2014年01月31日

■『1人殺害』と死刑の当否(下)ー岡山の裁判員達の決断

■「元同僚女性強殺に死刑/岡山地裁判決/被害者1人では異例」
読売新聞2013/02/15(朝刊)
 昨日の続きである。1年前のことであるが,被害者1名の事件で,裁判員裁判の結果,死刑が選択された事件があった。
***引用***
 岡山市で2011年、派遣社員加藤みささん(当時27歳)を殺害、遺体を切断して遺棄したなどとして強盗殺人や死体遺棄罪などに問われた元同僚の住田紘一被告(30)の裁判員裁判の判決で、岡山地裁(森岡孝介裁判長)は14日、求刑通り死刑を言い渡した。
 被害者が1人の事件での死刑判決は異例。住田被告に前科はなかったが、森岡裁判長は「強固な殺意に基づく冷酷かつ残虐な犯行。反省や謝罪は不十分で、更生可能性は高いとはいえない。死刑の選択をするほかない」と述べた。弁護側は即日控訴した。
 判決によると、住田被告は同年9月30日、岡山市北区の倉庫に加藤さんを連れ込み、所持金を奪って性的暴行をしたうえ、ナイフで胸などを10回以上刺して殺害。翌10月上旬、実家のある大阪市内で遺体を切断し、川などに遺棄した。
 判決で森岡裁判長は、性的な欲求不満を解消するための計画性の高い犯行だとし、「当初から殺害と遺体の処理まで考えていた点は強く非難されるべきだ」と指摘した。
 ◆裁判員 残虐性を判断 
 死刑選択を巡っては、1983年の最高裁判決が被害者数、前科、殺害方法など9項目の基準(永山基準)を示しており、裁判員裁判で、殺害された被害者が1人の場合に死刑判決が言い渡されるのは3件目、前科がない被告には初めてとみられる。
 千葉大生強盗殺人事件など過去2件は、いずれも被告が重大事件で服役し、出所後間もない犯行だった点を重視。一方、今回は計画性や残虐性など犯行の悪質さがポイントになった。
 判決後、裁判員を務めた人たちが岡山地裁内で記者会見。住田被告に前科はなかったが、40歳代男性は「(プロの裁判官による)永山基準に基づいた数々の判例が積み重ねられてきたが、市民の意見、意思を反映した判決があってもいいのではないか」と話した。
 補充裁判員だった30歳代男性は「精神的な負担は本当に大きく、家に帰っても、自分が裁いていいのかすごく悩んだ」と死刑判断の重さをにじませた。
 ◆「本心で謝罪を」 被害者の父
 加藤みささんの父裕司さん(60)は判決傍聴後、岡山市内で会見し、「極めて妥当な判決。ようやく娘に報告が出来る」と話した。
 裕司さんは妻、長男と計5日間の裁判をすべて傍聴し、被害者参加制度に基づき、住田被告に直接質問もした。「刑が確定したら、(住田被告に)会いに行こうと思っている。反省の気持ちを芽生えさせ、本心からみさに謝ってもらいたい。そのためにも控訴を取り下げてほしい」と求めた。
***

 裁判員裁判制度が始まって3年が経過する。
 市民の健全な良識が刑事裁判に浸透しつつある。
 事件毎の重みをはかって,そのときに集まった市民達の良識にしたがった判断で刑を決める。それが,重なって社会全体の正義の形ができあがる。
 プロの裁判官のみに委ねていた,技巧的な量刑相場は妥当しない。プロが,自己の判断こそ正しいという独善的な価値判断で,量刑を市民社会に押しつけることそのものが控えられるべきことだ。
 「官僚主義」に対する「市民主義」の時代に入ったことを語る事件処理である。
 また,実際にも証拠で浮き彫りになり,本人の供述でも裏付けられる犯行態様に照らして,極刑の選択が誤っているとは思えない。
 次に問題となるのは,その極刑の実体だ。これもまた,「官僚主義」のベールにつつまれて「市民主義」の及ばない密室となっている。
 「可視化」原理に基づく,実体の正確な説明なしに,市民に極刑を選ばせること自体が実は不合理でもある。今は,市民もやむをえない選択をしている,とみるべきだ。
 今後,極刑の求刑にあたり,検察官は,それが,いかなる意味で,理性的で合理的な刑罰であるのか,執行までにどのような処遇をし,えん罪の防止を考えているのか,立証することを求められるようになろう。
 そんなことを考えながら,当時のコメントを振り返ってみた。
 上記新聞に次のように記載された。

■渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「性的暴行があったことなどを踏まえた判決。裁判員らは、被害者数にこだわらず、市民良識に沿って事件の重みにふさわしい判断をした。今後の一つの指標になるだろう」と指摘した
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2014年01月30日

■『1人殺害』と死刑の当否(上)ー岡山の裁判員達の決断

■「派遣社員強殺/死刑求刑/『非人間的、いまだに無反省』/検察側=岡山」
読売新聞2013/02/09(大阪,朝刊)
市民=裁判員が,目の前にいる被告人に死刑を宣告する場面。
 裁判員裁判導入にともなって,否応なく法廷でみられる光景である。
 その一コマを上記新聞記事が紹介した。強姦を含む強盗と殺人。女性の人格を踏みにじった心の殺人を犯した上,さらに命乞いをする被害者を殺害するー命そのものを断つ。さらに遺体を岡山から大阪へ運んで損壊し捨てる。死への尊厳も踏みにじった犯罪。
 こんな場合でも,官僚化された裁判官集団は,全国の量刑相場に照らして,おおざっぱにみて,1人殺害であれば,特段の事情がない限り,無期懲役を選ぶことが多かった。
 市民の登場が,裁判官の居心地のよさを約束する量刑相場を打ち破ることとなった。
 その事件を裁くその裁判限りの裁判員達。
 彼ら・彼女らは,この事件の証拠をみて,この事件の特殊性を評価して,彼ら・彼女らのそのときの良識にしたがって,良心的に,あるべき刑罰を選択する。
 その選択を可能とするためにも,逆に,検察官は死刑の余地がある事件であれば,自己抑制することなく,死刑選択の可能性を示さなければならない。
 この事件で,検察官が死刑を求刑したのは,裁判員裁判時代の当然の選択である。
 
