2009年09月08日

■神戸「裁判員裁判」ー「法律家中心主義」から「市民中心主義」へ

■法壇に裁判官と並んで市民が座る裁判員裁判。いよいよ関西でも始まった。全国で4番目、関西では第1号の事件は、昭和43年うまれ、父母と同居(但し、母は病気入院中で、認知症も進行中)する、長年無職・無為に過ごしてきた被告人の殺人未遂である。数年来職場を失って無職ですごし、パチンコで小遣い稼ぎをしてはしのいできたが、借金が170万円弱になり、返済のめども立たず、ついに将来を悲観して自殺を決意した。事件当日、自殺準備を始めたところ、今後は、残す父母と、実子ふたり(高校3年の娘と中学2年の息子)が気になる。まず、自分が実は無職でバイトもなかったことが父親にばれる。借金もばれる。隣近所の宇沢になる。世間にいろいろ言われる。父母も、そしてとくに子供もかわいそう。子供は学校でいじめられる。そんなことを慮って、無理心中をしようと決意。
 凶器には、自室にあったガラス細工の灰皿を使うことにする。まず、1階で寝ている父親を1度殴った。これでテレビドラマであれば苦痛を観ずることもなく死ぬはず、、、と被告人は信じていたという。案に相違して、父親はよつんばいになって「まさお、まさお」と自分を呼ぶ。むろん、父親は犯人が息子とは思ってもいない。助けを求めるつもりでいた。しかし、被告人は死ぬはずの父が起き上がりしかも自分の名を呼ぶのにうろたえて、また灰皿でなぐったものの、粉々に砕けた。あわてて逃走、、、緊急配備を敷かれた検問にひっかかり、検挙されたものだ。罪名は殺人未遂罪。
■公判前整理手続段階で、被告人の説明を踏まえたものだとは思うが、罪体については弁護側も争わないことにした。情状のみの事件となる。わかりやすく言えば、弁護側は、室猶予が付くか付かないかを争点にしたようだ。
 もっとも、事件全体をみたときに、「ケース・セオリー」がこれでいいのか幾分の疑問がある。というのも、ガラス細工の灰皿を凶器とする3人の殺人計画。どこか違和感がある。しかも、自殺の準備中に一家心中を思いついたという唐突さ。父から殺すつもりになったというが、次に、実の子二人を本当に手にかける決意がついていたのかどうか、、、執行猶予を求めるとしても、そのポイントとなる理由は何と裁判員に説得するのか、、、すべてあいまいなままに審理が始まった観がある。
 ともあれ、裁判員制度。
 法服姿の3人の裁判官の横に、男性2名、女性4名合計6名の裁判員が座る。ポロシャツ、スーツ、ブラウスにカーディガンなどなど普段着の市民が座る。「法服の裁判」から「普段着の裁判」が始まった。
■20世紀の刑事裁判の主人公は法律家であり、市民は傍聴席で見守るしかなかった。だが、21世紀は政治・経済・社会・福祉すべてにわたり市民が主体となって我が国の構造改革をすすめなければ国が衰退に向かう時代となっている。司法改革も国家日本を立て直す大切な改革のひとつ。事実認定、法律適用、量刑と正義を実現するプロセスの主人公を市民とする「市民主義」の時代の幕開けである。
 プロの法律家には、大量処理すればよい事件の一つでも、今回の事件の被告と被害者そして家族にとっては歴史の残る一大事である。その被告の目線で事件を見るのが裁判員達だ。そして、二日の審理はみごとに裁判員裁判に期待したものが実現されていたといえる。
■ささやかな例であるが、被害者でありながら被告を思う父親が証言のときに、「自分も加害者なのかもしれない」と述懐した。その真意は、証言の時にはわかりにくかった。
 ある裁判員が問いかけた。
 「あなたの心境を勝手に憶測で理解することはできないし、私はあなたと同年代のようなので尋ねたいが、『自分も加害者である』とはどういう意味ですか」
 証人は、被告人が幼い頃、ほとんど単身赴任しており十分に面倒をみれなかったといった事情をとぎれとぎれに話した。
 被告人が「自分で頑張ってなんどか仕事を見つけて、家族を支えたい」といった話をしたのに対して、ある女性裁判員は「甘い」と叱りつけるように質問を発した。また、父親は捜査段階で検察官に起訴してくれるなと頼んだのに結果的に起訴されたが、「検察官が起訴したことに怒っているか」と水を向けると、「怒っています」とひと言。
 証人にも、被告人にも、裁判員ならではの質問が続く。裁判官に遠慮したり、法廷の雰囲気の飲まれている様子などない。
 ある裁判員が被告人に問いかけた。
 「貴方の生活の今後に問題がないのであれば刑を軽くすることもできる。我々もそこに責任を持ちたい。無責任なことはしたくない。」。こんな前置きをして、再度、就職してきちんと収入を得なければならないができるかどうか、と問う。「自分をすてるつもりで、甘えをなくして、自分で頑張るつもりです。こんなことは二度とやらない、、、」。裁判員がさらに諭す。「その気持ちがないようだと、被告人にはかなり重いことになります」。裁判官では聞けない質問の内容を、裁判員はさらりと突っ込む。
■真剣に、市民としての目線で、しかも自己の体験に照らし合わせながら、証人への尋問、被告側への質問を重ねる裁判員たち。
 信頼できる刑事裁判のあたらしい「かたち」。市民主義への構造変革は、確実にはじまった。


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*写真は09年09月07日と08日の傍聴券
posted by justice_justice at 16:18| ■裁判員裁判ー神戸 | 更新情報をチェックする
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