2009年08月29日

>■裁判員裁判と通訳人ー外国人の居る法廷(2)


090827_kyoto_00.jpg 先日、M大学法学部准教授のH・S准教授(法コンテキストにおける言語使用の分析、英語と日本語の統語論・語形成論等専攻)、政策研究大学院大学准教授のF・M准教授(と経済学,法社会学,法と心理学, 社会心理学等専攻)、そして金城学院大学のM・M教授と一緒に衣笠の民家を改造した和風料理の店で昼食を囲んだ。
 螺旋に開く弁当箱に工夫を凝らした盛りつけ、繊細な和食の味わい、野菜中心の京料理、、、カウンター席でも落ち着くしつらえ等など楽しいひとときであった。
 そんなメンバーの集まりがいま検討をはじめているのが、裁判員裁判における「言語」の問題である。
 特に、MM教授、ブログ編者の関心は、通訳を介する言語のインパクトにある。
 東京で行われた裁判員裁判第一号事件で、被害者像について、弁護人の冒頭陳述で次のような説明があったと報道された。
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(1)被告人は午前11時ごろ、被害者に
  「ペットボトル倒したら直しておいて
  くれ」と注意した。それに対し、被害者は
  逆に「おれがやったんじゃねぇ。てめぇが倒しといて人のせいにするんじゃねぇ」と怒鳴り返した。
(2)被告人は腹を立て、被害者の前でナイフのさやを抜いた。被害者はひるむどころか、「やるのか。やるならやってみろ」と言いながら被告人につかみかかろうとした。その瞬間、被告人は「刺すしかない」と思い、ナイフを被害者に向けて突きだし、結果として左胸の上部の辺りを刺してしまった。
(3)被告人は人が死ぬかもしれない行為を行っている認識はあったが、「死んでほしい」とは思わなかった。そのため、とどめをさすような行為は行っていない。
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 被害者は高齢の女性である。しかし、(1)のセリフが真実であるとすれば、気の強い、口も立つし、かなり乱暴な物言いをする女性、、、被告人にもつけつけと言い返す、そんな光景が浮かび上がる。
 しかし、これも通訳次第では、
 「私はやっておりません。ご自分で倒されたのでしょう。それを人のせいにはできません」
 といったニュアンスの置き換えになる。
 ”Register”の一致が、通訳の大原則であるが、裁判員裁判では、ことの他、この点の確実な通訳が必要だ。そうでなければ、裁判員は、あやまった人物像を抱いて評議室に移り、そこで、量刑を判断することとなる。
 裁判員時代にこそ、質の高い通訳の保障がことさら求められると思う。
 そして、法律家が、"interpreter conscious"であることも必要になる。
 裁判員裁判における通訳の質向上、、、これを今研究テーマにして理論と実践の架橋を考えている。

*京料理『柚多香』
電話 075-465-7370
住所 京都府京都市北区平野 桜木町13-3
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