2011年12月06日

■福井女子中学生殺人事件ー再審決定の意義(続)

■中日新聞2011年12月1日(朝刊)は、「核心/前川さん再審決定/証拠開示/突破口に/鑑定結果など総合判断/物証乏しい事件影響も」とする記事を掲載する。これも、今回の再審開始決定の意義を語る。
 まず、「客観的な証拠がないことを理由に、二審で有罪の根拠となった関係者の目撃証言の信用性に疑問を投げかけた。「物証に乏しい、ほかの有罪事件に影響が及ぶ可能性がある」との見方も出ている」という角度から再審開始決定の意義を総括する。特に、次の分析が鋭い。

***(引用)***
 ■影響
 真犯人や鑑定ミスのような決定的で分かりやすい新証拠がない中、名古屋高裁金沢支部は、有罪判決の根拠となった複数の関係者の証言を詳細に再検討し「確定判決に合理的な疑いが生じた」との結論を導いた。
 この点で、遺留物のDNA型の不一致が判明し、菅家利和さんの無罪が確定した足利事件の再審のケースとの違いが際立つ。
・・・
 ■改革
 司法制度改革の影響で、再審段階での検察側の新証拠の開示が進んだ面も大きい。前川さんの弁護団は、再審決定後の会見で「証拠開示なくしては、この決定は勝ち取れなかった」と強調した。
 弁護団がこだわったのは、被害者の遺体の傷の資料や捜査段階での関係者の供述調書。一、二審で検察側は開示を拒んだが、再審請求審が進んでいた二〇〇八年、金沢支部の開示勧告でようやく解剖写真などが提出され、その後、百点に及ぶ新証拠が開示された。
 再審請求段階での開示が前進し始めたのは〇四年の刑事訴訟法改正からだ。最高裁も証拠開示の対象を検察の手持ち証拠に限らず「捜査段階の備忘録などにも及ぶ」と判断。流れを後押しした。」
***(引用終了)***

 これに関連して、短いが、次のコメントが採用されている。
■ 甲南大法科大学院の渡辺修教授(同)も「決め手の証拠がない中、弁護団が多様な視点から検察側の主張を崩した点で画期的」と話す。

 裁判員裁判。これが、刑事司法の世界の「ブラックボックス」として働く。捜査に対しては、被疑者取調べ可視化を求める力として。そして、再審の世界では、公判前整理手続があれば開示されたであろう証拠の開示をまず求める大きな力として。
 その結果、多かれ少なかれ被告人に有利な証拠が隠蔽されたままであることが発見されるーーー検察の官僚体質が、かくも根深く染み込んでいたことがいまさらながら浮き彫りにされる。
 そして、彼らは騒ぐ。再審が、再審でなくなる、と。通常審と変わりがなくなると、批判する。
 が、そうでもしなければ救済できないえん罪がおそらく相当数潜在していると疑われる。20世紀の暗黒部分、戦後の新刑訴にも拘わらず、改革しきれなかった「密室取調べ、虚偽供述」という根深い闇。いまなおこれを隠蔽しようとする検察の体質、、、、
 歴史を清算するのには、制度の抽象的で一般的で観念的な説明など役に立たない。それどころか、人作った制度は、人が変えればよい。
 再審は、20世紀のえん罪を新しい原理と手続で救済する仕組みとして稼働するべきだ。
 それが、今はじまった。
 検察側は、異議申立に踏み切ったが、「正義」が求める手続の形と「合理的疑いを超える証明」なきかぎり被告人を有罪としないという刑事裁判の鉄則に揺るぎはない。
 「無罪」の結論が、検察の組織防衛のための不服申立を砕くことになろう。
posted by justice_justice at 06:40 | TrackBack(0) | ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

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