2009年04月24日

■和歌山毒入りカレー事件ー上告棄却判決について(下)

■共同通信の依頼により、今回の最高裁判決に関する総括的なコメントを出稿した。関心を持った加盟新聞社では採用してくれるだろうと思う。
 とりあえず、静岡新聞が、早速24日付け朝刊に掲載してくれたので、紹介しておく。
 記事の内容については、共同通信の担当記者と打合せの上、確認の機会をもらって配信している。また、顔写真掲載も要望されたので、当方から写真を送らせてもらった。

■静岡新聞09年4月24日(朝刊)25頁、「毒物カレー事件・最高裁判決−私の意見(上)/甲南大法科大学院・渡辺修教授−動機不明は犯人性弱めず」

 和歌山毒物カレー事件で、一審、二審の判決を支持した最高裁の上告棄却は妥当だ。被告宅台所から発見されたプラスチック容器付着のヒ素と、カレーに混入されたヒ素の同一性は、最先端の放射光施設、スプリング8を利用した蛍光線分析に基づく鑑定などで裏付けられている。
 この事実は、殺人事件の被害者の血液が付いた包丁が被告宅から発見されたのに匹敵する有力な状況証拠だ。しかも被告が事件前から夫や知人にヒ素入りの食べ物を出していた、今回の事件と類似する事実に関与していたことが「合理的疑い」を超えて証明されている。
 事件時にカレー鍋のあるガレージに被告が一人でいる時間帯の存在が、複数の住民の証言の積み重ねにより浮き彫りになった。犯行後、被告が親類にヒ素のことを口止めし、カレーの味見をした娘に医学検査をさせなかったことなど、犯人ならではの言動が認定されている。
 一審の有罪判決は、ヒ素の同一性という大黒柱を、事件前・事件時・事件後三方向から別の状況証拠で支えて被告の犯人性を認定する重厚な構造になっている。
 刑事裁判では百パーセントの有罪証明を求めることは不可能であり、検察官に求められているのは、有罪であることの「合理的疑いを超える証明」である。この水準を満たしたかどうかは、証拠の質と量、認定する事実の内容を総合的にみて判断することになる。
 一審判決は特定の証拠に寄りかかる有罪認定をせず、複数証拠から複数の事実を引き出して被告の犯人性を推認したもので、緻密(ちみつ)な証拠構造に「合理的疑い」を差し挟む余地はない。
 被告は控訴審でそれまでの黙秘を破り、娘と二人でガレージに居たので犯行関与の余地はないという弁解を詳しく述べたものの、事件直後に本人が作成したノートやテレビインタビュー、控訴審での弁護団の主張などと食い違いが残り、自己矛盾を伴う被告本人の説明は全体として信用できないと控訴審は判断したのだろう。上告審では弁護団が別人犯人説を持ち出したが、裏付けとなる証拠に乏しく、一審の有罪の証拠構造を揺るがすまでには至っていない。
 犯行の動機が解明できず、自白がないのに、死刑を選択することの当否も問題になるが、事件の本質は、被告がヒ素をカレーに入れたかどうかである。動機は、これを推認する有力ではあっても一つの手がかりにとどまる。動機未解明が犯人性を弱めることにはならない。
 また、ヒ素を夏祭りで地域住民の食べるカレーに入れるのは無差別殺人といってよく、四人が亡くなり、多数が中毒症状を起こし今も後遺症があるといった結果の重大性に照らしたとき、極刑選択は十分に合理性がある。
 一審判決は、被告が黙秘を貫いた事実そのものから有罪を推認することを固く戒めるなど、今後の刑事裁判の教訓も残しているが、なによりも緻密な有罪認定の手法は、プロのベテラン裁判官によるいわば名人芸とさえ言ってよい。
 こうした緻密な裁判は裁判員制度には求めることはできない。裁判員裁判で同一水準の有罪認定を行い、死刑を選択するのには、捜査段階から市民に分かりやすい証拠を積み上げ、否認・自白を問わず被疑者取り調べをすべて録音録画して記録に残すなど、証拠収集の方法を改善して、裁判員が「合理的疑い」を抱かない、揺るぎのない有罪立証を公判廷で展開する必要がある。

■他に、中国新聞09年4月24日(朝刊)5頁、熊本日日新聞09年4月24日(夕刊)2頁にも掲載。写真は、中国新聞より。


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posted by justice_justice at 17:04| ■(ケース)毒入りカレー事件■ | 更新情報をチェックする
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