***引用***
◆被告「最も重い罰受ける」 
 岡山市で2011年9月、同市の派遣社員加藤みささん(当時27歳)から現金などを奪って殺害したなどとして、強盗殺人罪などに問われた元同僚の住田紘一被告(30)の裁判員裁判で、検察側が死刑を求刑した8日、住田被告は「今の私に出来るのは、最も重い罰を受けることしかない。本当に申し訳ございませんでした」と述べた。一方、弁護側は無期懲役を求めており、裁判員は難しい判断を迫られる。判決は14日の予定。
 約1時間にわたる検察側の論告を、住田被告は前を見据えて聞いた。検察側は、1983年に最高裁が示した死刑の選択基準(永山基準)を基に求刑理由を説明。「あまりに非人間的。これほどの重大犯罪を犯した被告には、死刑を選択するほかない」とし、公判中に殺人を肯定する発言などを翻したことについては「刑を軽くするため、うそをついた可能性がある。いまだに無反省だ」と厳しく指摘した。
 弁護側は最終弁論で、住田被告がいったん殺人罪などで起訴された後、乱暴目的だったことを明かしたことに触れ、「被告は死を覚悟して告白した。自首にも匹敵する」とし、発言の変化については「命をもって償うという反省の現れ」と訴えた。そして「少しでも躊躇(ちゅうちょ)する事情がある場合、極刑は許されない」と死刑回避を求めた。
 求刑に先立ち、加藤さんの母親らが意見陳述を行い、母親は「住田被告はうその供述をするなど、私たちをどこまで苦しめるのか。自分の死をもって償いなさい」と声を絞り出した。
******

 求刑段階であるが,当時,次のコメントを出した。
■求刑について、渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「市民の良識で犯罪の悪質性を考慮すれば相当。強姦が被告の自白によって判明したことを考えても、死刑求刑はやむを得ない」とした。
*** 
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2014年01月29日

■「免訴」−手続を打ち切る裁判と検察審査会の起訴強制(終わり)

■「(壁を越えて 歩道橋事故・強制起訴判決:下)遺族活動、「時効」動かす【大阪】」
朝日新聞2013/02/18(朝刊)

JR朝霧駅東側にある歩道橋。そこで,2001年,21世紀に入った歳,明石市主催の夏祭りで群衆雪崩が起きた。小さな子ども達が犠牲になった。かれらの楽しみのために,開かれた夏祭りであり,花火大会であったのに。警備のプロが居た。駅北側のバスロータリーに機動隊の部隊がいた。署長,副署長あるいは現場の責任者である地域官が,
 「すまん,しばらく,歩道橋の通りをよくするから,規制線をはってくれ。
  いったん入場者を駅北側方向に大きく北上させて迂回させる。それから,歩道橋を  中央で分けて一方通行にする。橋上が込みすぎないように流入規制をする。」
 こんな素人でも思いつく規制をすれば,なんというとこもなくスムーズな人の流れができた。むろん,3名ほど警察官を歩道橋南側に配置して,滞留をさせないようにすればよい。
 ルミナリエ警備で兵庫県警はこの程度の雑踏規制はお手の物なのに,,,。
 それだけに,署長,副署長,地域官と揃っていながら,歩道橋に人がつまる状況を放置したことは,あきらかに警備の手抜きと批判するべきである。お粗末すぎる。
 その事件を,公判廷に持ち出すのに,法改正をまたいで長い年月がかかった。その一端を新聞がドキュメント風に追った。
それが表題の記事だ。

***引用***
 降り続いていた雨がやんだ。事故からちょうど5年後の2006年7月21日。業務上過失致死傷罪の公訴時効が成立するとされた午前0時、神戸市垂水区の下村誠治さん(54)は現場で犠牲者11人の慰霊碑に手を合わせ、2歳で逝った次男智仁(ともひと)ちゃんにわびた。
 「法廷に持ち込めなかった。力不足で、ごめんな」
 事故の遺族は、神戸地検が元明石署長(故人)と元副署長を嫌疑不十分で不起訴としたため、検察審査会に申し立てた。検審は04年4月と05年12月の2度、「起訴相当」と議決。地検が起訴した元地域官の裁判で神戸地裁も「2人が機動隊に出動を命じ、強制的な規制をしていれば、事故を防げた」と指摘した。
 06年3月、下村さんらは最高検に起訴を求める要望書を出すため上京した。しかし事務官は待合室で立ったまま要望書の提出を求め、遺族の発言をメモすらしない。当時の検事総長は「『被害者とともに泣く検察』という言葉があるが、本当に泣いてきたのかとの声もある」と陳謝したが、6月の神戸地検の3度目の処分はまた不起訴だった。
 やりきれなさを募らせる下村さんだったが、知人から思わぬ助言を受けた。
 「刑事訴訟法によると、共犯者の裁判中は時効が停止するようだ」
 保険代理店の仕事の合間や帰宅後に、法律書を読み込んだ。学生時代に学んだ渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)にも相談。裁判中だった元地域官との共犯関係が証明できれば、時効は完成していないことになる、と教えられた。「可能性はまだある。やれることはやろう」。遺族たちは、動き出した。
 ●全国初の適用
 09年5月。司法制度改革の一環で、検察が不起訴処分にしても、検審が2度続けて「起訴すべきだ」と議決すれば、必ず起訴される制度が始まった。遺族は再び審査を申し立てた。市民11人でつくる検審は「元副署長と元地域官は共犯と言える」と認め、全国初の強制起訴が決まった。渡辺教授は「市民の力が発揮された裁判」と後押しする。
 9歳の娘と7歳の息子を亡くした明石市の有馬正春さん(53)は愛する者を守れなかった自責の念に苦しんだ。「これだけの事故が起きて、どこに責任があるのかという話。納得のいく起訴をしてほしかった」
 当時の検察幹部も「あれだけの事故で、誰の責任も問わないわけにはいかなかった」と回顧する。ただ、「我々は刑事責任を問えるか問えないかの一点で判断する。元副署長らは、問えないと判断した」。
 元副署長の弁護側は共犯関係を否定し、時効が成立したとして裁判を打ち切る免訴を主張している。
 ●元副署長が涙
 昨年1月に始まった公判では、被害者参加制度を使い、遺族が直接裁判にかかわった。7月の被告人質問。詰め寄る遺族の前で、榊和晄(さかきかずあき)・元副署長(66)が涙ぐむ一幕があった。
 「私にも小さい孫がいます。ご遺族の心中を察する時に、悔やみきれない悔しさ、わびしさに包まれているのかと、申し訳ない思いでやってきました」
 1969年に警察官に。各地の警察署や自動車警ら隊などを経て事故前年に明石署副署長に就いた。事故後の05年に辞職。大手小売会社に再就職したが、強制起訴後に退職した。高血圧と糖尿病を患い、通院しながら投薬治療を続ける。
 質問に立ったのは下村さんだ。「どうして遺族と会わなかったのか」「副署長としてやるべきこととは」。無罪主張には到底、納得できない。けれど質問を直接ぶつけるうちに、複雑な思いにとらわれた。
 元副署長は言った。「私は小さな子どもが好きで、智仁ちゃんがどんな目をしていたんだろうな、と思います。『わしらの気持ちが分かるか』と言われるかもしれませんが、私なりに悩み、苦しんできました」
 下村さんは、用意していた質問を途中でやめた。
 「目と目を合わせてうちの子の名前を言ってくれた。気持ちは受け取れた」
 事故から11年。初めて、元副署長と向き合えた。
******

