2008年02月16日

■「日本」を考えるー司法改革の意味


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■昨週、2冊の短めの新書を読んだ。
 川端康成『美しい日本の私』講談社現代新書
 尾藤正英『日本文化の歴史』岩波新書
■ 川端本は、ノーベル文学賞受賞後の講演をまとめたものだ。その中の一節にこうある(10頁)。
 「そのボッティチェリの研究が世界に知られ、古今東西の美術に博識の矢代幸雄博士も『日本美術の特質』の一つを『雪月花の時、最も友を思ふ。』という詩語に約められるとしてゐます。雪の美しいのを見るにつけ、月の美しいのを見るにつけ、つまり四季折々の美に、自分が触れ目覚める時、美にめぐりあふ幸ひを得た時には、親しい友が切に思はれ、このよろこびを共にしたいと願ふ、つまり、美の感動が人なつかしく思ひやりを強く誘い出すのです。この『友』は、広く『人間』ともとれませう。また『雪、月、花』といふ四季の移りの折り折りの美を現はす言葉は、日本においては山川草木、森羅万象、自然のすべて、そして人間感情をも含めての、美を現はす言葉とするのが伝統なのであります。」
■ 尾藤本は、日本文化の通史を通して、日本的価値の捉え方、日本人の主体性の捉え方を摘示するものである。その一節を引用する(227頁)。
 「現代の日本について、あるいはその将来への展望について論じられるとき、しばしばその議論の前提として、とかく日本人は「お上」に対して弱いとか、権威に従順であると言われ、そのような傾向が歴史を通じて生み出されてきたかのようにみなされていることが多いように思われる。しかし日本の社会やその生活文化について、ここまで通観してきた全体をふり返ってみると、むしろ逆に、権威に必ずしも従順ではなかったのが、日本人の歴史の特色をなしているのではないかと考えられる。古代国家を完成し、万葉の歌人に賛美された天武天皇は、一種の反逆者であった。平安京の貴族社会が、地方の人々への配慮を怠ると、武士が勃興して、国家の公権力を代行し、その武家政権の打倒をはかった天皇や上皇の行動は、「御謀叛」とよばれた。天皇の伝統的権威よりも、現実に公権力として機能している武家政権の方が、優位にあるとみなされたのである。もともと共同体的な性格をもつ国家において、公権力は一部の人々によって独占されるべき性質のものではなく、その独占に近い状況が生ずると、必ず反撥が生じ、社会組織が変動する。それが日本の歴史なのである。」
■今、市民が裁判員となって刑事事件について、有罪無罪を判断し、量刑を決める制度について、考えている。学者なので、「運用のよしあし」は実務家に任せて、これが「日本のかたち」にどうフィットするのかというやや迂遠な、よく言えば、大局的法史的視点から、みておきたいと考えている。それには、単に、法制度としての妥当性をみるのではなく、結局、日本史と日本の価値観の歴史に置き換えてこれを捉えることとなる。
■市民が自ら裁判をする、自治の精神。今、「市民主義」と仮称している法の新たな在り方が、日本人の美意識と「公け」の捉え方に無理なくマッチするものなのか、気がかりなまま、現場の動きをみている。
 武士=もっとも有能な合理主義者であり技術者が江戸を支え東京を支えた、明治維新。それは、いわばプロフェッショナリズムの時代であった。
 それを思い切って「市民主義」に置き換えることとなる。
 できそこないの「平成維新」に終わるのか、第二の「明治維新」になるのか、よく見定めなければなるまい。
*写真は愛知県弁護士会HPから引用http://www.aiben.jp/page/library/kaihou/1710kan03.html

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posted by justice_justice at 08:01 | TrackBack(0) | ●教養ー読書 | 更新情報をチェックする
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