2009年07月13日

■JR福知山線・元社長起訴に思うー事故と事件


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■「裁かれる「安全」/JR西社長起訴(中)地検の遺族・負傷者対応 被害感情に十分配慮/「過去の苦い経験」背景」。
 こんなタイトルの連載記事が、09年7月10日、四国新聞(朝刊)に掲載された。
 「神戸地検幹部は、山崎社長の起訴について「遺族感情が厳しいからと、無理に起訴したわけではない」と断りつつも「心情に応えたいという思いはあった」と語る」。
 記事の結びが、今回の起訴を巡る社会の雰囲気を表しているのかもしれない。
■ しかし、と思う。96年から98年にかけて鉄道本部長の職にあった、そのときにカーブを急勾配にしたこと、その時点で、遅くとも9年後または7年後に、運転士が無謀運転をすることも含むカーブで減速しないまま走行する暴走運転で多数の死傷者が特定の箇所で発生することが、具体的、個別的に予見可能であったと言えるのだろうか。
 そして、線路側にATSを設置しさえすれば、今回の事故は防げたし、それをする権限と責務は山崎元社長にしかなかった、、、はたしてそんなことが言えるのか。
 事故が起きたことを是認するつもりもないし、JR西日本の関係者が、社会的な責任をとるべきであることも確かだ。
 ただ、JR西日本という「組織」の体質が一人の運転士の暴走を招いたのだ。
 その事故の責任を、「個人の刑事責任」に置き換えても、正義の実現にはならない。
 例えば、かかる事故現場の状況を認識していた、または認識すべき関係者は無数にいる。本部長の後をついだ歴代の幹部もそうなのだが、要するに、組織としてのJRの犯罪なのだ。
■ そんな思いから、共同通信の取材に応じた。下記のコメントは、中国新聞が配信記事を載せてくれたものだ。

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 甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「無謀な運転など複合的な要因で生じた今回の事故について、当時の幹部一人に責任を負わせることは不当で、起訴は行きすぎ」と批判した上で「被害者とともに捜査を行うという流れが徐々に定着してきている。起訴に踏み切った背景には遺族感情への配慮があるだろう」と分析する。
posted by justice_justice at 19:18| ■(ケース)JR福知山線事故■ | 更新情報をチェックする
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