2009年03月28日

エジプト記(4)ーセベハ(イスラムの数珠)


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編者は、仏教徒ー日蓮宗の僧籍を持つ。某寺の名目上の副住職でもある。だから、海外出張の折、その地の宗教には関心がある。自らを「敬虔な」信者とまで思うこともないが、各地の祈りの場には必ず足を運び、礼拝をするのを常とする。
 もっとも、そのときいつも迷うのは、「宗教的寛容」の問題である。他宗との共存をどう受けとめるのか。それぞれの宗派の神は、他の宗派の神をどうみるのか。信徒はどう受けとめているのか。
 早い話が、日蓮宗の僧侶が、カイロのモスクで数珠をかかげてお参りするのを、アッラーは、歓迎するのか、"Qur'an"は、他宗との共存状態をどうみるのか、、、。といった思いを長年持ちつつ、世俗の仕事にかまけて、各教義をこの角度から深めて研究したことはない。
 実のところ、日蓮宗自体が、他宗派との共存を許容するのかどうかも教学上問題なしとしない。少なくとも、「四箇格言」を公然と唱えたのは宗祖日蓮であることは間違いない。すなわち、「念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊」という他宗批判である(日蓮・諫暁八幡抄より)。もっとも、自己規律としては格別、この教義をもって他宗批判をするつもりなど毛頭ない。
 その代わり、各地を訪れる度に、他宗派の寺院、教会、そして、カイロであればモスクにお参りに行くことに抵抗はない。後のことは、神どうしの話し合いで決着をつけてくれれば良かろう。
 そんなこんなを考えながら、カイロでは、著名なモスクに足を運んだ。シタデル地区では、ガーマ・インナースイル・ムハンマド、そして、ガーマ・ムハンマド・アリ、ハン・ハーリに接する、ガーマ・アズハルとガーマ・アズハル、ガーマ・ホセイン。大勢のモスレムの参拝者、そして観光旅行者にまじってではあるが、参拝をしてきた。
 中でも、ホセインのモスクでは、イスラムの数珠ーセベハにアッラーの守護力をもらい受けてきた。また、
 ガーマ・ムハンマド・アリでは、ガイド、家内と3人で共に参拝・礼拝のあと、絨毯に座り込んで話をしていると、小学校の先生が、生徒を連れて参拝をしていた。後で先生が英語で声をかけてきた。「モスレムか?」と質問される。セベハを片手にして正座して片手合掌をしていれば、そう疑問を持つのだろう。「日本のモスレム、仏教徒だ」と答える。それをきっかけに、先生、生徒3人、先生の友人の5人のグループとしばらく雑談した。
*写真上は先生と生徒の礼拝の様子。下はガーマ・ホセインにて。

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posted by justice_justice at 09:06| ▼世界旅行ーカイロ、ルクソール | 更新情報をチェックする
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