2007年12月01日

■京都旅情ー事件調査の旅

♪♪♪
まる たけ えびす に おし おいけ
あね さん ろっかく たこ にしき
し あや ぶっ たか まつ まん ごじょう・・・

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■12月初日の京都、松原通り。
 京都の職人が多く集まる街であったはず。その名残は、通りのそこここにある。
 もう35年も前になろうか、東京から京都に下宿をはじめた頃、教養部の暇な(?)時間を京都散策によく費やした。そのときに、通りと小路の名を覚えるのに習ったのが、「通り名詩」(というのかさえ正確ではないが、このブログはうんちくを傾ける場ではないので、、、)。
 この詩は、「新撰組血風録」、栗塚旭がはじめて土方歳三役を演じ、島田順司が沖田総司を務めたときの、どの篇であったか、沖田が主人公の編で、子供に教えてもらう場面か、子供が遊ぶところを通るときにか、この詩がBGMに使われていた(と思う)。
 まだ中学生の頃、しかも札幌にいた頃にみたテレビドラマだが、そのとき、将来は京都に住む、と決意したのを思い出す。
■松原通り、思い出が続く。
 鴨川を東山から、当時下宿していた中京の堺町通り押小路東入ル、へ向かうのに、わざとここを渡った。「松原橋」。実は、本来の五条大橋はここにあった(と記憶しているのだが、、、)。
 また、これを東山通りに向かうと、「六道の辻」がある。小野の篁を祭る六道珍皇寺と言ったか、、、この近くに地獄と人間界を行き来した小野の篁がその出入りにした、冥界への道があるとか、、、
 だから、「六道の辻」という。
■そんな由来を頭にたたき込みながら、この辺りを自転車で散策したときから35年、、、
 その同じ道を、今日は、さる事件の調査のために、実況見分調書添付の図面を左手に、デジカメを右手に、コートのポケット右に、ICレコーダーを、左に予備のデジカメを入れて、そこここと歩き回る、、、

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 歩き疲れて、買っておいたあんパンをほおばったのは、これも京都ではよく知られている因幡薬師。
 正式には、京都市下京区烏丸松原上ル東入ル因幡堂町728所在の、真言宗智山派平等寺。
 六角堂と並び、東洞院通りを四条を挟んで、対になるようにしてたたずむ街中の寺院。観音さんがご本尊のはず、、、みなうろ覚えの記憶なので、、、
 そうした歴史と由緒のある街の一角で、「犯罪」が起きている(但し、我々弁護人の調査では、実行行為性にも故意性にも疑問があり、無罪主張である)。
 四条に戻り、御旅所の守り神に一礼して、阪急電車に乗って事務所に戻った。
 青春の思い出と、刑事弁護の厳しさが混じった、調査活動であった。

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posted by justice_justice at 14:26 | TrackBack(0) | ●教養ー読書 | 更新情報をチェックする

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