2007年04月08日

■明石歩道橋事件控訴審判決ー組織責任、個人責任

■4月6日に、大阪高裁は、2001年7月に、明石市の夏祭りの際、朝霧駅から急ぐ会場の海浜公園へ歩道橋を急ぐ市民がすし詰め状態となり、滞留中に転倒事故がおきた事件で、被告側の控訴を棄却した。
 こうして、元地域官・金沢常夫(57)、元警備会社幹部・新田敬一郎(65)の両被告を禁固2年6月(ともに求刑・禁固3年6月)の実刑、明石市の元幹部2人を禁固2年6月、執行猶予5年の有罪とした神戸地裁判決が維持されたこととなる。
■この事故で、花火大会と夜店を楽しみにしていたであろう子ども達9人、そして、老人2人の計11人が死亡している。さらに、247人が重軽傷を負った。
 神戸地検は、結局、現場に居た責任者5人を起訴したが、もっとも問題なのは、明石警察署で、歩道橋の危険な状態を、少なくとも容易に認識することができたし、そうすべきであった職責と権限を有していた当時の署長と副署長が刑事訴追を免れたことだ。
■この事件は、いろいろな意味をもつ。 
 まず、「子供を犠牲にする社会」という20世紀末に顕著になった日本の構造的歪みがシンボリックに表れた。「祭」、花火、夜店、、、、地域社会が崩壊した日本で、自治体が提供せざるを得なくなった一種の「和」の場であって、地域であればおよそ危険・事故・犯罪から無縁に近かったイベントで、子供を守れない状態が生まれた。
 次に、組織犯罪の広がりだ。「組織犯罪」。言葉を広げて使うことにはまだ抵抗感があるのかもしれない。しかし、「警察署」という強い権限の主体が、「過失」で犯罪を犯す時代なのだ。個人としての署長の資質もあるのかもしれないが、同時に、組織としての警察が、社会のリスクに対応しきれる能力のなさ、粉飾決済など故意に会社ぐるみの犯罪を行っているのと同じように、署長も副署長も、そして現場の指揮官もさらには現場臨場の個々の警察官も、歩道橋の密集状態について、結局は、無感覚で、無責任に、放置した。そんな組織が、日本の治安維持を委ねられているのだ。
 最後に、希望を持てるのが、遺族等被害関係者のアクティブな活動だ。市民が「公訴権」に介入するはっきりした姿勢。検察審査会が、署長らについて2度も起訴相当の決議をした事実。「正義」のかたちを市民が関与して作り出す時代を作りつつある、節目となる事件群のひとつである。
■ この事件の関与者は、現に起訴された。事件は、国家刑罰権を発動すべき対象であることが承認されたこととなる。この事件について公訴時効は問題になる余地がなくなった。署長は、もっとも責任の重い共犯として関与している。「過失犯」も共犯とともに行われることはある。例えば、外科手術を行なう医師団・看護士団はそれぞれの責任を果たしつつ他のメンバーのミスもカバーする責任を負う。
 歩道橋の密集状態。群衆事故の危険。その予測はしろうとでもできた。流入規制。これもしろうとでも思いつく簡単な方法があった。機動隊などの警察力も現在していた。しかし、署長は、なにもしなかった。
 市民が納得できる事態ではない。
■「組織責任」と「個人責任」。 
 どちらにどれだけ比重を置くべきか、決めるのが困難なケースはある。しかし、今回の事件は、容易に防止できた。朝霧駅前のロータリー周囲と、北側方向に走る道路沿いの歩道を利用して大きな迂回路をつくり、流入規制をすればよかった。10人程度の警察官を派遣して、その指示をすれば、市民はごく冷静にその指示に従ったはずだ。
 神戸ルミナリエ会場では事故がおきないのは、こうした迂回路と滞留禁止をくまなく徹底しているからだ。
 組織の注意力の問題とともに、その職責と権限を委ねられた個人たる当時の警察署長の刑事責任は重い。これを公開の裁判の場で判断する機会を提供しない検察庁の判断は、やはり疑問だ。
■現場責任者の過失責任を認めたのは、やむをえない。ただ、「組織責任」と「個人責任」の区分けが困難であることも事実だ。
 今回の事件は、組織が主人公になって、個を押しつぶし始めた特異な時代の過失犯罪として長く記憶に留めなければなるまい。
posted by justice_justice at 08:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ■(ケース)明石歩道橋事件 | 更新情報をチェックする
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