2007年09月25日

■『ダヴィンチ・コード』読書録ー宗教と「こころ」


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■『ダヴィンチ・コード』。ポケットブック576頁を読んだ。
 映画並みの事件展開のテンポの軽さを読みながら感じさせる。しかも、各イベント毎に、歴史と宗教の絡む根深い問題をさりげなく提起するー「女性蔑視」思想の淵源、男優位の価値序列が作られた過程をラングドン教授が語る。
 魔女狩りの真の意味ー血統を捜し、消滅させる教会挙げての圧政。
 テンプル騎士団の本当の意味ーその弾圧の理由。血統を守る者と抹殺する者との戦い。
 ルーブルで始まり、ルーブルで終わる、キリスト教聖杯伝説。
 ルーブルの中庭、入口にもなっている『ピラミッド』、そこに隠されたキリスト教2000年の秘密。
 そして、聖杯の本当の意味ーブラッドライン=血統を継ぐ者達とこれを守るもの達の存在。
 この秘密を糧に権力と冨を得ようとする者との戦い、権威を守る教会の蔭、、、、

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■なるほど、おもしろいミステリーであるし、なによりもイギリス、フランスの旅行ガイドも兼ねている。行った場所、行きたい場所を思い浮かべながら見ることのできる本、、、
 2001年に訪れたルーブルの写真を繙き、今年3月にロンドン訪問のときお土産に買ったテンプラー騎士団の人形をしげしげと見守りつつ、本を読み終えた。
■ 『最後の晩餐』に描かれた、ほんものの聖杯ーマリー・マグダーレン。

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 イエスキリストの血をこの世に伝える血統の存在。
 西洋的であるものーキリスト的であること、このすこぶる理解しがたい文化をミステリーで語っているから、おもしろいのだろうか。
 仏陀に子どもがいて、その血脈が実は今も続いている、と言われたら、どうなるのだろうか、とつい考える。
 「それはよかった、ありがたいことだ、南無妙法蓮華経」で終わるのだろうか。
 それとも、bloodlineの正統性を巡る血の戦いでも始まるのだろうか。
 キリスト教の原点ーイエスは神でなければならない。これと世俗の父親であることは、それほど矛盾するのだろうか。

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■ 『モナリザの微笑』。
 物語では、ここに聖杯の隠し場所への道筋が隠されていた。同時に、絵の主人公がマリ−マグダレンその人であるとか、、、
 ルーブルを訪れて、この絵をはじめてみたときの写真を、本を読みながら、モニターにアップした。
 次回ルーブルに行ったときには、別な見方ができるだろう。
 むろん、来年3月にロンドンに行くとき、テンプル教会をまっさきに訪問し、また、ウエストミンスター教会でニュートンの墓を見ることとなるだろう。
posted by justice_justice at 20:24| ●教養ー読書 | 更新情報をチェックする
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