 下村さんとは勉強会でも御一緒している。ブログ編者も折ある毎に歩道橋に足を運んでいる。いろいろな思いと重なる事件だ。
 そして,検審起訴強制第1号。「市民主義」の時代の幕開けとなったことも確かだ。
 時代を画する事件であった。
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2014年01月28日

■「免訴」−手続を打ち切る裁判と検察審査会の起訴強制(続報)

■「明石市歩道橋事故・解説=「市民起訴」課題残す/専門的判断担うべきか」
2013/02/20 静岡新聞 夕刊 2ページ 917文字 PDF有 書誌情報
 「免訴」。
 滅多に表に出てこない表現だ。
 検察官が起訴した事件について,有罪・無罪の判断をせずに,裁判手続を打ち切る「形式裁判」と分類される。免訴の場合と,公訴棄却の場合がある。どんな場合に打切りとするのかは法律に定めている。
 分かりやすい例が,被告人がなんらかの理由で死亡したとき。裁判を継続する意味がなくなる。だから,死亡を確認する書類が裁判所に届いた段階で,わざわざ公判を開いて確認するまでもなく手続を打ち切る(この場合,「公訴棄却」決定による)。
 公訴時効が成立したかどうか。これは,争いになる。
 今回の事件のように,検察官役に任じられた弁護士は,公訴時効は不成立と判断し,これを支える解釈論と証拠を揃えて,起訴状を作成して公訴を提起する。
 これに対して,被告側が,公判の中で,起訴された事件について,公訴時効が成立している旨争う。
 この場合,他方で,有罪・無罪の争点についても,双方主張と立証を尽くすこととなる。
 裁判所の判断は,公判廷の審理を経てから言い渡すので「判決」の形式を採る。
 「免訴の判決」である。
 今回,裁判所が免訴にしたことに関連して,検察審査会のあり方を批判する向きが表れてくる。が,困ったことだ。
 そもそも刑事裁判は,被告側の十分な防御の結果,無罪になることもある,公訴時効の解釈次第では,これが成立することもありえる。
 この大原則を我が国社会は,重視しない。官僚機構としての警察,検察,裁判所ともに「必罰主義」を組織原理とする。
 社会も,「無罪」を容易に受け入れない。
 おなじく,しろうとが起訴を決める制度を,社会そのものが受け入れようとしない面がある。驚くべきことだ。市民の良識ある判断を,市民こそ支えるべきなのに。
 次の記事も,批判論である。
 
***引用***
 元明石署副署長に対する神戸地裁判決は、有罪無罪を判断する前に、時効の成否を検討し、刑事裁判を開く要件を欠いていると結論付けた。検察官役の指定弁護士は当初から極めて難しい立証を迫られ、強制起訴制度に課題を残した。
 業務上過失致死傷罪の時効は当時5年。既に経過しており、指定弁護士は、実刑が確定した元明石署地域官との共犯関係を立証する必要があった。「共犯者の起訴」に伴い、時効進行が停止するという刑事訴訟法の規定を適用させるためだ。
 だが、殺人や窃盗など故意の犯罪と違い、怠慢や不注意を罰する過失の罪で共犯関係を認めた判例は少ない。限定的なケースにしか成立しないと解釈されている。元副署長と元地域官では立場が違い、事故当時は別々の場所にいたため、さらにハードルが高かった。
 検察審査会は、2人が共犯関係にあると判断したが、こうした専門的な法律判断を検審が担うべきなのかどうか。検証すべき「市民起訴」の新たな課題だろう。
 約1年の裁判を通じて、警備計画策定のやりとりが明らかになったことは公判を開いた成果となったが、強制起訴で職を失い、体調も崩した元副署長の不利益にも目を向ける必要がある。
******

