2008年05月28日

「言語によって犯罪が作られる」

著名な法言語学者であるジョージタウン大学のRoger W. Shuy名誉教授の本(Creating Language Crimes, 2005, Oxford University Press)を読んでいるが、法執行機関がいかに言語を利用あるいは悪用して犯罪を作り上げるかという論点がとても面白い。Undercover investigation(おとり捜査)は日本ではあまり一般的ではないが、アメリカなどではしばしば行われ、その時に録音されたものが重要な証拠となる。ところが、Shuy教授によると、その録音の際、もしターゲットが自分から違法行為を口にしないような場合、さまざまな戦略を駆使して犯罪行為を口に出させたり、あるいは不利な展開になってくると、その場面に音声上の細工を施したりして、捜査側に有利な証拠を作り上げていくそうである。

例えば、何かの違法取引のおとり捜査では、ターゲットに対し、おとり捜査官あるいは協力者が、「ボスにはどういう言い方で伝えたらいいか教えてくれ」などと言って、犯罪を示唆する内容を自分の口から言わせるようにする(Scripting the target)。または、ターゲットが捜査に不利になりそうなことを口に出し始めると、マイクを身につけた人間がすかさず動き回ったりして、雑音を生じさせ、その部分が録音上聞き取れないようにする。高性能マイクはちょっと動くだけでそのようなstatic noiseが生じる(Creating static on the tape)。また、場合によっては、ターゲットが普通に話しているのに、おとり捜査官や協力者がわざと汚い言葉や罵り言葉を繰り返し、ターゲットもそのような言葉づかいをする人間であるかのように印象付ける。テープを聞いている人間は、誰がどういう言い方をしたのかをはっきり認識しないし、全体の印象に左右されるからである(Contaminating the tape)。他にも数多くのストラテジーが知られているが、まさに言語を操作して捜査側に有利なように犯罪の証拠を作り上げることが日常茶飯事となっていることがわかる。

このような状況を背景に、アメリカでは言語学者がおとり捜査のテープの分析を依頼されるケースが多い。上述のShuy教授も、そのような鑑定の仕事を多く依頼された経験を持ち、言語学者がそのような鑑定証人になるときの注意点などをまとめた著作もある。さらに、アメリカでは、おとり捜査の録音テープだけでなく、警察や検察での尋問の言語分析も行われている。言語学者の目を通してはじめて、言語をめぐるさまざまな作為が明らかになったり、誤解が解けたりするのだ。

さて、日本だが、現在、裁判員制度の導入を視野に入れた上での、捜査段階における尋問の部分的録音が試行されている。将来的にそのような録音が慣習となり、文字化された供述調書ではなく、「音声」そのものが証拠として扱われるようになった場合、言語というものに対する専門的知見が求められる機会も多くなるだろう。そうなると、日本ではこれまで諸外国に比べて非常に遅れていた「法言語学」という分野がもっと注目されるようになるだろう。この分野に関わる者として、今後の展開が楽しみである。

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