2011年05月18日

■過失のかたちー個人過失か役職責任か

■少し古いことになるが、西日本新聞2011年3月22日(夕刊)は「検察官調書/採用せず/尼崎JR事故公判/神戸地裁『内容抽象的』」と題するを載せる。
 全JR西日本社長の山崎氏に対する裁判で、検察側請求証人は次々と検察官作成供述調書とは異なる証言をする異常さを示していた。
 検察官は、検察官作成供述調書の証拠調べを請求。
 しかし、裁判所がその多くの不採用を決めた。
 以下、引用して紹介する。

 「全面的に不採用となったのは2人の調書計4通。このうち山崎前社長が安全対策室長だった当時の部下が「自動列車停止装置(ATS)の設置基準は安全対策室が決めていた」などと供述した調書1通を「内容が抽象的」として却下。取り調べの際の供述を信用すべき特別の事情(特信性)を認めなかった。」

■どうみるか。こんなコメントを掲載した。

 ●「調書裁判」の回避

 ▼渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話 公判での証言を重視して事実を認定しようとする裁判所の姿勢が明確に示された判断だ。有罪か無罪かの認定に使う材料を増やすために調書の一部を証拠に組み込んだ形で、検察官による密室での取り調べを全面的に信用する「調書裁判」を明らかに回避した。検察官調書の取り扱いについて、裁判員裁判で市民が公判に参加する時代にふさわしい慎重さが見て取れる。

posted by justice_justice at 00:26| ■(ケース)JR福知山線事故■ | 更新情報をチェックする
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