2012年05月27日

■裁判員裁判見直しー性犯罪と『闘う被害者』

■裁判員裁判見直しー性犯罪と「闘う被害者」

「裁判員裁判3年/岡山の関係者/性犯罪審理に賛否の声/『被害者苦悩に理解進む』 /『二次被害の懸念拭えず』」と題する重いテーマを正面から取り上げたのは、山陽新聞2012年5月21日(朝刊)だ。
 記事は、こう問題を提起する。
 「裁判員裁判で、性犯罪を審理すべきかどうかの議論が浮上している。被害者のプライバシーが拡散して二次被害を招く懸念が払拭(ふっしょく)できないためだ。一方で、性犯罪に厳しい判断を下す傾向を踏まえたり、「被害者の苦しみなどについて社会の理解が進む」として続行を望む声もある」と。
 以下、記事を引用する。

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 「自分は汚れてしまった人間。生きている価値がないと思った」
 岡山県内在住の女性(30)が当時の心境を吐露する。2008年3月、同僚の男に睡眠薬を飲まされ、乗用車の中で暴行を受けた。事件後、男が出勤する会社には怖くて行けなくなり、退社に追い込まれた。精神的ショックから外出すらままならない。「なぜ私だけがつらい目に遭うのか」と刑事告訴。裁判官による裁判で審理され、09年3月、男には準強姦(ごうかん)罪で懲役4年の判決が下された。
 最近になって「もし、裁判員裁判だったら」と、時折思う。自分の人生は男によって台無しにされた。「市民感覚なら、もっと重い罪を科したのでは」
ためらいも 
 09年5月に始まった裁判員裁判は強姦致死傷や強制わいせつ致死傷などの性犯罪も対象。裁判員選任手続きや公判ではプライバシー保護が図られてきた。
 選任手続きでは地域や職場などで女性と接点がないかをチェック。公判では被害者の名前や住所などは明かさず、被害者出廷の際は傍聴人や被告人から見えないよう、ついたてで囲んだり、別室からモニター画面を通して証言している。
 岡山地裁ではこれまで14件を実施。問題が顕在化したケースはないが、二次被害の心配は尽きない。おかやま犯罪被害者サポート・ファミリーズの川崎政宏理事長は「接点がある場合、裁判員候補の段階で外すといっても人間関係がどうつながっているかは分からない。裁判が嫌で告訴をためらう人もいる」と話す。
厳罰化の傾向 
 一方、被害者サポートセンターおかやま(VSCO)の森陽子専務理事は「ためらう声も確かにあるが、民意を反映した裁判員裁判でしっかり裁いてほしいという被害者も少なくない」と言う。
 というのも、性犯罪への量刑は裁判官による裁判より厳罰化の傾向にある。最高裁の集計では、強姦致傷の最も多い判決は、従来の「懲役3年超5年以下」から「5年超7年以下」に上昇し、執行猶予付きも減った。
 岡山地裁の14件のうち3件は求刑通りの判決だった。裁判員経験者(33)は「人生を狂わせるひどい犯罪だと分かった。これまで刑が軽すぎた」と言う。
 森専務理事は「裁判員裁判で注目を集めることで、性犯罪の悲惨さ、被害者の苦悩についても理解が広がる側面もある」とも指摘する。
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 以上を踏まえて、ブログ編者は、一人一人の被害者にはつらい選択を求めると思いつつも、次のように、「あるべき論」を採ることとしている。

 甲南大法科大学院の渡辺修教授(同)も、対象事件の変更は「早急すぎる」と否定し、「捜査当局が社会的意義を訴えるなどして説得し、『戦う被害者』をつくるべきだ」としている。

 「裁判員裁判時代」とは、「市民主義」の時代だ。
 市民が長年培った市民良識を、政治、経済、文化そして司法の場に活かすことで、21世紀日本の活性化を図る、その様々な筋道を作っていかなければならない。
 幸い、「官僚司法」の側が、金属疲労を起こして、ついに市民参加へと踏み切った。
 裁判員裁判だ。
 市民社会の側も、これを維持発展させる「強靱さ」が必要だ。
 「被害者」。
 これも、被害に嘆き悲しみ、哀れまれ、慰められる受け身の存在にとどまるのではなく、その不条理を訴え、社会に被害の深刻さを突きつけ、真剣に、犯罪の予防とそして厳罰を選択させる強さが欲しい。そして、それを支える社会であるべきだ。
 捜査から起訴、裁判、、、、この過程を被害者とともに戦い、支える弁護士が育つ必要もある。


 学者の原理論と思って呼んでほしい。
posted by justice_justice at 17:59 | TrackBack(0) | ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

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