2007年11月12日

■「国を壊す」−朝日新聞のすぐれもの記事からー


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■朝日新聞(朝刊)、「国を壊すージンバブエの場合」と題する連載が11月10日、16回目で終了した。
 新聞記事を読みながら、額に汗を流し、固唾をのみながら読むことなど滅多にないのだが、この連載を読みながら、迫力のある取材内容に、何故か「焦り」を感じながら、読んだ。その一節をやや長いが引用する。
********<朝日新聞07年11月10日(朝刊)6頁>********
 「ジンバブエだけではない。アフリカの多くの国で、指導者は利権や権力の維持に腐心し、国づくりを放置している。明治学院大学の勝俣誠教授はその状態を「公(おおやけ)の欠如」と呼ぶ。
 かつてアフリカの多くは農産物輸出国だった。しかし、指導者は農業などに関心はなく、育成策を取らなかった。その結果、ほとんどの国で農業はやせ細った。
 農業だけでない。ジンバブエでは水や電力も不足していた。リンポポ、ザンベジという大河に恵まれながら、公共用水や電力確保の努力をしなかったためだ。
 産油国のナイジェリアは、原油高で年に500億ドルの外貨収入があり、国内総生産(GDP)の成長率は7%にも達している(05年)。しかしその多くは政府の中で使途不明のまま消え、国民の大多数は貧困にあえいでいる。
 警察は治安に関心がなく、教師の給料は遅配が当たり前だ。スーダン、赤道ギニア、アンゴラ……。アフリカ産油国ではどこも同じような現象が起きている。
 南アフリカの「アフリカ民族会議」(ANC)政府も例外ではない。汚職で失脚した副大統領や州知事が平然と次期大統領候補に名乗りを上げる。その陰で黒人貧困層は相変わらず貧しく、治安は悪化を続ける。
 現代アフリカの最大の問題は、新植民地主義や累積債務などではない。「公の欠如」なのだ。」
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■「公」。「おおやけ」。
 今の日本の文化現象は、「公」を馬鹿にし、批判し、揶揄し、嘲笑し、破壊することに意味があるという価値観で支配されている。
 その前提は、国は安定し強靱ですこしくらいわがままをいっても大丈夫、、、という「甘えの構造」である。

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 だが、「甘えの構造」は、今、抜き差しならぬところまで来ている、と表現すべきではないか。
 「企業」の悪質さを紹介する記事に事欠くことはない。「船場吉兆」「山田洋行」「加ト吉」、、、11月10日の朝日新聞(朝刊)のトップページには、日本を代表する各分野の企業の「犯罪」記事が並ぶ。
 「公け」をつぶしてまでも、各個別の企業の利益を図る体質が、国家・日本に染み渡っている。
 ガン細胞が、除去不能なほど蔓延し、転移し、満身創痍になっている。これが、21世紀初頭の「この国のかたち」ではないか。
■「国を壊す」。おそるべきタイトルを、朝日新聞は選んだ。戦慄を感じながら、連載を読んだ。市民の日常の積み重ねと権力者の権力闘争、、、両者がともに、国家の破壊、公の秩序の攻撃に向かっている状態。日本も、緩慢な「国家破壊への道」を市民を挙げて歩み始めているのではないか。
■ 話が変わる。
 ブログの編者の専門領域で、この「公け」への市民の力を試す時期が迫りつつある。
 2009年5月に始まる、裁判員裁判だ。
 市民が「正義」を担う司法を創る、、、これが、モラリティを失いつつある国家日本の再生へのひとつの道筋だ。
 市民がどう反応するのか。それが、司法の分野からみた、「国家破壊への道」か「国家再建への道」かの岐路になる。
 そして、裁判員裁判は成功させなければならないと思う。粛々と市民が法廷にすわり、おごそかに事実を認定し、量刑を測り、判決を宣告するべきだと思う。

posted by justice_justice at 11:59 | TrackBack(0) | ●観光(世界) | 更新情報をチェックする

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