棄した。
 判決で森岡裁判長は、性的な欲求不満を解消するための計画性の高い犯行だとし、「当初から殺害と遺体の処理まで考えていた点は強く非難されるべきだ」と指摘した。
 ◆裁判員 残虐性を判断 
 死刑選択を巡っては、1983年の最高裁判決が被害者数、前科、殺害方法など9項目の基準(永山基準)を示しており、裁判員裁判で、殺害された被害者が1人の場合に死刑判決が言い渡されるのは3件目、前科がない被告には初めてとみられる。
 千葉大生強盗殺人事件など過去2件は、いずれも被告が重大事件で服役し、出所後間もない犯行だった点を重視。一方、今回は計画性や残虐性など犯行の悪質さがポイントになった。
 判決後、裁判員を務めた人たちが岡山地裁内で記者会見。住田被告に前科はなかったが、40歳代男性は「(プロの裁判官による)永山基準に基づいた数々の判例が積み重ねられてきたが、市民の意見、意思を反映した判決があってもいいのではないか」と話した。
 補充裁判員だった30歳代男性は「精神的な負担は本当に大きく、家に帰っても、自分が裁いていいのかすごく悩んだ」と死刑判断の重さをにじませた。
 ◆「本心で謝罪を」 被害者の父
 加藤みささんの父裕司さん(60)は判決傍聴後、岡山市内で会見し、「極めて妥当な判決。ようやく娘に報告が出来る」と話した。
 裕司さんは妻、長男と計5日間の裁判をすべて傍聴し、被害者参加制度に基づき、住田被告に直接質問もした。「刑が確定したら、(住田被告に)会いに行こうと思っている。反省の気持ちを芽生えさせ、本心からみさに謝ってもらいたい。そのためにも控訴を取り下げてほしい」と求めた。
***

 裁判員裁判制度が始まって3年が経過する。
 市民の健全な良識が刑事裁判に浸透しつつある。
 事件毎の重みをはかって,そのときに集まった市民達の良識にしたがった判断で刑を決める。それが,重なって社会全体の正義の形ができあがる。
 プロの裁判官のみに委ねていた,技巧的な量刑相場は妥当しない。プロが,自己の判断こそ正しいという独善的な価値判断で,量刑を市民社会に押しつけることそのものが控えられるべきことだ。
 「官僚主義」に対する「市民主義」の時代に入ったことを語る事件処理である。
 また,実際にも証拠で浮き彫りになり,本人の供述でも裏付けられる犯行態様に照らして,極刑の選択が誤っているとは思えない。
 次に問題となるのは,その極刑の実体だ。これもまた,「官僚主義」のベールにつつまれて「市民主義」の及ばない密室となっている。
 「可視化」原理に基づく,実体の正確な説明なしに,市民に極刑を選ばせること自体が実は不合理でもある。今は,市民もやむをえない選択をしている,とみるべきだ。
 今後,極刑の求刑にあたり,検察官は,それが,いかなる意味で,理性的で合理的な刑罰であるのか,執行までにどのような処遇をし,えん罪の防止を考えているのか,立証することを求められるようになろう。
 そんなことを考えながら,当時のコメントを振り返ってみた。
 上記新聞に次のように記載された。

■渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「性的暴行があったことなどを踏まえた判決。裁判員らは、被害者数にこだわらず、市民良識に沿って事件の重みにふさわしい判断をした。今後の一つの指標になるだろう」と指摘した
posted by justice_justice at 11:05 | TrackBack(0) | ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

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