 しかし,この記事が掲載した識者は見識があると(自画自賛も含め)思う。

■公開の審理に意義−諸沢英道常磐大大学院教授(被害者学)の話
 今回のように有罪か無罪かはっきりしない事案については、公開の法廷で白黒をつけるというのが強制起訴導入の目的。免訴という結果よりも、公判が開かれ、遺族が参加したこと自体に意義を見いだすべきだ。これまで日本では、検察が公訴権を独占しており、異常な状態が続いていた。そこに風穴をあけ「市民の起訴」第1号となった点も評価すべきだ。
■判決納得できない−渡辺修甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)の話
 元副署長は当日の警備責任者であり、元地域官と密接に連絡を取りながら歩道橋の様子を見守っていた。危険を察知したら相互に連絡調整することで、容易に事故を防げたはずだ。予見、結果回避の義務があった上、権限と責任を分担共有していたのだから、過失の共同正犯に当たる。単独の過失も共同過失も否定した判決は納得できない。
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2014年01月27日

■「免訴」−手続を打ち切る裁判と検察審査会の起訴強制

■「無罪」こわばる遺族 子犠牲「報告しようがない」 明石歩道橋事故、判決 【大阪】
2013/02/20 朝日新聞 夕刊 11ページ 2460文字 書誌情報
 2001年7月21日、JR朝霧駅と海岸を結ぶ歩道橋に,花火大会の見物客が殺到。見物に格好の場所である歩道橋が,帰る人と行く人の交錯する中,滞留してしまい,やがて人が折り重なって倒れる「群衆雪崩」が発生。
 子ども9人と70代女性2人の計11人が死亡、247人が負傷した。
 神戸地検は翌年、現地警備本部指揮官の明石署元地域官と警備会社支社長ら計5人を起訴した(有罪確定)。
 しかし,署内にいた元署長と元副署長も書類送検されたが、不起訴とした。市民らが検察審査会に申し立てを行い,法改正がなされて,2度の不起訴に対する審理で,市民らは起訴議決をした。裁判所が指定する弁護士が,この決定に従い,公訴提起をした。
 その判断が示された。

「被告人を免訴すべきである」。

 聞き慣れないことばが,その日の法廷に響いたことと思う。
 判決は,もう1年ほど前になる,神戸地裁でのできごと。
 事件も,さらに一回り昔の季節も夏。明石市が開く夏祭りの会場がこの年からであったと思うが,市役所前広場周辺から,人工的に創られた大蔵海岸公園に移された。
 場所の移動をみて,怪訝に思ったことを今も覚えている。
 というのも,人の流れが悪くなるからだ。
 市役所前なら,明石駅からもすこし遠いが散歩のつもりで,屋台の並ぶ通りで,歩行者天国にした通りを歩いていける。それに,途中からもぬけたり,はいったりできる。いわば,穴だらけの風船と同じで,空気がいっぱいになりそうになれば,途中で適当にぬけられる。
 ところが,朝霧駅前の大蔵海岸公園は,第2国道で囲まれ,朝霧駅とは狭い歩道橋でつながるだけで,人の逃げ場がない。あぶない場所だと何気なく思ったことを記憶している。
 そんな場所にある歩道橋上で起きた群衆雪崩。
 残念ながら,元副署長を起訴した時点では,業過致死傷罪の公訴時効が完成している,というのが裁判所の判断であった。
 だから,「免訴」。つまり,有罪無罪の判断をするまでもなく,裁判を打ち切るというのだ。
 
***引用***
兵庫県明石市の歩道橋事故から11年7カ月。明石署の元副署長榊和晄(さかきかずあき)被告(66)に20日、裁判を打ち切る免訴の判決が言い渡された。検察が4度も不起訴を繰り返すなか、真相解明のために警察署幹部の裁判を求め続けた遺族は、厳しい表情で「実質無罪」の判決を聞いた。▼1面参照
 うどん店を経営する明石市の有馬正春さん(53)は、検察官役の指定弁護士の席の後ろに座った。免訴が言い渡された瞬間、裁判長を見ていた表情がこわばり、何かつぶやいた後、みけんにしわを寄せて口を真一文字に結んだ。
 あの日、9歳で小学4年の長女千晴さんと7歳で小学2年の長男大(だい)君を亡くした。家族4人で花火大会に出かけ、JR朝霧駅から大蔵海岸に向かう歩道橋に入ったが、半分を過ぎたあたりで四方八方から押し込まれ、足が浮き上がった。とっさに壁と手すりの間に子ども2人を入れ、腕をつっぱってかばったが、数分もたたないうちに夫婦とも人波に押し流された。「子どもが、子どもが」。妻の友起子さん(43)が叫んだ。
 2人がいる場所に戻ると、大君の上には子どもが折り重なっていた。抱きかかえたとき、もう意識はなかった。千晴さんが頭から血を流しながら、機動隊員に運ばれているのを見た。それが、最期だった。
 裁判には遺族8人が被害者参加制度で加わった。有馬さんは昨年9月の論告求刑公判で、A4判用紙3枚にまとめた意見を法廷で読み上げた。「事故は未然に防げたはず」と言い、「本来裁かれなければならない被告が厳罰に処されることが、一番の再発防止になると思う」と訴えた。
 なぜ事故は起きたのか。それを追い求めてきた11年だった。「よく『宿題』って言うんです、子ども2人からのね。やらなあかん、その思いだけですよね」
 しかし判決は、裁判を打ち切る免訴だった。「がっくりきました。有罪か無罪かはっきり聞きたかった。(子どもにも)報告しようがない」と語った。
 (篠健一郎)
 ●否認貫き 元副署長一礼
 榊被告は証言台に手をつき、硬い表情で判決を聞いた。免訴が言い渡されると、裁判長に軽く一礼し、口を結んだまま席に戻った。
 「今でも、深夜に目が覚め、亡くなられた11名の方々の悲鳴が聞こえるように感じることがあります」
 昨年11月の最終陳述で、自身も事故の傷を引きずって生きてきたと吐露し、「防止できなかったことは、残念で申し訳なく、おわびを申し上げます」と遺族に頭を下げた。ただ、刑事責任については「署長ならともかく、私に過失があると言われても、それはおかしい」と、一貫して否定してきた。
 閉廷後、榊被告は「私なりに事故の再発防止について考えていきたい」と報道陣に語った。
 ある県警幹部は「事故を境に警察の雑踏警備に関する意識は大きく変わった。危機感と責任の重さを忘れることはない」と話した。
 ◇強制起訴見直しを
 <元東京高検検事の高井康行弁護士の話> 当然の判決だ。今の強制起訴制度が人権侵を招く恐れがあることを示しており、これを機に制度を見直すべきだ。対象を証拠が足りない「嫌疑不十分」でなく、証拠はあるが起訴を見送った「起訴猶予」の事件に絞るべきだ。対象を絞らないのであれば、有罪の確信を得た時しか起訴できないように基準を明確化する必要があるのではないか。
*********
 ブログ編者は,「学者」の視点で,法を解釈する。
 この事件では,共犯者と実質的にみてもいい,元地域官ー現場の警備実施の責任者が起訴されて上告審まで争った。その間は元副署長に対する公訴時効は停止したとみるのが妥当だ。
 だから,検察審査会法改正をまって行われた起訴強制手続は,じゅうぶんに,公訴時効期間内のものである。
 だから,そもそも免訴にした地裁の判断に疑問を感じている。
 また,結果として,免訴になったー処罰できなかった,だから,しろうとである市民が行なう検察審査会の起訴議決を疑問とするのは,もっと疑問だ。
 民意に基づく公訴提起について,プロが再度責任をもって刑事裁判の場で判断する,その役割分担が21世紀型の正義を実現するものとなる。
 そこで,起訴強制制度ー市民による公訴権への介入を嫌う見解が多く表明され始めたこの頃に,とりあえず,次のコメントを出した。

