2013年12月30日

■還暦世代と『孤舟』シンドロームー孤舟から孤死への道を避けるために

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■『孤舟』シンドロームー「孤死」と「孤舟」の時代
渡辺淳一『孤舟』は,著名だ。今の60代のある種の気分をうまく表現している。主人公は,大手広告代理店の上席常務執行役員。名も「大谷」「威一郎」という。社長の派閥と少し距離を置いていたため,定年退職後に提案されたのは,彼のプライドを傷つける大阪の関連会社の社長ポスト。
 「一日考えて,威一郎はきっぱりと大阪行きを断った」。
この一文がなければ,むろん,小説自体が成り立たない。 
 「一日考えて,威一郎はあっさりと大阪行きを受けた」。
のであれば,彼は,大阪の会社社長としてまだまだ活躍できたのに,,,,が,小説にはならない。そこで,彼は定年退職した。それなりに充実した第二の人生を思い描いていたが、待ち受けていたのはなによりも次の一文が物語る生活だ。
 「辞めてみると,現実は想像したのとはまったく違っていた。
  なによりも威一郎が面食らったのは,毎朝起きても,やることがないことである」。
 夫婦関係と親子関係も冷えている。会社生活中心を当然と思っていた彼には,活き活きとした妻や娘,息子の生活は知らない。訳もなく彼らを管理し支配し指示し命令する対象としてみる「家長」の視線しかない。むろん,家事はできない。まず,夫婦の気持ちのすれ違い。娘の独立。妻が追って娘のマンションに移る。完全な孤立。デート嬢と束の間の恋愛ごっこをしてみるが,うまくいかない裡に,彼女は結婚のためリタイア。セックスを求めていたが,果たせず終わる。それに,現役の会社幹部を装ってみたが,彼女には2年前に退職したことをとっくに見抜かれている。家に呼んで家事を頼んだ跡を妻に見つけられて,果たせなかった不倫を疑われる。
「あなた,誰かここに呼んだでしょう」。
 このひと言ですべてが暴かれる。
 が,妻も娘に攻められて結局家に戻ることとなる,その先を残して小説は終わる。
 「よし,今日から新しく生きていこう」
***
 日本の企業社会は,個人の精神生活を貧弱にした。夫婦,家族,子育て,介護,地域,学校,,,,個人がしっかりと落ち着いて活きていくのに必要な土台をすべて破壊し,個人を企業の場で働く歯車に変えた。それが,今破綻しつつある。
 「少子高齢化」。 
 その中で,個人は,「孤舟」観にさいなまれる状態に置かれる。個人を会社に吸収するシステムはあるが,個人が安心感・安定感・連帯感を持てる基盤が失われている。
 それを警告するのが「孤舟」シンドロームだ。
 主人公の年代に近くなった今,つくづくと思うが,企業社会に押し流されないためにも,「個」を尊重する社会システムの再構築を考えるべきだろう。

<追って>
 先日,夫婦で,子ども達の贈ってくれた還暦を祝う旅行券で金刀比羅宮参りに出向く。岡山までの新幹線,岡山から琴平までの特急南風の中で,ひとしきり『孤舟』論議。とりとめもない話をしているうちに,琴平へ。ホテルに荷物を預けて金刀比羅宮詣で。下宮してから参道沿いの店で金毘羅うどんを食べた。うまかった。
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posted by justice_justice at 05:31 | TrackBack(0) | ●教養ー一般 | 更新情報をチェックする

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