2012年03月30日

■『特捜』有罪ー「特捜部」の終焉、検事の不「本分」

■2012年3月30日の午後、いわゆる郵便不正事件に関連して、偽造証明書の原案が保管されたFDを、特捜検事が改ざんしたことを知りながら、適切な捜査をしなかった大阪地検の特捜部元部長、元副部長に対して、犯人隠避罪で、執行猶予のついた有罪判決が出た。求刑が1年6月ともともと軽かった。それに、かくだんの事情とも思えないが、執行猶予が付された。
 その判決要旨を読んだ最初の感想として、とりとめもなくまとめたのが、次のものである。

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(1)「特捜のエース」達の権力犯罪に有罪が宣告されたことは重い意味を持つ。選挙と市民参加で政権が動く時代になったのに、特捜部が存在意義を強調しようとして功を焦り郵便不正事件をでっち上げようとしたことが事件の背景にある。
 密室で作ったストーリーにあわせて政治経済の根幹に関わる大型事件を摘発する特捜部の「国策捜査」はもはや時代遅れだ。特捜部解体を再度検討するべきで、政権党が責任ある判断を示すべきだ。

(2)証拠改ざんを巡り、今回の有罪判決を含むと3人の「特捜部」検事が有罪判決を受けた事実を検察庁は深刻に受けとめるべきだ。特捜部の捜査も、密室の取調べ室で容疑者に「反省と自白」を強引に迫る旧態依然たる捜査が中心で、自白さえとれれば自ら保管する物証の改ざんも是認する風潮を生んだ。
 その上、事件当時の特捜部長、副部長が部下の犯罪を隠蔽して犯罪の屋上屋を重ねた。「正義の殿堂」である検察組織が実は自浄作用も危機管理もできない単なる官僚機構であることがはっきりした。
 今後、容疑者取調べの全面可視化、弁護人の立会、証拠物管理手続の可視化、証拠の全面開示など事後に市民にも目に見える捜査手続を導入するべきで、えん罪の余地のない捜査手続を実現しない限り、検察捜査に対する市民の信頼感を回復することはできない。

(3)今回の事件では、検事が容疑者、目撃者である検事を調べたが、従来型の密室取調べしかなされていない。また、弁護士を特に検事に任用して捜査に当たらせるなど市民の信頼を得る努力はまったくなされていない。
 このため、従来と同じく、検事と元検事の「ストーリー」のぶつけ合い、という泥仕合になっている。有罪判決は当然であるが、「検察の内輪の争い」を市民は冷ややかにしか見ていない。抜本的な体質改善なき限り、官僚組織としての検察庁を蔽う疑惑と不信感は消えることはない。
 トカゲのしっぽ切りで、「事件屋」になりさがった検察の体質が改善されるものでもないし、「検察に対する不信感」を市民が忘れ去るものでもない。
 抜本的な体質改善が必要だ。今や、検察の公訴のあり方は検察審査会がチェックし、有罪立証の適切さは裁判員裁判で判断される。密室での被疑者取調べ、証拠物軽視の有罪立証などはすべて市民良識によって批判される。
 とは言え、公訴提起を担う検察組織は不可欠だ。今後は、弁護士、裁判官、法学者にとどまらず見識のある市民を非常勤検事に任用する道を開くなと、手続の可視化だけでなく、検察官自身の流動性を高めることによって、「公正な手続、厳正な処罰」というい「検察の本分」を守る強固な検察組織改革を実現するべきだ。
posted by justice_justice at 22:16 | TrackBack(0) | ■「特捜崩壊」 | 更新情報をチェックする

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