2015年08月03日

福島原発事故と刑事責任 事件か,事故か 刑罰か予防か

 このブログの目的は,おりおり新聞などに掲載を認められるコメントをまとめておくためのものであるが,つい怠って時間を空けすぎた。なにかと気ぜわしい日常ではあるが,折角コメントの機会をもらったのに,蓄積しないのももったいないと思う。また再開してみよう。

 直近のコメントは,東電幹部に対する検察審査会の起訴強制決定に関するものである。共同通信配信記事でとりあげられている。
 事件の経過については,例えば,静岡新聞では,「表層深層=市民感覚「想定外」認めず 予見可能性 判断が鍵−東電旧経営陣 強制起訴へ」として紹介している(2015/08/01 静岡新聞・朝刊)。

 「発生から4年以上が経過した東京電力福島第1原発事故が、東電旧経営陣3人の強制起訴を決めた検察審査会の判断により、刑事裁判という新たな局面を迎えることになった。膨大な資料、証言から企業トップの「予見可能性」を検証する裁判は、これまでの事故調査や捜査とは別次元の複雑な審理が必要となる。事故は防げたのか。市民が抱き続けた重大な疑問の解明は、法廷に委ねられた」。
 市民の判断を記事は次のようにシンプルに整理する。
 「『放射能は人類の種の保存にも危険を及ぼす。原発事故は一度起きれば、取り返しがつかない』。31日に公表された東京第5検察審査会の議決は原発事故の『特殊性』をこう言い表し、原発事業の責任者には万が一の事態を想定する『高度な注意義務』があった、と言い切った。
 巨大津波の恐れを示す調査結果と『15・7メートルの津波』を実際に東電が試算していたという事実。これらを前提にすれば勝俣恒久元会長らに予見可能性があったのは当然で、停止を含めた予防策を講じなかったことで業務上過失致死傷罪は成立する−。市民感覚のにじむ議決の論理は明快だ。」
 識者の見解が並ぶ。そのひとつがブログ編者のものだ。

○「検察官役の弁護士にとって、見通しは暗いだろう」。元東京地検特捜部長の宗像紀夫弁護士は話す。「未曽有の危険にまで対策を取れば、コストは無限にかかる。飛行機は飛ばせないし、日本中の沿岸部の自治体が防潮堤をかさ上げする必要が出てくる。それでいいのか」
○市民感覚に沿う−船山泰範日本大教授(刑法)の話
 検察審査会の議決は、東京電力の旧経営陣は「万が一にも発生する可能性のある津波災害に対しても備えておくべきだった」と指摘した。具体的な予見ができなくても、漠然とした危機感を持っていれば管理責任を問えると判断しており、高く評価したい。原発事故の責任の所在を明らかにしたいという被災者の気持ちをくみ取り、強制起訴への道を開いたのは、市民感覚に沿った結論といえる。
○個人責任問えぬ−渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話
 大規模な自然災害による原発事故は会社組織として防ぐべきで、幹部とはいえ個人に刑事責任を負わせるのは妥当ではない。何より将来の事故防止策を企業と社会とが一緒に考えていくべきだ。東京電力旧経営陣の刑事裁判は長期化するとみられる。被告側は無罪を主張し、責任を免れるため事故原因の解明につながる情報提供を控えざるを得なくなり、再発防止にそれまでの経験を役立てることができないだろう。

*記事のバージョンは異なるが,コメント自体は同じものが,京都新聞20150801朝刊,西日本新聞20150801朝刊などにも掲載されている。
posted by justice_justice at 09:00 | TrackBack(0) | ■検察審査会・付審判 | 更新情報をチェックする
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