2011年11月22日

翼なき「法科大学院」ーイサカを思う

■ 予算の見直しによる行政刷新、これが民主党政権のあたらしい統治の形作りの土台にある。今年は、「政策提言型仕分け」というようだ。
 この中で、第1段階、国家の存立に係る政策、第2段階、三権分立と地方自治の土台に関わる政策、3次段階、各官庁、省庁等官僚組織の基本的存在意義に関わる政策、、、といった分類をすると、ようやく第3次政策まできめこまかく点検の目がはいるようになったと思う。
 その中で、法科大学院については、次のようなやりとりがあったと報道された。

■ FNN(富士ネットワークニュース)(11/21 21:27)の配信ニュース、「『提言型政策仕分け』2日目/法科大学院制度について『抜本的見直しを検討すべき』」をみてみよう。以下、記事を引用する。

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 政府の行政刷新会議の「提言型政策仕分け」は2日目の21日、大学改革の議論が行われ、合格率の低迷などが問題になっている法科大学院制度について、「抜本的に見直すことを検討すべきだ」との提言をまとめた。

 仕分け人の民主党の階 猛衆院議員は、「法曹志願者が激減しているんですね。法科大学院の失敗なんですよ。皆さんのところは、本当に抜本的見直しをしないと、国家の危機になります」と述べた。
説明者(文科省担当)は、「(入学者数)6,000人規模が、すでに3,600人規模に縮まっているということは、非常に大きな改革だと思います」と話した。

 仕分け人の民主党の階 猛衆院議員は、「改革ではなくて、追い込まれただけなんですよ」と語った。

 大学改革の議論では、合格率の低迷や入学者の定員割れなどの問題を抱える法科大学院制度について、「定員の適正化を計画的に進めるとともに、制度の在り方を抜本的に見直すことを検討すべきだ」との提言がまとめられた。
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■ 法曹養成の失敗。「国家の危機」。
 この認識は正しい。
 しかし、「定員の適正化」という技術的な問題を中心にした「制度の在り方の抜本的見直し」の提言では、いかにも寂しい。
 「法律家」。
 このプロ集団に国家と市民社会は何を期待するのか。その質はどの程度であってほしいのか。
 「海洋国家」日本が、世界の平和外交、経済、文化をリードするのには、「法治」、「コンプライアンス」を前提とした各種プロジェクトの提案、実施、検証、改善のプロセス(PDCA/PDSA)が不可欠だ。
 世界規模で見たとき、これを担うには、大衆大学化した4年制の学卒では賄えない水準に達しているのに、日本は、21世紀型鎖国の枠にとどまっている。修士、博士を人材登用できない異様な国家となっている。
 「法曹」も同じだ。
 そう特殊視し、特権化させる必要もないー今の弁護士界の一部に巣くう職業利益擁護意識をさほど重視する必要などない。
 だが、「質高き法曹」の確保は不可欠だ。しかも、英語など外国語でコンテンツを理解し、語れるローヤーが要る。

■ 法科大学院の現状を「失敗」というのはいいが、ならば、それはとりもなおさず、大学教育全般の失敗のシンボリックな現れでもある。
 戦後の経済発展で得た豊かさを、「展望なき再投資」にしかまわさず、「人材育成」という国家の骨格の強化をしなかった歴代政権の失敗のつけだ。歴史的にみて、国家、民族、社会の衰退は、目先の利潤と快楽に目を奪われ、地道に次代を担う質高き人材育成を怠るところからはじまる。
 今の日本にもそれが顕著だ。
 残念だが、民主党の階議員(弁護士でもある)は、「政策提言型」の仕分けで、法科大学院を失敗とこきおろしたが、積極的な提言はない。
 「かくある法曹養成はこうだ」、と。
 要するに、今の民主党は、「足引っ張り党」でしかない。次元の低いことだ。
 この結果、今、法科大学院は、文科省のがんじがらめの設置基準、行政指導と第三者評価基準の中で、閉塞感を漂わせ、豊かな人材育成の場にならなくなっている、、、、
 必要なのは、規制ではなく、自由に世界に羽ばたく「翼」であろう。


■ 1/4世紀以上も前、ブログ編者は、2年3月あまり、ニューヨーク州、イサカにあるコーネル・ロー・スクールでじっくりと学ぶ機会があった。
 冬ともなれば、雪高く積もる道を、早朝からロー・スクールライブラリーに籠もって勉強するために谷川沿いの道をさくさくと音を立てながら歩いた日が懐かしい。
 プロセス法学、クリティカル・スタディーズ、法と経済、そしてクリニカル・スタディーなどなど、今から思えば、新しい法学研究が芽生え始めた、その先端を学びつつ、他方で、法曹養成教育自体の実験も試みられていたキャンパスであったと思う。
 原理、原則を徹底して理解するためのソクラティックメソッドによる1年生向け講義、、、憲法の原理を仕込むオズグッド教授、契約の原理を鋭く突くサマーズ教授などなど。アメリカ法哲学を総ざらえする3年生配当の講義もおもしろかった。総じて、格調が高かったと思うー但し、当時は、半泣きになる思いで、分厚なアサインメントを読み込んでいたのだが、、、「昔」はよく見えるものだー

 そのすべてが懐かしい。
 が、ロー・スクールの先端に居る以上、暗い時代の暗さに飲み込まれるつもりはない。
 「ロマン」と「志し」。そこに、道を開く。

 "Where there is a will ,there is a way."


*関連URL
http://www.youtube.com/watch?v=7in5rpYU584&feature=related
http://www.lawschool.cornell.edu/about/welcome.cfm
 
posted by justice_justice at 06:56 | TrackBack(0) | ●教養ー一般 | 更新情報をチェックする

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