◇解明の場ができた
 <甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)の話> 元副署長も元地域官も協力して事故を防ぐべき義務があったと考えていたが、判決では認められなかった。それでも検察審査会は今回のように、検察が不起訴にした警察官による犯罪や政治家の犯罪などを拾う役割がある。強制起訴制度と市民の判断によって、闇に包まれていた事件が起訴され、真相解明の場ができたことは評価できる。

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2014年01月26日

<MOVIE>ふたつの『ホワイトハウス』物ーふたつの『ホワイトハウス』物

movie white house.jpg
<MOVIE>ふたつの『ホワイトハウス』物
■White House Down  2013年 132分
 週末,例のごとく,ひまに任せてツタヤで映画を二本レンタル。ひとつはもともと狙っていた『ホワイトハウスダウン』。
 「インデペンデンス・デイ」「2012」のローランド・エメリッヒ監督が描く2時間ドラマ。
 退職間近の大統領主席警護官が,大統領の作戦指揮失敗で戦死した息子の敵をとるため,傭兵を雇い入れてホワイトハウスを占拠。中近東に対する核攻撃を開始。その裏に,次期大統領を狙う副大統領がいる。
 議会警察官のさえないジョン・ケイルは、大統領のシークレットサービスになるため面接試験を受けるが不採用。娘をがっかりさせたくないと、ジョンは娘をホワイトハウスの見学ツアーに連れ出すが、武装集団のホワイトハウスを襲撃、占拠に遭遇。トイレに居た娘は人質になるのをしばらく免れその間にスマホで犯人等を撮影。動画でYーTUBEにアップ。犯人等特定につながる。他方,父親ジョンケイルは1人で犯人等に立ち向かい,大統領を救助。証拠隠滅を図って暫定大統領になった黒幕の副大統領の命令でホワイトハウス空爆の命令を受けた戦闘爆撃機がホワイトハウスに向かう。"Mission, abort"をパイロット自ら宣言させたのは,エミールが大統領執務室から持ち出して大統領旗を打ち振る姿であった。
 黒人大統領とこれを守るシークレットサービス志望の警察官。ホワイトハウスが戦場になる。見応えのある映画。ジェームズ・ウッズが演ずるマーティンが武装集団を率いる。核攻撃コードを入れるが,ジョンケイルがこれを阻む。マーティンを止めるため,妻がペンダゴンに呼ばれるが,「本当に死んだ息子のためなのね?」と確認。「そうだ」と答えると,彼女は平然という。「なら,なにをしてもいいわ」。脳腫瘍で余命3月の夫の覚悟の作戦を支える妻。ハリウッド映画らしいエピソードだ。
<配役>
チャニング・テイタム(ジョン・ケイル)
ジェイミー・フォックス(ジェームズ・ソイヤー大統領)
マギー・ギレンホール(キャロル・フィナティ特別警護官)
ジェイソン・クラーク(エミール・ステンツ)
リチャード・ジェンキンス(イーライ・ラフェルソン)
ジェームズ・ウッズ(マーティン・ウォーカー)
ジョーイ・キング(エミリー・ケイル)

■Olympus Has Fallen  2013年120 分
ツタヤで,『ホワイトハウスダウン』を捜していると,すぐ上の段に置いてあったのが,もうひとつのホワイトハウスもの。『エンド・オブ・ホワイトハウス』。借りる予定はなかったが,比較するのも,『B級映画評論』を趣味にする編者のとるべき道。
 さて。
 ジェラルド・バトラーが製作・主演を務め、モーガン・フリーマン、アーロン・エッカート、メリッサ・レオら共演。
 アメリカ独立記念日の翌日となる7月5日、韓国大統領のホワイトハウス訪問とともに同行した警護官に,北朝鮮系のテロリストが潜入。外部で待機する武装グループとの連携で,瞬時にホワイトハウスが乗っ取られる。このとき,1年半年前にシークレットサービスを解雇された,マイクが,財務省から駆けつけて,外部から侵入するテロ集団の攻撃と平行してホワイトハウス潜入に成功。ホワイトハウスを知り尽くしたマイクが,テロ集団に挑む。綿密に練られたテロ計画によりホワイトハウスが襲撃、占拠される前代未聞の事態が発生。大統領を人質にとったアジア人テロリストは、日本海域からの米軍第7艦隊の撤収,陸上部隊の撤退を要急。北朝鮮による韓国攻撃への道を開くことを狙う。それだけでなく,核爆弾の自爆装置作動コードの入力を人質にした副大統領,防衛司令長官らに求める。核サイロの中で自爆させて米国中を放射能汚染に,,,,。
 しかし,ホワイトハウスから脱出しようとする寸前にマイクが阻止。解除コード入力にも成功する。
 闘う大統領と,身命を賭けて大統領を守るシークレットサービス。退屈させない作品。
<配役>
ジェラルド・バトラ(マイク・バニング)
モーガン・フリーマンアラン(トランブル下院議長)
アーロン・エッカートベンジャミン(アッシャー大統領)
アンジェラ・バセットリン(ジェイコブズ シークレットサービス長官)

