2010年04月27日

■「検審」の時代ー政治と市民の新しい関係

■ ASAHI.COMネット配信ニュース(10年4月27日15時37分)は、「小沢一郎氏「起訴相当」と議決/陸山会事件で検察審査会」として、「小沢一郎・民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地取引事件で、東京第五検察審査会は27日、政治資金規正法違反(虚偽記載)容疑で告発された小沢氏を東京地検特捜部が不起訴(嫌疑不十分)とした処分について、「起訴相当」とする議決をし、公表した」旨、紹介している。

 検察庁は、小沢氏の元秘書で陸山会の事務担当者だった衆院議員・石川知裕被告ら3人を同法違反罪で起訴したが、小沢氏については「虚偽記載を具体的に指示、了承するなどした証拠が不十分で、共謀は認定できない」として不起訴にした。

 これに対して、手元の議決書は、わかりやすい。
 「(1)「秘書に任せていた」と言えば、政治家本人の責任は問われなくてよいのか。
(2)近時、「政治とカネ」にまつわる政治不信が高まっている状況下にもあり、市民目線からは許し難い」。

 審査会は、小沢氏の共謀を裏づける証拠もあるのではないかと疑問を投じ、「被疑者を起訴して公開の場(裁判所)で真実の事実関係と責任の所在を明らかにすべきである。これこそが善良な市民としての感覚である」という。

■ 検審は、市民主義時代の新たな「装置」だ。市民が、政治、経済、生活を守るとともに、その構造を変える場となっていく。
 市民の責任で、市民良識で、統治の機構を変えていくほどの力を持つ。おもしろい時代になったと思う。

 政治家、官僚、法律家、、、、「プロ」の「官僚組織」が支配する20世紀を脱却し、「市民」がそのまま統治をコントロールする時代に入った。

 政治は選挙を通じて間接的にしかコントロールできなかったが、検察審査会の場で市民の良識が政治の闇に切り込む時代になった。

 しばらく混沌が続くかも知れない。
 しかし、やがて落ち着く。
 そのとき、刑事司法の側面から、我が国が「市民主義」という構造改革を経て、「建設と発展」の方向に向かえばよい。

 共同通信にコメントを提供したところ、例えば、神戸新聞2010年4月28日(朝刊)が採用してくれた。
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■検察は堂々と起訴を

 政治家の疑惑は市民から見るとベールに覆われうやむやの内に片付けられてきた。
 今回は、最初の起訴相当の議決なので市民が疑問に思う点を検察に示せば十分で、「何があったのかはっきりさせてほしい」という分かりやすいものとなっている。
 市民は2度目の議決で起訴できる強い立場にいるが、市民の良識のバックアップがあるのだから、まず検察が政権党の幹事長であっても再捜査し証拠に基づき堂々と起訴すべきだ。

posted by justice_justice at 20:51| ■検察審査会・付審判 | 更新情報をチェックする
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