2008年07月02日

●2言語法廷 by Makiko

6月28日に、明治大学で開催された「法と言語研究会」(http://jsll.sakura.ne.jp/about.htm)の定期研究会に参加した。発表者の1人である日本大学のRichard Powell氏が2言語の法廷について話をされたが、非常に興味深い点が多くあった。

私は法廷通訳を研究テーマにしているが、アメリカのSusan Berk-Seligson氏による”The Bilingual Courtroom”は研究者の間でよく知られた法廷通訳の言語分析に関する本である。これは、「2言語法廷」と訳せるが、今回Powell氏が語ったものは、それとはまったく異なり、通訳がつくという意味ではなく、本当に2言語が使われる法廷のことであった。
マレーシア、香港、スリランカ、インド、ケニヤ、タンザニアなど、法廷で2つの公用語が使われ、もちろん通訳はつかない。それ以外の言語が使われるときのみに通訳がつくという。これらの国では、社会自体が、植民地時代の宗主国の言語と現地語という2本立ての言語システムを持っている。それが法廷にも反映しているのだ。

Powell氏によると、例えば、マレーシアの場合、マレー語と英語が公用語として使われるが、どちらがどの程度使われるといった、法廷での言語使用の形を決める要因がいくつかあるということだ。刑法関連はマレー語が多いが民法関連は英語が多いといった裁判の種類によって決まることもあれば、当事者や証人の言語能力や好みによることもあるらしい。また、裁判の過程で弁論や証言における「言語切り替え(code-switching)」も行われるが、これは、相手を説得したり攻撃したりする際の作戦として行われることも多いという。

ところで、法廷通訳の研究をしている私の知人が大阪の裁判所で法廷を傍聴した時に、非常に驚いていた。検察官が証人尋問の際に大阪弁を使っていたそうだ。その他の場面では標準語だったという。意識的にか無意識でかはわからないが、おそらく、その時の証人から証言をうまく引き出すには大阪弁が効果的だと判断したのであろう。これも一種の「言語切り替え(code-switching)」であり、標準語と大阪弁という2言語が法廷で使われていたと言えなくはない。

大阪弁のことはさておき、マレーシアの例のように、まったく異なる2つの言語を適宜使い分けることにより、法廷での手続きがスムーズに進行したり、当事者や証人が自分のよくわかる言葉で参加することができるという長所はあるようだが、同じ内容を2つの異なる言語で表現した場合、その表す概念の範囲が微妙に食い違ったりするという短所もあるようだ。特に法律文書が2言語で書かれると、色々と矛盾が出てくるという。

法律用語は、法的意図、法的効果、その概念の及ぶ範囲を明確に定義するという性質を持っている。これをまったく別言語に置き換えることは非常に難しい。概念が微妙にずれるからだ。そういう意味で、司法通訳・翻訳は大変困難な作業である。そして、裁判員制度を視野に入れた言語の平易化作業にも、同じような困難がつきまとうのではないだろうか。特殊な法的意味を持つ言葉を一般人が普段使っている言葉に置き換えても、全く同じ概念が保てるわけではない。どの言葉をどの程度まで平易化するか、その判断が難しいところである。


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