■感想
 「闘う大統領」。
 「闘うホワイトハウス」。
 軍事を覚悟する国のリーダーは絵になる。
 日本の首相と,かなり趣が異なる。映画になるか・ならないか。
 両方ともすぐれもののB級映画。
 やや軽めで,ちょうどディズニー映画っぽいがアクションのすごみのあるホワイトハウスダウンと,シリアスを徹底追及した,深刻な映画版が,『エンド・オブ・ホワイトハウス』。
 好み次第だが,ともかく,両方とも見応えあり。
posted by justice_justice at 07:13 | TrackBack(0) | ●教養ー映画 | 更新情報をチェックする

2014年01月25日

■被害者氏名の秘匿ー逮捕状から起訴状へ

■「被害者保護に法の壁/逮捕状は匿名/でも起訴状は実名」
読売新聞2013/03/05(朝刊)
 被害者保護と被告人防御の対立する問題点再論。
 逮捕状=匿名
 起訴状=実名
 この矛盾(?)を解決する方法はない。
***引用****
 ◆刑訴法「事実を具体的に」 逗子ストーカー 教訓の対応に差  
 神奈川県逗子市のストーカー殺人事件を教訓に、被害者保護のため逮捕状では被害者の実名が伏せられた一方で、起訴状には記載されるという対応の違いが生じている。刑事訴訟法では、起訴状には起訴事実を具体的に記すと定めており、専門家からは、氏名や居場所を特定されたくない被害者のために何らかの対応が必要だ、との声も上がる。
 このケースは、茨城県警が1月に同県内で摘発した営利目的等略取未遂事件で生じた。男が面識のない少女に包丁を突き付けて、車で連れ去ろうとしたとされる。男は逮捕時、容疑を認めたという。
 県警は男の逮捕状を請求する際、書類で少女の実名を伏せ、「女子中学生」と記した。少女の居住地は人口の少ない地域であるため、県警は水戸地検と協議し、「名前が分かれば住所も容易に特定される」とし、地検も匿名で勾留請求した。
 しかし地検は、起訴状には実名を記載。「裁判所が『事実を特定できない』と起訴を認めず棄却となる恐れもある」との判断だった。
 起訴状は男に送られた。地検幹部は「勾留請求では、匿名で出しても、後で実名に訂正するなど取り返しはつくが、起訴状の場合はそうはいかない」としている。
 兵庫県警は昨年12月、ストーカー規制法違反などの容疑で男2人を逮捕した際、逮捕状の被害者名は伏せ、本人の顔写真を添えた。神戸地検姫路支部は、起訴状では被害者名を片仮名で表記した。同地検は逮捕状が匿名だったことに配慮したとしている。
 逗子市の事件は昨年11月に発生。被害女性は自宅アパートで元交際相手の男に刺殺されたとされる。これより前、神奈川県警が女性への脅迫容疑で男を逮捕した際、捜査員が逮捕状に記載された被害者の名字や住所の一部を容疑者に読み上げ、住所特定につながった可能性があるとされた。
 警察庁は昨年12月、性犯罪など再び被害を受ける恐れがある場合、逮捕状で匿名にするよう通達した。同庁幹部は、「その後の手続きは検察庁、裁判所の法解釈、判断に委ねられる」と話している。
******
 識者の意見も分かれるだろう。記事は,こんな見解を紹介する。
○「被害者名も含め、審理の対象を特定するのは刑事訴訟法の基本原則」(ベテラン刑事裁判官)。被告人には起訴事実に反論できる「防御権」があり、それは事実が具体的に示されてこそ担保される。
○諸沢英道・常磐大教授(被害者学) 「争いのない事件なら年齢や学年、住所など被害者を特定できる最小限の範囲だけを示すことは可能ではないか。事件の特殊性を考慮し柔軟に運用するべきだ」
○元最高検公安部長の馬場義宣弁護士 「被害者が誰か識別できれば実名を記さなくていい、との解釈はできる」,「柔軟な対応にも限界がある。法改正などの対応が必要」。

 被害者名が匿名である場合,示談はほぼありえない。被告側がしんしに反省していても,これを被害者に届けることは事実上無理。
 他方,氏名開示は,事案によっては,報復ーストーカー行為の危険が残る。
 しかも「無縁社会」が影響する。 被害者も社会に孤立して生活していることが多い。匿名性を確保しなければ,ほんとうに保護される囲みを失う。警察が直接保護しなければ本当に防波堤を失う。
 といって,防御の手がかりを被告人に与えない裁判は,えん罪の危険をはらむ。
 今現に裁判でえん罪の危険にさらされている被告人か,あるいは,将来,二次被害にあうおそれのある被害者か。選択が難しい。
 むろん,観念的には,事件の性質,被告人の性状など鑑みて,専門家が,二次被害の危険性の有無を判断して,警察・検察・弁護人に助言できるといいのかもしれないが,夢物語である。
 やっかいな時代になったものだ。では,どちらを優先するべきか。
 コメント時点では,次のように記事に掲載した。

■渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)
 「匿名では被告側は被害者との示談交渉ができず、否認の場合のアリバイ立証などの防御権を侵害する」と指摘。「検察の裁量だけで起訴状を匿名にするのは無理」
posted by justice_justice at 10:41 | TrackBack(0) | ■事件ー捜査から起訴まで | 更新情報をチェックする

