2012年02月17日

『ふたつ』の世界(2)ー「セザンヌの林檎とプレスティンの林檎」というふたつ

 nagoya_apple_no1.jpg2012年1月28日、名古屋市金山駅すぐ。名古屋ボストン美術館。

 名古屋は好きな町だ。すぐれものはいくつかある。そのひとつは、ヤマザキマザック美術館と名古屋ボストン美術館。常設展中心と、特別展中心。概念の異なるふたつの美術館がある。

 そのひとつ、名古屋ボストン美術館で「恋する静物」展を見た。そして、ふたつの林檎絵を見た。

 その一枚は、言わずと知れたセザンヌの静物画。展示会の記念品売り場では、そのクリアファイルを売っている。落ち着いた色彩、柔らかな輪郭の中に、よくある果物、林檎が静かに「ある」。
 存在感がじっくりと伝わる名画。

 今一枚は、アメリカの画家、プレンティスの描いたそれ。缶に詰め込まれた林檎。特徴は、傷だらけであること。その生々しさは、実際にニューヨーク州イサカで秋ともなれば広大なりんご園で林檎狩りをした体験が保障する。この傷のつきかた、アメリカなり、と言える。
 そして、その程度の傷をものともしないで、林檎をジャムやパイなどにどしどし使うエネルギッシュさを観じる。

 穏やかなヨーロッパの、1000年にわたる文化からできてきたセザンヌの林檎と、19世紀末、大陸横断を終えて、その深化とともに、太平洋から植民地探しへと乗り出すアメリカ帝国主義の若々しさ。林檎が見せるふたつの文化圏を、名古屋で見た。
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posted by justice_justice at 06:42 | TrackBack(0) | ●教養ー美術・音楽・博物 | 更新情報をチェックする

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