2011年05月27日

■検察の本分ー「公訴権」と「控訴権」

■朝日新聞2011年5月25日(朝刊)は「山口組元幹部、再び無罪/「組員に拳銃」最高裁差し戻し/大阪地裁」で、次の記事を掲載している。
 「警護役の組員2人に拳銃を持たせたとして、銃刀法違反(共同所持)の罪に問われた指定暴力団山口組元最高幹部滝沢孝(たかし)被告(73)の差し戻し審判決が24日、大阪地裁であった。斎藤正人裁判長は「被告が組員による拳銃の所持を明確に認識していたとはいえない」と述べ、無罪(求刑懲役10年)を言い渡した」。

■とすると、この事件で、検察は、1次一審、1次二審、1次上告審と3回有罪を証明する機会をもち、すでに2度無罪判決を請けている。最高裁は、「暴力団の拳銃所持許すまじ」という視点で、証拠をみることを下級裁に指示して、原審の無罪判決を破棄した。
 しかし、2次一審は、今回、さらなる証拠調べを重ねた上で、証拠を虚心坦懐に見て、再度の無罪を宣告した。
 勇気ある選択だと思う。
 官僚司法。
 この世界で出世するのには、基本的に、最高裁の司法政策に従うのがよい。だから、最高裁が、証拠の見方を示した以上、差し戻し審で、ある程度のあらたな証拠調べをしても、基本的に、最高裁の示唆する筋道で証拠を整理して、有罪とするのが、いわば賢明な「自由心証」のあり方だ。
 だが、今回の事件では、そもそも客観情勢として、中野会側が、本格的に山口組の幹部に報復をするような状況であったか否かがそもそも疑問であった。また、組長に、ボディーガード役がことさら所持する拳銃について説明しているとも思いにくい。組長が積極的に指示した事情もない。
 しかも、拳銃所持が発覚する前日からの組長、組員らの行動が、拳銃所持を活かした警戒態勢であったとも思われない。
 状況証拠からみても、被告人が拳銃所持を認識し認容していたと推認する材料は乏しい。
 社会的に見て、暴力団が拳銃を所持できる状況にあることは許してはならない。しかし、「共謀共同正犯」の概念を拡大解釈して、監督責任違反まで犯罪にするのは、過剰反応だ。
 その意味で、証拠から推認できる事実によって有罪・無罪を判断する、という当たり前の刑事裁判の鉄則に従えば、無罪はやむをえない。
■ 次に問題になるのは、検察官の再度の控訴だ。
 これは、もはや許すべきではない。4度も有罪を立証する機会を国家がもてば、防御に疲弊した被告人が負けてしまう可能性を否定できない。
 検察は「公訴権」を持つ。これが検察の権限の核にある。だから、一審の判決に対して、「控訴」する権限もここから出てくる。
 しかし、4度目の有罪立証の機会はない。控訴する権限は、この事件については、すでに消耗しつくしたと見るべきだ。
 そんなことを次のコメントでまとめた。

●新しい証言、厳格に検討
 甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)の話 上級審の判断とは逆の判決が出た例としては、甲山事件の差し戻し審の神戸地裁判決(98年3月)などがあるが、極めてまれなケースだ。最高裁が審理を差し戻した場合、「下級審は同じ判断をすべきだ」というメッセージとなり、事実上拘束される。だが、今回の判決は新証人の証言を厳格に検討し、無罪とした。刑事訴訟法上、検察側は控訴できるが、3度の無罪判決が出たことを重く受け止めて対応を決めるべきだろう。


posted by justice_justice at 06:26| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする
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