2014年01月27日

■「免訴」−手続を打ち切る裁判と検察審査会の起訴強制

■「無罪」こわばる遺族 子犠牲「報告しようがない」 明石歩道橋事故、判決 【大阪】
2013/02/20 朝日新聞 夕刊 11ページ 2460文字 書誌情報
 2001年7月21日、JR朝霧駅と海岸を結ぶ歩道橋に,花火大会の見物客が殺到。見物に格好の場所である歩道橋が,帰る人と行く人の交錯する中,滞留してしまい,やがて人が折り重なって倒れる「群衆雪崩」が発生。
 子ども9人と70代女性2人の計11人が死亡、247人が負傷した。
 神戸地検は翌年、現地警備本部指揮官の明石署元地域官と警備会社支社長ら計5人を起訴した(有罪確定)。
 しかし,署内にいた元署長と元副署長も書類送検されたが、不起訴とした。市民らが検察審査会に申し立てを行い,法改正がなされて,2度の不起訴に対する審理で,市民らは起訴議決をした。裁判所が指定する弁護士が,この決定に従い,公訴提起をした。
 その判断が示された。

「被告人を免訴すべきである」。

 聞き慣れないことばが,その日の法廷に響いたことと思う。
 判決は,もう1年ほど前になる,神戸地裁でのできごと。
 事件も,さらに一回り昔の季節も夏。明石市が開く夏祭りの会場がこの年からであったと思うが,市役所前広場周辺から,人工的に創られた大蔵海岸公園に移された。
 場所の移動をみて,怪訝に思ったことを今も覚えている。
 というのも,人の流れが悪くなるからだ。
 市役所前なら,明石駅からもすこし遠いが散歩のつもりで,屋台の並ぶ通りで,歩行者天国にした通りを歩いていける。それに,途中からもぬけたり,はいったりできる。いわば,穴だらけの風船と同じで,空気がいっぱいになりそうになれば,途中で適当にぬけられる。
 ところが,朝霧駅前の大蔵海岸公園は,第2国道で囲まれ,朝霧駅とは狭い歩道橋でつながるだけで,人の逃げ場がない。あぶない場所だと何気なく思ったことを記憶している。
 そんな場所にある歩道橋上で起きた群衆雪崩。
 残念ながら,元副署長を起訴した時点では,業過致死傷罪の公訴時効が完成している,というのが裁判所の判断であった。
 だから,「免訴」。つまり,有罪無罪の判断をするまでもなく,裁判を打ち切るというのだ。
 
***引用***
兵庫県明石市の歩道橋事故から11年7カ月。明石署の元副署長榊和晄(さかきかずあき)被告(66)に20日、裁判を打ち切る免訴の判決が言い渡された。検察が4度も不起訴を繰り返すなか、真相解明のために警察署幹部の裁判を求め続けた遺族は、厳しい表情で「実質無罪」の判決を聞いた。▼1面参照
 うどん店を経営する明石市の有馬正春さん(53)は、検察官役の指定弁護士の席の後ろに座った。免訴が言い渡された瞬間、裁判長を見ていた表情がこわばり、何かつぶやいた後、みけんにしわを寄せて口を真一文字に結んだ。
 あの日、9歳で小学4年の長女千晴さんと7歳で小学2年の長男大(だい)君を亡くした。家族4人で花火大会に出かけ、JR朝霧駅から大蔵海岸に向かう歩道橋に入ったが、半分を過ぎたあたりで四方八方から押し込まれ、足が浮き上がった。とっさに壁と手すりの間に子ども2人を入れ、腕をつっぱってかばったが、数分もたたないうちに夫婦とも人波に押し流された。「子どもが、子どもが」。妻の友起子さん(43)が叫んだ。
 2人がいる場所に戻ると、大君の上には子どもが折り重なっていた。抱きかかえたとき、もう意識はなかった。千晴さんが頭から血を流しながら、機動隊員に運ばれているのを見た。それが、最期だった。
 裁判には遺族8人が被害者参加制度で加わった。有馬さんは昨年9月の論告求刑公判で、A4判用紙3枚にまとめた意見を法廷で読み上げた。「事故は未然に防げたはず」と言い、「本来裁かれなければならない被告が厳罰に処されることが、一番の再発防止になると思う」と訴えた。
 なぜ事故は起きたのか。それを追い求めてきた11年だった。「よく『宿題』って言うんです、子ども2人からのね。やらなあかん、その思いだけですよね」
 しかし判決は、裁判を打ち切る免訴だった。「がっくりきました。有罪か無罪かはっきり聞きたかった。(子どもにも)報告しようがない」と語った。
 (篠健一郎)
 ●否認貫き 元副署長一礼
 榊被告は証言台に手をつき、硬い表情で判決を聞いた。免訴が言い渡されると、裁判長に軽く一礼し、口を結んだまま席に戻った。
 「今でも、深夜に目が覚め、亡くなられた11名の方々の悲鳴が聞こえるように感じることがあります」
 昨年11月の最終陳述で、自身も事故の傷を引きずって生きてきたと吐露し、「防止できなかったことは、残念で申し訳なく、おわびを申し上げます」と遺族に頭を下げた。ただ、刑事責任については「署長ならともかく、私に過失があると言われても、それはおかしい」と、一貫して否定してきた。
 閉廷後、榊被告は「私なりに事故の再発防止について考えていきたい」と報道陣に語った。
 ある県警幹部は「事故を境に警察の雑踏警備に関する意識は大きく変わった。危機感と責任の重さを忘れることはない」と話した。
 ◇強制起訴見直しを
 <元東京高検検事の高井康行弁護士の話> 当然の判決だ。今の強制起訴制度が人権侵を招く恐れがあることを示しており、これを機に制度を見直すべきだ。対象を証拠が足りない「嫌疑不十分」でなく、証拠はあるが起訴を見送った「起訴猶予」の事件に絞るべきだ。対象を絞らないのであれば、有罪の確信を得た時しか起訴できないように基準を明確化する必要があるのではないか。
*********
 ブログ編者は,「学者」の視点で,法を解釈する。
 この事件では,共犯者と実質的にみてもいい,元地域官ー現場の警備実施の責任者が起訴されて上告審まで争った。その間は元副署長に対する公訴時効は停止したとみるのが妥当だ。
 だから,検察審査会法改正をまって行われた起訴強制手続は,じゅうぶんに,公訴時効期間内のものである。
 だから,そもそも免訴にした地裁の判断に疑問を感じている。
 また,結果として,免訴になったー処罰できなかった,だから,しろうとである市民が行なう検察審査会の起訴議決を疑問とするのは,もっと疑問だ。
 民意に基づく公訴提起について,プロが再度責任をもって刑事裁判の場で判断する,その役割分担が21世紀型の正義を実現するものとなる。
 そこで,起訴強制制度ー市民による公訴権への介入を嫌う見解が多く表明され始めたこの頃に,とりあえず,次のコメントを出した。

◇解明の場ができた
 <甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)の話> 元副署長も元地域官も協力して事故を防ぐべき義務があったと考えていたが、判決では認められなかった。それでも検察審査会は今回のように、検察が不起訴にした警察官による犯罪や政治家の犯罪などを拾う役割がある。強制起訴制度と市民の判断によって、闇に包まれていた事件が起訴され、真相解明の場ができたことは評価できる。

posted by justice_justice at 05:59 | TrackBack(0) | ■(ケース)明石歩道橋事件 | 更新情報をチェックする

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