2012年07月04日

■少女のの告訴能力ー被害と処罰の意思表示

■朝日新聞デジタル版(2012年7月3日23時42分配信)では、
  『10歳女児の告訴能力、一転認定 高裁、わいせつ事件で』
 と題する記事を紹介する。
 引用する。
 「わいせつな行為をされたとして当時10歳11カ月の女児が、母親の交際相手の男を告訴した強制わいせつ事件の控訴審判決が3日、名古屋高裁金沢支部であった。伊藤新一郎裁判長は、女児は幼さから、告訴の意味を理解していなかったとして告訴能力を認めず、公訴を棄却した一審・富山地裁判決を破棄。審理を地裁に差し戻した。
 伊藤裁判長はまず、告訴能力について、犯罪被害を理解して捜査機関に申告し、犯人の処罰を求める意思があれば足りるとした。その上で、女児はその学業成績から、当時も年齢相応の理解力と判断力を備えていたと指摘。検察官に被告を死刑にしてほしいと求めたが、それはできないと言われ、「重い罰を与えてほしい」と述べている点などから「被害感情を抱いて被告人の処罰を求めている」と認め、「告訴能力を備えていた」と結論づけた」。

 むろん、当然の結論だ。
 親告罪の場合、被害申告と処罰の意思が確認できれば、警察、検察は起訴にむけて最大限の努力をして犯人と犯罪の摘発に努力すべきだ。
 裁判に伴うプライバシー侵害や二次被害はそれ自体解決策をさらに用意するべきだ。
 そうしたことも、本人の理解力にあわせて説明するべきだ。

 その意味で、本件一審までの手続には多々疑問がある。
 検事が告訴調書を作成しなかった理由は釈然としない。検察官が、検面調書を実質的に告訴状と扱ったときに、一審裁判官が、少女から直接事情を聞けばいいのに、放置して、書類と観念論で、告訴能力を高めに設定して、これにあわないという概念法学のお遊びをしたのはもっての他だ。

 こんなコメントを掲載してもらっている。

■甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「検事が告訴の意味を女児に説いて告訴調書を作ったり、裁判官が女児と面談して告訴能力を確認したりすればよかった」と指摘。「捜査機関と裁判所が女児に、二次被害と言える裁判の長期化という負担をかけてしまった」と批判した。

posted by justice_justice at 06:24 | TrackBack(0) | ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

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