2009年02月02日

■On "King Lear"ーこのおやじ、何者か? by Gishu

 シェークスピアのリア王について、まだ考えている。
 「イギリス国王」として1幕1場から登場する「リア」。
 どんな「おやじ」であったのか。どんな「偏屈王」であったのか。リアの「妻」または3人の娘の「母」はどうしたのか。3人の娘はいかに・誰が育てたのか。王国分割を、家族としてはどう受けとめていたのか・・・・。
 ゴネリルとリーガンがリア王に反逆を始めるのを感じ取った最初の場面で、次の科白がでてくる。リア王が感じている「怒り」の中味を表す科白なのだろう。
■第1幕5場ーゴネリルがリア王をたしなめ、リア王がリーガンの元へ飛び出す直前のこと。 
O let me not be mad, not mad, sweet heaven!
Keep me in temper; I would not be mad!
How now! Are the horses ready?
■第2幕4場ーもっとも重要な場のひとつ!リーガンの元で来たが暖かな歓迎はなく先に使いにだしたケントが緊縛されているのを発見し、苛立ちながら、リーガンの謁見を待つ、その時の心境をこう語る。
 O, how this mother swells up toward my heart!
Hysterical pasio, down, thou climing sorrow!
Thy element's below. Where is this daughter?
■第2幕4場ー娘ふたりの、リア王にとっての裏切りが明白なっていく過程。王国分割時の約束であった100名の騎士の随行を娘ふたりは、次々に減らす。100名など要らない、50名で十分。そして、25名も要らないのではないか。10名でも、いや5名でも、、、、そして、最後に、リーガンの科白。「一人も要らないでしょう」。リア王は、こう述べる。
 O, reason not the need! Our basest beggars
Are in the poorest thing superfluous.
Allow not nature more than nature nee ds---
Man's life is cheap as beast's・・・・・
■3幕2場ーリア王の怒りは「嵐」と重なる。自然界の嵐と一体となって自己の怒りを表し、慰めをもらい、やがては死ぬ。5幕3場の死の場面の背景も、おそらくは「嵐の収まった直後のあらあらしさ」か再度の「嵐の前の静けさ」のどちらかであろう。
 Blow, winds, and crack your cheeks! Rage! Blow!
You cataracts and hurricanoes, spout
Till you have drenched our steeples, drowned the cocks!・・・・・

3人の娘は、要するに、おやじのわがままのために、お互いに殺し合い、自殺し、一家は崩壊する。それを見届けてから、リアも死ぬ。その男は、どこに行き着いたというのだ?
「悲劇」と分類されるが、これと別に「怒劇」とでもいうべき分類はないものかー観客が、「リア、おまえ、なにやってんだ!」と怒り狂う劇、、、

 そういえば、今手元にあるペンギンブックスのリア王の表紙の挿絵も嵐の中のリア王である。

KingLear&Yamazaki01.jpg

posted by justice_justice at 09:06| ●教養ー読書 | 更新情報をチェックする
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