2010年12月17日

■「無罪」−「合理的疑いを超える証明」が活きる

■朝日新聞のネットニュースに「ひき逃げ事件、再捜査で起訴された被告に無罪/大津地裁」との記事が配信されている(2010年12月16日13時51分)。

 以下、記事を引用する。

「滋賀県草津市の市道で昨年11月、軽乗用車を運転中に歩いていた夫婦をはねて逃げたとして、道路交通法違反(ひき逃げ)の罪に問われたパート従業員の女性被告(31)=同市=の判決が16日、大津地裁であり、沢田正彦裁判官は被告に無罪(求刑懲役1年)を言い渡した。

 被告は昨年11月6日夕、軽乗用車でS・Yさん(当時69)と妻Sさん(64)=同市=をはねて逃げたとして今年7月に起訴された。Yさんは死亡、Sさんは重傷を負った。大津地検は当初、被告を自動車運転過失致死傷罪(禁錮2年の実刑判決、上告中)のみで起訴し、ひき逃げについては「人をはねたという認識はなかった」と女性が供述したことなどから不起訴処分(嫌疑不十分)とした。これに対して遺族が再捜査を求め、地検が一転して在宅起訴していた。

 検察側は公判で、被告が事故直後に「本格的な事故をしました」とのメールを知人に送っていたなどとし、「人をはねたかもしれないという未必的認識があった」と指摘。被告側は「事故当時は居眠り運転をしており、はねたことに気づかなかった」「一つの事故で二つの裁判の被告になるという二重の負担を課しており、刑事訴訟法の基本原理を逸脱している」と主張していた。」

■コメントがふたつある。

 第1。公訴提起のありかたについて。

 検察が一旦不起訴処分にしたのに、被害関係者の上申や検察審査会への申立を受けて再捜査して公訴を提起したことは検察審査会法で市民が起訴強制ができる時代を踏まえ、従来の100%有罪を得られる事件しか起訴してこなかった検察の独自基準を修正せざるを得なかったものだ。
 但し、裁判では被告側の防御活動が加わった上で、再度市民から見ても「合理的疑いを超える証明」ができる証拠状態でなければ有罪を宣告すべきではない。 フロントガラスが割れたことなどから、人身事故があったと推測すべき事情があったとしても、それだけで一旦停止し事故の有無を確認した上で自己の運転で死傷者がいることを発見したのに、逃亡したのであれば当然犯罪になる。
 しかし、なんらかの事故と思ったことにも合理性があるのなら、死傷者を放置して逃亡した故意を認定するのには無理がある。
 だから、起訴しても無罪となることはありえた。そのことは、被害関係者も含めて社会の側が甘受すべきこととなる。

 第2。無罪認定について。

 ひき逃げ罪は、運転手に死傷事故発生の認識がなければ処罰できない故意犯だ。過失で事故を起こした直後には事故に気付かないこともある。
 検察は、被告に事故の認識がないとすれば説明のつかない不可解な言動があったことを立証すべきで、事故に気付いたと考えても矛盾のない言動があったという程度の立証では足りない。
 交通事故は市民が誰もが巻き込まれる事態なので、慎重な証拠評価が求められる。
 裁判員裁判の時代になり、市民良識を基準にした「合理的疑いを超える証明」が求められるようになったもので、裁判官による無罪判決は評価できる。




posted by justice_justice at 05:16| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする
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