2014年01月24日

■検察官の求刑の姿勢ー裁判員裁判と無期懲役

■「生駒・強盗殺人/無期懲役/遺族『納得できない』」
読売新聞2013/03/06(大阪,朝刊)

***引用***
 ◆判決要旨 
【主文】
 被告を無期懲役とする。
【認定事実】
 2011年6月21日、交際相手の母親・井口清美さん(当時60歳)が住む生駒市内の被害者方に侵入。金品目的で殺害し、キャッシュカードなどを奪った。自宅で遺体を切断し、一部を同市内の竹やぶに埋めるなどし、遺体を損壊、遺棄した。奪ったカードで現金を引き出した。
******
 この事件の被告人が起訴されたのは,無職の60歳の女性であり,交際相手の実母の殺害などである。
 実家に出入りできる状態を利用した悪質な犯罪であった。しかも,遺体を損壊して遺棄し,犯行の隠蔽を図った。事件後も被害者が生きているような工作をして混乱を生じさせた。
 だが,検察官はなぜか極刑を求刑せず,無期懲役に留めた。
 記事は,被害者の娘3人の談話と裁判員の感想を紹介する。
***
 3人は閉廷後、奈良市内で記者会見した。強盗殺人罪が認められたことを評価する一方、「残忍な犯行で、極刑でも足りないと思う」(次女)、「逆恨みした被告が仮釈放後に危害を加えてくる可能性もある。一生おびえて暮らさなければならないと思うとつらい」(長女)、「被告人質問で発言することが母にできる唯一の親孝行だった」(三女)と話した。
 裁判員と補充裁判員も地裁などで記者会見した。強盗殺人罪について被告が否認し、直接証拠がない中で判断したことについて、30歳代の女性は「『これが真実だろうか』と、心が揺らぐことも多かった。常識や自身の経験、数少ない証拠を一つひとつ、積み上げていくしかなかった」と語った。
****
ある識者の談話はこうである。
****
◆立証十分で判決妥当
 元最高検検事の土本武司・筑波大名誉教授(刑事訴訟法)の話「裁判員らは検察側が積み上げた状況証拠を社会常識に基づいて評価しており、妥当な判決だ。検察側は、『被告が犯人でなければ合理的に説明できない』という十分な立証ができたといえる。一方、被告の遺体損壊などについての弁解は常識的ではなく、裁判員を十分納得させる説明ではなかったということだ」
****
 ブログ編者は,次のように述べた。基本的には,裁判員と裁判官に選択を委ねるためにも,死刑を求刑すべき事案であったと思っている。その上で,裁判員の良識と裁判官の経験値を加味して,厳正な処罰が選択されるべきではなかったか。
 すくなくとも,無期懲役でもよい理由を積極的に説明する義務を検察官は果たすべきであった。

■渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法) 「重大な罪を巡る裁判で、検察側が量刑判断の十分な材料を裁判員に示さなかったのは不適切だ。遺族が死刑を求めることも承知していたはずで、検察は、市民参加型の裁判について検討する必要がある」
posted by justice_justice at 07:28 | TrackBack(0) | ■裁判員裁判ー一般 | 更新情報をチェックする

2014年01月23日

■高速道路への自転車投棄ー「殺意=故意」の理解

20140123_high way.jpg
少し残念に思う記事だ。
家裁の審判を経て,自己の行為の意味を理解しなかった少年達の話である。
詳細は,次の記事が語る。

