2010年10月24日

■「荒れる現場」ー地域警察官の発砲事件

■読売新聞2010年10月22日(東京版、朝刊)は、「巡査長/付審判/銃口、下向いてた/目撃証言/被告の主張通り=栃木」と題する記事を紹介している。
 記事から推測すると、2006年に、中国人男性に対してH警察官が職務質問をしようとしたところ、相手が、石灯籠のあたまの部分(宝珠)を外して振り上げて抵抗し攻撃しようとしたので、やむなく発砲したものと理解してよい。
 しかし、裁判所は、いったんは、警察官の行為を
特別公務員暴行陵虐致死罪にあたり、裁判でその成否を問うべきだと判断して、「審判に付する決定」=付審判決定を決めた。 
 そして、今、裁判が始まっている。
 もっとも、記事を引用すると、次のような様子であったという。
 「証人尋問で証言した女性は、事件の現場となった民家の隣人で、H被告が発砲する直前までを目撃していたという。『男性が約1メートルの棒を損って警察官を激しくたたいていたので、やられてしまうのではと思った』としたほか、拳銃の構えについては、H被告の主張通り『銃口は下に向いていた』と答えた。その時の男性の様子について『男性は銃を構えられた後、どちらかの手を握った親指で、自分の胸を指した。私には撃てるもんなら撃ってみろという態度に見えた』と述べた」。

■職務質問の現場が「荒れている」、そんな感想を持っている。
 ブログ編者の前任校でのゼミからは、大阪、兵庫、愛知など各地で警察官として活躍している卒業生がいる。
 それだけに、市民と警察官との出会いの場面が気になる。
 「なんや、ポリ公、任意やろ。令状みせんかい」。
 こういった、いい加減な「権利意識」で対応する市民が多いのではないか。
 自由と安全は、責任感のある市民が作る社会が守る。
 自由には責任が伴う。権利には倫理が不可欠だ。警察官の職務質問には、市民は基本的に協力する市民的道徳意識が不可欠だ。

■記事によると、「閉廷後、報道陣の取材に応じた被告側の弁護士は「(被告)本人は適正な職務執行をしたと自信を持っている。証人の証言の内容は予想の範囲内で、反対尋問も確認という趣旨だった」と話した」という。
 ぜひ正々堂々と職務の正当性を国民に理解してもらう主張をしてほしい。
 我が国警察は、武器使用については慎重であると思う。その訓練も受けている。
 他方、暴れる容疑者がいるとき、万が一にも、対応する警察官が斃されたらどうなるか。けん銃が奪われるといった事態になったらどうなるのか。
 けん銃発砲による制圧は、警察官の個人の生命保護だけではなく、職務の安全、犯罪の拡大の防止、地域の平和と市民の生命と財産の安全の確保などなど重要な意味をもつ。
 しかも、相当のベテラン射撃手、それこそゴルゴ13でもない限り、近距離で暴れて動く相手の手足のみうまく狙ってあてることなど至難の業だ。それは、けん銃をうった経験があればすぐににわかる。

■記事をさらにひろってみよう。ふたりの識者が登場する。
 まず、、、
 「傍聴した大宮法科大学院大学の新屋達之教授は閉廷後、有罪なのか無罪なのかまだ予断を許さない。今後、検察官役の弁護士が、いかに証人尋問で切り込めるかが分かれ目となるだろうと話した。」
 ブログ編者のコメントはこうだ。
 付審判に詳しい甲南大法科大学院の渡辺修教授は「拳銃の発砲行為について、どんな場合を正当行為として認めるかという司法判断が問われる重要な裁判。県警はどのように拳銃の使用を指導し、運用しているかを法廷を通じて主張するべき」と語った。

■新屋教授と異なり、警察の立場と現場警察官の慎重さを信頼したい気持ちを込めた。

 現場にいる多くの制服警察官が、こんな事件があっても、我慢強く、忍耐強く、市民のわがままにも耐えつつ、治安維持の最先端にいてくれることを祈ってやまない。
posted by justice_justice at 06:26| ■検察審査会・付審判 | 更新情報をチェックする
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