2010年10月16日

■告訴能力否定判決ー性犯罪被害放置の謎

■「知的障害女性わいせつ:「告訴能力」争点に/検察側、「特殊性」への考慮訴え」と題する驚くべ記事が、毎日新聞(朝刊、西部版)2010年10月13日に掲載されている。

 ざくっりと紹介すれば、知的障害のある成人女性の告訴について、一審の裁判所が、「告訴能力」がそもそもないから、検察官の起訴は無効と判断した、というものだ。
 この場合、手続を打ち切る判断をする。公訴棄却の判決、という。
 これに対して、当然だが、検察官が控訴した。
 記事はこんな風にまとめている。

「知的障害のある女性にいたずらをしたとして強制わいせつ罪などに問われた宮崎県高千穂町、無職、○○○被告(61)の控訴審最終弁論が12日、福岡高裁宮崎支部(榎本巧裁判長)であった。
 公判は、当時20代後半の被害女性に「告訴能力」があるかが最大の争点。
 1審の宮崎地裁延岡支部は告訴能力がないとして検察官の起訴を無効と判断した。この日は控訴した検察側が「告訴能力はある」、弁護側は「ない」と改めて主張し結審した」。
 判決は12月21日に言い渡されるという。
■ もともと近代国家では、刑罰権をいったん国家に預けて、訴追の権能を国が果たす。
 犯罪を処罰する権能と責務は、基本的に国が負う。
 ただし、性犯罪などについて被害者のプライバシーと人格の自律、二次被害の回避などなどを考慮し、親告罪として、訴追開始の当否について、被害者に処分を委ねた。
 だが、犯罪は基本的に社会的なできごとだ。
 処罰が基本だ。
 だから、告訴の意思表示は、社会的にみて、事実を指摘して、処罰を求める意思が読み取れる状態が最低限あればよい。
 一審判決が告訴の利害得失まで充分に検討する能力がないことを理由としたのは不当だ。
 被告人の訴訟能力とは異なる。
 三才、四才の性犯罪被害者でも証言をする力があるが、これに怒りの感情、許せないという気持ちが読み取れれば充分だ。

 そんなことを考えて、次のコメントにまとめてもらい、掲載の機会を得た。

■「争点となった「告訴能力」を明確に規定した条文はないが、甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「被害者が受けた被害について説明でき、犯人は許せないという気持ちを表現できるのであれば、告訴能力は認めるべきだ」と語る。
 告訴にあたって利害得失まで判断する能力を求めた1審の判決に疑問を呈し「被害の事実があり、一般人からみて処罰の意思を読み取れる態度を示しているなら、検察官は公訴を提起すべきだ。そうでなければ、司法は障害者や老齢者など社会的弱者を切り捨てることになる」と語った。
posted by justice_justice at 05:46| ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする
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