2010年10月14日

■小沢一郎と検審の力ー市民良識と政治家

■信濃毎日新聞2010年10月5日(朝刊)は、小沢一郎民主党議員に対する政治資金規正法違反事件について、検察審査会が2回目の起訴相当、つまり起訴議決をしたことを報ずるが、これに次の見出しで、共同通信配信のコメントを掲載してもらっている。

「小沢氏強制起訴議決/渡辺教授に聞く/小沢氏は裁判の場で弁明を」[甲南大法科大学院教授 渡辺 修氏]

 民主党の小沢一郎元幹事長に対して、検察審査会が「強制起訴すべきだ」と議決したことは評価できる。政治資金規正法違反容疑について、小沢氏のこれまでの弁明は、もともと納得のいく内容ではなかった。
 今回の強制起訴の議決で、政治家の政治資金の不正利用についても、検察だけに任せるのではなく、市民の常識で起訴ができるようになった。
 起訴すべきかの判断基準は、検察は官僚組織なので有罪にできる事件しか起訴しないという側面を持っている。だが、そうではなく国民が監視する裁判の場で、真実を明らかにするという選択があるわけで、市民常識がそれをいま求めている時代だ。
 強制起訴の議決はその表れであって、市民が検察審査会によって検察と同じ力を持てるようになったことを示した。これは、新しい市民主義時代の象徴的な出来事だ。
 検察審査会の議決は2度にわたる審査の結果だったので、市民の慎重な判断が働いており、信頼してよいと思っている。小沢氏は、本当に無実だと言うなら、公開の裁判の場できちっと弁明をすればいい。
 検察審査会がいわゆる「感情司法」に流されるのではという指摘もあるが、市民は常識に従って、自分たちが見た範囲で証拠に基づく判断はできる。実際に裁判員裁判の成功が、市民が感情司法に流されないことを物語っている。「事件の刑事手続きはプロしかできない」と思っているのは一部の人の考え方で、正義の実現が市民の常識に委ねられる時代になったことを、素直に認めるべきだと思う。
posted by justice_justice at 04:40| ■検察審査会・付審判 | 更新情報をチェックする
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