2007年10月08日

■福知山線脱線事故ー「組織犯罪」と個人責任の限界


fukuchiyama00.jpg■JR福知山線列車事故の後始末はまだ終わっていない。
 07年9月22日の読売新聞((朝刊))は「JR西脱線事故/元安全推進部長を聴取/さらに上層部も検討/兵庫県警」と題する次の記事を掲載した。
**<引用>******************
 107人が死亡した兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故で、兵庫県警捜査本部(尼崎東署)が、当時、JR西日本の安全推進部長だった村上恒美・元常務執行役員とその前任者から事情聴取していたことが、わかった。また、事故現場を管轄する大阪支社長だった橋本光人・元執行役員を再聴取しており、8月以降、相次いで行われた役員クラスへの参考人聴取は、当時の鉄道本部長徳岡研三・元専務とその前任者を含め計5人となった。県警は今後、供述内容を精査し、さらに上層部への聴取が必要かを検討する。
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■確かに、運転士が事故のときに死亡している以上、「過失責任」という枠で、刑事責任を追及するとすれば、なんらか管理的地位にいたものに矛先を向けるしかない。
 例えば、列車速度をチェックして設定速度まで減速させる自動列車停止装置「ATS―P」の導入の遅れを事故の原因と見て、そうした経営計画を策定したときの責任者を追及したり、急カーブになっている現場にあわせたATSーSWを設置しなかったこと、さらには、福知山線宝塚―尼崎間の過密ダイヤを組んだ責任を追及する等など、、、
■しかし、結論から言えば、どれも無理だ。
 刑法は、自然人の個人として負うべき刑事責任を追及する。かれらが、予見可能な範囲内の事故であって、注意すれば防げた事故なのに、こうした予見、回避の義務を十分に尽くさないこと、これに対して、刑罰で臨むものだ。
 今回の事故は、「JR西日本」という組織が、起こしたものだ。
 組織を組成する個人の意思は「組織の意思」の前に押しつぶされている。組織の活動が起こす大規模災害は、個々人の予見や回避の枠をはるかに超えている。
 要するに、現行刑法は、自然人の日常生活の範囲内で起こる事故については、責任を問うものだが、広域にわたる大規模施設を使う組織的営業に伴う矛盾が集約して発生した今回の事故を、個人の責任 に収めることはできない。
 そんなことをすれば、かえって不正義になる。
■「組織の犯罪」。
 これを直接対象とする厳しい制裁手段を法律で定める一方、大規模災害は「防止」の観点から調査をし、原因を突き止め、再発防止策を講ずることに力点を置くべきだ。その中で、組織の中で、まじめにこつこつと仕事をしてきた個々の社員を「スケープゴート」にしてはならない。
posted by justice_justice at 23:38 | TrackBack(0) | ■(ケース)JR福知山線事故■ | 更新情報をチェックする
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