【@深層】夜の高速「自転車が降ってきた」 少年らの救い難き想像力欠如
2014/01/14 産経新聞 大阪夕刊
***引用***
 「殺そうと思ったわけじゃない」「悪ふざけだった」。そんな言い訳ですむはずがない事件が未明の高速道路で起きた。兵庫県川西市の中国自動車道上り線で昨年10月、高さ11メートルの陸橋から自転車2台が相次いで投げ込まれ、走行中の車7台が自転車に接触したり乗り上げたりした。兵庫県警は同年12月、自転車を投げ落としたとして殺人未遂容疑で16〜19歳の少年4人を逮捕した。「悪ふざけの域を越している。死人が出ていないのは運が良かっただけ」と捜査関係者が眉をひそめた事件。少年らには、死傷者が出るかもしれないという当たり前の想像力もなかったのだろうか。
 10月14日午前1時55分ごろ、トラック運転手の男性は、通い慣れた中国道を走行中、目の前の光景が信じられなかった。「自転車が降ってきた」。1台目の自転車が投げ落とされた約10分後、狙いすましたように2台目が後続の乗用車のフロントガラスめがけて落下してきた。
 いずれも運転手のとっさの判断で大事には至らなかったが、トラックや乗用車など計7台が次々に自転車に接触したり、乗り上げたりした。
******
 この事実は,「刑法の目」からみたとき,「殺意のある行為」である。
 日本の刑法の世界では,「故意=殺意」という心の状態は,基本的には,
  「人が死ぬ危険が認められる行為をおこなっていることを認識していること」
 である。
 むろん,裁判例では,「結果の認容」といった要素を加える場合もある。が,これは,証拠上,認容まで認められるから認定しているのである。「死ぬことを認容している」という心の状態は,「自己がおこなっている行為の認識」を当然に前提にする。
 「認容」と評価するべき心の状態を証拠で必ずしも推認できなくても,「殺人に値する行為の認識」があると証拠から推認できれば,ひとまず「殺人」または「殺人未遂」として罪名を認めるべきで,後は,刑罰の程度=量刑の問題である。
 日本の刑法は,もともと各犯罪毎に幅広い法定刑を規定する。
 殺人罪であれば,@死刑,A無期の懲役,B5年以上〜20年以下の懲役である。
 だから,県警も殺人未遂で立件した。
******
 ◆「殺人未遂罪」適用
 県警は当初、けが人がいなかったことから、器物損壊事件として捜査。しかし、走行中のトラックを狙って自転車を投げ落とし、その状況を確認した後に再び投下していることを重視。さらに、自転車を急ハンドルで避ける車の様子が映っていた高速道路の監視カメラ映像などから、死亡事故になる危険性を十分に認識していたと判断し、殺人未遂容疑に切り替えて捜査した。
 11月24日未明には県警捜査1課が主導して陸橋から自転車をロープでつるし、投げ落とす様子を再現する現場検証を実施。10日後の12月4日には、自転車を投げ込んだとして同容疑で少年4人を逮捕した。
 逮捕されたのは、川西市のアルバイトの少年(19)▽同市の職業不詳の少年(17)▽宝塚市の無職少年(16)▽同市に住む私立通信制高校の男子生徒(16)−の4人。地元の遊び仲間だという。4人は昨年12月25日に、殺人未遂の非行事実で家裁送致された。
 県警によると、逮捕時、3人は「悪ふざけだった」「殺すつもりはなかった」などと殺意を否認。職業不詳の少年は「そんなことはやってない」と投げ込み行為自体を否認した。投げ込まれた2台の自転車は、現場近くの駐輪場などから盗まれていた。
 ◆度越す「悪ふざけ」
 捜査関係者は「犯行自体は悪質だが、手袋も使わず痕跡を隠そうとする様子はみられないほどずさんだ。警察が捜査するとは想像していなかったのだろう」とあきれた。少年4人のうち2人は、事件の4日前にも同じ陸橋から自転車を投げ込んだことを認めている。また、現場から約100メートル西の陸橋に掲げられた啓発用横断幕のひもが切られており、県警は関連を調べている。
******
 捜査から審判の過程で,警察官はもとより,検事,弁護士たる付添人,家裁書記官,調査官そして家裁裁判官と法律家達も彼ら少年らと接触したと思う。
 そのときに,日本の刑法が予定する「殺人未遂罪」における「殺意=故意」とはどのような状態なのかを分かりやすく説明していることを期待したい。
 それでも自己の行為を「悪ふざけ」で「殺意無し」と主張するのであれば,規範意識が足りないから,矯正教育を要する,とみるべきだ。
 しかし,案外,そこにすれ違いがあると思う。
 その場合,少年院送致となる少年等に,不満と不満足が残る。収容後も矯正教育の効果があがらない状態で入院することとなっていないか,,,,それを危惧する。
 ともあれ,こうした「悪ふざけ」が横行しやすいモラルハザードの時代に日本は入ってきた。少子高齢化とともに直面する,日本の衰退減少の一局面である。
 残念に思うが,リアルに見ておく必要もある。
posted by justice_justice at 08:42 | TrackBack(0) | ■裁判ー起訴された事件 | 更新情報をチェックする

2014年01月22日

■逮捕状と被害者の秘匿ープライバシーと防御

■「再被害を防ぐ:加害者への視点/上 強姦容疑者に匿名の逮捕状/防御権と二律背反/山梨」毎日新聞2013/04/18(山梨版,朝刊)

 2013年によく話題となったテーマである。捜査と裁判の場で,どこまで被害者の特定性を秘匿するべきか。
 被害者の匿名は,供述の信用性,さらに被害事実の存否と態様の信用性にも影響を及ぼすことになる。ことにえん罪の場合,被疑者・被告人側は,防御のための重要な手がかりを失うことにもなる。
 どうすべきか?
 
***引用***
 県警が今年1月、初めて被害者名を記載しない逮捕状で強姦(ごうかん)事件の容疑者を逮捕して注目された。神奈川県逗子市のストーカー殺人事件を受け、再被害を防ぐためにとった措置だ。ただ、起訴状など裁判段階での匿名化は難しく、実効性に疑問が残る。深刻化するストーカー犯罪や性犯罪。再被害防止へ根本的な解決を図ろうと、加害者側を分析し、治療を試みるなど新たなアプローチが始まっている。【片平知宏】
 昨年11月に神奈川県逗子市で起きたストーカー殺人事件では、警察が逮捕状に記した被害者の結婚後の名字などを読み上げ、容疑者が住所を特定した可能性が指摘された。警察庁は昨年12月、被害者情報が知られない配慮を都道府県警に通達した。
 これを受け、県警は今年1月、2003年に起きた強姦致傷事件の容疑者の男を、初めて被害者氏名を記載していない逮捕状で逮捕。男は別の強姦致傷事件で同2月に再逮捕され、この時は逮捕状、起訴状とも被害女性の旧姓が記された。
 最初の事件は不起訴になり、起訴状は作られなかった。ただ、検察幹部は「ケース・バイ・ケースだが、被告にも防御権がある。被害者名も起訴状に書くのが原則という検察のスタンスは変わらない」と話す。罪を立証しようとする検察側に対し、被告側には対等な立場で反論する「防御権」がある。刑事訴訟法も起訴状では事実を特定し、具体的に記すよう定めている。
 これに対し、捜査現場に携わる県警幹部はいらだちを隠さない。「逮捕状で匿名にしても、起訴状で全部分かる。何の解決にもなっておらず、法改正が必要だ。(防御権を重視する)検察は思い違いをしている」と憤る。・・・
 犯罪の防止か、被告が公正な裁判を受ける基本的権利の保護か。まさに二律背反の状況だ。
*****
 編者は,ドライに割り切ったコメントであるが,次のように指摘している。
 
■匿名の逮捕状について、甲南大学法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「かなり無理した形だ。人を裁く以上、被害状況は証拠で裏付けなければいけない。被害者の特定は不可欠」と指摘する。「被告は死刑や有期懲役にもなり得る。将来再び被害を起こすという推測に基づき、被告の防御権を制限できるのか。冤罪(えんざい)の温床になりかねない」と語る。
posted by justice_justice at 09:13 | TrackBack(0) | ■事件ー捜査から起訴まで | 更新情報をチェックする
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