2011年08月08日

■「ヒロシマ」Hiroshima から「フクシマ」Fukushima へー国家日本を考える

 1945年8月6日、午前8時15分。広島に原爆が投下されたとき。
 「被爆」という歴史的事実を背負った日でもある。
 そして、2011年3月11日、午後2時46分。
地震にともない、意図する・しないに関わらず、世界に放射能を拡散させる「加爆」の責任をおうべき国になった日。
 「ヒロシマ」から「フクシマ」へ、、、、
 20世紀から21世紀に時代が代わったときに、日本の歴史的な位置も大きく転換することとなる。
 「2011年」。100年後に、国家日本が存続しているとすれば、歴史の大きなターニングポイントとなった年と位置付けられることとなるだろう。中学、高校の歴史でも重要な年として暗記が強いられることになろう。

 どう転換するのか、、、実はそれは誰にも読めない。
 政治、経済、文化、社会、、、、世界と日本、、、すべてにわたり構造転換が急速に起きる、その出発点となることだけは確実だろう。
 「混とんの時代」がはじまったといってもいい。放射能汚染をばらまき始めた日本が、アジアに限っても、非難と攻撃の対象とされその口実のもと、外交の失敗をもたらすあやうい位置にたつことになっている。
 にも関わらず、国内では、政権交代を巡って国政がうろうろとするのみ、、、。
 国家日本の崩壊が、フクシマからはじまる、、、そうならない「前向きのステップ」とはなにか。
 答えはない。
 各セクションで、あるべき国家日本の再建を目指して、懸命の努力を継続するしかない。


 ヒロシマには学生のとき以来、2、3年に一度は足を運び、原爆ドーム、原爆資料館に出かけることにしている。フクシマにはまだ行っていない。足を運ばねば、と考えているところである。
posted by justice_justice at 06:35 | TrackBack(0) | ●教養ー一般 | 更新情報をチェックする

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